Semua Bab 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Bab 11 - Bab 20

172 Bab

縁語り其の十一:暖かい手と、届かない声

「先輩……!?」 まぶしい光。 同時に飛び込んできたのは、聞き覚えのある、けれどこんな場所で聞くはずのない声だった。 混乱し、眩しさに目を細めながら、声の主を視界に捉えようとする。 そこに立っていたのは──。 夕暮れの桜の下で出会った、あの少女。 どこか儚げな僕の後輩、月瀬美琴だった。 「月瀬さん…!?」 驚きと戸惑いが、胸の奥で渦を巻く。 こんな場所で彼女と再会するなんて、想像すらしていなかった。 「どうして先輩がこんなところに……? それに、すごい音が聞こえましたけど……」 美琴は、不安げな表情で、けれど真っ直ぐに僕を見つめている。 その揺るぎない視線に、僕は少しだけ肩をすくめて、努めて平静を装った。 「……僕は、友達を探しに来たんだ」 「お友達を……?」 「うん。昨日の夜、面白半分でここに入った連中の中に、友人がいたかもしれなくてさ。まだ家に帰ってないから……何かあったんじゃないかって」 「例の生配信…ですか……?」 「……知ってるの?」 「いえ……詳しくは知りません。今朝、学校で少し話題になっていたので。ただ、何かの……霊らしきものが映った、と」 美琴は、どこか納得したように小さく呟き、そっと視線を落とした。 その手に、ボロボロな小さな木彫りの人形が握られているのが目に入る。塗装は剥げ、犬の足が一本もげてしまっている。けれど、長い年月を経ても失われない、どこか温かみのある形をしていた。 「それで…月瀬さんは一体、どうしてここに?」 僕が改めてそう尋ねると、彼女は、先程までの不安げな表情から一変し、静かに、そして決意を込めた口調で答えた。 「私は……これを、届けに来たんです」 「その人形を……届けに?」 一瞬、言葉の意味が分からなかった。届ける、いったい誰に? でもその瞳には、微塵の迷いもない。これは、決して冗談なんかじゃない。 「先輩……実は、私は、霊が見えるんです」 美琴の告白に、心臓を直接掴まれたかのように、鼓動が跳ね上がった。 「えっ……」 「私は……この病院にいる男の子の霊に、この人形を、どうしても届けなければならないんです」 男の子の霊。間違いない。彼女は、僕がついさっき出会ってしまった、あの子供の霊を、確かに見ている。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-18
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縁語り其の十二:重なる面影

僕が一歩踏み出そうとすると、彼女は静かに首を横に振った。大丈夫、というように小さく微笑んでみせる。 『……ここは、誠也の場所だったのに……なんで?』 その声は、まだ幼さを残しながらも、どうしようもないほどの怒りと、そして深い寂しさが、ぐちゃぐちゃに絡まり合っているようだ。 『……誠也……ただ……ただずっと、ここで……待ってるだけなのに……』 小さな肩が、小刻みに震えている。その悲痛な言葉が、部屋全体の壁や床にじわじわと染み込んでいくようだった。 美琴が、ゆっくりと、その場に膝をついた。 怯える彼を刺激しないよう、細心の注意を払うように。 誠也君の、その真っ黒な瞳の高さまで視線を下ろし、彼女は、そっと、慈しむような眼差しで彼と視線を合わせる。 「うん……誠也君がずっと寂しかったこと、そして今も、とても不安なこと、私たちには、ちゃんと分かってるよ」 その声には、ただ同情するだけではない、彼の存在そのものを肯定しようとする、あたたかで力強い心が宿っていた。 「お兄ちゃんも、お父さんも、お母さんも……みんな、みんな、誠也君のことを、今でもずっと、大切に想ってる」 美琴は、そう言うと、胸元に抱えていたボロボロの木彫りの犬を、まるで宝物を扱うかのように、そっと両手で誠也くんへと差し出した。 「これはね、誠也君のお兄ちゃんが、君のために、一生懸命作ったんだって。ずっと、ずっと君に届けたかったんだよ。だから、受け取ってくれるかな?」 張り詰めていた手術室の空気が、ほんの少しずつ、緩んでいくのを感じる。 誠也君の、黒い影のような輪郭が、ふっと揺れた。 そして、ぽつりと、ほとんど吐息のような、かすれた声がこぼれ落ちる。 『……こ、これを……お兄ちゃんが……誠也のために……?』 美琴が、その言葉を肯定するように、やさしく、そして深くうなずいた。 「うん。君のお兄ちゃんはね、君のために、心を込めてこれを作ったんだ。君のこと、一日だって、忘れたことなんてなかったんだよ」 ぽたっ──。 誠也君の、その黒く窪んでいたはずの瞳から、まるで真珠のような、きらりと光る涙が一粒、静かに床へと落ちた。 真っ黒だった瞳に、光が戻っていく。 その光景を息をのんで見つめながら、僕は、気づいていた。 美琴は、目の前にいる“
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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縁語り其の十三:届けたかった想い

誠也君の影のようだった輪郭が、ふわりと嬉しそうに揺れた。 そして、本当に久しぶりに浮かべたのであろう、どこまでも無邪気な子供の笑顔が、その小さな顔に浮かぶ。 弾むような、小さな声が手術室に響いた。 『うんっ! じゃあ……おもいっきり隠れるからね! 絶対に見つけてね!』 カタ、カタ、カタタ……。 まるで小鳥が飛び跳ねるような、軽やかな小さな足音が遠ざかり、誠也くんの小さな影は、あっという間に廊下の薄闇の中へと、楽しそうに溶けて消えていく。 静寂が戻った、埃っぽい手術室の中で、僕たちはゆっくりと動き出した。 床に転がっていた懐中電灯の光が、足元を頼りなげになぞり、その動きに合わせて、積もった古い埃がふわりと柔らかく宙に舞い上がる。 「……もう、隠れ終わったかな、誠也君」 僕がそう呟くと、美琴が隣で悪戯っぽく首をかしげて、小さく微笑んだ。 「もう少し待ってあげてくださいね。先輩は、少しせっかちさんです」 「あはは……ごめん」 その、どこか親しげで穏やかな声に、僕の心を支配していた張り詰めた緊張が、ふっと、春の雪解け水のように和らいでいくのを感じた。 “かくれんぼ”──。 それは、この暗く冷たい廃病院で、たった一人、永い間、家族を待ち続けていた誠也君が、心の底から望んだ、たったひとつの、あまりにも切ない願い。 一体、どれだけの孤独な時間を、あの子はここで過ごしてきたのだろう。 どれだけの夜を、この暗くて冷たい場所で、ただひたすらに……自分の名前が、大好きな家族の声で呼ばれるのを、待ち続けていたのだろうか。 そう思うと、胸の奥が、またきゅっと締めつけられるように痛んだ。 「そういえば美琴……さっきの、あの犬の人形だけど……」 あの人形を一体何処で手に入れたのか。僕はまだ何も聞いていなかった。 僕がふと声をかけると、美琴は、手にしていた片足のもげた木彫りの犬を、まるで壊れやすい宝物でも扱うかのように、そっと優しく撫でた。 「この人形は……少し前、桜織市の町外れにある、古い国道の脇道で拾ったものなんです」 彼女は静かに語り始めた。 「誠也くんのご両親は、彼が結核だと分かった当時、その高額な医療費を稼ぐために、昼も夜も共働きをしていらっしゃったそうです。今から五十年も前と言えば、結核は、子供
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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縁語り其の十四:時の残響

僕は、重い決意と共に、あの地下へと続く「倉庫」の入口に再び辿り着いた。 目の前に広がるのは、やはり底のない暗闇へと誘うかのような、不気味な螺旋階段。 手すりには、何十年もかけて紡がれたであろう分厚い蜘蛛の巣がびっしりと垂れ下がり、そこから吹き上げてくる空気は、明らかに地上とは異質で、重たく、ひんやりとしていた。 不思議と、最初ほどの恐怖はなかった。 誠也くんは、ただ怖いだけの存在じゃない。美琴の、あの真っ直ぐな姿を見ていると、そう思えた。 もちろん、怖くないわけじゃない。十年かけて染みついた恐怖は、今も体の芯に鉛のようにこびりついている。 だけど、それだけじゃなくなった。 暗闇の底で、彼を「知りたい」と願う、小さな光のような気持ちが、確かに生まれていた。 美琴は、僕が十年かけて固く閉ざしてきた扉を、いとも簡単にこじ開けてしまったんだ。 (母さんが意識不明にならなければ、僕も、もっと早く……) ……いや、やめよう。もしもの話だ。 大事なのは、「今」どうするかだ。 ゆっくりと、一度深く深呼吸をして、僕はその暗闇へと続く最初の一歩を、慎重に踏み出した。 そして、もう一歩。また、一歩。 ぎしり、と年季の入った階段が軋むたびに、胸の奥で心臓がドクンと大きく跳ねたけれど、僕はそれを必死に押し殺して、ただひたすらに、冷たい闇の下へと降りていった。 長い螺旋階段をようやく降りきると、目の前に、まるで金庫室の扉のような、分厚く巨大な鉄の扉が音もなく立ちはだかっていた。 錆び付いた取っ手に全体重をかけるようにして横へと引くと、ゴゴゴゴ……という、腹の底に響くような重い金属音を立てて、扉はほんのわずかだけ、その重い口を開いた。 途端に、濃密な埃の混じった、淀んだ空気が僕の顔へと勢いよく吹き付けてくる。 懐中電灯の震える光。その先に、黒い影。 人影だ。 「……っ!」 僕は息を呑み、半ば転がり込むようにして、その薄暗い空間へと駆け寄る。 そこにぐったりと倒れていたのは、紛れもなく、僕の親友である翔太だった。 その傍らには、見慣れた顔が他にも三人……いつもバカをやっている、クラスメイトたちだ。昨日、あの動画配信をしていた三人組に違いない。 僕は急いで一人一人の傍に駆け寄り、震える指で首筋に触れて脈を
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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縁語り其の十五:刻還しの追憶

院長室の中は、しんと静まり返った深い闇が、底なし沼のように広がっていた。 辛うじて割れた窓の隙間から滲み入る、冷たく青白い月明かりだけが、床の一部分を頼りなげに照らし出している。 その、ぼんやりとした光の中で、小さな子供の影──誠也くんの霊が、ふわりと淡く揺れていた。 そして、その傍らには。 部屋の隅に置かれた、埃を被った古い革張りのソファに、美琴が静かに腰を下ろし、まるで慈しむように、その膝の上で眠るかのような誠也君の髪を、そっと、繰り返し撫でていた。 (綺麗だ……) 彼女の白い指先が、淡い影のような誠也君の髪に触れるたび、空気がゆるやかに揺らめき、彼女自身の祈りが具現化したかのような、温かく清らかな気配が、その場に満ちていくのを感じた。 「あっ……先輩、こちらへ来ていただけますか?」 美琴が、僕の気配に気づいてゆっくりと振り返り、穏やかな、けれどどこか厳粛な声で僕を呼ぶ。 僕は無言で頷き、ゆっくりと彼女の隣へと進み、そのソファの端に腰を下ろした。 「……目を、閉じていただけますか?」 美琴の、静かなその一言に従って僕がゆっくりと目を閉じると──。 すぐに、僕の額に、ふわりと、やわらかく、そして温かい何かがそっと触れた。 美琴の、指先だろう。 その感覚は、心の奥底に仕舞い込んでいた遠い日の記憶を呼び覚ますようで、どこかひどく懐かしくて、ささくれ立っていた僕の心を静かに優しく包み込んでくる。 ドクン……。 胸の奥深くで、何かが、今までとは違うリズムで確かに脈打ったのを感じた。 美琴の澄み切った声が、僕の意識の深い闇の中へと、清らかな水が一滴ずつ染み込むように、やさしく響いてくる。 「──刻還しの響《ときかえしのひびき》……汝、過ぎし時の断影よ。我がこの静かなる祈りに応え、その魂に刻まれし記憶の深淵を、今こそこの眼《まなこ》に映し出せ──」 途端に、僕の身体全体が、淡く、けれど力強い赤い光にふわりと包まれた。 瞼を閉じているはずなのに、その鮮烈な光が、目の裏にまで届いてくる。 そして、その温かい光に導かれるように、僕の意識は、深く、深く、沈んでいった──。 *** 【追憶:静止した世界】 気がつくと、僕は見知らぬ道路の真ん中に、一人で立っていた。 世界から、音が消えてい
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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縁語り其の十六:浄魂の祈りと、穢れた血

僕の意識は、あの壮絶な記憶の奔流から、ゆっくりと、けれど確かに現実へと引き戻された。 「美琴……今のは……!?」 記憶の中では妙に落ち着いていた心臓が、現実に戻った途端、激しく脈打ち始める。 美琴は、長いまつ毛を伏せたまま、その白い頬を静かに涙で濡らしていた。 「誠也君の記憶を、見ることはできましたか?」 「……うん。辛すぎる過去だった……」 「……本当に……辛い過去でしたよね」 彼女の声はひどく小さく、そして、心の底からの同情で僅かに震えていた。 こんなにも小さな子供が、たった一人で、どれほどの寂しさと恐怖を抱えたまま、この冷たく暗い廃墟の地に、永い間、縛られていたというのだろう。 もう──僕の目に映る誠也君の姿は、得体の知れない恐ろしい霊的な存在なんかでは、決してなかった。 ただ、そこにいるのは、温もりを求める、いたいけな一人の男の子だった。 美琴の膝の上で、誠也君は、今はもう穏やかに目を閉じている。 あのボロボロになった木彫りの犬の人形を、まるで宝物のようにその小さな胸にぎゅっと抱きしめながら、彼自身から発せられるかのような、温かく清浄な光に優しく包まれていた。 『……誠也……やっと、みんなに……会える、の……?』 その、か細く、そして期待に満ちた問いかけに、美琴が穏やかな優しい微笑みを浮かべて、深く頷く。 「うん。もう、大丈夫だよ、誠也くん。もう、何も怖がることはないから」 まるで祈りを捧げるかのような、静かで、けれど確かな力強さを秘めた声で、美琴は厳かに言葉を紡ぎ始めた。 「──浄魂の祈り……汝、汚れを知らぬ純なる魂よ──今こそ全ての苦しみから解き放たれ、浄土へと、穏やかに還りなさい…」 美琴のその詠唱に応えるように、彼女の身体から、鮮やかで、けれどどこまでも優しい“紅い光”がふわりと広がる。 その光は、誠也君の小さな身体を、まるで母親の温もりで包み込むかのように、やさしく、やさしく包み込んでいく。 月明かりが差し込む薄暗い院長室の中で、光に包まれた誠也くんの姿は、ゆっくりと揺らぎながら、その輪郭を次第に淡く、そして周囲の空気へと溶け込ませはじめる。 (……成仏が、始まるんだ……。) 『……ありがとう……お兄ちゃん……お姉ちゃん……本当に、ありがとう……』 その、心
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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縁語り其の十七:夜明けの桜

院長室に、静寂が戻る。 割れた窓から差し込む月明かりが、舞い上がる埃をきらきらと照らし、冷えた空気がゆっくりと流れを変えていった。 誠也君は、消えた。 最後に見せた、あの子供らしい笑顔だけを、この薄闇に残して。 (もう、一人じゃない。やっと、家族の元へ帰れたんだ) 胸の奥に広がっていたのは、不思議なほどの静けさと、そして、温かい何かだった。ずっと胸につかえていた重いものが、すうっと溶けていくのを感じる。 僕は、長く、長く息を吐き出し、床に手をついた。 まだ、心臓の奥が、微かに震えている。 安堵と、寂しさと、そして、ほんの少しの達成感。 それらが混ざり合った、不思議な震えだった。 ──美琴の、不思議な力。 紅い光が、誠也くんの過去を映し出し、そして彼を導いた。 (あれは一体……?優しい光だった。でも、普通の人間にできる事じゃない。巫女の力とは言ってたけど……) そんな事を考えていると、ふいに背後で人の気配がした。 振り返ると──そこには、誠也君の記憶に出てきた白衣の老医師が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。 彼は美琴と僕へ、深々と頭を下げる。 そして、誠也君が成仏した時と同じ様に、彼の体から光の粒子のようなものが舞い、その姿は静かに消えていった。 「み、美琴、今のは!?」 僕は美琴を見て尋ねた。 「今まで他の霊の気配を感じなかったし…誠也君も一人だと思ってたよね…?」 「力が弱い霊だったのでしょうね…。それこそ誠也くんにさえ、見えないほどに」 「…でもそんな誠也くんを、さっきの方はずっと見守ってくれていたんだと、私は思います」 彼女は、院長室に飾られた一枚の絵……おそらく誠也君が描いたのであろう老医師の似顔絵を見つめながら、そう言った。 それから数分後。 美琴が立ち上がると、床に転がる懐中電灯を拾い上げた。 「…先輩、そろそろ戻りましょう」 (そうだ……翔太達……!) 「そういえば、地下倉庫で四人を見つけたんだ。意識を失っていたんだけど、どうしたら起きるかな……?」 そう、まだ彼らは、気を失ったままだ。 「なるほど……。では、私が起こします」 美琴が静かに言い、倉庫へと足を進める。僕は何も言わず、それに続いた。 *** 倉庫の中には、まだ静寂
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縁語り其の十八:新たな約束

あれから、数日が経っていた。 日常は、何事もなかったかのように穏やかに僕の周りを流れていく。 けれど、僕の頭の中には、まだあの廃病院で体験した出来事の、薄い霧のようなものがずっと残っているようだった。 現実感がどこか希薄で、ぼんやりとした不思議な感覚が消えないまま、僕は、開いたままの教科書が置かれた机に肘をつき、ただ窓の外を眺めていた。 春の優しい風が、グラウンドの砂を運び、校庭の木々の新芽がふるふると小さく揺れている。 空は、西の端から少しずつ、美しい朱色に染まりはじめていた。 誠也君の、あの最後の笑顔。 廃病院全体に漂っていた、氷のような空気。 それがまだ身体のどこかに、あの気配が微かに残っている気がしていた。 けれど、それよりもずっと強く、鮮明に僕の心に残り続けているのは──あの夜の、月明かりの下で見た、美琴の姿だった。 幼い霊に怯えるでもなく、ただ静かに、その痛みに寄り添う彼女。 そして、そのか細い唇から零れ落ちた「穢れた血」という、あまりにも重く、謎めいた言葉が、今も僕の胸の奥に、小さな棘のように引っかかっている。 「おーい、悠斗。またボーッとしてんのか? もうすぐテストも近いってのに、余裕だなぁ」 軽い、からかうような声と一緒に、背中をポンと遠慮なく叩かれる。 「……うるさいよ、僕だって色々考えてるんだから」 「はいはい、どーだか。お前の教科書、1ページも進んでねぇじゃんか!」 翔太が、悪戯っぽく笑いながら僕の机の上を覗き込んでくる。 その、どこか能天気な顔を適当にあしらおうとした、ちょうどその時、ふと、彼の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。 「あ、そだそだ。またあの美琴ちゃんがさ、心霊スポットで目撃されたって噂、流れてきたぜ。今回は……確か、風鳴《かざなり》トンネルだったかな」 「……え?」 その言葉を聞いた瞬間、僕の胸が、嫌な感じで大きくざわついた。 風鳴トンネル──郊外の山間部にある、古くて薄暗い、今ではもう誰も近づかないと言われている場所だ。過去に大きな事故が起きて以来、ずっと封鎖されているという黒い噂もある。 「なんか、“髪の長い黒い服の女”と一緒に入っていくのを見た、みてーな書き込みもあったけど……まあ、そっちはただの幽霊かもしんねーけどな!」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-19
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縁語り其の十九:風鳴りの慟哭

風が、いつの間にか少しだけ冷たさを帯びてきた、春の夕暮れ。 僕と美琴は、あの桜翁の境内に、並んで静かに立っていた。 散り残った桜の花びらが、名残を惜しむように、僕たちの足元へはらはらと舞い落ちる。 彼女はいつものきっちりとした制服姿とは違い、今日は私服だった。 落ち着いた色合いのジーンズジャケットに、風にふわりと揺れる柔らかなベージュのフレアスカート。すらりとした脚には黒のニーハイソックスを合わせ、足元は同じく黒の編み上げショートブーツで締められている。 大人びた雰囲気の中に、どこか少女らしい可愛らしさを残した、すごく彼女らしい、素敵な服装だった。 美琴が、夕風に流れた髪をそっと耳にかきあげ、横目で僕を見て小さく微笑む。 その、普段とは違う大人びた仕草に、僕の心臓が、とくん、と小さく跳ねた。 「それでは、先輩。そろそろ行きましょうか」 美琴がそう言った時、その声には、普段の落ち着きの中に、ほんの微かな緊張が混じっているのを感じた。 僕も、ごくりと唾を飲み込み、小さく頷く。 行先は──後悔残る場所、と彼女が言った、風鳴トンネル。 「ところで、美琴。今回の、その風鳴トンネルの噂って、詳しいこと何か知ってるの?」 「はい。おおよそは。……黒髪の長い女の人が、夜な夜なトンネルの中を彷徨い、そこを通りかかった通行者を、不可解な事故に巻き込む……そんなお話でしたね」 彼女の声はいつも通り落ち着いていたけれど、その奥にはどこか深い哀しみが潜んでいるような響きがあった。 「それって……やっぱり、本当のことなの? その女の人が、悪さを……?」 「いいえ」 美琴は、静かに首を横に振った。 「そうなってしまった、あまりにも悲しい“原因”は、確かにそこに存在します。でも、彼女自身が、決してそれを望んでそうなったわけではないと……私は、そう思います」 彼女は、ふっと視線を落とし、足元の、もう色褪せ始めた桜の花びらを見つめる。 その美しい横顔が、夕陽の最後の光を受けて、どこか痛々しいほどに切なくて──僕の胸が、また少しだけ、ぎゅっと締めつけられるのを感じた。 「彼女は……とても深い後悔を抱えたまま、ずっと、ずっとこの場所に囚われてしまっている霊なんです」 「特に、忘れられない“あの出来事”のことを……今も、心
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-21
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縁語り其の二十:拒絶の叫び

美琴の静かな言葉に、僕は覚悟を決めて彼女の後に続く。 トンネルの中は、巨大な生き物の湿った息を吸い込むかのように、ひどく重苦しかった。 足元の、剥がれたアスファルトや小石を踏む僕たちの靴音だけが、カツン、カツンと不自然に大きく響き渡る。それ以外の音は、まるで分厚い壁に吸い込まれてしまうかのように、何も聞こえてこない。 コンクリートの冷たい壁には、黒緑色の苔が皮膚のようにびっしりと生い茂り、天井の亀裂からは、時折、ぽたり、ぽたりと錆色の水滴が滴り落ちる音が、この異常な静寂を鋭く切り裂いた。 ゴクリ、と喉が渇く。 空気が、粘り気を持っているかのように、じっとりと肌にまとわりついてきた。 ここは、廃病院とは、まったく違う種類の恐怖と孤独を感じる場所だ。 あの廃病院には、確かに「誰かがそこにいる」ことを感じさせる、ある種の生活の残り香や魂の温度のようなものがあった。けれど、このトンネルは違う。どこまでも冷たく、どこまでも暗く、そして、どこまでも底なしの後悔だけが支配しているかのようだった。 不意に、数歩先を歩いていた美琴がぴたりと歩みを止める。 風もないはずなのに、彼女の結い上げたポニーテールが、ふわりとひとりでに揺れた。 「……来ますよ、先輩」 その、囁くような、けれど確信に満ちた言葉が発せられた瞬間──。 今まで以上に濃く、そして冷たい霧が、トンネルの奥からまるで生き物のように、音もなく、じわじわとこちらへと這い寄ってきた。 僕が持つ懐中電灯の光が、その濃密な霧に乱反射してぼんやりと拡散し、視界が、まるで悪夢の中のように、じわじわと白く滲んでいく。 霧の細かな粒子が光の中でキラキラと舞い、この世界そのものが曖昧にぼやけていくみたいだった。 ──そして、その白く煙る霧の先に、それは、いた。 最初は、ただの黒い影のように、ゆらりと揺れていた何か。 だが、それは、僕たちが息をのんで見つめる中で、少しずつ──明確な人の「輪郭」を得ていく。 月明かりも届かぬ暗闇の中で、不自然なほどに青白い肌。肩よりも少しだけ長く、乱れた黒髪が、その表情を隠している。 羽織っているらしいクリーム色のトレンチコートは、事故の瞬間を物語るかのように、おびただしい量の赤黒い血と泥で見るも無残に汚れていた。その下に着ているであろう
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-21
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