パシッ!乾いた音が響き渡る。私を見下ろす般若のようなミリア・アーデン侯爵夫人の顔がそこにあった。一瞬何が起こったか分からなかった。「そこに座りなさい。皇太子殿下を置いて帰ってくるなんて何て愚かなことを」次に私の髪を鷲掴みにして引っ張られ床に座らせられた。「この髪は何? 皇太子殿下がお前の長く綺麗な髪をお褒めになったのを忘れたの?」私は大きな勘違いをしていた。アーデン侯爵夫人はエレナに無関心などではない。彼女が自分の思うように動いていたから、干渉してこなかっただけなのだ。「皇太子殿下のお気持ちが離れたら、お前には何の価値もないのよ! 第一皇子に送ってもらうなんて噂でもたって婚約がなくなりでもしたらどうするの?」侯爵夫人はアランのことは気にしているようだけど、私を送ってくれたライオットに対しては礼を尽くすどころか邪険に追い返していた。ヒステリックに騒ぎ倒している夫人を、周りの使用人たちは驚きもせず遠巻きに見ている。私は自分の親にも叩かれたことがない。どうしてこんな異世界で、叩かれなければいけないのか。やられたらやり返す主義だ。暴力には訴えないけれど、精神的ダメージをくらわしてあげる。もう一度振り上げられた侯爵夫人の手首を掴むと、侯爵夫人は驚いた表情をした。「そうやって、人に媚をうってお母様は今欲しいものを手に入れてますか?」やられっぱなしでいると思ったら大間違いだ。「お前、何を言って? お前は誰なの?」今の質問は私の正体を問うものではない、今まで反抗してこなかった娘がいったいどうしたのかということだろう。「私が、皇后になっても、お母様は皇太后にはなれませんよ?」私がわざと嘲笑するように言うと、侯爵夫人は真っ赤になってもう片方の手を振り上げた。その手首も掴んで、私はさらに続ける。「お母様は髪を何時間もとけば皇帝陛下の心が掴めると思っていたのに今こうしている、残念ですね」「エレナ・アーデン! 母
Last Updated : 2025-06-09 Read more