LOGIN私――河野咲(こうの さき)。 夫の有馬隼也(ありま しゅんや)は、私が嫉妬する姿を見るのが大好きだ。 親友が自分に近づくのを私が気にすればするほど、それだけ自分を愛している証拠だと言う。 だから毎年、結婚記念日になると、隼也は幼なじみの小林夏美(こばやし なつみ)に私の代わりをさせ、数日間だけ「有馬家の奥さん」を演じさせる。 そのうえ友人たちと賭けまでして、私が何日まで耐えられるかを楽しんでいる。 1周年のときは、夏美が私のパジャマを着て、隼也の腕の中に寄り添った写真を撮った。 私は腹を立てて服を取り返すけれど、隼也はそんな私にキスをして、やっぱり俺なしじゃいられないな、と笑った。 2周年のときは、隼也が主寝室を夏美に譲り、私には客室で寝ろと言った。 私は部屋の前で目を赤くした。するとようやく隼也がドアを開けて、「一晩だけ泊めるだけだ」と言った。 去年は、隼也が夏美を連れて実家の食事会に行き、私の席に彼女を座らせた。そのうえ両親が彼女を「お嫁さん」と呼ぶのも、止めようとしなかった。 私がその場を離れようと振り返ったところで、ようやく隼也が私の腕をつかんだ。 「ただの呼び方だろ。そんなことまで気にするのか?」 そして今年は、二人の悪ふざけがさらに度を越している。 夏美はスーツケースを引いて、私たちの家へそのまま乗り込んでくる。そして新しいスペアキーを取り出すと、友人たちが見ている前で私に尋ねる。 「隼也が、7日間だけ私にこの家の奥さんを体験してみろって。咲さん、怒らないよね?」 隼也は夏美の肩を抱き寄せ、期待に満ちた目で私を見ている。 「本当に俺のことを愛してるなら、絶対に嫉妬するはずだ」 みんな、私がこれまでと同じように泣いて騒ぎ出すのを待っている。 そして最後には、隼也が笑いながら「ゲームはここまで」と宣言する――そんな結末を、誰もが疑っていない。 けれど今回は、私は何も言わない。ただ自分の部屋へ戻り、自分の荷物をきれいにまとめる。 出ていく前に、私は結婚指輪と家の鍵を一緒に隼也の手のひらへ置く。 「7日間じゃ短すぎるよ。 この場所は、これからずっと彼女にあげる」
View More2年後、私はチームのみんなと自分たちのスタジオを立ち上げた。オープンの日、オフィスにレッドカーペットはない。大げさなセレモニーもない。同僚たちがケーキを買ってきて、会議室で私を祝ってくれた。ケーキには、こう書かれている。【咲さん、自分の人生へおかえり】私はその文字をしばらく見つめ、最後には笑ってロウソクを吹き消した。この数年間、隼也は時々、人を通して私に荷物を送ってきた。1年目は、私の写真をすべて元に戻した創業記念冊。2年目は、かつて家に置いていたデザインの手書き原稿。そして今年、届いたのは一枚のカードだけだった。【結婚記念日、おめでとう】その下には一度線を引いて消した跡があり、その横に改めてこう書かれている。【ごめん。もう俺たちには、結婚記念日なんてないんだった】私はカードを封筒に戻し、そのまま送り返した。その後、知人から聞いた。隼也は夏美とは一緒にならなかったらしい。夏美はこの街を離れた。毎年あの賭けに参加していた友人たちも、とうの昔に散り散りになっている。隼也は、あの家だけは手放さずにいる。玄関のスマートロックには、今も私の指紋が登録されたままだ。けれど、もう家で帰りを待つ妻はいない。会社の創立記念パーティーでは、隼也はすべてのゲーム企画を取りやめた。記念ムービーの最初の一枚も、私が倉庫で商品を梱包している写真に変えた。ある人が彼に尋ねた。「どうして元妻のことを消さないんですか?」隼也は答えた。「俺はもう、彼女の人生から消されたんだ。だからせめて、会社の歴史からまで、もう一度彼女を消すことはできない」スタジオをオープンして一か月後、私は業界フォーラムで再び隼也と顔を合わせた。彼は客席に座っている。私は壇上に立っている。講演が終わっても、隼也は昔のように私を引き止めなかった。ただ、廊下の端から静かに私の名前を呼ぶ。「咲」私は振り返る。隼也は長いこと私を見つめ、最後に尋ねた。「まだ俺のこと、恨んでるか?」私は少し考える。「もう、恨んでないよ」隼也の目に、ふっと光が戻る。けれど私は、そのまま続ける。「でも、許すつもりもない。恨まないのは、あなたがもう、私の感情をこれ以上支配することはないから。私たちの間に、もうこれからはない
隼也が正式な声明を発表すると、創立記念パーティー当日の動画もネット上に流出した。そこには、夏美が有馬家に代々伝わる真珠のブレスレットを身につけ、有馬家の奥さんとして壇上に立つ姿が映っていた。さらに多くの人が、過去3年間に行われていた「ゲーム」の記録まで掘り起こした。賭けの記録、隠し撮りの動画、面白がって囃し立てる声――それらが一つずつ、世間の目にさらされていく。騒ぎは、あっという間に収拾がつかなくなった。夏美が夫婦の間に割って入ったのだと非難する人もいた。一方で、隼也に対しては、こんな疑問を投げかける人もいた。どうして妻の苦しみを、愛の証明に使う必要があったのか、と。賭けに参加していた友人たちは、次々と過去の投稿を削除した。中には私に個人的に連絡してきて、「仲がよかったから冗談でやっただけで、悪意はなかった」と釈明する人までいた。私は、誰にも返事をしなかった。悪意があったかなかったかを決めるのは、傷つけた側じゃない。夏美も長い文章を投稿した。自分はただゲームに付き合っただけ。すべての行動は、私と隼也が暗黙のうちに認めていたことだった。私の代わりになろうと思ったことなど一度もないし、夫婦の間に割って入るつもりもなかった――そう書いていた。けれど、ほどなくして、友人たちのグループトークに残っていた彼女の音声が公開された。1年目。私のパジャマを着たいと言い出したのは、夏美のほうだった。2年目。「主寝室で寝てみてもいい?」と尋ねたのも、彼女だった。3年目には、こう言っていた。「有馬家にお嫁さんって呼ばれても、咲さんが耐えられるなら、本当にあの子には何の限界もないってことだよね」そして今年、家に引っ越す前には、笑いながらこう尋ねていた。「7日経っても帰ってこなかったら、この場所って本当に私のものになるの?」冗談の中に隠されていた探りが、ついにすべて白日の下にさらされた。夏美は泣きながら隼也のもとへ行った。「私、本当に隼也のことが好きだった。でも、隼也が何度も許してくれなかったら、私だってここまでできなかった。鍵を渡したのもあなた。ブレスレットを私の腕につけたのもあなた。みんなの前で私を奥さんだって否定しなかったのも、あなたでしょう?」隼也は長いこと黙っていた。「そうだ。
隼也は、会社の前で3時間も待っていた。私が仕事を終えて出てきたときには、夜風に吹かれ、顔色が真っ青になっている。私を見るなり、隼也は足早に近づいてくる。「咲、少し話そう」「勤務時間は終わっている。有馬社長と仕事の話をすることはない」有馬社長――その呼び方に、彼の足が止まる。この7年間、私は一度も彼をそんなふうに呼んだことがなかった。隼也は私の前に立ちはだかり、一枚の書類を差し出す。それは、会社が新しく作り直した創業記念冊だった。私の名前は、共同創業者の欄に戻されている。その後ろには、持ち株の補償と再雇用契約まで添えられていた。「会社には、お前が必要なんだ」そう言ってから、隼也は声を落とす。「俺にも、お前が必要だ」私は受け取らない。「会社に責任者がいないなら、新しく採用すればいい。それから、あなたが何を必要としているかも、自分で解決するべきでしょう」それは、かつて隼也が私に何度も言ってきた言葉だった。今度はそのまま、彼に返す。隼也の顔から、一瞬で血の気が引いた。「俺が間違ってた。ただ……お前が俺を愛しているって、確信しすぎてたんだ。俺の両親は、ずっと夫婦仲がよくなかった。だから俺は、愛情なんていつ変わるか分からないって、どこかで思ってた。だから何度も確かめたかったんだ。お前が俺をどれだけ大切に思ってるのか。本気でお前を傷つけるつもりじゃなかった」私は隼也を見つめる。そして、ふいに可笑しくなった。「愛を確かめる方法なんて、いくらでもあったよ。私に聞けばよかった。抱きしめてくれてもよかった。記念日を、一度くらいちゃんと大切に過ごしてくれてもよかった。なのにあなたが選んだのは、私を傷つけて、恥をかかせることだった。私が壊れていく姿を見れば、この結婚を自分が支配しているって思えたからでしょう?」隼也の唇がわずかに動く。けれど、反論する言葉は出てこない。「もう二度としない。夏美にはもう出ていってもらった。あの友人たちのグループトークからも抜けた。有馬家の真珠のブレスレットも、俺が取り戻す。会社のお前の名前も、全部元に戻す。もう一度、やり直そう……な?」私は首を横に振る。「あなたが変わることができたなら、次の恋をする人は、その恩恵を受けられる
夏美は、ただ足首を捻っただけだった。隼也が病院に駆けつけたときには、もうレントゲンも撮り終えていた。医師からは骨折はなく、数日安静にしていれば大丈夫だと言われる。夏美は目を赤くしながら、隼也の手をつかんだ。「私のせいで、咲さんとの離婚を遅らせちゃったの?」隼也は長いこと黙っていた。そして最後に、離婚届の受理証明書を彼女の前に置く。夏美は呆然とする。その目にはすぐ、隠しきれない期待が浮かんだ。「じゃあ今、本当に自由になったんだね。隼也……この7日間で、一度でも本当に私を妻だと思ってくれた?」隼也は答えない。ふいに思い出す。30日間、私は一度も泣かなかった。一度も振り返らなかった。その瞬間になって初めて、隼也は気づく。もしかしたら、私は本当にもう彼を必要としていないのかもしれない。隼也は夏美を看護師に預け、一人で家へ戻る。家の中は、怖いほど静まり返っている。クローゼットの中、私が使っていたスペースはすべて空っぽだ。ドレッサーの上にも、スキンケア用品はひとつもない。キッチンからは、私がいつも使っていたカップも食器も消えている。玄関に置いてあった、七年間履き続けたスリッパまで、私が持っていっていた。ウェディングフォトは、もう一度ベッドの枕元に掛け直されている。けれど、写真の中の二人は、まるで見知らぬ男女のようだった。隼也はスマホを手に取る。そして初めて、友人たちのグループトークに残っている動画を、最初から最後まで見返す。1年目。私がパジャマを取り返したあと、浴室に閉じこもって、長いこと泣いていた。その間、隼也と友人たちはドアの外で、自分たちが賭けに勝ったことを祝っていた。2年目。私は主寝室から追い出され、客室へ行かされた。午前2時。私は隼也に一度だけメッセージを送っていた。【本当に辛い。もうゲームを終わりにできない?】隼也は、それを見ていた。それでも、わざと返信しなかった。友人たちが「今夜一晩も耐えられない」と賭けていたからだ。私が自分からドアを叩いて、負けを認めるのを待っていた。3年目の家族の食事会。私が有馬家を出たあと、一人で雨の中を30分も歩いた。隼也が追いかけてきたとき、私は全身ずぶ濡れだった。それでも、私を抱きしめた彼が最初に口にしたのは「ごめん
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