All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 11 - Chapter 20

43 Chapters

第10話:その男、異端にして研究者

渾身の力を込めた私の回し蹴りが、寸分の狂いもなくシオンの顎を捉え、その衝撃で彼の意識を刈り取った。鍛え上げられた彼の身体は、力なく闘技場の硬い床へと崩れ落ちる。 ──そして、数瞬の静寂の後、彼が再び起き上がる気配はなかった。 『しょ、勝者ぁぁぁぁ!!!! エレンゥゥゥ!!!! またしても圧勝! 魔法なき剣士、その強さ、底が知れなぁぁい!!!!』 実況の絶叫が闘技場に木霊した瞬間、静寂は破られ、会場全体が地鳴りのような大歓声に包まれた。それはもはや称賛というよりも、畏怖と熱狂が入り混じった、人間離れした者への賛歌のようだった。 数秒後、白い制服の治療班が、慌ただしく担架を持って舞台下から駆けつけてくる。 「おい、意識確認! 大丈夫か!?」 「すぐに動かすぞ! 肩を貸せ!」 しかし、屈強そうなスタッフ2人がかりでシオンの身体を運ぼうとしたが、その見た目からは想像もつかない重さに、彼らの顔が明らかに苦悶に歪んだ。 「……お、おもっっ!? なんだこれ、鉄塊でも抱えてるみたいだぞ!?」 「だ、ダメだ、これじゃ運べん! もっと人を呼べ!」 (……それは、さすがに口に出して言ってやるな) 私は内心で苦笑する。恐らく、彼のあの流麗かつパワフルなトンファー捌きを可能にしていたのは、この異常なまでに高められた筋肉の密度なのだろう。常人のそれとは比べ物にならないレベルに達しているに違いない。 (先ほどの攻防で彼の攻撃を受け流した際、いまだに手のひらが痺れている。あの細身のどこに、これほどの質量が隠されているというのか) 結局、スタッフがもう一人加わり、三人がかりでようやく担架に乗せられ、完全に白目をむいたシオンが運び出されていった。その姿に、観客席からは労いの拍手が送られている。 私はその光景を静かに見送ると、ただ静かに闘技場の舞台を後にした。 (エレン、今日も本当に素敵だったよ! ハラハラしたけど、最後はやっぱり圧巻だったね!) 控室へ向かう通路を歩いていると、エレナが心の底から嬉しそうに、そして少し興奮した様子で私に笑いかけてくる。彼女の声は、どんな万雷の拍手よりも心地よい。 (ふっ、こうして純粋に褒められるというのは、存外、悪くないものだ) (だが、あのシオンという男、なかなかに手強かったぞ。洗練された体術に加え、遠隔操作のトンファー。厄介な相手
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第11話:鉄と爆ぜ、火花は踊る

シイナが私の一撃を、常人離れした体捌きで辛うじて防いでみせた。その反応速度、危機的状況での冷静な判断力……この男、ただ者ではない。 「まさか、初手から本気で首を獲りに来るとは……。あなたの戦い方は、本当に予測がつきませんね」 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながらも、シイナの瞳からは驚愕の色が薄れ、代わりにこの状況を楽しんでいるかのような光が宿っていた。 私は答えず、ただ静かに、抜き放った剣の冷たい切っ先を揺らぎなく彼に向ける。 「さあ、次の一手はどう出る? 私を驚かせてみろ」 その、絶対的な強者としての挑発。シイナはふっと口元に笑みを浮かべた。 「はは……言ってくれるじゃないですか。ならば遠慮なく、これで行きますよ!」 先ほどまでの構えから一転、シイナの両の手に瞬時に魔力が集中し、金属質の輝きと共に二振りの細身の剣をその場で練成する。 (鉄属性による武器生成、そして流れるような双剣術。見事な練度だ) 風を裂く青白い軌跡を描きながら、一気呵成に斬り込んできた。 ――速い。そして、一撃一撃は軽いと見せかけて、その実、的確に人体の急所を抉らんと迫る。 だが、その太刀筋は、今の私にとっては手に取るように、いや、その先の先まで読める。 ギィンッ! ガンッ! カキィィン!! 小気味良い金属音が連続して闘技場に木霊する。 彼の繰り出す無数の斬撃を、私はミリ単位の動きで的確に受け流していく。私の剣は、彼の剣と触れ合うたびに、その軌道、速度、力加減、呼吸のリズム、微細な筋肉の動き、そして太刀筋の癖――その全てを蓄積し、分析していく。 (……右肩がわずかに下がる癖。斬撃の終わり際に、一瞬の硬直。) 数十合にも及ぶ剣戟の応酬の末、ほんの一瞬だけ、彼の呼吸と剣の動きの連携に、私にとっては致命的と言える“隙”が生まれた。 その刹那の好機を、私が見逃すはずがない。 即座に体勢を低く沈め、地を舐めるような低い姿勢から、全身のバネを使い、下から掬い上げるように袈裟懸けに鋭く斬り上げた。 私の剣は、彼の右手の剣の鍔元を寸分違わず捉え、強烈な衝撃と共にそれを弾き飛ばした。宙を舞う、彼の剣。 (その落下軌道、回転数――予測完了) 私はあたかも数秒後の未来を予知していたかのように、右足の甲を僅かに上げる。 落ちてくる彼の剣
last updateLast Updated : 2025-05-20
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第12話:戦士は舞台を去る

「さあ、もっとだ。私に見せてくれ」 私は口の端に獰猛な笑みを浮かべながら、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、まだ爆発の余塵が漂うシイナへと歩み寄った。彼の瞳には、まだ戦意の火が爛々と燃えている。それでなくては面白くない。 「まだまだ、こんなもので終わりませんよ!!」 シイナが獣のような雄叫びを上げて私に突っ込んでくる。その動きは先程よりもさらに速く、鋭い。だが、今の私には、その全ての動きが見えている。 私は静かに剣を中段に構え、その刃の角度を精密に調整した。狙うのは――彼が振りかぶる右腕、その手首関節付近のガントレットの隙間。 タイミングを完璧に合わせ、私は振り下ろされる彼の拳ではなく、その隙間に剣を滑り込ませるようにぶつける。狙い通り、その右拳は大きく軌道を逸れ、彼の意図しない方向――地面へと叩きつけられた。 ドンッッ!!! 闘技場の床が砕ける轟音が響き渡る。 「くっ……!」 拳を引き抜いたシイナが、体勢を崩しながらも、なおも左の拳による追撃を放ってくる。 その強引な勢いに乗ったまま、私は流れるように剣を振るい、彼の左拳を回避しつつ、再度、その“手首”の同じ箇所を、今度は下から切り上げるように打ち据えた。 「ぐっ……!」 的確な打点が再び決まり、シイナの身体が軽々と宙に舞う。 (……その手は、もう私には通じんぞ、シイナ) 派手に着地した彼が、三度突進してくる。その直線的な動きは、もう完全に見切っている。 (お前が壊したこの舞台。そっくり、そのまま返してやろう) 私は静かに告げると、右足で強く地面を踏み砕いた。 先ほどシイナ自身が破壊した、砕けた足場の継ぎ目が、私の踏み込みによって隆起し、闘技場の地形が瞬間的に歪む。 「なっ……!? 床が……!」 その隆起した床石に足を取られ、突進してきたシイナの身体が、彼の意図に反して高く跳ね上がった。 「ああ。さっきお前が豪快に床を壊してくれたおかげでな。感謝する」 私は不敵に笑い、彼を追って高く跳躍。もはや回避する術を持たぬ、空中のシイナに向かって、剣による怒涛の連続撃を容赦なく叩き込む。 バキ、バギィン、バキッ――! 彼の祝福の鎧に、次々と亀裂が走り、砕け散る甲高い音が連続して響き渡る。 さらに私は空中で、まるで舞を舞うかのように体をひねり、軸足とは逆の左片脚を、天を突くように
last updateLast Updated : 2025-05-22
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第13話:研究所への呼び出し

エレンが魔法闘技の決勝戦を、その圧倒的な強さで制した直後に辞退したという事実は、瞬く間に王都中を駆け巡り、熱狂の渦を深い困惑の渦へと塗り替えた。 『なぜだ!? あの“夜だけ現れる教会騎士”が、決勝を前に剣を置くなど!』 『もっと彼の剣技を見ていたかったのに!』 『まさか……最強の騎士マゼンダ卿との対決を恐れて、勝ち逃げしたっていうのか!?』 心ない憶測や、純粋な落胆の声が街のあちこちで囁かれるたび、それはまるで無数の氷の礫(つぶて)となって、私の心を容赦なく打ちつけてくる。そのたびに、胸の奥がぎゅっと締め付けられて、息ができなくなりそうだった。 だって、本当は違うんだ。全然、違うのに。 エレンは……誰よりもあの舞台で、マゼンダ卿という強者と剣を交えることを、心の底から望んでいたはずだから。 すべては、この私の身体を気遣ってくれたから。 これ以上の消耗は危険だって、彼が判断して、自らあの栄光の舞台を降りる決断をしてくれたから。 ……ただ、それだけのことなのに。 この本当の理由を、誰にも言えないのが、すっごくもどかしいんだ。 でも、そんな私にとって、たった一つだけ救いがあった。 準決勝でエレンと死闘を繰り広げたシイナさんが、あの喧騒と憶測が渦巻く闘技場の片隅で、エレンを非難する声に対して、毅然と言い放ってくれたこと。 彼の言葉が、私の凍えそうな心をほんの少しだけ、確かに温めてくれた気がした。 *** そして、闘技大会の熱狂も少しずつ日常の調べに溶け込み始めた数日後。 私はいつものように、教会で静かに祈りの時間を過ごしていた。 暁の静寂を破るように、巨大なステンドグラスを透かした光が、色とりどりの祝福となって聖堂の床に降り注ぐ。神聖な静けさの中に、微かな祈りの香だけが満ちていた。 「エレナ様」 ふいに、背後からかけられた穏やかな声に、私はそっと目を開ける。 声の主は、私と同じ教会のシスターの一人。彼女は少し緊張した面持ちで、私をまっすぐに見つめていた。 「どうかなさいましたか?」 「先ほど、魔法研究所の方から連絡がありまして……エレナ様に、至急お越しいただきたい、と」 「私に……ですか?」 聖女見習いの私に、あの魔法科学の最高学府である研究所から、「至急」の呼び出し? え、何事なんだろう……何かやらかしちゃったかな、私。
last updateLast Updated : 2025-05-22
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第14話 :試作品、名をツナガール

こうして私たちは、王国の未来を左右するかもしれない重要な任務を受けて、禁足地と呼ばれる未知の領域へ向かうことになった。 ――のだけれど。その前に、ちょっとした寄り道があるみたい。 魔法研究所の所長さんが、私たちの旅の助けになるようにと、「とっておきの道具」をいくつか授けてくれるっていうんだ。 案内されたのは、所長室とは別の、だだっ広い実験室。 壁一面に並んだ意味不明な機械、床に描かれた複雑な魔法陣、そして空気に混じる微かな薬品の匂い。ここに、私たちは集められた。 「さて、グレン君。ちょっとこちらへ来たまえ」 所長さんが満面の笑みでグレンさんを手招きしながら、手のひらに水晶玉みたいな結晶体を見せた。内部で複雑な幾何学模様が明滅している。 いかにも、魔力を通すと何かが起こる魔道具、って感じだ。 「これに君の魔力を流し込んでみてくれたまえ。できるだけ強く、だ」 「おう、わかったぜ!」 グレンさんは快活に答えると、何の疑いもなくその結晶体に手をかざし、自慢の炎の魔力を注ぎ込み始めた。 彼の掌から、赤いエネルギーが渦を巻いて結晶体の中へと吸い込まれていく。 ――すると、次の瞬間。 ぱあっと眩い光が結晶体からあふれ出し、光が収まると、なんと結晶体の中に、鮮明なひとりの少女の姿が立体映像みたいに映し出された。 「――あー、テステス! マイクチェック、ワンツー! 所長ー! ミストちゃんの可愛いお顔、ちゃんと見えてますかー!? こっちはバッチリですよー!」 その甲高い声。底抜けのハイテンション。そして知的な赤ふち眼鏡がトレードマークの小柄な姿。 (ミストさん!?) 結晶体の中のミストさんはこちらに気づくと、ぶんぶんと手を振ってきた。 「うむ。映像も音声も実にクリアだ。試作品の初稼働としては上々、問題ないだろう」 所長さんは自分の発明品に満足げに頷いている。 だけどその横で、さっきまで威勢の良かったグレンさんが、顔面蒼白になって声を震わせていた。 「ちょ、ちょ、待て待て待て! これ、魔力の消費量がえげつねぇぞ!? こんなの使ってたら、あっという間にスッカラカンでぶっ倒れるって!」 「だからこそ、並の魔人以上に莫大な魔力量を持つ君が、この道具の運用者として最も適任だと判断したのだよ、グレン君」 ニヤリと悪戯っぽく、でも有無を言わせぬ迫力で笑う
last updateLast Updated : 2025-05-22
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第15話:魔物の群れ

私たちは、最初の目的地である“夜の街”を目指して、陽が完全に落ちきった鬱蒼とした森の中を慎重に進んでいた。 頭上は幾重にも重なる木々の葉に覆われ、月明かりすら拒絶する完全な闇。 頼りになるのは、隊列の先頭を行くグレンさんが右手に灯す、赤々と揺らめく炎の魔法だけ。 私も聖属性の明かりは作れるけど、「俺がやるから、エレナは魔力を温存しとけ」って、グレンさんが言ってくれたんだ。 揺らめく炎が、私たちの真剣な顔と、まるで生きているみたいに蠢く木々の影を不規則に照らし出す。 湿った土の匂いと、腐葉土が発酵する独特の香り。風が枝葉を揺らすざわめきが、まるで森の囁き声みたいで不気味だ。 時折、遠くから獣ともつかない低い唸り声が響いて、そのたびに私の肩が小さく跳ねてしまう。 怖い。 なのに、グレンさんも、シイナさんも、シオンさんも、誰一人として言葉を発しない。 ただ静かに、でも全身で警戒しながら、森の奥へと足を進めていく。 その張り詰めた緊張感が、私にもひしひしと伝わってくるんだ。 その時だった。 先頭を行くグレンさんの足が、まるで地面に縫い付けられたかのように、ぴたりと止まった。 「……来たな」 振り返ることなく、前方の闇を見据えたまま放たれた、低く鋭い一言。 「ああ。複数……いや、かなりの数だ」 即座に反応したシイナさんの両腕に、瞬時に鋼鉄のガントレットが装着される。その瞳は、もう獲物を狩る狩人のものだった。 シオンさんは、影が動くみたいな自然さで私のそばに寄り、私を背にかばうように立ってくれる。その動きには、一切の無駄がない。 「えっ……な、何がいるんですか……?」 三人のあまりにも自然な連携と、一変した空気に、思わずか細い声が漏れた。 (エレナ、気を抜くな。複数の魔物の気配がする。それも、あまり質の良くない連中だ。決して油断するなよ) エレンの、冷静で、それでいて私を案じる声が胸の奥に響く。 (み、みんな……どうしてそんなにすぐに分かるの? 私には、何も……) (殺気だ。あるいは、独特の“気配”とも言う。長年、命のやり取りをしてきた者には、肌で分かるのさ。……風の匂いが変わった、とでも言うべきか) エレンの言葉を肯定するかのように、それは来た。 カラカラカラ……! カラン、コ
last updateLast Updated : 2025-05-23
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第16話:初めての野宿

次から次へと現れるスケルトンとの激しい戦闘は、思った以上に長く続いた。 ようやく最後の骨片が地面に砕け散り、森に不気味なほどの静寂が戻ってくる。 「はぁ……はぁ……終わった、か……。思ったより、骨のある奴らだったな」 額の汗を手の甲で拭いながら、シイナさんが珍しく息を切らして呟く。彼の鉄製ガントレットも、あちこちが欠けて無数の傷が刻まれていた。 「マジでとんでもねぇ数だったぜ! 切っても切っても湧きやがって……!」 グレンさんは武器を放り出すと、そのまま地面に大の字になって倒れ込み、ぜえぜえと荒い息を繰り返している。彼の炎の剣も、今は勢いを失って、頼りない灯火みたいに揺らめいていた。 「ひとまず脅威は去りましたが、この場所は危険です。もう少し開けた、見通しの良い場所で野営の準備をしましょう」 シオンさんだけは、乱れた呼吸ひとつ見せず、冷静沈着な声でそう提案してくれた。私たちは力なく、でも深く頷いて、重い足を引きずった。 *** スケルトンたちの襲撃地点から少し離れた、比較的開けた場所を見つけた私たちは、例の不思議なキューブ「ハコベール」から手際よくテントを取り出し、設営を始める。 私も不慣れながら、シオンさんに手伝ってもらって、なんとか自分の寝床を確保できた。 「よし、これで一晩くらいは大丈夫だろう」 シイナさんが最後のペグを打ち込み終え、満足げに自分のテントを見上げて手を叩く。彼のテントは、いかにも機能的で無駄のないデザインだ。 でも、私はそれだけじゃ少し心許なくて、念のために四方の地面に聖属性を込めた魔石をそっと置いて、簡易的な結界を張ることにした。淡い金色の光が円を描いて、私たちの野営地を優しく包み込む。これで、邪悪な気を持つ魔物は、そう簡単には近づいてこられないはず。 「おー、すげえなエレナ! やっぱ聖属性の魔法って便利なんだな!」 焚き火の準備をしながら、火種に炎の魔力を慎重に送り込んでいたグレンさんが、私の結界を見て、いつものように屈託なく笑ってくれる。 「はい……でも、グレンさんたちみたいに、直接的な攻撃にはあまり向いてなくて……。どうしても、援護や守りが主になってしまうんですけど」 それは、私の偽らざる本音。 みんなが前線で体を張って戦っている間、私は後方で祈ったり、結界を張ったりするくらいしかできない。 それが
last updateLast Updated : 2025-05-23
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第17話:夜の街でゴーレムとの遭遇

翌朝―― 私たちはついに、目的地である“夜の街”へと辿り着いた。 目の前に広がるのは、石造りの重厚な建物が整然と立ち並ぶ、まるで時代から取り残されたかのような街並み。風格あるその姿は、かつてここが大都市として栄華を極めたことを物語っている。だけど。 ……そこには、異様なほどの静寂が満ちていた。 本当に、人の気配がしない。鳥のさえずりも、虫の音すら聞こえない。 ただ、埃っぽい道を乾いた風が吹き抜ける音だけが、空っぽの街を虚しくなぞっていく。 その静けさが、かえって胸をざわつかせるんだ。 「……やっぱり日中は、静かだな」 先頭を歩いていたグレンさんが、腕を組みながら周囲を見回して呟く。どうやら、この街に来るのは初めてじゃないみたい。 「そうですね。ですが、この状態では情報収集も難しい。夜になれば状況も変わるでしょうから、一度、各自で別行動を取りませんか?」 シオンさんが冷静に提案する。この街の異様さにも、まるで動じていない。 「そうだな。俺も研究所に報告書を書く必要があるし、都合がいい」 シイナさんが頷いた、その時だった。 「よしきたー! じゃあ俺は、今のうちに仮眠でも取るか! 夜に備えて体力温存だな! で、シオンは何すんだ?」 グレンさんが大あくびをしながら、興味半分にシオンさんに尋ねる。 「私は……そうですね。静かな時間を利用して、筋肉の鍛錬でもしておきます。筋肉は、決して裏切りませんから」 「はぁ!? お前、そんな女の子みたいな顔して、筋トレなんか趣味なのかよ!?」 (ちょっ……えっ……!?) ……グレンさんの、あまりにもデリカシーのない一言が、静寂を切り裂いた。 次の瞬間、空気が凍る。 私とシイナさんが息を呑むのと、シオンさんの眉がぴくりと痙攣するのは、ほぼ同時だった。 風を切り裂く音すら置き去りにして、シオンさんの拳がグレンさんの顔面に吸い込まれる。 「ブヘェ!!!!」 肉と骨が軋む鈍い音が響き、グレンさんの巨体がまるで木の葉のように宙を舞い、数メートル先の石畳に派手に叩きつけられた。 それは、彼の魔法と、鍛え抜かれた肉体が生み出す、容赦のない一撃だった……。 「……言葉の選び方には、今後くれぐれもご注意を。次は、ありませんよ」 地を這うような静かな声。その目は、獲物を仕留める猛禽類のように鋭く冷たい。
last updateLast Updated : 2025-05-24
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第18話:謎の男の襲撃

(ゴーレムって、こんなにあっさり倒せるものなのかな……?) エレナの少し間の抜けたような心の声が、私の内に響く。 他愛もない思考。だが、それも束の間の平穏だった。 (どうだろうな。だが、本職の魔人が相手ならば――) 私が内心で応じようとした、その時だ。 「――ッ!」 殺気、というにはあまりに純粋な闘気。肌を粟立たせる鋭い気配が、脳髄を直接刺した。 咄嗟に頭上を見上げれば、逆光の太陽を背負った影が、既に剣気を振り下ろす瞬間だった。 光の中、死線だけが閃きとなって迫る。 刹那の交錯。振り上げた我が剣が、見えざる刃と衝突し、甲高い金属音と共に火花を散らす。腕に走る痺れ。びりびりと空気が震える感触。まだ、敵の姿は見えない。 だが、そのシルエットは――どこか見覚えのある……。 「何者だ」 剣先を向け、低く問う。 雪のように白い髪。血を吸ったかのように赫い瞳。 まるで鏡に映したもう一人の私。そんな錯覚を覚えるほど、その男は私と似た気配を纏っていた。 (こいつ……私に似ている) (う、うん……) だが、その装いは異質だ。寸分の隙もなく着こなされた黒いスーツに、鮮烈な赤いワイシャツ。そして右手には、抜き身の一本の刀。あれはただの武器ではない。その反り、長さ、そして刀身が纏う“業”の深さ。幾度もの死線を越えてきた、斬り合いに特化した本物の業物だ。 そして何より、この男――今まで対峙したどの敵よりも、“強い”。 全身の細胞が、最大級の警鐘を鳴らしていた。 「なぜ、私を狙う」 「………」 男は答えない。だが、その刀身から放たれる気配に、不思議と“殺意”は感じられなかった。 ……ならば、語るまでもない。答えは、力で引きずり出すのみ。 静かに剣を中段に構える。数瞬の睨み合い。 先に動いたのは、私だった。 初手、袈裟斬り。水が流れるごとき円滑な軌道で、男の右肩口へと斬り込む。 男は僅かな身じろぎでそれを回避。その動きには一切の予備動作がない。返す刀で、閃光のような斬撃がこちらへ迫る。 (速い――!) コンマ数秒の差。身をひねり、刃が皮膚を掠める感触を味わいながら紙一重でそれを躱す。 だが、男は体勢を立て直すや否や、獣のような俊敏さで再び突貫してきた。石畳を蹴る音もなく、猛烈な速度で放たれる横一文字。 私は跳躍。宙を舞いながら男の動き
last updateLast Updated : 2025-05-24
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第19話:勝者の権利

後方へ大きく跳躍し、男との間合いを切りながら着地する。舞い上がった土埃が、静寂の中でゆっくりと落ちていった。 「はぁ……っ、はぁ……」 荒い呼気が、私の喉から堰を切ったように漏れる。肺が灼けるように酸素を求め、心臓が警鐘のように高鳴っていた。エレナの身体が、限界だと悲鳴を上げている。 (エレンが……こんなに息を切らすなんて……本当に、ギリギリだったんだね) エレナの心配そうな声が、意識の隅で微かに響く。 (ああ。この男…今まで対峙したどの敵よりも、桁違いに強かった。技も、速さも、あの雷の力も。だが――) 「今回は……私の勝ち、だな」 静かに、しかし揺るがぬ事実として、私はそう呟いた。 「うっ……参った、参った。まさか、こうも一方的に捻じ伏せられるとはね」 瓦礫から身を起こした男――ジンが、肩を回しながら苦笑する。その表情から、先程までの闘気は消え失せていた。 「問い質したいことがある。なぜ、いきなり私に斬りかかった?」 「んー、仕事でね。君たちの実力を測って欲しい、と。そういう依頼だったのさ」 (実力を測る……だと?) 眉間に、自然と力がこもる。 「殺意がなかったのは理解している。だが……誰だ? そのようなふざけたた依頼をしたのは」 正直に言えば、こいつとの戦いは――悪くなかった。武人としての血が騒ぐような、久しぶりの焦燥と高揚感。それを味わえたのは確かだ。 だが、それは私が相手だったからだ。もし、あの初太刀の相手がエレナ本人だったらと思うと、思考の片隅で、冷たい何かが静かに燃え上がった。 私の視線が射抜くように鋭くなったのを、ジンは感じ取っただろう。 「うわっ……すごいプレッシャーだ。いやはや、依頼主からは“聖女様一行”としか聞いてなくてね。こんな規格外の達人がいるなんて、完全に想定外さ」 ジンはわざとらしく両手を上げ、降参のポーズをとる。 「君と、あのゴーレムとの戦闘が遠目に見えてね。あまりに見事だったから、つい血が騒いでしまったのも事実かな」 (つい、でこの人は斬りかかって来たの……?) エレナが呆れたような声を出す。 (……いや。この男の技量ならば、万が一君が避けきれずとも、寸でのところで峰打ちに切り替えるか、太刀筋を逸らすことは可能だっただろう。だが、それでも万が一の可能性を考えれば……許容できるものではない)
last updateLast Updated : 2025-05-25
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