All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 41 - Chapter 50

116 Chapters

#40:傷だらけの少年

「つ、疲れましたぁ……」 声にした途端、膝が笑いそうになる。本当にその場にへなへなと座り込んでしまいそうだった。 すると隣のミストが、瞳をきらきらさせながら言う。 「いやー! とても有意義な体験でした!」 心の底から楽しかったのだと、全身で語っている。疲れの色なんて、どこを探しても見当たらない。 (この人、本当にすごいなぁ……) (……ああ。ある意味、魔獣より厄介かもしれん) その時だった。 夜の静寂を、不意に引き裂く鈍い響きが走る。 「う……っ……うぅ……」 壁の向こうから漏れ聞こえるのは、押し殺したような人の呻き声。 「……今の音は?」 ミストの表情から、いつもの笑顔がすっと消える。 「こっちからしましたね! 」 エレナとミストは顔を見合わせ、音のした方へと駆け出した。石畳を蹴る二人分の足音だけが、静かな夜の路地に硬く反響していく。 角を曲がった、その先で—— 二人は息を呑んだ。 路地の僅かな月明かりが、その姿をぼんやりと浮かび上がらせる。壁に背を預け、ぐったりと倒れ込んでいるのは、まだ幼さの残る一人の少年だった。 服はところどころ破れ、手足には痛々しい擦り傷や打撲の痕が無数に刻まれている。 「この傷……ひどい……!!」 「……傷は酷いですが、命に別状はありませんね」 ミストの声は落ち着いていた。けれどその落ち着きが、逆にこの場の危うさを際立たせる。 「酷い怪我……。いったい、どうしてこんな薄暗い路地裏に……?」 エレナは崩れるようにしゃがみ込み、ぐったりと横たわる少年へ手を伸ばした。 「……まずは、この子を癒さなきゃ」 震える指先を、そっと少年の額へ重ねる。 「聖なる癒しよ《サナティオ・サンクタ》」 エレナの祈りに応えるように、手のひらから淡く温かい光が溢れ出し、優しく少年の体を包み込んだ。光に照らされるたび、痛々しい擦り傷や青黒い打撲の痕が、まるで幻だったかのようにみるみるうちに癒えていく。 ——だが。 どれほど肉体の傷が塞がっても、少年の瞼はぴくりとも動かない。 まるで魂だけがどこか遠い場所に囚われてしまったみたいに、瞳が開かれることはなかった。 「どうして……?」 答えが返るより先に、空気が変わった。 「おっ、見つけたぞ!
last updateLast Updated : 2025-07-31
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#41:ミストの拷問

夜風が頬を撫で、辺りにはもはや、呻き声一つなかった。折り重なるように倒れる男たちを一瞥し、エレンは静かに息を吐く。 (……さすがだね、エレン) (……手応えのない連中だったな) 彼の静かな思考に、わずかな物足りなさが滲む。 その時だった。沈黙した戦場の向こうから、一つの気配が急速に近づいてくるのが分かった。 (む……慌ただしい気配が接近してくる) (え、どうしたの?) (代われ、エレナ。ミストが来るぞ) (本当!? うん、わかった!) 意識が切り替わる寸前、彼の思考がわずかに揺れた。 (気にするな。君を守るための、務めのようなものだ) ────── 「ごめんね、エレン。せっかく代わってもらったばかりなのに……」 (……問題ないさ) 彼のぶっきらぼうな、けれど確かな信頼がじんわりと胸に広がる。 その温かさをかみ締めていると、夜の闇を切り裂くように、弾むような声が届いた。 「エレナさーーん!! ご無事ですかぁっ!!」 「ミストさん! はい、私は大丈夫です! そちらこそ、ご無事で!?」 駆け寄ってきた彼女は、エレナの無事を確認すると、すぐに足元に広がる惨状に気づき、その目をまんまるに見開いた。 「はい! 私の方は全員、眠っていただいただけですので……って、わっ!? エレナさん、この方たちは……まさか、ぜんぶお一人で?」 「あ、いえっ! ち、違います! たまたま通りかかった、見知らぬ方が助けてくださって……!」 「で、ですよねぇ! いやはや、それにしても……これはとんでもない手練れの仕業ですよ〜!」 「は、はい……。本当に、息を呑むほどお強い方でした……」 (ふふっ。君もずいぶん、嘘が上手くなったじゃないか) (も、もう! エレンまでからかわないでよ!) 心の中でぷんすかしていると、ミストはふむふむと一人で納得したように頷いていた。 「さて、エレナさん。これからどうしましょうか。私としては――なぜ、あの子が狙われていたのか、きっちり情報を引き出したいところなんですけど」 ミストの視線が、倒れている男たちへと注がれる。 「うん……私も、それが一番気になる。それに、あの子がどうしてあんなに傷だらけだったのかも……。ちゃんと、説明してもらわないと」 「では、えーっと
last updateLast Updated : 2025-08-01
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#42:メモリスの闇

「ふむ……では、最後の質問です」  男性の絶望を映す月光の下、ミストはにっこりと微笑んだ。しかしその瞳は笑っていない。 「ま、まだ何かあるのかよ……!」  男の顔が恐怖に引きつり、声が哀れに裏返る。 「ええ、一つだけ。――"あの子"を追いかけていた理由を、教えていただけますか?」 「そ、それは……俺も詳しくは知らねぇんだ……!  ただ、依頼されて……実験室から逃げ出したから、少し痛めつけて連れ戻せって、そう言われただけで……!」  怒りがエレナの身体を震わせる。  その激情は、もう一つの魂へと伝わった。 (……"消される"という言葉と、今の発言。領主が裏で糸を引いているとなれば、この街の上層部そのものが腐っていると考えるべきだろうな)  エレンの冷静な声が響く。 (そんな……街の偉い人たちが、みんな……?) 「ふむふむ……これはこれは……思った以上に、なかなかに深ーい闇の匂いがしますねぇ」  ミストが軽やかな口調で言いながらも、その瞳には一切の笑みがない。彼女は男性に向き直ると、静かに告げた。 「あなた、"消される"と仰いましたね?  ならば、ここから北にあるマギア研究所の支部へ向かって下さい。私から話を通しておきますから、ひとまずは匿ってもらえるはずです」 「……!  ほ、本当か……!?  す、すまねぇ……!」  思いがけない救いの手に、男性の声が安堵に震えた。  だけど――ミストの声は、次の瞬間には氷のように鋭く、冷たくなっていた。 「ですが、勘違いしないように。自由気ままな暮らしができるとは思わないでくださいね。あなたはあくまで"保護されるべき証人"であり、同時に"罪を犯した犯罪者"なのですから」 「っ……!」 「……まあ、誰かに消されてしまうよりは、随分とマシでしょう?」 「……あ、ああ……その、通りだ……」  彼は力なくうなだれると、後悔と疲労の入り混じった顔で、深く、深く頷いた。 (よかった……とりあえずは、これで……) (ああ。今の状況では、これが最善手だろう)  男性がふらつく足取りで去っていく。ミストは「さてっ!」と一つ伸びをして、いつもの太陽みたいな笑顔に戻った。 「では、エレナさん!  心配している仲間たちのもとへ戻りましょう!!」 「はい!」  エレナが頷いた、その瞬間だった。 「……あ
last updateLast Updated : 2025-08-01
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#43:黒い噂

「領主に……実験室だと?」 ただの噂話じゃない。一行は、もっとずっと危険な何かに触れてしまったのだと、本能が警鐘を鳴らしていた。 「……はい。そう、言ってました」 エレナが頷くと、シイナは固く唇を引き結び、何かを吟味するように深く思考の海へ潜っていく。シイナの沈黙が、シオンの俯いた横顔が、この場の空気を鉛のように重く変えていった。 その時だった。 ふと視線を向けたシオンの様子が、いつもと違うことに気づいたのは。 彼の瞳の奥に、今まで見たことのない澱みが広がっていた。まるで、凪いだ湖の底に沈んでいた古い記憶が、不意にかき混ぜられてしまったみたいに――。 「シ、シオンさん……? どうかしましたか……?」 壊れ物に触れるみたいに、エレナはそっと尋ねた。 彼は「……あ」と短く息を漏らし、エレナに気づくと、慌てていつもの穏やかな仮面を貼り付ける。 「……すみません。なんでもないんです」 だけど、その微笑みは、まるで痛みを堪えるかのように歪んでいた。 シオンは小さく息を吐くと、意を決したように、一行一人ひとりの顔をゆっくりと見渡す。 「いえ、皆さんには……話しておいた方がいいでしょうね」 シン、と場の空気が凍てついた。 これから語られる言葉が、この街の輝かしい印象を根底から覆してしまう――そんな確かな予感が、胸騒ぎとなってエレナを揺さぶった。 「先ほど、領主という言葉が出ましたが……実はごく一部の間で、この都市《メモリス》には、黒い噂があるのです」 「黒い……噂?」 シイナが、訝しげに問い返した。 シオンは静かに頷き、記憶の糸をたぐるように、遠い目をして語り始める。 「はい。私も、かつてこの街で数年ほど傭兵業をしていたことがありまして。その頃から……時々、人が"消える"ことがあったのです」 (人が、消える? こんなに綺麗で、光に満ちているように見えるこの街で?) 嘘だ、と思いたいのに、シオンの言葉には、それを冗談だなんて思わせない、ずっしりとした重みがあった。 ミストも、シイナも、何も言わない。 二人の沈黙が、逆にものすごい勢いで思考を巡らせていることを物語っていた。 「そして……私の友人も、ある日を境に姿を消しました」 「……っ!」 その静かな告白は、どんな大声よりも強く、エレナの胸に突き刺さった。 「み、見つかっては…
last updateLast Updated : 2025-08-02
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#44:戦士の定義

 メモリスの宿は、どこか秘密を隠しているみたいに、しんと静まり返っていた。窓枠から差し込む月明かりが床に淡い模様を描き、外の喧騒はまるで遠い世界の出来事のようだ。 「エレナさん、何かあったらすぐに呼んでくださいね! 隣の部屋で、ちょっとした実験の続きをしてますから!」  嵐のように言い残して、ミストが元気いっぱいに部屋を出ていく。ぱたぱたと遠ざかる足音を聞きながら、エレナは小さく息をついた。 (……本当に、変わらないなぁ。ちょっとだけ、羨ましいかも)  シイナとシオンがグレンを探しに行き、宿に残されたのはエレナとミストだけ。  落ち着こうとすればするほど、心の湖にさざ波が立っていく。 (いくら噂だって言われても……あんな話を聞いたあとで、普通に眠れるわけないよ……) (現に、シオンさんのパーティ仲間は、今も行方が分からないままなんだし……)  ぎゅっと寝台のシーツを握りしめる。冷たい汗がじわりと滲んだ。 (……落ち着かないようだな。では、気を紛らわせるために、少し昔話をしようか)  不意に、心の奥からエレンが語りかけてくる。その声は、いつもと変わらない静かな響きを持っていた。 (え? 昔話……?) (そうだな……私がいつ生まれたのか、自分でも定かではない。だが、一人の少女が私を"育てて"くれた) (……)  エレナは黙って、その声に耳を澄ませる。 (自我が芽生え始めたのは、確かその女の子が生まれて四年ほど経った頃だったか)  そうだ。エレナの中には、物心ついたときから、もう一人誰かがいた。  小さい頃、それが当たり前だと思っていた。  父や母にその"存在"を話したこともあった。でも誰も信じてくれず、「そんな子はいないのよ」と優しく諭されて——悲しくて、一人で泣いた夜もあった。 (……活発で、落ち着きがなくて、少しおてんばでな) (えっ、それって私のこと? そんなに元気な子だったかな……いや、たしかに……ちょっと、そうだったかも……)  エレンの言葉に、エレナの顔が熱くなる。 (そのせいもあってか、その女の子はある日、家を飛び出して魔獣の潜む街外れまで行ってしまった)  そう……あの日。エレナは初めて"エレン"と入れ替わった。  世界が反転するような感覚——あの時の記憶は、今でも鮮明に残っている。 (不運にも、その場所
last updateLast Updated : 2025-08-02
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第45話:研究所前の騒動

「よっ!エレナ!!心配かけたみたいだな!」談話室の扉を開けると、聞き慣れた声が飛んできた。グレンさんが、いつもと少しも変わらない、太陽みたいな笑顔で大きく手を振っている。その姿を見た瞬間、昨日からずっと胸につかえていた冷たい氷が、ふわりと溶けていくのを感じた。「グレンさん!!もう……本当に、心配したんですよ!」「ははっ、悪い悪い!」豪快に笑うグレンさんとは対照的に、その隣からシオンさんが氷のように冷たい視線を向ける。「まったく……休憩所の衛兵も、なかなか目を覚まさないあなたには手を焼いていましたよ」「えっ、グレンさん、ずっと寝てたんですか?」「ああ。それで困ったシオンが、グレンを殴って起こした――というわけだ」シイナさんが淡々と事実を告げる。(あれ……グレンさん、ツナガールの被害者だったはずなのに……)「いや~……ホント痛かったぞ。コイツ、全然容赦がなくてな」グレンさんがさする右頬が、心なしか少し腫れているように見えて、私は思わず苦笑いを浮かべた。その時、シイナさんが手にした小さな機械に視線を落とす。「さて、皆に伝えておきたいことがある」場の空気が、すっと引き締まった。「それは……?」「これか? これはツナガールとは違い、魔力を消耗しない通信機だ。ただし、あちらより通信範囲は狭い。あまり離れると使えなくなる」シイナさんはそう説明すると、顔を上げた。「伝えたい事だが……昨日俺たちが保護した少年が、目を覚ましたらしい」「ほ、ほんとうですか!?」私は思わず、シイナさんのそばへ駆け寄っていた。「ああ。今、メモリスの魔法研究所支部から連絡が入った」「これから、その少年に詳しく話を聞きに行くつもりだが……」「ぜひ、行きましょう!」私が力強く頷くと、ミストさんも、シオンさんも、そしてグレンさんも、静かに同意を示してくれた。「よし……じゃあ、全員で行くか」***こうして私たちが向かった魔法研究所支部は、しかし、妙な熱気に包まれていた。建物の入口に、街の衛兵たちがずらりと並び、今にも中へなだれ込もうとしている。その前で、数人の研究員が必死に立ちはだかっていた。「ここを通しなさい! この場所に、危険な子供がいるという報告があった!」甲高い声が響き、場の空気がピリピリと張り詰める。「どうした? この騒ぎは」シイナさんが一
last updateLast Updated : 2025-08-03
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第46話:怯える獣と蛇の声

粉塵の向こう、少年は一言も発さなかった。ただ、その身にまだバチバチと紫電を纏ったまま、瓦礫の山を駆け下り、街の雑踏へと消えていく。「あっ、待って!」気づけば、私の身体は勝手に駆け出していた。「今のは危かったですよぉぉぉぉ!!!!!?」「だ、だから危険だと言ったでしょう!」背後からミストさんや衛兵たちの声が聞こえる。でも、違う。あの子の瞳に宿っていたのは、敵意なんかじゃない。あれは、世界中のすべてに牙を剥くしかなくなった、何かにひどく怯える目だ。放っておけるわけがなかった。(エレナ、あの少年が気になるのか?)(うん。一度助けたからっていうのもあるけど……あの子、すごく怯えてる目をしてたから)(確かに、あの少年からは強い“怯え”の気配がした。だが、気を付けろ。傷ついた獣は、追い詰められるほど何をしでかすか分からんぞ)(獣だなんて……私は、ただ話がしたいだけだよ)(例え話だ。だが、君にとってはそうでも、あの少年にとって我々は“捕食者”に映っているかもしれん。だからこそ、慎重になれ)(……うん、分かった)***このあたりのはず……。息を整えながら、入り組んだ路地の影に目を凝らす。あの小さな背中を探して、一歩、また一歩と足を進めた。(エレナ、左前方。建物の裏手に気配がある)エレンの冷静な声が、私の意識を導く。(すごい……本当に、なんでそんなことまで分かるの……)教えられた通り、建物の角にそっと近づいた、その瞬間だった。「っ――!」突風が吹いたかのような勢いで、影の中から少年が飛びかかってきた。私は抵抗する間もなく地面に押し倒され、冷たい石畳に背中を打ちつける。喉のすぐ上で止まった爪が、ひやりと冷たい。「ボ、ボクを……捕まえに来たのかっ!?」少年の震える声が、私の真上で響く。その指先――異様なほど鋭く伸びた爪が、私の喉元にそっと触れた。心臓が、冷たい指で掴まれたみたいに跳ねる。「……違うよ。あなたに、話を聞きたかっただけ」私はできるだけ静かに、全身の力を抜いて、敵意がないことを伝えた。「あなたは……何に怯えているの?」「お、怯えてなんか、いない!!」虚勢を張る声が、痛々しい。でも、私はゆっくりと息を吐き、その瞳をまっすぐに見つめ返した。「ううん。私には分かる。あなた、何かに怯えてる。本当はすごく怖いんでしょ……
last updateLast Updated : 2025-08-03
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第47話:囚われの聖女

「な、なんて酷い……!」 「危険人物の言うことなんて、真に受けちゃあいけませんよぉ」 ねっとりとした声が、私の怒りを嘲笑う。 「小さい子にこんな仕打ちをして……! それに、記憶の実験だなんて……! あなた達は、この都市で一体何をしているのですか!?」 「チッ……もうそこまで話していましたか」 男は心底面倒くさそうに舌打ちをすると、再び歪んだ笑みを浮かべた。 「はぁ〜……恨むなら、その少年を恨んでくださいねぇ」 「あなたも“処理”すべき“可能性”の一つになってしまった、という事ですからぁ」 その言葉を、脳が理解した直後だった。 (エレナ! 後ろだ!) エレンの絶叫。 けれど、もう遅い。 思考の回路が焼き切れるような衝撃。後頭部で、世界が白く弾けた。 ぐらり、と視界が傾いでいく。 目の前が真っ暗になって、膝から力が抜けていく。 ああ、ダメだ……。 意識が、薄れて……。 *** ……うっ……。 ……あれ… 身体に、力が入らない……。 誰かに担がれているような、不規則な揺れ。ざらついた布が頬を擦る感触。 これは……まずい……。 ……ソウコ君は……? あの子も、助けないと……。 そう考えようとしても、思考が濃い霧の向こうに霞んでいく。 私の意識は、抗うこともできずに、深く、冷たい闇の底へと沈んでいった。 *** どれくらいの時間が、流れたのだろう。 ふと意識が浮上したのは、ひやりとした石の感触が頬に伝わったからだった。鉄の錆びた匂いと、微かな黴の匂い。そして、自分の手首に食い込む、冷たい金属の重み。 ゆっくりと目を開けると、そこは、石造りの冷たい牢屋の中だった。 「えっ……こ、ここは……」 鉄格子の向こうから、うっすらと光が差し込んでいる。まだ陽は沈んでいないらしい。 (エレナ、目が覚めたか) (エレン…… 私、どれくらい気を失ってたの?) (ざっと、三時間程だな) (三時間も……) (私が表面に出れば、あの場で二人を捕らえることもできただろう。だが……このままの方が、都合がいいと判断した) エレンの言葉に、はっとする。 (うん…そうだよね。今きっと私達は、この都市の本当の闇の中心にいるんだよね?) (ああ。どうやらこ
last updateLast Updated : 2025-08-04
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第48話:魂の痛み

「ふふふ……!!!では早速、お楽しみの時間と参りましょうかぁ」男は、壁にかかった黒光りする革の鞭を、愛おしそうに手に取った。そして、鉄格子を開け、ゆっくりと牢屋の中へ入ってくる。まだ、距離はある。でも、私がこの痛みに耐えていれば、この男はきっと、その醜悪な笑みを浮かべたまま、すぐ傍まで寄ってくるはずだ。その時が、好機。その瞬間、エレンが確実にこの人を捕まえる。だから……それまで耐えれば……!「ではぁ……早速、一発目ぇぇぇ!!!!」ヒュッ、と空気を切り裂く鋭い音。鞭がしなり、私の脇腹へと……灼熱の鉄棒のように吸い込まれた。びちゃり、と肉が濡れて弾ける、生々しい音が響く。「あぁぁぁあ"っ……!!!!」(っ!!エレナ……!!)「あっはっはっはっ!!!!!なんと良い悲鳴なんだぁ!!!」思考が、焼ける。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い――!皮膚が裂け、肉が抉られ、魂が直接引きずり出されるような、そんな痛み……!熱い血が、傷口から溢れ出て、肌を伝っていくのが分かる。「はぁっ、はぁっ……!! うーん!! まだまだ行きますよぉ!!!!!」「それぇ!!! 二発目ぇぇぇ!!!」今度は、胸部への直撃。ごふっ、と肺から空気が無理やり押し出される。「っ……あ"ぁあ!!」視界が、赤と黒に点滅する。想像を絶する痛みに、私の意識はもう、ぷつりと切れそうになっていた。(エレナ……! エレナ……!!)エレンの必死な声が、遠くで聞こえる。「だ……い…………じょう……ぶ……」「おぉ!? なんという強い精神力!!!! ふむ……しかし、やりすぎて早く壊れてしまったら、楽しみが無くなってしまいますからねぇ……」男は心底残念そうに肩をすくめると、牢屋の出口へと向かう。「また来ます。楽しみにしていてくださいねぇ」(覚えているがいい……!!!! 貴様には二度と同じような生活を出来なくしてやる!!!!)エレンの、静かで底なしの怒りが響いた。でも、その声を最後に、私はあまりの激痛に、糸が切れたよう
last updateLast Updated : 2025-08-04
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第49話:報復

──────エレンの視点──────世界が、反転する。エレナの悲鳴を最後に、彼女の意識が闇に落ちる。入れ替わりに、この身の主導権を握った俺の五感を、灼けつくような激痛が貫いた。だが、それすらも些事だ。魂の底から溢れ出す、この怒りに比べれば。目の前の男が、まだ下卑た笑みを浮かべている。この子の痛みも、恐怖も、尊厳も、全てを玩具として弄んだ、屑。「よくも……よくも、やってくれたな……!!!」俺の口から漏れたのは、エレナのものではない、低く、地の底から響くような声。「へっ?」男が、間抜けな声を上げる。思考より先に、右腕が動いた。対魔人用の鎖がじゃらりと音を立て、男の喉元を鷲掴みにする。「ぐっ!!!」「黙れ。喋るな……!!」指に力を込める。「……貴様の声は、虫唾が走る……!!」男の顔がみるみる青ざめ、白目を剥き、ひくひくと痙攣を始める。だが、この程度の苦しみで、エレナが受けた痛みの代価になるものか。「この程度で気絶することなど……!!! 許さん!!!!」俺は掴んだ男の頭を、そのまま背後の石壁へと、力任せに叩きつけた。ゴッ!!!!肉が潰れる音と、石が砕ける、凄まじい重低音が牢に響き渡る。「か……ぺ……っ」男が崩れ落ちると同時、鎖が繋がれていた壁の留め具が、衝撃で砕け散っていた。「ちっ……。俺の身でさえ、これほどの痛みか……」エレナが耐えた痛みが、時間差で俺の全身を苛む。だが、それすらも、腹の底で煮えくり返る怒りの、薪にしかならない。片腕の自由を得た今、もう片方の枷など飾りにもならん。手枷の、僅かな隙間に指をかけ、捻る。カチン、と乾いた音がして、俺を縛っていた最後の枷が、床に落ちた。さあ。これで、自由の身だ。「おい。起きろ、屑」床に転がり、顔面を血でぐしゃぐしゃにした男は、ぴくりとも動かない。俺は、その腹部へ、容赦なく強烈な蹴りを叩き込んだ。「ぐぁぁぁっ……!!」ヒュー……ヒューと、呼吸もままならな
last updateLast Updated : 2025-08-05
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