All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 41 - Chapter 50

116 Chapters

#40:魔物の襲撃

「なんだァ? 魔物だと?? こんな街ん中にか?」  グレンの荒い声が、雑踏を裂くように飛んだ。その横で、シイナは眉間にわずかな皺を刻み、押し寄せてくる人波の奥──通りの突き当たりへと目を細めた。  通りの向こうからは人の波が途切れなく雪崩れ込んでくる。生者に混じって幽霊たちの輪郭までが揺れ、肩と肩がぶつかり合い、街の空気そのものが押し戻されてくるかのようだった。 「わわっ! すごい人です〜!!」 『街中に……魔物……』 『ああ。あの時みたいだな』  ──真っ白な体色をした、あの特異個体のグール。その像だけが、場違いなほど鮮明に脳裏へ浮いた。  そんな中、シイナが一歩前へ出た。逃げ惑う流れの脇へ身を滑り込ませ、その中でもまだ足取りの乱れていない男を見つけると、低く声を掛ける。 「すまない、少しいいか」 「な、なんだい?」 「この人の波はなんだ。さっき、魔物だという悲鳴が聞こえたが……」  男は何度か背後を振り返り、それから落ち着かない様子で言葉を継いだ。 「街を飲み込むほどの魔物の大群が、この街へ向かってきてるらしいんだよ……。僕の目には見えなかったんだけど、多くの人がそれを見て、今こうして慌てて逃げてるってわけさ」 「魔物の──大群、だと?」  シイナの目が、はっきりと見開かれた。  ──そもそも魔物とは、大群と呼べるほどの群れを成す生き物ではない。群れるにしても、狼の群れのように意思の疎通が届く範囲が限度だ。街を飲み込むほどの数となれば、その理から大きく外れている。 「仮にそれほどの大軍がこちらへ進行しているのであれば、ベルノ王国に騎士団の派遣を要請したほうがいいかもしれませんね……」  ミストがそう口にすると、男は小さく頷いた。 「幸い、この街には冒険者が大勢いるみたいでね。南出口の方で、冒険者たちが話し合ってたよ」 「またスケルトンの群れの時みてぇに……いや、あん時とは比べもんにならねぇ量と戦うのかよ……」  グレンはそう零し、うんざりしたように頭を掻いた。 「ですが、このまま放置はできませんよね」  シオンの声は静かだった。だが、その一言は風のように真っ直ぐ場を通り抜けた。 「その通りです……! 私も、出来うる限り力になります……! ですから、どうか……!」 「エレナ様、私たちには力があります。人を守れるだけの
last updateLast Updated : 2025-07-31
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#41:私様の顔に足を乗せる無礼者

「よ、よしっ! 私も頑張らなくちゃ!」  そう声に出した瞬間、エレナの掌に光が凝り始めた。指先から伸びた輝きが弦を結び、弓の形を成していく。それを両手でしっかりと構えると、彼女は迷わず空へ向けて放った。 「|聖なる弓《サンギッタ・サンクタ》!」  光の矢は弧を描いて昇り、魔物の群れの上空へ到達したところで、ぴたりと静止した。次の瞬間、球体の表面から無数の光の筋が枝分かれし、まるで光の雨のように地上へと降り注ぐ。  光を浴びた魔物たちが、悲鳴を残す間もなく、次々と霧散していく。 『ふむ。やはり君の力は、魔物によく効くな』  エレンの声が、静かに胸の奥で響いた。 「なぁ、あのパーティ、ベルステラから来たって言ってたよな?」 「ああ。流石に王都から来たパーティなだけあって、とんでもない強さだぜ……」 「それはそうだが、そうじゃなくて……。あの金髪の少女って、エレナ様じゃないか?」 「えっ……? 聖女様が? まさか、こんな場所へ来るはずがないだろ。それに、聖女様が戦うなんて、そんなことはありえない」  冒険者たちの間で、そんな声がひそひそと交わされていた。エレナは目の前の魔物への対応で手一杯で、その会話に気づく余裕などなかった。だが、見習いとはいえ聖女という立場は、多くの人間に先入観を与えているらしい。戦う聖女など、彼らの想像の外にあるのだろう。  それからしばらく。数多の冒険者と力を合わせ、エレナたち一行は魔物を殲滅した。  ――したのだが、またわらわらと湧いてくる。 「だーっ!! めんどくせぇ!! どんだけ湧いてくんだよ!!」 「……ええ。これではジリ貧ですね」  グレンの怒声と、シオンの静かな一言が、ほぼ同時に重なった。 「……まるで無尽蔵だ。なにか、原因があるはずだ……!」  シイナが歯を食いしばるように呟き、鋭い目で周囲を見渡した。  だが、すでに周囲は魔物で埋め尽くされている。どこを向いても蠢く影、上がり続ける怒声と悲鳴。そんな状況の中で原因を探るなど、物理的に不可能に等しかった。 『ん……?』  不意に、エレンの声が響いた。 『どうしたの?』  エレナが問い返すより早く、エレンの意識が一点へと向かう気配があった。 『エレナ、あそこを見てみろ』 「どこ??」 『後方の、いちばん手前にある建物の横だ。怪しいヤツが
last updateLast Updated : 2025-08-01
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#42:落ちた翼

 夜の冷気が澱む石畳の上で、何者かがばたばたと無様に藻掻いていた。だが、それを踏みつけるエレンの足は微塵も揺るがない。顔面を冷徹に押さえつけるその一脚は、細身な外見に似合わぬ重みを伴い、眼下の者の逃げ道を完全に塞いでいた。 「は、離せ!! 私様は、貴様とは身分が違うんだぞ!! 身の程を弁えろ!」  またしても投げつけられた似たような罵声に、エレンは小さく息を吐き出した。 「はぁ……」  そして、ゆっくりと足の力を緩める。 「ふ、ふん!! ようやく……」  男が安堵の声を漏らしかけた、直後だった。  顔を起こしかけた横面へ、エレンの蹴りが容赦なく叩き込まれる。 「ぶへぇ!?」  短い悲鳴とともに、その身体が石畳の上を無様に転がった。 『私の身体でそんな悪者みたいな動き、本当にやめて……。それに可哀想だよ……』 「さてな。別に命を奪うわけではあるまい。それに、ちゃんと手加減済みだ」 『エレン……そういう問題じゃないから……』  転がった男は、そのまま建物の壁へ激突した。鈍い音が夜の路地に響き、衝撃で深く被っていたフードが外れる。  露わになったのは、薄汚れた金髪だった。月明かりを受けたその下では、首元に覗く衣服の仕立てだけが妙に上等で、くたびれた外套とひどく噛み合っていない。 「ふむ。口ぶりから、もしやとは思ったが……やはり没落貴族か」 「黙れ……!! 貴様、聖堂騎士のエレンだな!? なぜこんな所にいる!!」 「さぁな? お前に話す義理もない。この足が汚いという言葉を撤回すれば、考えてやらんこともないが」 『いったいどれだけ引きずってるの……。って、そんなことより、話す気もないくせに!! 嘘はいけないんだよ!?』 (やれやれ……。今日は一段とよく喋るものだ) 『今、明らかに心の中でため息ついたでしょ!』  エレンは返事の代わりに、転がったままの男へ視線を落とした。石畳に肘をついたその姿は、先ほどまでの尊大な物言いとは裏腹に、ひどく締まりがない。 『大丈夫だ。こういう、なにか後ろ盾がありそうな奴が、素直に自分の目的を話すとは思えん』 『後ろ盾?』  男は蹴られた部位を触って確かめる。 「くっ……!! このぉ……!! 私様に手を出したなぁ……!!」 (……没落貴族。その名の通り、落ちぶれた貴族だ。だが、プライドだけは一丁前
last updateLast Updated : 2025-08-01
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#43:没落貴族の悪あがき

(ど、どうやって逃げる……!? それに、私様が任された実験はどうする!? ええい……考えねばならんことが多すぎる……!)  思考が渦を巻く。そのまとまりきる前に、エレンの切っ先が男の喉元へ、音もなく突きつけられた。 「さて、吐いてもらおうか。あの魔物の群れはなんだ? お前は何を知っている?」  冷えた紅の瞳が、真っ直ぐに貴族を射抜いていた。そこにあるのは怒りでも苛立ちでもない。ただ、余計なものをひとつも混ぜていない静けさだけだ。 「早く口を割った方が身のためだぞ」 「っ……。わ、私様は……とある人物から実験を任されただけだ……!」 「ふむ。で、その人物は誰だ?」 「い、言ったところで貴様にはわかるわけが……」  言葉は、そこで途切れた。  エレンの刃がわずかに傾ぐ。鋭い切っ先が首元の皮膚を浅く裂き、細い赤がひと筋、にじんだ。 「うぐっ……!!」 「知っているかどうかなど、どうでもいい。知らないのは当然だろう? お前の背後に何がいようと、私にとっては見知らぬ誰かでしかない」 「……!」 (こ、こいつ……! 本当にあの小娘の護衛なのか!? こんな危険な奴が……!?) 「だが、魔物を呼び寄せる手段を持つ者、あるいは魔物に指示を出せる者を野放しにするのは面倒だ。そこは看過できん。だから調べる。そして、捕まえる」  一拍置いて、エレンは続けた。 「だから言えと言っている。私が知っているかどうかとは関係ない――そういう話だ」 「わ、私も……名前は知らん……!」 「知らない相手に、実験を任された……と?」 「そ、そうだ!」  エレンは視線を動かさなかった。男の目を、呼吸を、頬の強張りを、わずかな揺れまで静かに拾っていく。 (ふむ……。嘘をついている気配はない。本当に知らないのか) 「では、質問を変えよう」 「これが質問だと!? 拷問の間違いだろう! 痛みで言葉を吐かせるなど、倫理観が狂っていると言わざるを得ないな!」 (ふっ……! これで少しは負い目を感じるはず……! その隙に……!)  だが、貴族が期待したような綻びは、どこにも生まれなかった。 「だからどうした?」 「……は?」 「倫理観など知ったことか。私は私の目的を果たせれば、それでいい」 「………」  貴族は絶句した。信じがたいものでも見たように、ぽかりと開いた
last updateLast Updated : 2025-08-02
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#44:裂ける世界

 言い終わる前に、空気が鳴った。  一方その頃、魔物の群れを迎え撃っていたシイナたちの息も、確実に上がり始めていた。 「倒しても倒してもキリがない……!」  ガントレットを振り抜き、迫る一体の頭蓋を砕きながら、シイナが舌打ち混じりに吐き捨てる。数が減らない。湧くように、どこからともなく補充されてくる。  そこへ、別方向で戦っていたはずのシオンが、風を裂いて駆け込んできた。いつもの静謐な立ち姿が、わずかに乱れている。 「シイナ!」 「慌ててどうした!?」 「エレナ様を見ていないですか!?」 「なにっ!? こっちには来ていないぞ!?」 「――私が気を取られてしまったばかりに……!」  シオンの声に、普段は決して滲ませない自責の色が走る。それでも呼吸は乱さず、構えたトンファーの切っ先は前方を警戒したままだった。 「確認したいところだが、俺たちがここから離れたら……!」  シイナの視線が、押し寄せる魔物の群れと、闇に沈む街並みとを素早く行き来する。抜ければ街が落ちる。留まればエレナを捜せない。天秤は、どちらにも傾けきれなかった。 「だー!!!! あったま来たぜ!!」  裂帛の咆哮が、夜気を殴りつけた。  炎の熱波を剣先から撒き散らしながら駆けてきたグレンが、刃の切っ先を夜空へ突き上げる。 「ミストォォォォォォォ!!!!」 「は、はい!? なんでしょうか!!」 「一気に減らすぞ!! オレの炎に、思い切り水を叩きつけろ!」 「なるほど!! 分かりました!!」​​​​​​​​​​​​​​​​    「よし!! やるぞぉ!! オレに合わせろ!!」 「紅蓮剣っ!! 横薙ぎバージョン!!」  グレンの全身から、魔力が陽炎となって立ち上った。剣へと流し込まれるそれは、刀身を赤熱させるだけでは飽き足らず、刃の輪郭そのものを揺らめかせる。鋼が焼け、空気が焼け、視界が歪む。  振りかぶった一振りが、夜を薙いだ。  剣先から噴き出したのは、ただの炎ではなかった。長い首、裂けた顎、うねる胴。赤金に燃え盛るドラゴンが、刃の軌跡をそのまま鱗に変え、魔物の群れへ喰らいつくように突っ込んでいく。 「ふっふっ!! 壮大な実験の始まりですよぉぉ!!」  ミストは胸元のポケットへ手を差し入れ、小振りなフラスコを一本、指先でつまみ出した。透明な液体がちゃぷりと
last updateLast Updated : 2025-08-02
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#45:勝者なき一手

「はぁ……はぁ……。嘘でしょ……? アンタ、なんなの? こんなの聞いてないんだけど」  その場の有様は、もはや混沌のひと言に尽きた。  貴族はエレンに意識を刈り取られたまま地に伸び、先に捕らえられていた女の周囲には、建物の壁や石畳に浅く深く傷が走っている。逃れようと暴れた痕跡が、そこかしこに刻まれていた。 「実力差くらいは、もう理解できただろう? お前が何度仕掛けてこようと、私には通じない」 「……はぁ。やるしかないかぁ」  女の姿が、するりと影の中へ沈む。輪郭が夜気に溶けていく、その消え方だけは妙に滑らかだった。 「……またくだらない手を」 「ひっどぉーい。アンタ、ちょっと冷たすぎるんじゃない〜? 人がせっかく考えた手を、ことごとく無駄にしてくれちゃってさ」 「お前の実力不足だろう」 「ほんと、腹立つ。アタシってこう見えて、組織の中じゃ真ん中くらいには強いのよ?」 (組織……か。何らかの目的を持ってここに来たとは思っていたが――狙いからして、この貴族か?)  エレンの視線は揺れない。女がこれまで放ってきた攻撃の数、その角度、その悉くが、答えを先に吐いていた。  どうにかしてエレンの意識を逸らそうとする手ばかりが目立った。それでいて、肝心の没落貴族は依然としてエレンの足下で無様に伸びきったままだ。 「お前の狙いは、この貴族だろう? お前のような狂犬が、貴族を巻き込まぬよう攻撃の筋を選んでいたこと。さらには、どうにかして私の気をこいつから引き剥がそうとしていたこと――その程度、見えている」 「……参ったわねぇ。めんどくさいったら、ありゃしないじゃない」  声は軽い。だが、その軽さの下で空気がひどく乾いていた。 「でも、アタシも引き下がれないの。じゃないと消されちゃうし。だから――」  影の奥から、女の声だけが細く伸びる。 「大人しく、その足手まといを渡してくれないかしら?」 「断る。こいつは何らかの手段で、魔物を呼び寄せる術を持っている。野放しにはできん」 「そう……なら、しょうがない。そいつは諦めるわぁ」 (……嘘だな。気配がその場から動いていない。かと言って、影属性相手にこの男から離れたら、恐らく逃げるだろう)  女の言葉は軽かったが、実力そのものは本物だった。エレンの斬撃をどうにかいなし、その隙間でなお反撃を差し込むだ
last updateLast Updated : 2025-08-03
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#46:感謝の印

 冒険者たちのために夜の街が用意してくれた臨時休憩所は、いまだ戦いの熱を残していた。  広げられた長机。壁際に並べられた簡易寝台。傷を負った冒険者たちが腰を下ろし、治療を受け、あるいは息を整えている。窓の外では、街の明かりがまだ眠らずに揺れていた。  その一角で、エレナは深々と頭を下げる。 「皆さん、ご心配をお掛けしました……」  金の髪が肩からさらりと落ちる。顔を上げたエレナの前には、シイナ、グレン、ミストが揃っていた。  少し困ったように眉尻を下げ、シイナが穏やかに答える。 「いえ、何事もなくて良かったですよ。私たちとしても、あなたのことを心配していたのは事実です。ただ、あまりにも魔物の数が多く、離れることができませんでしたから」  その隣で、グレンが大きく頷いた。いつもの調子を崩さない声が、張り詰めかけた空気を少しだけほぐす。 「そうだぜ! 何にもなかったんだから、とりあえずそれで良かったじゃねぇか!」 「ところで……」  ミストの声が、そこでふと色を変えた。  明るさを残したまま、その視線だけがエレナの傍らへ向く。そこには、エレナが連れてきた没落貴族の姿があった。 「エレナ様が連れてこられた、そちらの方は……?」  問われて、エレナは一度だけ視線を落とした。何から話すべきか迷うような、短い間。 「実は私、先程までエレンと共にいたのです」 「……なるほど」  シイナは納得したように息を吐いた。わずかに肩の力が抜ける。 「それなら何事もなくて当然ですね。彼女は?」 「彼……じゃなくて、彼女は離れた場所から私たちを警護してくれています」 「うっ……」  その瞬間、シイナの顔に緊張が戻った。背筋が、目に見えて伸びる。 「な、ならもっと気を引き締めて、エレナ様をお守りしなければ……」 『こいつの中で私は一体どういう印象なんだ。まぁ、確かに不甲斐なければ、叩き直してやるところだが』 『あはは……。でも、シイナさんは研究所との連絡を取ったり、このパーティをまとめたり、いろいろと忙しいからしょうがないよ……』  内側で返しながら、エレナはほんの少しだけ困ったように笑みをこぼした。声には出さず、けれどその表情には、苦笑いに似た柔らかさが滲んでいる。 『それはそうだが……。だが、聖女の護衛を任された身だろう?』 『み・ら・い・
last updateLast Updated : 2025-08-03
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#47:白き円卓の檻

 場所も名も伏せられた、どこか。  そこは、冷たいほど白い部屋だった。  壁も床も、机までもが白い。灯りひとつ点いていないというのに、色のない空間そのものが薄く浮かび上がっている。  中央には、円卓にも似た机が置かれていた。ただし、その中心にはぽっかりと穴が空いている。輪のように並んだ席のひとつに、一人の男が腰を下ろしていた。 「ほんっと最悪だったわよ」  沈黙を破ったのは、苛立ちを隠そうともしない女の声だった。 「ラヴァがそう言うって相当だな。で? 一体どんなやつにやられたんだ?」  返った声は軽い。どこか面白がるような響きさえある。 「んー……白銀の髪に紅色の瞳。やけに強い女だったわね」  ラヴァがそう答えた瞬間、彼女と話していた男が、がたっと音を立てて椅子から立ち上がった。 「そ、それっ、黒い服を着てて、属性も使わずに舐め腐った戦い方してくるやつじゃなかったか?」  男の顔が、わずかに引きつっている。さっきまでの軽薄さは、声の端からきれいに削げ落ちていた。 「そういえばそうね。なに? ロイド、アンタ何か知ってんの?」 「いや、知ってるっつーか……」 「ロイドはその人物に一度捕まって、投獄されているのよね」  横から割り込んだのは、第三者の女だった。  紫の髪が、白い部屋の中で妙に鮮やかに見える。口元のほくろが、薄く笑った唇のそばで小さな影を落としていた。 「メイ、勝手に言うなよ……」 「あら、ごめんなさいね。ついうっかり」  悪びれた様子は、まるでない。  「はぁ? ちょっと待って。アンタを引っ張り出したの、アタシなんだけど? 捕まえた相手がそいつだったなんて聞いてないわよ」 「言うかよ。あんな化け物に捕まったなんて、好き好んで話すわけねぇだろ」  軽い応酬が途切れたところで、別の男が静かに口を開いた。 「まあ、その辺りにしておきなよ。恐らく、ラヴァが出くわした相手はベルノ王国――ベルノ大聖堂に所属する、エレンという人物だろうね」 「エレン〜? どこかで聞いたことあるわね」 「彼女は、属性を一度も扱った様子がないにもかかわらず、S級冒険者に認定された聖堂騎士だよ」  ノクトの声は落ち着いていた。感情を乗せず、ただ事実だけを机の上に置いていく。 「なるほどねぇ、S級か。そりゃあ強いわけよ」  ラヴァは納得し
last updateLast Updated : 2025-08-04
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#48:伝説の薬と少しだけ重い朝

 翌朝。  昨夜の魔物襲撃を切り抜けた一行は、それぞれの部屋で体を休めていた。本来であれば夜明けと共に出立するはずだった予定は白紙に戻され、各々が静養に充てる一日へと組み替えられている。  宿の最上階。  厚い羽毛に沈むような、最高級のベッド。その上で、エレナが小さく身じろぎした。 「んん……っ」  上体を起こし、背を伸ばす。ゆるんだ寝巻の裾がわずかに持ち上がり、可愛らしい|臍《へそ》が朝の光にちらりと覗いた。 「はぁ……」  漏れたのは、ほどけた息。 『おはよう、エレナ』 「おはよ、エレン」 『よく眠れたか?』 「うん、かなりね。でも、よかったぁ……。正直、体の疲れは感じてたからさ」  窓の外では、もう街の朝が始まっていた。荷車の車輪が石畳を擦る音。パン屋の釜に薪を足す音。昨夜の騒ぎが嘘だったかのように、街はいつもの顔を取り戻しつつある。 『シイナの心遣いに感謝せねばな』 「そうだね」  魔物襲撃のあと、疲労の滲むエレナの様子を真っ先に察したのはシイナだった。  予定を一日ずらしましょう――そう提案したときの声音には、研究者の冷静さと、仲間への気遣いとが自然に同居していた。 『ところで……シイナとミストは、今頃なにをしているんだろうな』  エレナは目を見開いた。  エレンが他人の動向を気にすること自体、そもそも珍しい。戦いの間合いや気配には誰よりも鋭いくせに、日常で誰が何をしているかについては、普段ほとんど関心を示さない男だった。 「エレンが二人の動向を気にするなんて……どうしたの?」 『エレナも見ただろう。リ・ポーションを受け取った時の、あの二人の様子を』  言われて、昨夜の一場面が鮮明に戻ってくる。  シイナは、表向きには平静だった。受け取る手つきも丁寧で、口調も崩さない。だが、瓶を指先に収めるまでの一瞬。その切れ長の瞳に、研究者の熱が走ったのをエレナは見ていた。  肩は落ち着いている。けれど、指だけがわずかに早い。  ミストのほうは、もっと分かりやすかった。  差し出された瓶へ向ける視線は、欲しい、の一点に絞られていた。指先までうっすら汗ばんでいて、瓶を受け取った瞬間、手のひらに残った熱で硝子が一瞬曇ったほどだった。 「うん、はっきりと見た」  エレナは頷く。  リ・ポーション。  それは、ただ珍し
last updateLast Updated : 2025-08-04
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#49:エレンの杞憂

 エレナがシイナたちの部屋を訪れると、そこには普段と違う光景が広がっていた。  白衣を纏ったシイナと、同じく白衣姿のミスト。普段の服装から一転、二人とも本業の研究者の顔に切り替わっている。机の上には、沸騰する液体を湛えたフラスコ。その下では青い炎が揺らぎ、ガラスの内側を淡い光がせわしなく駆け回っていた。  空気に、薬品特有のぴりりとした匂いが漂っている。 「じゅ、準備はいいかミスト……!」 「は、は、は、は、はいっ!! このミスト、いつでも行けますッ!!」  二人とも、声が上擦っていた。  ゴーグルを額から下ろし、呼吸を整える仕草まで揃っている。いつもの研究者らしい余裕はどこへ行ったのか。シイナの指先はかすかに震え、ミストに至っては白衣の裾を握りしめて小刻みに揺れていた。 「リ・ポーションは超高価な薬だ……!下手したら、一生拝めない可能性だってある……!!」 「そ、そうですね……! でも、だからこそ……!ここで量産できたら……!!」  興奮と緊張がないまぜになった声。二人の視線は、フラスコの中で踊る一滴の液体に釘付けになっていた。  昨夜、彼らがあれほど執着して受け取ったリ・ポーション。それを――増やそうとしている。 「よ、よし……! 行け、ミスト!」  シイナがフラスコの台座をぐっと押さえる。ミストがもう一本のリ・ポーションを傾け、ピペットの先から一滴、赤い雫を落とした。  液面が、震える。  その直後――  ぽんっ、と間の抜けた破裂音が上がり、フラスコから白い煙が勢いよく噴き出した。部屋全体がたちまち乳白色の霧に包まれ、机の上の書類が風圧でぱたぱたと舞い上がる。 「けほ……こほっ……! シイナさん! これは一体……?」 「エレナ様、少々お待ちくださいね。前が見えなくなってしまって……」  煙の向こうから、シイナの声だけが妙に平坦に返ってきた。つい数秒前まで爆発の中心にいた人間とは思えない、切り替えの早さである。  ミストが咳き込みながら窓辺に駆け寄り、勢いよく窓を開け放った。朝の風が流れ込み、白煙を少しずつ外へ押し出していく。  やがて視界が晴れると、煤けた顔の二人が、ゴーグルを額に押し上げて姿を現した。ゴーグルの下だけきれいな丸い肌色が残り、その周囲が黒く縁取られている。 「……これはですね、リ・ポーションをどうにか増
last updateLast Updated : 2025-08-05
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