「ゴメンだね、もう帰っておくれ」 まるで|宣告《せんこく》のように、ピシャリと扉が閉められた。 バタン、という乾いた音が、夏の湿気を含んだ静かな住宅街に小さく、しかし決定的に響き渡る。 古びた木の戸がきしむ音は、まるで湿った空気を鋭く切り裂く悲鳴のよう。 松田さんの拒絶の言葉が、目に見えない冷たい壁となって、僕の目の前に音もなく立ちはだかった。 閉ざされた扉の奥から、|諦念《ていねん》とも後悔ともつかない、ため息のような微かな気配が一瞬だけ漏れ聞こえた気がした。 玄関先にぽつんと取り残された僕の心は、梅雨明け間近の、重く垂れ込めた風に翻弄される道端の草のように、ただ|茫然《ぼうぜん》とその場に佇むしかなかった。 遠くで、途切れがちな蝉の声が虚しく響き、 薄曇りの空が、影を落とす家屋の輪郭を一層長く、濃く引き伸ばしていた。 「はぁ……っ」 思わず、重いため息が漏れる。 上手く伝えられなかった。言葉の選び方も、心の距離の縮め方も、きっとどこかで間違えてしまったのだろう。 松田さんのあの氷のように冷たい視線、「詐欺かなんかかい?」という刃のような一言が、何度も何度も頭の中で木霊する。 「私たちに具体的な接点が無い以上、やはり難しいのかもしれませんね。」 隣で、美琴がそっと呟いた。 その声音は絹のようにやわらかく、僕を責めるでもなく、かといって安易に慰めるでもない、 ただ事実を静かに受け止めるような響きを持っていた。 彼女の艶やかなポニーテールが、まとわりつくような湿った風に弄ばれて、 着古したジーンズジャケットの袖がふわりと揺れる。 その茶色の澄んだ瞳が、鉛色の曇り空の下で、僕の姿を案ずるように、そっと見つめていた。 「だとしても……あまりにも、悔しくて仕方がないよ。」 美琴の落ち着いた言葉に、ほんの少しだけ心が凪ぐのを感じる。 でも、それ以上に、どうしようもない自分への苛立ちが、胸の奥で|燻《くすぶ》っていた。 詩織さんの鮮烈な記憶が、今もなお、心の壁に焼き付いた残響のようにこびりついて離れない。 あの土砂降りの雨の夜、彼女の悲痛な叫び、大型トラックの無慈悲な衝撃音…… そして、『ごめんなさい……』という、たった一人の母親に伝えることすら叶わなかった、あまりにも切実な想
Last Updated : 2025-05-26 Read more