ANMELDEN五月に入り、学校中が少しずつ騒がしくなっていた。
理由はひとつ。
体育祭。
廊下には体育祭のポスターが貼られていて、
クラスは体育祭の話で持ちきりだ。
「いよいよ始まるね、体育祭。」
私が呟くと、陸が
「今年は優勝したいよな!」
とはりきっていた。
「昨年はおしかったもんな。」
と返事する湊。玲央はというと…。
「暑そう。無理。」
と嫌そうな顔をしていた。
現実的ですね、相変わらず。
そんな話をしていると、
先生が教室へ入ってきた。
「じゃあ早速実行委員決めるぞー。」
ホームルームで先生が言った瞬間、
教室中がざわついた。
「やりたくないー。」
「絶対忙しいじゃん。」
そんな声があちこちから聞こえる。
私もその一人だった。
できることなら避けたい。
面倒だし。
人前に立つのは得意じゃないし。
「誰か立候補いるか?」
もちろん誰も手を挙げない。
静寂。
気まずい空気。
「じゃんけんしようぜ。」
誰かがそう言った。
「それは嫌!」
とクラス中が笑いに包まれた。
陸とかやらないのかな…と思っていた、
その時だった。
「はい。」
手を挙げたのは湊だった。
教室がざわつく。
「東堂やってくれるのか?」
「はい。」
爽やかか。
爽やかなのか。
さすが人気者。
私は心の中で拍手した。
これで一人決定。
すると担任が言う。
「じゃあ女子は?」
静寂再び。
誰も動かない。
みんな目を逸らしている。
私ももちろん逸らした。
すると。
「水原。」
聞き慣れた声。
振り向くと陸だった。
「え?」
「お前向いてそう。」
「向いてない。」
「向いてる。」
「向いてない。」
「向いてる。」
「向いてない!」
教室から笑い声が上がる。
「仲良いなー。」
誰かが言った。
恥ずかしい。
すごく恥ずかしい。
すると。
「水原ならいいんじゃないか?」
先生が言った。
「えっ!?」
周りも頷いている。
待って。
なんで。
なんでそうなるの。
だって私。
小学生の時に、前に出て発表する時に
盛大に失敗したことがあって
今でもトラウマなの。
あれから人前に立つことは避けてきた。
どうしよう。また失敗しちゃったら。
私が葛藤していると、
「伊吹ならできるだろ。」
湊が笑って私を見た。
「無責任なこと言わないで!」
「大丈夫だって。」
その一言がずるかった。
湊にそう言われると。
なんだかできる気がしてしまう。
不安も心配もあるけど、
湊がいるならやってみよう、
頑張ってみよう。
そう思えた。
「……やります。」
気付けばそう言っていた。
教室から拍手が起こる。
終わった。
果たしてこれで良かったのかな。
放課後。
実行委員の初顔合わせ。
教室に入ると。
そこにはすでに湊がいた。
「お。」
目が合う。
「よろしくな。」
そう言って笑う。
その笑顔に。
また胸が少しだけ騒いだ。
先生が役割説明をしたり、
他のクラスの実行委員との自己紹介をしたり、
体育祭当日のスケジュールを確認した。
私が緊張しながらメモをとっていると
隣に座っていた湊が
「そんなに緊張しなくていいよ。」
と小声で言ってきた。
「うん…。」
私は小さく頷いた。
初顔合わせが終わって、
部活がある湊とは教室でお別れ。
「じゃあ、俺部活行ってくる。」
湊が鞄を肩に掛ける。
「うん、頑張ってね。また明日。」
「おう。ありがと。またな。」
軽く手を振って教室を出て行く湊を見送り、
私も一人で廊下へ出た。
校門を出る前にふと後ろを振り返る。
校庭では、すでに運動部の掛け声や笛の音が響いている。
グラウンドを走る陸上部。
ボールを追いかけるサッカー部。
そこにはすでに合流した湊の姿。
「頑張っているなぁ。」
私は小さく呟いて、帰り道を歩き始めた。
夕日に照らされた体育館は、
いつもより少しだけ輝いて見えた。
「湊も頑張ってるんだ。私も頑張ろうっと。」
湊の部活姿を見た私は元気が出てきて、
前向きな気持ちになれた。
湊、あのね。
本当は断るつもりだったんだ、実行委員。
でも私が変わるチャンスだと思った。
湊が勇気づけてくれたんだよね。
ありがとう。
私は心の中で湊に感謝を伝えた。
体育祭まであと一か月。
実行委員として忙しくなる毎日が始まる。
少し不安で、
だけど。
それと同じくらい楽しみな自分もいた。
更衣室の扉を開くと、夏の日差しが眩しく差し込んできた。「おーい! 伊吹!」先に着替え終わっていた陸が、大きく手を振る。「ごめん、お待たせ!」そう言って三人の方へ歩いていくと、陸が一瞬だけ目を丸くした。「……。」「え、なに?」「いや、なんでも。」照れくさそうに視線をそらし、頭をかく陸。その反応が少しおかしくて、私は思わず笑ってしまった。「似合ってるじゃん。」玲央がさらっと言う。「ありがとう。」自然に褒められると、少しだけ照れくさい。そして最後に、湊と目が合った。「……。」なぜか何も言わない。「な、なに?」思わず聞き返すと、湊は少しだけ困ったように笑った。「……似合ってる。」たったそれだけ。なのに胸がどきりと鳴る。「……ありがと。」小さく返事をすると、湊は照れ隠しをするように海の方へ歩き出した。「よし! 泳ぐぞー!」陸が勢いよく走り出す。「待って!」四人で海へ向かう。足元に冷たい波が押し寄せてきて、思わず声が漏れた。「冷たっ!」「伊吹、こっち!」湊が笑いながら手を振る。その瞬間。「えいっ!」陸が海水を思い切りかけてきた。「きゃっ!」「ははっ! 大成功!」「もう、陸!」私は両手ですくった海水を思い切り陸へかけ返す。「うわっ!」その様子を見て玲央まで笑い出した。「玲央も!」「え、ちょっ──」気づけば四人で水を掛け合い、大笑いしていた。子どもの頃と何も変わらない。それなのに。胸の中だけは、少しずつ変わっている。ひとしきり遊んだあと、砂浜へ戻る。「喉乾いたな。」陸が自販機を指差した。「飲み物買ってくる。」「俺も行く。」玲央も立ち上がる。「伊吹たちは?」「私はここで待ってる。」そう答えると、湊も砂浜に座った。二人きり。波の音だけが静かに聞こえる。「楽しい?」湊が海を眺めたまま聞く。「うん。すごく。」「よかった。」その優しい横顔に、また胸が熱くなる。ふと風が吹き、私の麦わら帽子が砂浜を転がった。「あっ!」追いかけようと立ち上がる。でも、その前に湊が走り出していた。波打ち際で帽子を拾い、砂を払って私に差し出す。「はい。」「ありがとう。」帽子を受け取る瞬間、指先が少しだけ触れた。その一瞬だけで、心臓が大きく跳ねる。「……顔、赤いけど大丈夫?」
海へ行く朝。私は鏡の前に立って、じっくりと自分を見ていた。「……大丈夫。」白いTシャツにデニムのショートパンツ。その下には、昨日まで悩みに悩んで決めた水色の水着を着ている。昨日、那月が「絶対こっち!」と勧めてくれたもの。自分ではまだ少し慣れない。鏡の中の私は、いつもと同じようで。でも、今日は少しだけ違って見えた。「伊吹ー!朝ごはんできたよ!」一階からお母さんの声が聞こえる。「今行くー!」私は鏡から離れた。そして、もう一度だけ自分の姿を確認する。……変じゃないよね。そんなことを考えている自分が少し恥ずかしくなった。「だって今日は海でしょ?」小さく呟く。ただ四人で海に行くだけ。いつもと同じ。そう思おうとしても。昨日から、どうしても気になってしまう。もし湊が見たら。「……何考えてるの。」私は自分で自分に突っ込み、慌てて部屋を出た。リビングへ行くと、お母さんが朝食を並べていた。「おはよう。」「おはよう、伊吹。」席に座ろうとした瞬間、那月が私の服を見て笑った。「その服かわいい!」「ありがとう。」「水着も?」「……うん。」「やっぱり水色にしたんだ!」那月は満足そうに頷いた。「絶対似合うって言ったもん。」「はいはい。」「湊お兄ちゃんにも見せるんでしょ?」「……っ!」思わず箸を落としそうになる。「なんでそうなるの!」「だって今日一緒に海行くんでしょ?」「そうだけど……。」「じゃあいいじゃん。」那月は楽しそうに笑う。私は何も言い返せず、黙って朝ごはんを食べた。「水分もしっかり取るのよ。」お母さんが言う。「はーい。分かってるよ。」朝食を食べ終え、玄関で靴を履く。「行ってきます!」「楽しんできてね!」「湊お兄ちゃんによろしくー!」「もう!そういうこと言わないで!」笑い声を背中に受けながら、私は家を出た。駅前に着くと、玲央がベンチに座って待っていた。「おはよう。」「おはよう!」少しして陸が走ってくる。「セーフ!間に合った!」「またギリギリ。」玲央が呆れたように言う。「今日は寝坊してないから!」「それ、昨日も聞いた。」「今日は本当!」そんな会話をしていると。「悪い、待った?」聞き慣れた声がした。振り向く。湊だった。黒いTシャツに薄いデニム。飾らない服
翌日。昼食を食べ終わって部屋に戻ると、スマホが震えた。四人のグループLINEだった。【水曜日、何時集合にする?】陸からのメッセージだった。【朝の九時くらいでいいんじゃない?】玲央がすぐに返す。【早くない?!】私は思わず笑って送ると、【海なんだから早いほうがいいでしょ。】またまた玲央からの返信に湊からも返信が来た。【俺もそれでいい】たった一言。それだけなのに、私の口角が上がった。【じゃあ九時ね!】送信してから、スマホを胸元に置く。「……楽しみだな。」もちろん、海に行くことが。陸も玲央も一緒だから。昔から何度も四人で遊びに行っていた。それなのに、今年は少しだけ違う。体育祭の日、湊が走っている姿を見た時も。夏祭りで迷子になった私を、湊が見つけてくれた時も。胸が変に騒がしかった。_________________海へ行く約束をしてから三日が経った。私は朝から自分の部屋でクローゼットを開けていた。「……どうしよう。」ベッドの上には、水着が二着。昨年着たネイビーの水着。そして、先日買ったばかりの淡い水色の水着。どっちにしよう。「うーん……。」鏡の前で合わせてみる。昨年のでもいい。でも、新しい方も着たい。「決まんない……。」その時だった。「お姉ちゃーん!」勢いよく部屋のドアが開く。「……ノックしてよ。」「ごめんごめん。」笑いながら入ってきた妹は、ベッドの上の水着を見て目を丸くした。「え!海!?」「うん。」「いいなー!」妹は新しい水色の水着を手に取る。「こっち可愛い!」「そうかな?」「絶対こっち!」私はもう一度鏡を見る。確かに可愛い。でも。「派手じゃない?」「全然!」妹は腕を組んで私を見る。「……お姉ちゃんさ。」「ん?」「誰か意識してる?」「え?」思わず固まる。「そんなに悩むなんて珍しいじゃん。」「海だからだよ。」「ふーん。」その返事に、妹はにやっと笑った。「湊お兄ちゃん?」「なっ……!」思わず声が裏返る。「違う!」「じゃあなんで顔真っ赤なの?」「暑いだけ!」「部屋クーラーついてるけど?」「……。」何も言い返せない。妹はケラケラ笑いながら部屋を出ていこうとする。ドアの前で立ち止まり、「私はその水色が好き!」と言い残して階段を
「暑っ……。」駅前を歩きながら、陸が首元をあおぐ。「さっきからそれしか言ってないね。」]私は笑って陸の方を見る。「だって暑いんだから仕方ないだろ。」「確かに今日は暑い。」湊も苦笑する。「まだ夏休み始まったばっかりなのに、これじゃ先が思いやられるな。」玲央が空を見上げる。真っ青な空に、入道雲が大きく浮かんでいた。「でも夏って感じする!」私は嬉しくなってそう言う。「暑いの嫌いじゃなかった?」陸が聞く。「嫌いだけど、夏は好き。」「矛盾してる。」「いいの!」四人で笑いながら歩く。こういう何気ない時間が、私は好きだった。特別なことなんて何もない。ただ一緒に歩いて。くだらない話をして。笑っているだけ。それだけなのに、今年は少しだけ、胸がくすぐったかった。四人は商店街を抜け、いつものアイス屋へ向かった。小さい頃から夏になると必ず来るお気に入りのお店。「ここ来るの久しぶりじゃない?」伊吹が店を見上げる。「昨年も来た。」玲央が即答する。「……そうだっけ?」「来た。」「覚えてない。」「伊吹はすぐ忘れるからな。」陸が笑う。「失礼な!」そんなやり取りをしながら、店の前に並ぶ。「私はソーダ!」「俺はチョコ。」「抹茶。」「バニラ。」それぞれアイスを受け取り、店の前のベンチに並んで座る。「やっぱ夏はアイスだな。」湊が満足そうに笑う。「おいしい!」私もアイスを食べる。「冷たっ……!」「当たり前だろ。」「分かってるよ!」また笑い声が響く。しばらくアイスを食べながら、四人で夏休みの予定を話していた。「そういえば、海行きたいって言ってたよな。」湊が私を見て言う。「うん。行きたい!」「じゃあ行く?」湊はあっさり返した。「え?」「海。」その一言で、みんなの動きが止まる。「いいじゃん!」陸が身を乗り出した。「毎年行ってるし。」玲央も珍しく反対しない。「今年も行こうぜ。」「じゃあ決まり!」私はわくわくしながら笑う。「いつにする?」四人でスマホを見ながら予定を合わせる。「来週の水曜日なら全員空いてる。」「じゃあ水曜!」「決定!」こうして、今年最初の海の日が決まった。「楽しみだな。」湊が笑う。「うん!」私も笑って頷く。その笑顔を見て、湊も少しだけ嬉しそうに目を細め
終業式が終わり、ついに夏休みが始まった。朝。目覚まし時計を気にしなくていいだけで、少し幸せな気分になる。「夏休みだー!」ベッドの上で大きく伸びをする。窓を開けると、蝉の鳴き声が一気に部屋へ飛び込んできた。夏だ。昨日まで制服を着ていたのが嘘みたいだった。その時、スマホが震える。『暇。』送り主は陸。思わず笑ってしまう。『夏休み初日の感想がそれ?』送ると、すぐに返事が来た。『暇だから遊ぼう。』『急すぎる!』そこへまた通知。今度は四人のグループだった。湊『今日みんな暇?』まるで示し合わせたみたいなタイミング。玲央『暇。』陸『暇。』私は笑いながらスマホを打つ。『みんな暇なんだね。』少しして湊からメッセージが届く。『駅前集合で。アイス食べ行こう。』『行く!』送信ボタンを押した瞬間、自分でもびっくりするくらい返事が早かった。「……。」私はスマホを見つめる。やっちゃった。こんなの、楽しみにしてたみたいじゃん。いや、楽しみなんだけど。「はぁ……。」顔が熱い。恋を自覚した途端、全部が気になってしまう。服は何を着よう。髪は巻こうかな。いや、気合い入れすぎ?鏡の前で何度も着替えては首を傾げる。「伊吹ー!」一階から母の声が聞こえた。「そろそろ出る時間じゃない?」「今行くー!」結局、白いTシャツにデニムといういつもの服を選んだ。駅前に着くと、一番最初にいたのは玲央だった。「早いね。」「五分前だし。」うん、玲央は相変わらずだ。「お待たせ!」次に陸が走ってくる。「暑すぎ……。」「走ってきたの?」「二度寝した。」「珍しい!」そんな話をしていると、「悪い、待った?」最後に湊が現れた。その瞬間。自然と目で追ってしまう自分がいた。黒いTシャツに、ベージュのパンツ。シンプルなのに、なんだかよく似合っている。「伊吹?」「えっ?」「ぼーっとしてた。」「してない!」慌てて目を逸らす。陸はその様子を横で見て、小さく眉をひそめた。玲央だけが気付いたように、そっと苦笑する。「じゃあ行くか。」湊の一言で、四人は歩き出した。駅前から歩き出す。蝉の声が響く道を、四人で並んで歩いた。「そういえばさ。」陸が口を開く。「夏休み、何する?」「宿題。」玲央が即答した。「真面
花火が夜空に大きく咲いた。「きれい……。」思わず声が漏れる。色鮮やかな光が夜空いっぱいに広がり、ゆっくりと消えていく。「毎年見てるのにな。」湊が笑った。「うん。」「でも、何回見てもすごい。」私は小さく頷いた。その時だった。「伊吹ー!」遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。「いた!」陸が人混みをかき分けながら駆け寄ってくる。その後ろには玲央の姿もあった。「よかった……。」陸は私の顔を見るなり、安心したように息をついた。「ごめん、陸。」「怪我は?」「してない。」「ならいい。心配したんだからな。」陸は少しだけ眉をひそめた。「電話もつながらないし。」「ごめん…。」「人混みで一人になるな。」そう言って軽く頭をぽんと叩く。昔から変わらない。陸なりの優しさだった。「俺も探した。けど見つからなくってさ。」「ごめんね。」「無事ならそれでいい。次から気を付けろ。」そう言いながらも玲央はどこか安心したように笑った。その様子を見た湊は、小さく息を吐いた。四人そろって、もう一度花火を見上げる。しばらく誰も言葉を発しなかった。夜空には次々と大きな花が咲いては消えていく。色とりどりの光が私たちを照らしていた。屋台の賑わいも。子どもたちの笑い声も。今はどこか遠くに聞こえる。私はただ静かに花火を見上げた。こうして四人で並んで花火を見るのは、もう何回目だろう。小さい頃は、何も考えずに笑っていた。中学生になっても。高校生になっても。ずっと変わらないと思っていた。だけど、今年だけは違う。同じ景色なのに。私の心は、少しずつ変わっているようで。そう思いながら私は口を開いた。「今年の花火、昨年よりすごくない?」空を見上げてそう言うと、「それ毎年言ってる。」玲央がぼそっと言う。「え、そうだったっけ?」「うん、言ってるな。」陸も頷きながら笑う。「伊吹は毎年同じこと言うよな。」「そんなに同じこと言ってる?」「昨年は『来年も来ようね。』って言ってた。」湊が思い出したかのように笑う。「言ったかも。」「俺、ちゃんと覚えてる。」そう言って湊は私と目を合わせた。その一言に、私は胸が温かくなっていくのを感じた。昔の何気ない言葉まで覚えてくれていた。そんなことが、少し嬉しかった。「来年も四人で見られるか







