距離を置き、決して近づかない――それが自分にとっても、海斗にとっても、最も良い選択だった。凛は書類とペンをしまい、立ち上がった。その時、不意に海斗が独りごとのように呟く。「……でも、俺はいまだにお前を友達だと思ってる」凛はそのまま歩み去った。海斗は彼女の背中をじっと見つめ、やがて静かに視線を外す。カップを持ち上げ、一口コーヒーを含んだ。舌先から口腔全体に広がる苦味。だが海斗の表情は微動だにしない。親指でカップの縁をなぞりながら、ふと視線は対面の空席へと移った。そこには、凛が口をつけたカップが残されている。そういえば、彼女はいつもミルクを足していた。苦くないほうが好きだから、と。海斗は手を伸ばし、彼女が残したカップを取り上げ、唇を寄せた。ひと口、ほんの少しだけ味を確かめる。――やはり、思った通りだ。二人で過ごしたのは六年という歳月。六日でも、六ヶ月でもない。正真正銘の六年間だ。どうして自分が凛を理解していないなどと言える?いや、誰よりも凛を知り、誰よりも凛を理解している。だから……海斗は目を細め、ゆっくりと視線を落地窓の外へ向けた。諦めるなどありえない。凛は彼だけのもの――かつてそうであり、いまは違えど、未来には必ず再びそうなるのだ。海斗は残りのコーヒーをゆっくりと飲み干した。かつては無糖のアメリカンしか口にしなかった。だが凛が好まないというのなら、変えてみればいい。実のところ、何も難しいことじゃない。時也を見れば、それは明らかだ。なぜ彼が凛に拒絶されないのか?それは、巧みに隠し、上手く装う術を心得ているからだ。気づかれぬように、さりげなく、まるでぬるま湯の中に放たれた蛙のように、少しずつ凛の生活へと染み込んでいく。それはまるで春の日の雨。細く、弱々しく、存在感などないかのように降り注ぎながら、実は土を貪るように潤し、愛という芽を際限なく伸ばそうとする雨だ。自分は静かに身を退き、あたかも譲歩するかのように振る舞った。そうすれば凛は圧迫を感じることなく、自然と警戒を緩め、自分を近づけてしまう。時也にできることが、自分にできないはずがあるだろうか。昨夜の酒は、確かに海斗を泥酔させた。だが、ほんの一瞬だけ訪れた醒めた意識があった。その瞬間、海斗は悟ったのだ。凛
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