All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 11 - Chapter 20

116 Chapters

#10:異端にして研究者

 ――静寂。  数瞬の間、会場の時が止まったかのように誰もが息を呑む。  ピクリとも動かない敗者と、悠然と残心をとる勝者。 『勝者ぁぁぁぁッ!!!! エレンゥゥゥ!!!! またしても圧勝!属性なき戦士、その強さ、底が知れなぁぁい!!!!』  実況の絶叫が火蓋となり、会場全体が爆発したような轟音に包まれた。それは単なる称賛ではない。〝魔法〟という絶対の理を持たぬ者が、理を持つ者をねじ伏せた光景への、畏怖と熱狂が入り混じった賛歌だった。  直後、白い制服を着た治療班が慌ただしく舞台下から駆け上がってくる。 「おい、意識確認! 大丈夫か!」 「すぐに動かすぞ! 肩を貸せ!」  だが、屈強なスタッフ二人がかりでシオンの身体を持ち上げようとした瞬間、彼らの表情が苦悶に歪んだ。 「……ぐ、おもっっ!? なんだこれ、鉄塊でも抱えてるみたいだぞ!」 「だ、ダメだ、これじゃ運べん! もっと人を呼べ!」 (……おいおい、それはさすがに口に出してやるなよ)  エレンは内心で苦笑を漏らす。  あの流麗かつパワフルなトンファー捌きを可能にしていたのは、属性強化に頼らずとも成立する、異常なまでの筋肉密度ゆえだろう。先ほどの攻防で攻撃を受け流した際、いまだに掌が痺れているのがその証左だ。  結局、スタッフが増員され、三人がかりでようやく担架が浮いた。完全に白目をむいたシオンが運び出されていく背中に、観客席からは惜しみない拍手が降り注いでいる。  エレンはその光景を一瞥すると、踵を返し、静かに舞台を後にした。 (エレン、今日も本当に素敵だったよ! ハラハラしたけど、最後はやっぱり圧巻だったね!)  石造りの薄暗い通路を歩いていると、脳内に鈴を転がしたような声が響く。身体の持ち主であるエレナだ。彼女の興奮と喜びが、体温の上昇と共にダイレクトに伝わってくる。 (ふっ、こうして純粋に褒められるというのは、存外、悪くないものだな。だが、あのシオンという男……なかなかに手強かったぞ。洗練された体術に加え、遠隔操作のトンファー。厄介な相手だった) (そうだよね……! 本当に強そうな人に勝ったんだから、そのご褒美に、私のお財布から何でも好きな物をご馳走してあげるよ!) (なに!? ほ、本当か、エレナ!? それは聞
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#11:鉄と爆ぜ、火花は踊る

 シイナは、エレンの一撃を――常人離れした体捌きで、紙一重のところで受け止めた。  刃が噛み合った瞬間、鋼の鳴き声が闘技場に乾いて弾ける。  その反応速度。危機に沈み込む冷静さ。  エレンは、切っ先を止めたまま内心だけで評価した。 (……やるな) 「まさか、初手から本気で首を狙ってくるとは……。あなたの戦い方は、本当に予測がつきませんね」  シイナの声には、怒りよりも――どこか愉しげな温度が混じっている。  対するエレンは、返事をしない。抜き放った剣の冷たい切っ先を、揺らぎなくシイナの喉元へ据えたまま、静かに圧をかける。 「さあ、次の一手はどう出る? 私を驚かせてみろ」  絶対的な強者の挑発。  シイナはふっと口元を歪め、笑った。 「はは……言ってくれるじゃないですか。ならば遠慮なく、これで行きますよ!」  構えが、変わる。  シイナの両手に魔力が瞬時に集束し、空気が金属の匂いを帯びた。青白い光が指の間で脈動し、やがて“形”を結ぶ。金属質の輝きとともに、細身の剣が二振り――その場で練成される。 (鉄属性による武器生成か。見事な練度だ)  次の瞬間、シイナの足が床を蹴った。  風を裂く青白い軌跡。軽やかに見える踏み込みなのに、距離が縮む速さが異常だ。  ――速い。  そして、一撃一撃は軽いと“見せかけて”、狙いは常に急所。肋の隙間、手首の腱、頸動脈へ繋がる角度。刃先が、人体の弱点だけを掬い取るように迫ってくる。  だがエレンにとって、その太刀筋は手に取るように見えた。  いや、見えるだけではない。次に何が来るかではなく、“その先で相手がどう変えるか”まで読める。  カン、カン、カン――  小気味いい金属音が連続し、闘技場の空気を細かく震わせる。火花が散り、剣の重なりが一瞬だけ視界を白くする。  シイナの無数の斬撃を、エレンはミリ単位の動きで受け流していった。刃が触れるたび、情報が増えていく。軌道、速度、力加減。呼吸の間。体重移動の癖。筋肉が緊張する“順番”。 (……右肩が、わずかに落ちる。斬撃の終わり際――ほんの一瞬だけ、硬直がある)  数十合に及ぶ剣戟の応酬の末。  ほんの一瞬、シイナの呼吸と剣の連携が、噛み合わなかった。たった一拍。だがエレンにとっては、致命的と言えるほどの“隙”だった。  その刹那の好機を――
last updateLast Updated : 2025-05-20
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#12:戦士は舞台を去る

「さあ、もっとだ。私に見せてくれ」  エレンが口の端に獰猛な笑みを刻んだ、その瞬間。  空気が――わずかに軋んだ。  爆発の余熱がまだ漂う闘技場の中心へ、彼はゆっくりと歩み出す。  焦りはない。ためらいもない。  ただ、圧倒的な“支配者の歩み”だけが、熱の残り香を踏みしめていく。  瞳に燃えるのは――終わらせるつもりのない、純粋な戦意。 (……それでなくては、面白くない) 「まだまだ、こんなもので終わりませんよ!!」  吠えるような雄叫びとともに、シイナが一気に踏み込んだ。  先ほどより速い。鋭い。怒りと執念が、足音を重くする。  だが――  エレンは、静かだった。  剣を中段に構え、刃の角度を微細に調整する。  まるで目前の突進を、“何度も経験した現象”として処理しているかのように。怖れも驚きも、刃先へ届く前に切り捨てられていく。  狙うのは一点だけ。  シイナの右腕――手首関節、そのわずかな継ぎ目。  金属と肉の境目、力が“繋がり直す”瞬間の弱さ。  振り下ろされる拳に合わせ、剣を滑り込ませる。  狙いは寸分も狂わない。拳の軌道が逸れ、力が逃げ、右の拳は床へ叩きつけられた。  ドンッッ!!  闘技場の床が爆ぜるように砕け、石片が跳ね上がる。  砕けた破片が熱を帯びて飛び、観客の喉から悲鳴が漏れる。 「くっ……!」  シイナは拳を引き抜きながら体勢を崩す。  それでも止まらない。狂気すら帯びた左拳を――投げ捨てるように、叩き込んできた。  エレンの身体が、ふわりと揺れる。  流れるような回避。余計な動きが一つもない。  そして、逆手に近い角度からの一撃。  今度は下から。  寸分違わず同じ箇所――左手首の継ぎ目を打ち据えた。 「ぐっ……!」  シイナの身体が宙へ跳ね、空気が歪む。  衝撃の波が、足元の砂埃を輪にして広げた。 (……その手は、もう私には通じんぞ。シイナ)  エレンは一歩先を読むのではない。  三手、五手――いや、呼吸より前に生まれる“衝動”を、すでに掴んでいる。  派手に着地したシイナが、三度、咆哮とともに突き進む。  速い。努力も、才能も、激情もある。  だが――相手が悪い。 (お前が壊したこの舞台。そっくり、そのまま返してやろう)  エレンは静かに告げ、右足を深く踏
last updateLast Updated : 2025-05-22
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#13:研究所への呼び出し

エレンが接続者選抜戦の決勝戦を、辞退したという事実は、瞬く間に王都中を駆け巡り、熱狂の渦を深い困惑の渦へと塗り替えた。 『なぜだ!? あの“夜だけ現れる聖堂騎士”が、決勝を前に剣を置くなど!』 『もっと彼の剣技を見ていたかったのに!』 『まさか……最強の騎士マゼンダ卿との対決を恐れて、勝ち逃げしたっていうのか!?』 心ない憶測や、純粋な落胆の声が街のあちこちで囁かれるたび、それはまるで無数の氷の礫となって、エレナの心を容赦なく打ちつけてくる。 (違う……エレンが辞退したのは私のせいなのに……) エレンは……誰よりもあの舞台で、マゼンダ卿という強者と剣を交えることを、心の底から望んでいた筈だと言うことをエレナは理解していた。 すべては、エレナの身体を気遣った結果であるというのに。 しかし、そんなエレナにとって、たった一つの救いがあった。 準決勝でエレンと死闘を繰り広げたシイナが、あの喧騒と憶測が渦巻く闘技場の片隅で、エレンを非難する声に対して、毅然と言い放ったのだ。 『彼女にも理由がある』と。 彼の言葉が、エレナの凍えそうな心をほんの少しだけ、確かに温めてくれた気がした。 〜*〜*〜*〜 そして、闘技大会の熱狂も少しずつ日常の調べに溶け込み始めた数日後。 エレナはいつものように、教会で静かに祈りの時間を過ごしていた。 「エレナ様」 ふいに、背後からかけられた穏やかな声に、エレナはそっと目を開ける。 声の主は、彼女と同じ聖堂に所属している一人。彼女は少し緊張した面持ちで、エレナをまっすぐに見つめていた。 「どうかなさいましたか?」 「先ほど、王立マギア研究所の方から連絡がありまして……エレナ様に、至急お越しいただきたい、と」 「私に……ですか?」 聖女見習いのエレナに、から王立マギア研究所から「至急」の呼び出し。 (え、何事なんだろう……何かやらかしちゃったかな、私) 「はい。詳細は伺っておりませんが、大変重要な案件のようです」 「わかりました。すぐに向かいます。お知らせいただき、ありがとうございます」 エレナは静かに立ち上がり、祭壇に深く一礼して祈りを終えると、大きくなり始めた不安を胸の奥にしまい込み、教会を後にした。 〜*〜*〜*〜
last updateLast Updated : 2025-05-22
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#14:試作品、名をツナガール

 エレナたちが背負ったのは、王国の未来を左右する重大な任務。  目的地は、人跡未踏の領域――『禁足地』。  緊張と覚悟を胸に抱く一行だが、旅立ちの直前、奇妙な寄り道を余儀なくされていた。 「旅の助けになる〝とっておき〟がある」  そう豪語するマギア研究所の所長に連れられ、足を踏み入れたのは本館の執務室ではない。さらに奥まった、広大な実験区画だった。  壁一面を埋め尽くす正体不明の機材群。  床に何重にも描かれた、複雑怪奇なルーン。  混沌とした空気が漂うその場所へ、彼女たちは集められていた。 「さて、グレン君。ちょっとこちらへ来たまえ」  所長が満面の笑みで手招きをする。その掌には、拳大の結晶体が乗せられていた。  ただの水晶ではない。透明な内部で、微細な幾何学模様が呼吸するように明滅している。魔力を通せば何かが起きる――魔道具特有の気配。 「これに君の魔力を流し込んでみてくれたまえ。できるだけ強く、だ」 「おう、わかったぜ!」  グレンは快活に応じると、何の疑いもなくその結晶体へと手をかざした。  彼が生まれ持った属性は【炎】。  万物を焼き尽くす原初の力が、掌から赤い奔流となって迸る。  渦を巻く熱量。  結晶体はそれを貪るように吸い込み、内部の輝きを増していく。  ――直後。 「うおっ!?」  視界を白く染めるほどの閃光。  光の粒子が収束したその先、結晶体の真上に〝在るはずのない姿〟が鮮明に浮かび上がった。 「――あー、テステス! 音声チェック、ワンツー! 所長ー! ミストちゃんの可愛いお顔、ちゃんと見えてますかー!? こっちはバッチリですよー!」  鼓膜を揺らす甲高い声。  底抜けのハイテンション。  そして、知的な赤縁眼鏡がトレードマークの小柄な姿。立体映像として顕現したのは、あのミストだった。 (ミストさん!?)  エレナが目を見開く。  映像の中のミストはこちらに気づくと、千切れんばかりに手を振り返してきた。 「うむ。映像も音声も実にクリアだ。試作品の初稼働としては上々、問題ないだろう」  自身の発明品にご満悦の所長。  だがその隣で、先程まで威勢の良かったグレンが膝を震わせ始める。 「ちょ、ちょ、待て待て待て!
last updateLast Updated : 2025-05-22
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#15:嘲笑う髑髏

鬱蒼とした森を、冷えた闇がじわりと満たしていく。エレナたちは、最初の目的地“夜の街”へ向けて歩を進めていたが、その足取りは自然と慎重さを帯びていた。 頭上では、木々の葉が幾重にも重なり合い、月光すら押し返す“闇の天井”を形作っている。 頼れる光源は、隊列の先頭を行くグレンの右手に揺らめく、赤い炎だけ。火は小さく唸りながら形を変え、エレナたちの表情と、風に合わせて生き物のように歪む木々の影を照らし出していた。 湿った土が鼻にまとわりつき、腐葉土の発酵した香りがどこか生温い。枝葉が風に揺れて擦れ合うたび、ひそひそと誰かが耳元で囁いているようにも聞こえる。 グレンも、シイナも、シオンも口を閉ざしたまま。誰一人として余計な言葉を発しない。 ただ、静かに。 だが身を固くしながら、森のさらに奥へと進んでいく。 張り詰めた空気は、エレナの胸にもじわじわと染み込んでいた。 ——その時。 先頭を歩くグレンの足が、ぴたりと止まった。 「……来たな」 前を向いたまま、低く鋭い声が闇に溶ける。振り返りすらしない。そこに確信だけがあった。 「——ああ。複数……いや、かなりの数だ」 シイナが瞬時に応じ、その両腕に鋼鉄のガントレットが形成される。 瞳は獲物を見つけた狩人の光。戦う準備ではない。もう“狩り”の眼だ。 シオンは影が流れるような自然さでエレナの横へ移動し、背をかばう位置に立った。 森がさらに深く息を潜める。 何かが、確実に近づいてくる。 「えっ……な、何がいるんですか……?」 胸の奥がひゅっと縮む。三人の呼吸が一瞬で戦う者のそれに切り替わったのを感じて、エレナの声は意図せず震えを帯びていた。 (エレナ、気を抜くな。複数の魔獣の気配がする) (……この気配はアンデットだな) エレンの落ち着いた声が、冷や水のように胸の中心へ流れ込む。動揺を抑える代わりに、背筋へ冷たい緊張が走った。 (み、みんな……どうしてそんなにすぐに分かるの? 私には、何も……) (“敵意”だ。長年、命のやり取りをしてきた者には、肌で分かるのさ。……風の匂いが変わった、とでも言うべきか) その説明を裏づけるように——“それ”が来た。 カラカラカラ…… カラン、コロン……! 乾燥した骨がぶつかり合う、やけに軽く
last updateLast Updated : 2025-05-23
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#16:旅の温かさ

 次から次へと襲いかかるスケルトンを相手にした戦闘は、想像以上に長引いた。  骨が砕ける音も、炎が弾ける音も、叫び声も、いつしか混ざり合って耳鳴りのように響き続ける。  そして——。  最後の一体が粉々に砕け散り、白い欠片がしんと冷えた地面に落ちた瞬間。  森を満たしていた喧騒がふっと消え、嘘のような静寂が戻った。 「はぁ……はぁ……終わった、か……。思ったより、骨のある奴らだったな」  シイナが荒い呼吸の合間に笑みすら浮かべながら呟いた。  鉄製ガントレットはあちこち欠け、金属が擦れた傷が無数に刻まれている。何体砕いたのか、想像もしたくないほどである。 「マジでとんでもねぇ数だったぜ! 切っても切っても湧きやがって……!」  グレンは剣を地面に放り投げると、そのまま力尽きたように大の字で倒れ込んだ。  息が荒く胸が上下し、まとっていた炎も今は心許ない灯火のように弱々しく揺れている。  対照的に、シオンだけは呼吸ひとつ乱さず、淡々と告げた。 「ひとまず脅威は去りましたが、この場所は危険です。もう少し開けた、見通しの良い場所で野営の準備をしましょう」  その冷静さが、逆に心強い。  エレナたちは皆、重く、しかし深く頷きながら歩き出した。  足取りこそふらついてはいたが、シオンの声を道しるべのように感じながら。  〜*〜*〜*〜  スケルトンの襲撃地点から少し離れた場所——木々の密度が少し薄れ、天井のように覆っていた枝葉がわずかに途切れた“呼吸のできる空間”を見つけた。  エレナたちは、例の不思議なキューブ《ハコベール》を取り出し、慣れた手つきでテントを展開していく。  エレナは不器用ながらもシオンに助けられ、なんとか自分の寝床を確保できた。  ロープの結びが甘くて直されるたび、シオンがさりげなくフォローしてくれるのが余計に申し訳なく感じている。 「よし、これで一晩くらいは大丈夫だろう」  シイナが最後のペグを打ち込み、胸を張って見上げた。  彼のテントは、動線も収納も考え抜かれたような、実用性の塊みたいなデザイン。  まさに“効率の男”といった風格が漂っている。  エレナは念には念を入れ、四方の地面へ自分の属性を込めた聖属性の魔石をそっと置いていった。  指先で軽く
last updateLast Updated : 2025-05-23
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#17:夜の街でゴーレムとの遭遇

 翌朝――。  エレナたちはついに、旅の目的地である“夜の街”へたどり着いた。  目の前に広がるのは、石造りの建物が幾重にも重なった、かつての文明の残響。どの壁面も風雨に削られながら、それでもなお誇り高く佇んでいる。ここが一時代を築くほどの大都市だったことは、言葉にされずとも伝わってきた。  だが――  その栄華を包むはずの喧騒は、どこにもなかった。  静寂。  あまりに濃い静けさが、街全体へ沈殿している。 (……人がいない)  エレナは無意識に息を呑む。  鳥のさえずりも、虫の声も、日中であれば当然そこにあるはずの“世界の音”が、一つ残らず欠落していた。  ただ、埃を巻き上げる乾いた風だけが、空っぽの路地を横切っていく。  その風を肌で受けたとき、彼女の心に小さく波紋が走った。  胸の奥、なぜだか冷たい指先で撫でられたようにざわつく。 「……やっぱり日中は、静かだな」  先頭のグレンが腕を組んだまま呟く。  その声が必要以上に響いて聞こえるほど、街は沈黙していた。 「そうですね。ですが、この状態では情報収集も難しい。夜になれば状況も変わるでしょうから──一度、各自で別行動を取りませんか?」  淡々としたシオンの提案。  彼はこの異常な静けさの中でも眉ひとつ動かさない。  きっと“夜”が本来の顔を見せるのだと確信しているのだろう。 「そうだな。俺も研究所に報告書を書く必要があるし、都合がいい」  シイナが軽く頷く。  その瞬間だった。 「よしきたー! じゃあ俺は、今のうちに仮眠でも取るか! 夜に備えて体力温存だな! で、シオンは何すんだ?」  グレンが大あくびしながら、気楽な調子でシオンに振る。 「私は……そうですね。静かな時間を利用して筋肉の鍛錬でもしておきます。筋肉は決して裏切りませんから」 「はぁ!? お前、そんな女の子みたいな顔して、筋トレなんか趣味なのかよ!?」 (えっ……!? グレンさん、それは──)  エレナの思考が追いつくより速く、世界の空気が一気に凍りつく。  エレナとシイナが息を呑み、シオンの眉が、ぴくりと跳ねた。  瞬間、風を裂く音が生まれ──  それが届くより早く、グレンの顔面に拳が吸い込まれた。 「ブベェ!!!!」  打撃の衝撃が石畳に響き渡り、グレンの体は本当に“木の葉
last updateLast Updated : 2025-05-24
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#18:謎の男の襲撃

(ゴーレムって……こんなに、あっさり倒せるものなのかな……?)  爆ぜ散った石片が、乾いた音を立てて地面に転がっていく。その様子を茫然と眺めながら、エレナの気の抜けた声が、エレンの内側へと響いた。  束の間の、気の抜けた静寂。 (どうだろうな。だが、本職の接続者が相手ならば――)  そこまで言いかけた瞬間だった。 「――ッ!!」  脳髄の奥に、鋭利な氷杭をねじ込まれたかのような感覚。  思考が一拍、凍りつく。  殺気――そう呼ぶには、あまりにも澄み切っている。  憎悪も激情も介さない、純度だけで研ぎ澄まされた“闘気”が、一直線にエレンの存在を貫いてきた。  逆光の太陽。その灼けつく白光を背負い、黒い影がすでに――“斬りかかる瞬間”にあった。  次の刹那。  光の中に溶けて見えないはずの刃が、ただ一閃。  反射的に跳ね上げた剣と、不可視の斬撃が激突し、甲高い火花が逆光を引き裂いた。 「……何者だ」  低く、濁りのない声が地に落ちる。  白雪のような髪。  水のように冷たい肌。  そして、血に濡れた宝石のごとく赫い瞳。  ――エレン自身の、写し身。  そう錯覚してしまうほど、男の放つ“気配”は、あまりにも似通っていた。 (こいつ……私に、似ている) (う、うん……)  だが、その装いは決定的に異質だった。  黒いスーツは一切の皺もなく、まるで儀式のためだけに誂えられた法衣のように整えられている。  赤いシャツは、鮮烈な血飛沫そのものを象ったかのように毒々しい。  そして――右手。  そこに無造作に握られた一本の刀。  抜き身のまま、ただ構えられているだけで理解できる。  これは“護る”ための武器ではない。  斬り合いだけを宿命づけられた、“殺すための器”だ。  そして、男そのものもまた――  エレンがこれまで相対してきた、どの敵よりも。  理屈抜きに、“強い”。  その事実を、エレンの身体に宿る無数の細胞が、警鐘として一斉に鳴り響かせていた。  骨の内側が震え、血が逆流するような、本能の拒絶。 「……なぜ、私を狙った?」  低く問いかける。 「…………」  だが男は、答えない。  ただ、刀身をわずかに傾けるだけ。  まるで――“言葉など不要。答えは刃でくれてやる”とでも言うよ
last updateLast Updated : 2025-05-24
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#19:勝者の権利

後方へ大きく跳躍し、男との間合いを切りながら着地する。 遅れて舞い上がった土埃が、壊れた路地裏の空気に溶け込み、静寂の中でゆっくりと落ちていった。 「……はぁ……っ、はぁ……」 荒い呼気が、堰を切ったように喉から零れる。 肺は灼けつくように酸素を求め、心臓は警鐘のごとく高鳴り続けていた。 エレナの身体が、もう限界だと内側から悲鳴を上げている。 (エレンが……こんなふうに息を切らすなんて……本当に、ギリギリだったんだね) 心配そうなエレナの声が、意識の隅に弱く響く。 (ああ。この男は……今まで対峙したどの敵よりも、明らかに格が違った。技も、速さも、あの雷の力も。だが――) 「……今回は、私の勝ちだ」 静かな声だった。 だがそれは、揺るがぬ事実として、その場に落とされた。 「うっ……参った、参った。まさか、ここまで一方的に捻じ伏せられるとはね」 瓦礫の山の奥から、男が身体を起こす。 肩を軽く回しながら苦笑するその表情に、先ほどまで渦巻いていた闘気は、まるで嘘のように消え失せていた。 エレンは一歩、静かに前へ出る。 「なぜ、いきなり私に斬りかかった?」 「んー、仕事でね。君たちの実力を測ってほしい、って。そういう依頼だったのさ」 その言葉に、エレンの眉間が、わずかに寄る。 「殺意がなかったのは理解している。だが……誰だ? そのような、ふざけた依頼をしたのは」 ――正直なところ。 エレンの胸の奥で、剣士としての火が、かすかに燻っていた。 久しく味わっていなかった、全神経を研ぎ澄まされる焦燥と、張りつめた高揚。 この男との剣は、確かに――愉悦に近い何かを伴っていた。 だが、その余韻は、次の感情にあっさりと塗り替えられる。 もし、あの最初の一太刀が。 もし、雷を纏ったあの踏み込みが。 エレナ本人へ向けられていたとしたら。 想像した瞬間、エレンの瞳の奥で、温度のない怒りが静かに灯った。 ゆっくりと、確実に。 音もなく広がる、底冷えのする炎のように。 その視線の変化を、男は敏感に感じ取ったのだろう。 「うわっ……すごいプレッシャーだ。いやはや、依頼主からは“聖女様一行”としか聞いてなくてね。 まさか、こんな規格外の達人がいるなんて、完全に想定外さ」
last updateLast Updated : 2025-05-25
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