「まずは……一人ずつ、私が診ます」 エレナの声は大きくない。なのに、広場に散っていたざわめきが、すっと沈んだ。 視線を送るだけで分かる。衣服は擦り切れ、袖口はほつれ、皮膚は紙みたいに薄い。顔色は真っ青――いや、青を通り越して灰色に近い。立っているだけで奇跡みたいな人が、そこかしこにいた。 冷たい空気。吐く息が白くなるほどではないのに、肌の奥がひやりとする。体温というより、“生”が抜けていく寒さ。 「ゴホッ、ゴホッ……!」 苦しげな咳が跳ね、遅れて、ぬるい音がした。口元を押さえた指の間から血が滲む。真っ赤じゃない。鉄の匂いを含んだ、濁った色。 (これは……本当に急がなきゃ) 胸の内で言い切って、エレナは迷いを切り捨てる。手順を組み上げるのは、祈りの前だ。 「ミストさん、シイナさん。お手伝いをお願いします。村人の方々を、私のもとへ一人ずつ誘導してください!」 ふたりはすぐに頷き、動き出した。ミストは勢いよく、人の波へ飛び込んでいった。 シイナは逆に、視線と距離で場を整える。倒れそうな人の肩にそっと手を添え、列の流れを作る。混乱が、崩れ落ちる前に支えられていく。 エレナは続けて、シオンとグレンへ顔を向けた。呼吸を置く。指示は、短く、明確に。 「シオンさん。お肉とミルク……それからバターと小麦粉を、近くの町で買ってきていただけますか?」 「分かりました」 返事の直後、シオンの周囲の空気がふっと軽くなる。風の属性。彼の輪郭が風景に溶け、次の瞬間には飛び立って―― 「ちょ、ちょっと待ってください!」 エレナの声が、その風を引っ張り戻した。 慌てて財布を差し出す。シオンの視線を避けずに、きっぱりと言った。 「これは……私のわがままでやることなんです。こっちの財布に入っているリヴィアを使ってください」 一瞬だけ、シオンの目がわずかに細まる。責任の所在を、ちゃんと受け取った顔。 「……分かりました」 穏やかに頷き、今度こそ風に乗る。砂埃すら立てない。風が“道”を作って、その上を滑るように空へと舞い上がった。 次にグレンへ。大きな背中、頼もしさの塊みたいな男。けれど、今ここで必要なのは力任せじゃない。熱だ。 「グレンさん。私が治癒を施している間に木を切ってきてください。村人たち、呪いの影響で体温
Last Updated : 2025-06-09 Read more