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七日間の偽り、永遠の自由

七日間の偽り、永遠の自由

By:  夕時Completed
Language: Japanese
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私――河野咲(こうの さき)。 夫の有馬隼也(ありま しゅんや)は、私が嫉妬する姿を見るのが大好きだ。 親友が自分に近づくのを私が気にすればするほど、それだけ自分を愛している証拠だと言う。 だから毎年、結婚記念日になると、隼也は幼なじみの小林夏美(こばやし なつみ)に私の代わりをさせ、数日間だけ「有馬家の奥さん」を演じさせる。 そのうえ友人たちと賭けまでして、私が何日まで耐えられるかを楽しんでいる。 1周年のときは、夏美が私のパジャマを着て、隼也の腕の中に寄り添った写真を撮った。 私は腹を立てて服を取り返すけれど、隼也はそんな私にキスをして、やっぱり俺なしじゃいられないな、と笑った。 2周年のときは、隼也が主寝室を夏美に譲り、私には客室で寝ろと言った。 私は部屋の前で目を赤くした。するとようやく隼也がドアを開けて、「一晩だけ泊めるだけだ」と言った。 去年は、隼也が夏美を連れて実家の食事会に行き、私の席に彼女を座らせた。そのうえ両親が彼女を「お嫁さん」と呼ぶのも、止めようとしなかった。 私がその場を離れようと振り返ったところで、ようやく隼也が私の腕をつかんだ。 「ただの呼び方だろ。そんなことまで気にするのか?」 そして今年は、二人の悪ふざけがさらに度を越している。 夏美はスーツケースを引いて、私たちの家へそのまま乗り込んでくる。そして新しいスペアキーを取り出すと、友人たちが見ている前で私に尋ねる。 「隼也が、7日間だけ私にこの家の奥さんを体験してみろって。咲さん、怒らないよね?」 隼也は夏美の肩を抱き寄せ、期待に満ちた目で私を見ている。 「本当に俺のことを愛してるなら、絶対に嫉妬するはずだ」 みんな、私がこれまでと同じように泣いて騒ぎ出すのを待っている。 そして最後には、隼也が笑いながら「ゲームはここまで」と宣言する――そんな結末を、誰もが疑っていない。 けれど今回は、私は何も言わない。ただ自分の部屋へ戻り、自分の荷物をきれいにまとめる。 出ていく前に、私は結婚指輪と家の鍵を一緒に隼也の手のひらへ置く。 「7日間じゃ短すぎるよ。 この場所は、これからずっと彼女にあげる」

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Chapter 1

第1話

私が家を出ても、隼也は追いかけてこない。

背後では、友人たちがまだ面白がって騒いでいる。

「今年、咲さんは作戦を変えてきたな」

「隼也、あんまり早く降参するなよ」

隼也は低く笑う。

「こいつが俺を手放せるわけないだろ。

せいぜい3日だ。自分から戻ってくるさ」

その日の夜、隼也は友人たちのグループトークで、また賭けを始める。

隼也は百万円を賭け、私が72時間も耐えられないほうに張った。

私から先に折れさせるため、隼也は正式に夏美の指紋を玄関のスマートロックに登録する。

さらに、「妻のためのスペアキー」として用意していた鍵まで、彼女に渡す。

夏美は私のスリッパを履き、グループトークに鍵と朝食の写真を投稿する。

添えられた言葉は――【隼也の妻・体験日記、1日目】

友人たちは一斉に盛り上がる。

【今夜は主寝室に挑戦だな】

【奥さん体験なら、奥さんのパジャマも着なきゃだろ?】

隼也は止めるどころか、夏美に返信する。

【パジャマならクローゼットの二段目】

その投稿を見たとき、私は両親が残してくれた小さな家で、荷物を整理している。

何年も誰も住んでいなかった家だ。

窓辺には埃が積もり、水道の蛇口も少し錆びついている。

それでも、ここなら少なくとも、私の居場所をゲームの景品にする人はいない。

1年目。夏美が私のパジャマを着て出てきたとき、私はみんなの前で泣いた。

隼也は私を抱きしめ、長いこと宥めてくれた。

自分のことで私が嫉妬するか、ただ確かめたかっただけだと言った。

そして、こう約束した。「これが最初で最後だ」

けれど今、クローゼットにある私の服は、一着ずつ夏美に試着されている。

しかも彼女はライブ配信まで始めて、友人たちに隼也の妻らしいコーディネートを選ばせている。

私のシルクのナイトドレスを身につけると、カメラの前でくるりと一周する。

「これなんてどう?」

隼也は隣に座ったまま、顔を上げて一目見る。

「こっちのほうが、あいつが着るより可愛いな」

配信の向こうから笑い声が上がる。

誰かが、どうして私は姿を見せないのかと尋ねる。

すると夏美は、すぐに目を潤ませた。

「咲さんって、ほんと冗談が通じないんだから。ちょっとしたゲームなのに。

私はただ、隼也に頼まれて協力してるだけ。まさか本当に怒って出ていくなんて思わなかった。

でも、みんなだって分かってるでしょ。どうせそのうち戻ってくるって」

隼也はティッシュを一枚取って、夏美に差し出す。

そのあと、私にメッセージを送ってくる。

【夫婦生活にも、少しくらい新鮮さは必要だろ。こんな冗談で怒る必要なんてない】

【それでも家出ごっこを続けるつもりなら、自分の荷物も全部持っていけ】

私が戻ると、玄関のスマートロックはもう私の指紋を認識しない。

結局、ドアを開けてくれたのは夏美だった。

私のパジャマを着て、私のスリッパを履いている。

主寝室のベッドも、夏美の好みに合わせてピンクの寝具に変えられている。

私のスキンケア用品は段ボール箱に放り込まれている。

ベッド脇に飾っていたウェディングフォトも外され、壁際に立てかけられている。

写真の中の私は、箱に遮られて顔の半分しか見えない。

隼也はその段ボール箱を私の前へ押し出す。

「咲、そういう焦らして俺の気を引くような真似は、一度しか使えないぞ」

夏美は唇を噛み、小さな声で言う。

「だったら……私、やっぱり客室で寝ようかな」

口ではそう言いながら、本人は主寝室から一歩も動こうとしない。

案の定、隼也は彼女を引き止める。

「妻なら、主寝室で寝るのが普通だろ」

そう言ってから、隼也は私を見る。

その目には、見慣れた笑みが浮かんでいる。

まるで私がベッドを取り返そうと飛びつくのを、あるいは泣きながら「結局、誰を愛してるの?」と問い詰めるのを待っているみたいに。

けれど私は、ただ段ボール箱を抱え上げる。

「ほかに忘れ物はある?」

隼也の口元から、初めて笑みが消える。

数秒、私をじっと見つめてから、冷たい声で言った。

「お前、今回はずいぶん上手に演じるじゃないか。

どこまで我慢できるのか、俺も見ものだな」

私は答えない。

ただ振り返り、静かにドアを閉める。

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松坂 美枝
松坂 美枝
お試し行為で離婚されたヴァカの話 もういじめ 集団で主人公を嘲笑ういじめです 両親の仲が悪いから妻の愛情を試したかったそうだが、お前は何かひとつでも証明したか?
2026-10-09 10:41:06
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10 Chapters
第1話
私が家を出ても、隼也は追いかけてこない。背後では、友人たちがまだ面白がって騒いでいる。「今年、咲さんは作戦を変えてきたな」「隼也、あんまり早く降参するなよ」隼也は低く笑う。「こいつが俺を手放せるわけないだろ。せいぜい3日だ。自分から戻ってくるさ」その日の夜、隼也は友人たちのグループトークで、また賭けを始める。隼也は百万円を賭け、私が72時間も耐えられないほうに張った。私から先に折れさせるため、隼也は正式に夏美の指紋を玄関のスマートロックに登録する。さらに、「妻のためのスペアキー」として用意していた鍵まで、彼女に渡す。夏美は私のスリッパを履き、グループトークに鍵と朝食の写真を投稿する。添えられた言葉は――【隼也の妻・体験日記、1日目】友人たちは一斉に盛り上がる。【今夜は主寝室に挑戦だな】【奥さん体験なら、奥さんのパジャマも着なきゃだろ?】隼也は止めるどころか、夏美に返信する。【パジャマならクローゼットの二段目】その投稿を見たとき、私は両親が残してくれた小さな家で、荷物を整理している。何年も誰も住んでいなかった家だ。窓辺には埃が積もり、水道の蛇口も少し錆びついている。それでも、ここなら少なくとも、私の居場所をゲームの景品にする人はいない。1年目。夏美が私のパジャマを着て出てきたとき、私はみんなの前で泣いた。隼也は私を抱きしめ、長いこと宥めてくれた。自分のことで私が嫉妬するか、ただ確かめたかっただけだと言った。そして、こう約束した。「これが最初で最後だ」けれど今、クローゼットにある私の服は、一着ずつ夏美に試着されている。しかも彼女はライブ配信まで始めて、友人たちに隼也の妻らしいコーディネートを選ばせている。私のシルクのナイトドレスを身につけると、カメラの前でくるりと一周する。「これなんてどう?」隼也は隣に座ったまま、顔を上げて一目見る。「こっちのほうが、あいつが着るより可愛いな」配信の向こうから笑い声が上がる。誰かが、どうして私は姿を見せないのかと尋ねる。すると夏美は、すぐに目を潤ませた。「咲さんって、ほんと冗談が通じないんだから。ちょっとしたゲームなのに。私はただ、隼也に頼まれて協力してるだけ。まさか本当に怒って出ていくなんて思
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第2話
体験3日目。有馬家で、家族の食事会が開かれる。義母から私に住所が送られてきて、有馬家に代々伝わる真珠のブレスレットを持ってくるように言われる。そのブレスレットは、私が結婚したとき、義母が自分の手で私の腕につけてくれたものだ。でも私は知っている。義母は昔から、私のことを快く思っていない。あのとき隼也がどうしても私と結婚すると譲らなかったからこそ、代々嫁に受け継がれてきたこのブレスレットが、私の手に渡っただけだ。私は、初めて隼也の両親に挨拶した日のことを思い出す。あの日、有馬家で親族が集まる席の前、義母は私の生まれ育った環境が平凡で、有馬家には釣り合わないと言い放った。それでも隼也は私の手を握り、静かでありながら一歩も引かない口調で言った。「咲は俺の大切な人だ。誰と結婚するかは、他の誰かに決めてもらうことじゃない」けれど今、その場面を思い返すと、ただ皮肉にしか思えない。私はブレスレットの入った箱を強く握りしめる。今日、有馬家へ行くついでに、これも返してしまおう。私が屋敷に着いたときには、すでに夏美が、かつて私が座っていた席に腰を下ろしている。食卓に、私の席は用意されていない。使用人は仕方なく椅子を一脚持ってきて、いちばん端に置く。義母は笑いながら説明する。「夏美ちゃんがこの数日は隼也のお嫁さんなんだから、家族の食事会だってゲームに合わせないとね。咲ちゃんも若いんだから、そんなに細かいことを気にしなくてもいいでしょう」隼也も、夏美の好みに合わせて、料理をすべて作り直すよう厨房に頼んでいる。私はピーナッツに重いアレルギーがある。結婚して7年になるのに、隼也の実家の食卓には今でもピーナッツのお菓子が並ぶ。結婚したばかりの頃は、隼也も「これには気をつけろ」と注意してくれていた。でもいつの頃からか、食事のたびに「自分で避けろ」と言うだけになった。それなのに、夏美がパクチーを食べられないと知れば、隼也の実家の食卓からは一度もパクチーが出てこない。スープにほんの少し刻んだパクチーが浮いているだけで、隼也はすぐに使用人を呼び、作り直させる。「この匂いを嗅ぐと、気持ち悪くなるんだ」去年の家族の食事会で、初めて夏美が私の席に座った。私が席を立ってその場を離れると、隼也は追いかけてきて、私
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第3話
有馬家の親族グループトークを退会したその夜、私は隼也の会社に退職届を提出する。会社を立ち上げたばかりの頃、私は最初のメンバーの一人だった。隼也と一緒に顧客のもとへ足を運び、企画書を作り、何度も徹夜した。会社が一番苦しかった時期には、何か月もの間、二人でオフィスに泊まり込んで仕事をした。会社が初めて黒字になった日、隼也は全社員の前でこう言った。「咲は、ただの俺の妻じゃない。俺と一緒に、どん底からここまで歩いてきた仲間だ」なのに今、隼也は私の退職届さえ、まだゲームの一部だと思っている。承認欄に書かれていたのは、たった一言。【承認。気が済んだら、また戻ってくればいい】体験5日目。ちょうど会社の創立記念パーティーの日だ。そして、私が退職手続きを終える最後の日でもある。私は会社へ行き、入館カードを返却し、担当していたプロジェクトの引き継ぎを済ませる。エントランスでは、創立記念の映像が流れている。けれどそこには、私の姿も名前も一つも残っていない。会社を立ち上げた頃、倉庫で商品を一つずつ梱包していた私。顧客との打ち合わせで胃を痛めるほど酒を飲み、徹夜で企画書を修正していた私。そんな映像は、すべて消されている。そして最後に流れたのは、夏美が隼也の腕に寄り添っているツーショットだった。画面には、こんな字幕が出る。【奥様、これまで支えてくれてありがとう】隼也は知っている。この記念パーティーに、本来招かれていたのが私だったことを。それなのに、私のために用意されていたドレスを夏美に着せている。彼女の腕には、隼也の実家に代々伝わる真珠のブレスレット。そのまま隼也の隣でケーキカットをし、グラスを掲げている。誰かに奥様と呼ばれるたび、夏美は恥ずかしそうに頬を染めて、隼也を見る。そして隼也は、一度も訂正しない。「もう5日目だ。ここでやめたら、面白くないだろ」私はパーティー会場には入らない。ただオフィスで、最後の引き継ぎだけを済ませる。会社を出ようとしたとき、創業当初から私たちと一緒に働いてきた古参社員の一人が、私に気づく。彼はみんなの前で、思わず声を上げる。「奥様!」そしてステージの上にいる夏美を見て、不思議そうに尋ねる。「あの人は……誰ですか?」その瞬間、会場がしんと静まり返る。
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第4話
体験最終日。隼也から、私に家へ戻ってくるよう連絡が入る。7日間はもう終わった。鍵も、ブレスレットも、退職証明書も、直接返す。そして、二人の間にある問題にも、そろそろ正式に決着をつけるべきだ――そう言ってきた。私はまだドアを開けていない。けれど、わずかに開いた隙間から、リビングが見える。そこは、過去に何度も「ゲーム終了」を宣言したときと同じように飾りつけられている。シャンパン、ケーキ、紙吹雪。何もかも、昔のままだ。ただ一つ違うのは、壁一面に、過去3年間の私が泣き崩れ、取り乱している写真が飾られていること。写真の下には、それぞれ賭けの内容まで書かれている。今回、私が離婚協議書を見てから何分で降参するか。そんな賭けだ。夏美はまだ私のパジャマを着たままソファに座り、隼也はその隣に立っている。誰かが先に、面白がって声を上げる。「両想いなんだし、どうせ咲さんはまだ来てないんだから、二人で先に話でもしてれば?」「そうそう。今までだって、あいつは騒いだって最後には必ず折れてきただろ。今さら二人とも取り繕う必要ないって」「先月の16日、俺、二人が一緒にホテルから出てくるところをこの目で見たぞ」「首のあたり、キスマークだらけだったじゃん。それでまだただの親友なんて言うつもりか?」ドアの外に立つ私の指が、一瞬で凍りつく。先月16日。あの日、私は胃が痛くて立っていられないほどだった。隼也に三度電話をかけた。彼は会議中で抜けられないと言った。薬を飲んで、それでも駄目なら自分で病院へ行け、と。結局そうじゃなかった。彼は忙しかったんじゃない。夏美とホテルに泊まっていたのだ。リビングでは、夏美が隼也を見上げる。まるで許しをもらったかのように、彼のネクタイを指に絡め、背伸びをして唇を重ねる。隼也は、すぐには彼女を押しのけない。夏美が離れたあと、ようやく眉をひそめる。何かを思い出したように、その声も少し低くなる。「今回は、咲がさすがにやりすぎた。こういうゲームは、もうやめよう」その言葉を聞いて、私はただ笑いたくなる。――ベッドを共にしても、まだ「ゲーム」と呼べるんだ。私は大きく息を吸い、ドアを開けて中へ入る。リビングには、さっきまでの騒がしさはもうない。囃し立てる声も途絶え、
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第5話
カウントダウンは「1」で止まった。撮影を担当していた人間は、スマホを下ろすことすら忘れている。カメラは今も私の顔を捉えたまま。まるで過去3年間と同じように、私が取り乱し、泣き崩れる姿を記録して、みんなに私がどれほど隼也を愛しているか証明するつもりなのだ。けれど今回は、私はただペンにキャップをして、離婚協議書を押し返す。隼也の口元に浮かんでいた笑みが、少しずつ固まっていく。彼は俯き、最後のページをめくる。そこに書かれた名前が本当に私のものだと確認した瞬間、その顔から完全に笑みが消えた。「お前が何にサインしたのか分かってるのか?」「分かってる」「これは昔みたいに、お前をからかうための偽物の書類じゃないぞ。財産の分割も、不動産の扱いも、弁護士の立ち会いも、全部本物だ」私は頷く。「だから、サインしたの」周囲もようやく事態を察し、気まずそうな笑いを浮かべながら場を取り繕い始める。「咲さん、今年は演技がうますぎるって。隼也さん、早くゲーム終了って宣言しろよ。これ以上やったら、本当に夫婦仲が壊れるぞ」「そうそう、たった7日間の体験ゲームだろ?みんな冗談でやってただけじゃん」――冗談。3年もの間、私からパジャマを奪い、寝室を奪い、家族の食卓での席まで奪って。大勢の前で何度も私を取り乱させて。それでも、全部ただの冗談だったというのか。私は壁に飾られた写真を見る。1年目。私は目を赤くしながら、自分のパジャマを取り返している。2年目。私は枕を抱え、主寝室の前に立っている。3年目。私は一人で有馬家の食事会を去っている。写真の下には、毎回こう書かれている――私が「耐えた時間」。誰も、どうして私が泣いたのかなんて覚えていない。みんなが気にしているのは、今回の賭けで誰が勝ったか、それだけだ。私は壁の前まで歩いていき、今年の欄を最後まで書き足す。【4年目、7日間耐え抜く】少し考えてから、その後ろにもう一行加える。【賭けは終了。夫婦関係も終了】その瞬間、隼也が私の手首を強くつかむ。「もういい。お前が会社を辞めたのも、家を出たのも、親族グループを抜けたのも、今こうして協議書にサインしたのも……全部、俺に負けを認めさせたいからだろ?分かった。今年はお前の勝ちだ。
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第6話
翌朝9時。隼也は、時間どおりに役所へやって来た。私が昔彼のために選んだ黒いコートを着ている。そして、その手には――あの結婚指輪が握られている。私を見るなり、隼也はいつものように笑った。「昨夜、ちゃんと眠れた?」まるで昨日までのことが、ただの夫婦喧嘩だったみたいな口調だった。私は答えなかった。そのまま戸籍窓口へ向かう。職員が、離婚の意思について確認した。「お二人とも、離婚する意思にお間違いありませんか?」私はすぐに答えた。「はい」隼也は、私を見る目にはまだ余裕があった。そして平然とこう言った。「今日は、出さない」私は眉を寄せた。「どうして?」「30日だけ待つ」「必要ないよ」隼也は少しも動じなかった。「お前には必要なくても、俺には必要なんだ」「私はもう決めた」「知ってる。だからこそ、30日だ」私は黙って彼を見る。「30日後、お前がまだ離婚したいって言うなら、そのときは俺も止めない。でも、今日ここで離婚するつもりはない」「それは……」「咲」低い声で遮られた。「30日くらい、待てるだろ」まるで、私の意見を聞いているようで――実際には、もう決めている。私は小さく息を吐いた。「分かった。でも、勘違いしないで。私は30日間、考え直すわけじゃない。30日後に、離婚するために来るだけだから」隼也は笑った。「そのときになれば分かる」その笑顔を見て、私は何も言わなかった。この人はまだ、私が戻ってくると思っている。それからの30日間、隼也は私に謝ろうとはしなかった。それでも、友人たちのグループトークには、毎日のように日付を記録していた。【1日目。まだ帰ってこない】【5日目。退職の手続きが終わった】【10日目。家の荷物を全部運び出した】最初のうちは、友人たちも面白がっていた。【今回はさすがに意地を張りすぎじゃないか】【一度、花でも送ってやったら?戻ってくるきっかけくらい作ってやれよ】そんな言葉にも、隼也は決して先に折れようとはしなかった。【7年分の夫婦生活を、そう簡単に手放せるはずがない】【30日が終わる前には、必ず戻ってくる】20日目。隼也から、一枚の寝室の写真が送られてきた。ピンク色のベッドカバーは取り替えられ、ウェディングフォト
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第7話
夏美は、ただ足首を捻っただけだった。隼也が病院に駆けつけたときには、もうレントゲンも撮り終えていた。医師からは骨折はなく、数日安静にしていれば大丈夫だと言われる。夏美は目を赤くしながら、隼也の手をつかんだ。「私のせいで、咲さんとの離婚を遅らせちゃったの?」隼也は長いこと黙っていた。そして最後に、離婚届の受理証明書を彼女の前に置く。夏美は呆然とする。その目にはすぐ、隠しきれない期待が浮かんだ。「じゃあ今、本当に自由になったんだね。隼也……この7日間で、一度でも本当に私を妻だと思ってくれた?」隼也は答えない。ふいに思い出す。30日間、私は一度も泣かなかった。一度も振り返らなかった。その瞬間になって初めて、隼也は気づく。もしかしたら、私は本当にもう彼を必要としていないのかもしれない。隼也は夏美を看護師に預け、一人で家へ戻る。家の中は、怖いほど静まり返っている。クローゼットの中、私が使っていたスペースはすべて空っぽだ。ドレッサーの上にも、スキンケア用品はひとつもない。キッチンからは、私がいつも使っていたカップも食器も消えている。玄関に置いてあった、七年間履き続けたスリッパまで、私が持っていっていた。ウェディングフォトは、もう一度ベッドの枕元に掛け直されている。けれど、写真の中の二人は、まるで見知らぬ男女のようだった。隼也はスマホを手に取る。そして初めて、友人たちのグループトークに残っている動画を、最初から最後まで見返す。1年目。私がパジャマを取り返したあと、浴室に閉じこもって、長いこと泣いていた。その間、隼也と友人たちはドアの外で、自分たちが賭けに勝ったことを祝っていた。2年目。私は主寝室から追い出され、客室へ行かされた。午前2時。私は隼也に一度だけメッセージを送っていた。【本当に辛い。もうゲームを終わりにできない?】隼也は、それを見ていた。それでも、わざと返信しなかった。友人たちが「今夜一晩も耐えられない」と賭けていたからだ。私が自分からドアを叩いて、負けを認めるのを待っていた。3年目の家族の食事会。私が有馬家を出たあと、一人で雨の中を30分も歩いた。隼也が追いかけてきたとき、私は全身ずぶ濡れだった。それでも、私を抱きしめた彼が最初に口にしたのは「ごめん
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第8話
隼也は、会社の前で3時間も待っていた。私が仕事を終えて出てきたときには、夜風に吹かれ、顔色が真っ青になっている。私を見るなり、隼也は足早に近づいてくる。「咲、少し話そう」「勤務時間は終わっている。有馬社長と仕事の話をすることはない」有馬社長――その呼び方に、彼の足が止まる。この7年間、私は一度も彼をそんなふうに呼んだことがなかった。隼也は私の前に立ちはだかり、一枚の書類を差し出す。それは、会社が新しく作り直した創業記念冊だった。私の名前は、共同創業者の欄に戻されている。その後ろには、持ち株の補償と再雇用契約まで添えられていた。「会社には、お前が必要なんだ」そう言ってから、隼也は声を落とす。「俺にも、お前が必要だ」私は受け取らない。「会社に責任者がいないなら、新しく採用すればいい。それから、あなたが何を必要としているかも、自分で解決するべきでしょう」それは、かつて隼也が私に何度も言ってきた言葉だった。今度はそのまま、彼に返す。隼也の顔から、一瞬で血の気が引いた。「俺が間違ってた。ただ……お前が俺を愛しているって、確信しすぎてたんだ。俺の両親は、ずっと夫婦仲がよくなかった。だから俺は、愛情なんていつ変わるか分からないって、どこかで思ってた。だから何度も確かめたかったんだ。お前が俺をどれだけ大切に思ってるのか。本気でお前を傷つけるつもりじゃなかった」私は隼也を見つめる。そして、ふいに可笑しくなった。「愛を確かめる方法なんて、いくらでもあったよ。私に聞けばよかった。抱きしめてくれてもよかった。記念日を、一度くらいちゃんと大切に過ごしてくれてもよかった。なのにあなたが選んだのは、私を傷つけて、恥をかかせることだった。私が壊れていく姿を見れば、この結婚を自分が支配しているって思えたからでしょう?」隼也の唇がわずかに動く。けれど、反論する言葉は出てこない。「もう二度としない。夏美にはもう出ていってもらった。あの友人たちのグループトークからも抜けた。有馬家の真珠のブレスレットも、俺が取り戻す。会社のお前の名前も、全部元に戻す。もう一度、やり直そう……な?」私は首を横に振る。「あなたが変わることができたなら、次の恋をする人は、その恩恵を受けられる
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第9話
隼也が正式な声明を発表すると、創立記念パーティー当日の動画もネット上に流出した。そこには、夏美が有馬家に代々伝わる真珠のブレスレットを身につけ、有馬家の奥さんとして壇上に立つ姿が映っていた。さらに多くの人が、過去3年間に行われていた「ゲーム」の記録まで掘り起こした。賭けの記録、隠し撮りの動画、面白がって囃し立てる声――それらが一つずつ、世間の目にさらされていく。騒ぎは、あっという間に収拾がつかなくなった。夏美が夫婦の間に割って入ったのだと非難する人もいた。一方で、隼也に対しては、こんな疑問を投げかける人もいた。どうして妻の苦しみを、愛の証明に使う必要があったのか、と。賭けに参加していた友人たちは、次々と過去の投稿を削除した。中には私に個人的に連絡してきて、「仲がよかったから冗談でやっただけで、悪意はなかった」と釈明する人までいた。私は、誰にも返事をしなかった。悪意があったかなかったかを決めるのは、傷つけた側じゃない。夏美も長い文章を投稿した。自分はただゲームに付き合っただけ。すべての行動は、私と隼也が暗黙のうちに認めていたことだった。私の代わりになろうと思ったことなど一度もないし、夫婦の間に割って入るつもりもなかった――そう書いていた。けれど、ほどなくして、友人たちのグループトークに残っていた彼女の音声が公開された。1年目。私のパジャマを着たいと言い出したのは、夏美のほうだった。2年目。「主寝室で寝てみてもいい?」と尋ねたのも、彼女だった。3年目には、こう言っていた。「有馬家にお嫁さんって呼ばれても、咲さんが耐えられるなら、本当にあの子には何の限界もないってことだよね」そして今年、家に引っ越す前には、笑いながらこう尋ねていた。「7日経っても帰ってこなかったら、この場所って本当に私のものになるの?」冗談の中に隠されていた探りが、ついにすべて白日の下にさらされた。夏美は泣きながら隼也のもとへ行った。「私、本当に隼也のことが好きだった。でも、隼也が何度も許してくれなかったら、私だってここまでできなかった。鍵を渡したのもあなた。ブレスレットを私の腕につけたのもあなた。みんなの前で私を奥さんだって否定しなかったのも、あなたでしょう?」隼也は長いこと黙っていた。「そうだ。
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第10話
2年後、私はチームのみんなと自分たちのスタジオを立ち上げた。オープンの日、オフィスにレッドカーペットはない。大げさなセレモニーもない。同僚たちがケーキを買ってきて、会議室で私を祝ってくれた。ケーキには、こう書かれている。【咲さん、自分の人生へおかえり】私はその文字をしばらく見つめ、最後には笑ってロウソクを吹き消した。この数年間、隼也は時々、人を通して私に荷物を送ってきた。1年目は、私の写真をすべて元に戻した創業記念冊。2年目は、かつて家に置いていたデザインの手書き原稿。そして今年、届いたのは一枚のカードだけだった。【結婚記念日、おめでとう】その下には一度線を引いて消した跡があり、その横に改めてこう書かれている。【ごめん。もう俺たちには、結婚記念日なんてないんだった】私はカードを封筒に戻し、そのまま送り返した。その後、知人から聞いた。隼也は夏美とは一緒にならなかったらしい。夏美はこの街を離れた。毎年あの賭けに参加していた友人たちも、とうの昔に散り散りになっている。隼也は、あの家だけは手放さずにいる。玄関のスマートロックには、今も私の指紋が登録されたままだ。けれど、もう家で帰りを待つ妻はいない。会社の創立記念パーティーでは、隼也はすべてのゲーム企画を取りやめた。記念ムービーの最初の一枚も、私が倉庫で商品を梱包している写真に変えた。ある人が彼に尋ねた。「どうして元妻のことを消さないんですか?」隼也は答えた。「俺はもう、彼女の人生から消されたんだ。だからせめて、会社の歴史からまで、もう一度彼女を消すことはできない」スタジオをオープンして一か月後、私は業界フォーラムで再び隼也と顔を合わせた。彼は客席に座っている。私は壇上に立っている。講演が終わっても、隼也は昔のように私を引き止めなかった。ただ、廊下の端から静かに私の名前を呼ぶ。「咲」私は振り返る。隼也は長いこと私を見つめ、最後に尋ねた。「まだ俺のこと、恨んでるか?」私は少し考える。「もう、恨んでないよ」隼也の目に、ふっと光が戻る。けれど私は、そのまま続ける。「でも、許すつもりもない。恨まないのは、あなたがもう、私の感情をこれ以上支配することはないから。私たちの間に、もうこれからはない
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