All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 21 - Chapter 30

116 Chapters

#20:接続者選抜戦・準決勝

 接続者選抜戦、三日目。  陽は高く、空は抜けるように青かった。闘技場の上には雲ひとつなく、降り注ぐ光が観客席を埋める色とりどりの衣を鮮やかに照らし出している。――そして、ファンファーレ。  昨日までとは、明らかに音の厚みが違った。金管はひときわ高らかに鳴り、打楽器は腹の底へ震えを落とし込み、最後に長く伸びた一音が石壁へぶつかって幾重にも返ってくる。準決勝。その二文字が、音そのものに刻み込まれているようだった。民の喉はすでに熱を帯び、誰の胸にも、今日という場に立ち会える昂ぶりが満ちている。 「さぁさぁっ! 本日のお日柄はよろしいようでぇっ!!」  妙にふざけた第一声が、場の熱気を真っ二つに裂いた。実況席の男がマイクを両手で握り、にんまりと笑っているのが遠目にも分かる。 「今日は各ブロックの、じゅ・ん・け・っ・しょうだぁっ!! 熱量も上がってきた頃だろう! ――皆ぁ、準備はいいかぁっ!?」  返ってきたのは、ほとんど地鳴りだった。  観客席のあちこちから拳が突き上がり、歓声が何重にも折り重なって闘技場を満たしていく。石造りの柱がびりびりと震え、掲げられた旗が強く煽られたようにはためいた。熱はもう、昨日までの比ではない。 「けっこうっ!! いやぁ、それにしても――準決勝、あっという間だったなぁっ!!」  実況の声には、どこか惜しむような響きが混じる。 「残すところ、あと二日! 悔いのないように――目ぇをガン開いて、よぉっく見ていけよぉぉっ!!」  歓声が、さらに一段高く跳ねた。 「ってことで――今日の決闘はぁぁぁ……!!」  たっぷりと溜めた声が、闘技場の中央へ降りていく。 「研究所の、異端児ぃっ! ――シイナァァァァァァッ!!」  東の入場口から、黒いジャケット姿の男が静かに姿を見せた。  昨夜の律儀な佇まいとは、まるで別人だった。肩の線には張りがあり、歩幅には一分の狂いもない。一歩ごとに石畳を打つ靴音が、観客の歓声の隙間を縫って届く。彼は軽く手を挙げることもなく、ただ真っ直ぐに中央へ向かっていた。 「……異端児、とは心外だな」  ぽつりと落ちた声には、わずかに苦笑が滲んでいる。  その正面、西の入場口から歩み出たのは、銀髪に紅い瞳を宿した少女だった。エレンは肩をゆるく回しながら、面白そうに目を細める。 「お前――魔物との共存を
last updateLast Updated : 2025-05-25
Read more

#21:落ちる柄、跳ねる脚

甲高い金属音が、闘技場の空気を震わせた。  エレンの剣が、シイナの剣と噛み合う。ほんの一瞬、力が拮抗して止まる──と思った次の刹那、シイナの剣がぐにゃりと形を変えた。いや、違う。割れたのだ。一本だったはずの刃が、中央からするりと分離し、二本の剣へと姿を変えていく。 「むっ──!?」  エレンの喉から、短い驚きが漏れた。  鉄属性。魔力の続く限り、鉄そのものを生み出し、練り上げ、形を変える属性。生成系の中でもとりわけ扱いが難しく、使い手の技術と理解の深さがそのまま戦力に直結する気紛れな力だ。ただ鉄塊を出すだけの凡人と、刃を自在に変形させる達人では、まるで別物と言っていい。  ──もし自分に属性を扱う資格があったなら。  エレンは心のどこかで、この力を欲しいと思った。それほどまでに、鉄という属性は奥が深い。  思考は一瞬。二本に分かれた刃が、同時に振り下ろされてくる。 「っ──」  エレンは横薙ぎの一閃で、その二本をまとめて受け流そうとした。刃と刃がぶつかり、鈍い衝撃が腕に走る。受け止めた──その判断の直後、シイナの加速は止まらなかった。  一撃、二撃、三撃。  分かれた二本の剣が、交互に、時に同時に、容赦なく叩きつけられてくる。息つく間もない。シイナの黒いジャケットの裾が、動きのたびに鋭く翻り、両手のガントレットから伸びた刃が、闘技場の照明を冷たく弾いた。 (……鉄。やれることが、やたらと多い属性だ)  地面を一歩、また一歩と擦りながら、エレンは冷静に思考を回す。 (多くの者は、引き当てた時に嘆くと聞くがな)  それも事実ではあった。遠距離では炎や風に及ばない。派手さもない。ただ鉄を生み出すだけの属性を、使いこなせぬままお荷物のように抱える者も多いと聞く。  ──だが、この男は違う。  近接戦闘に限って言えば、鉄属性は他のどの属性にも引けを取らない。むしろ、使い手次第では頭ひとつ抜ける。刃の形、長さ、重心、分離、再生。そのすべてを戦術に織り込めるのだから。  シイナは、まさにその域にいた。  二本の刃が雨のように降り注ぐ。エレンはそれを一つひとつ、確かな手応えで受け、弾き、いなしていく。金属同士が擦れ合う音、打ち合う音、火花が散る音が、断続的に闘技場を叩いた。  打ち合いの中で、少しずつ──ほんの少しずつ、エレンの剣筋が勝ってい
last updateLast Updated : 2025-05-28
Read more

#22:守るための剣

「うぉぉ……!!?」  シイナの口から、素っ頓狂な声が漏れた。  飛来する刃を、半ば無理やりに身体を投げ出して避ける。辛うじて頬のすぐ横を掠めていった剣は、背後の地面に深々と突き刺さり、小さな土煙を上げた。 (よし、それでいい。──だが)  エレンの紅い瞳が、冷ややかに光る。 (崩れたな)  避けたはいいが、体勢は大きく乱れた。膝が地を擦り、片手が砂を掴み、上体が泳ぐ。起き上がろうとするその動きには、どう足掻いても数瞬の隙ができる。  エレンの身体が、床を蹴った。 「はっ──!!」  低く沈んだ体勢から、一直線に間合いを詰める。剣はあえて使わない。右の掌が、ゆらりと持ち上がり、起き上がりかけたシイナの喉へと、吸い込まれるように伸びた。  ずんっ、と鈍い手応えが返る。  掌底の一撃が、シイナの喉仏を正確に捉えた。エレンはそこで力を緩めない。最初の当たりを起点に、体重を乗せた押し込みが、さらに奥へと叩き込まれる。  シイナの目が、一瞬白く反転した。 「が……はっ……! ゲホッ、ゲホゲホッ……! おぇっ……!!」  吹き飛ばされた身体が、砂の上を転がる。喉を押さえながら、シイナは咳き込み、胃の奥からせり上がってくるものに必死で耐えていた。 「こ、こ、これは痛い……!! エレンの容赦のない攻撃が、シイナの喉を襲ったァァ──!!」  実況者が、自分の喉を庇うように身体を抱きしめながら叫んだ。観客席からも、「うっわ……」「おい、マジかよ……」と、僅かに引いたような声がさざ波のように広がる。 「なかなかどうして、いい攻撃だろう?」  エレンは涼しい顔で、倒れたシイナを見下ろした。 「ゴホッ……ゴホッ……!」 「少々強すぎたか。大丈夫か?」  片眉を上げて、エレンが首を傾ける。 『…………』  体の内側で、エレナが黙り込んだ。その沈黙が、妙にずしりと重い。明らかに、何か言いたげな気配だった。 『おい。これは闘いだからな。出せる手は尽くさねば』  エレンは、内側のエレナに向かって穏やかに告げる。 『それに、こいつにとっても勉強になるだろうよ』 「エレン。──今のは、痛いって」  エレナの声は、責めるというより困ったような色をしていた。 『だからこうして、攻めるチャンスを待ってやってるのだ。本物の戦場なら、今ので命を落としていて
last updateLast Updated : 2025-05-29
Read more

#23:無属性の優位

『エレン……』  体の内側で、エレナの声が小さく揺れた。気遣うようで、どこか切なさも滲む響きだった。  だが、エレンは応えない。剣の切っ先をゆっくりと持ち上げ、正面のシイナへと向け直す。 「さあ、続きを始めよう」  闘技場の光を受けた深紅の瞳が、静かに燃えていた。  しかし、シイナはすぐには構えを取らなかった。喉元を押さえていた手をようやく下ろし、浅く乱れた呼吸を整えながら、ぽつりと口を開く。 「今のは、指向性の火薬です」  喧騒の切れ間を縫うように届いたその声は、妙なほど落ち着いていた。 「この拳を叩きつけた瞬間、その衝撃で破裂するよう仕込んであります。――要するに、破裂の衝撃そのものを武器にしたのが、さっきの攻撃です」  種明かしにしては、あまりに淡々としている。 「なんだ、どうした?」  エレンが片眉を上げた。 「いや……」  シイナは一度視線を落とし、言葉を選ぶようにわずかな間を置いた。 「なんだか、卑怯だなって思ってしまって」 「……」  エレンの表情が、かすかに変わる。曇ったというより、その場の空気の温度が一段下がったようだった。 「俺たち接続者は、属性という奇跡を扱える、恵まれた人間です」  シイナは続ける。ゆっくりと、自分の中の考えを確かめるような口調だった。 「もちろん、世の中にはそれを求めても手に入らない人がいる。生まれ持ったものがすべてだ。だから俺は、鉄属性を引き当てたことに悔いはありません。扱いづらい属性でも、工夫次第でいくらでも強くなれる」  一拍。息を吸う。 「でも――無属性のあなたには……」 「そこまでだ」  低い声が、その先を断ち切った。  鋭さはない。ただ、底の冷えた声音だった。 「それ以上は、私への情けになるぞ。――その時は、容赦せん」  言葉とともに、エレンの周囲から圧が放たれる。  魔力ではない。属性でもない。ただ、鍛え抜かれた肉体の奥に沈んでいた殺気めいた気配が、空気を伝ってシイナの全身へ押し寄せた。  シイナの足が、その場で小さく竦む。  喉が閉じ、声が出ない。 「――私はな」  剣を下ろさぬまま、エレンは静かに言葉を継いだ。 「むしろ、感謝しているくらいだ」 「……っ」 「この器は、たしかに属性を扱えん。だが、言い換えれば――」  紅い瞳が、わずかに細
last updateLast Updated : 2025-05-30
Read more

#24:剣を収める理由

 歓声が遠く、波のように響いていた。  エレンは静かに剣を鞘へ納めると、ゆるやかな足取りで闘技場の縁を越え、場外へ向かった。砕けた石の縁を跨ぎ、土埃の薄く残る空気の中を進んでいく。  その先に、シイナが大の字に寝転がっていた。  両腕は投げ出され、両足も力なく開いている。身体の重みを、まるごと地面へ預けてしまったような姿だった。後頭部の下にも、背中の下にも、叩きつけられた瞬間の痕がはっきりと刻まれている。まだ舞いきらない粉塵の中で、胸だけがゆっくりと上下していた。  エレンはその傍らで足を止める。 「……いい闘いだった」  短いが、確かな響きがあった。 「楽しませてもらったよ」  そう言って差し出されたのは、エレナの肉体そのままの手だった。細い指に、華奢な手首。どう見ても戦場に似つかわしくない、少女のものだ。  シイナの視線が、ふっとそこへ落ちる。  ほんのわずかに、間があった。敗者の意地か。差し伸べられた手を取る意味か。それとも、自分が零したあの言葉が、まだ胸のどこかに引っかかっていたのかもしれない。  だが次の瞬間、シイナは迷いを振り切るように、その手をしっかりと掴み返した。 「エレンさん、俺……」  身体を起こしかけたところで、言葉は途切れる。  それでも、何を引きずっているのかは明白だった。先ほど思わず口をついて出た「ズルい」という一言。その棘が、まだ抜け切っていない。  ――だが、エレンの中ではもう終わったことだった。  あの瞬間に圧で釘を刺した。それで十分。引き延ばすほどの話でもない。 「気にするな」  エレンはその手を引いて立たせながら、わずかに肩をすくめる。 「情けではあったが――それは、お前がそれだけ生真面目だということだろうさ」  慰めでもなければ、皮肉でもない。ただ見たままを口にしただけの声音だった。  そのとき、体の内側で、エレナの声が小さく揺れた。 『でも……私は、彼の考えに少しだけ感謝しちゃった……』  言いにくそうな響きだった。 『エレンは、ずっと私という肉体に囚われて……本当なら、もっと……もっと強くなれるはずなのに……』  エレンの紅い瞳が、ほんの一瞬だけ空を仰ぐ。そして静かに息を吐いた。 『……くだらないことを』 『えっ?』  戸惑いが、内側で小さく跳ねる。 『私が囚われて
last updateLast Updated : 2025-05-31
Read more

#25:白亜の塔への招待状

 接続者選抜戦から、数日が過ぎていた。  国中は、いまだエレンの話題で持ち切りだった。終始他の接続者たちを圧倒し、誰の目にも頂点が約束されていたはずの彼が、決勝を待たずに辞退した――その事実は、人々の口の端から消える気配がない。酒場でも、市場でも、城下の路地裏でも。憶測が囁かれ、噂が膨らみ、また別の噂に塗り替えられていく。  聖堂の奥、祈祷の間に差し込む昼下がりの光は、いつもと変わらず柔らかかった。ステンドグラス越しに落ちる青と金の影が、石床の上でゆっくりと位置を変えていく。  その光の中に膝をつき、エレナは小さく息を吐いた。  組んだ指の先が、わずかに冷たい。 (私の身体が……もっと強ければ……)  胸の奥でこぼれた言葉は、誰にも届かない場所で揺れた。  エレンならば、もっと楽しく戦えていたはずだ。あの選抜戦の舞台で、もっと多くの強者と渡り合い、その鋭い読みと技巧を、誰よりも遠くまで届かせていたはずだ。それを途中で止めさせたのは、ほかでもない自分の器の限界――そう、エレナにはどうしても思えてしまう。  口に出せば、きっとエレンに咎められる。「そういう考え方はやめろ」と、いつものあの低く落ち着いた声で。  だから、言わない。  言わないまま、ただ祈りの形だけが続いていく。  そんな、ひっそりとした午後だった。  廊下のほうから、いつもより少し速い足音が近づいてくる。しなやかで丁寧な、けれど明らかに動揺を含んだ歩調。扉の前で一度止まり、息を整える気配があってから、控えめにノックの音が響いた。 「――ご祈祷中に失礼します。エレナ様」  顔を覗かせたのは修道女のマリアンだった。常は穏やかな面立ちが、今はわずかに引き攣っている。  エレナは祈りを解き、ゆっくりと振り返った。 「マリアン、どうしました?」 「それが……なにやら、マギア王立研究所から、取り急ぎエレナ様にお越しいただくことは可能か、との連絡がございまして」  そこまで言って、マリアンは一拍置いた。それから、抑えていたものが噴き出すように声を高くする。 「――聖女様に、足を運ばせるなど……!!」  頬がうっすらと赤く染まっている。怒りで、というよりは、敬愛する相手を軽んじられたことへの憤りだ。  エレナは思わず目を瞬かせ、慌てて両手を小さく振った。 「ま、まぁまぁ。私は見
last updateLast Updated : 2025-06-02
Read more

#26:賓客室、先客あり

 馬車が研究所の正門前で静かに止まる。  扉が開かれ、エレナが足を下ろした、その先だった。白亜の塔を背にして待っていた人物の姿を認めた瞬間、彼女の目がわずかに丸くなる。  見覚えがあった。接続者選抜戦の準決勝で、エレンと激しく火花を散らした研究員――シイナだ。  あの時は戦闘用の装いだったが、今日は白衣を纏っている。その姿になると印象もいくらか違って見えた。鋭さはそのままに、いかにも研究所の人間らしい理知的な空気が前に出ている。 「エレナ様。お待ちしておりました」  正面から迎えたシイナは、隙のない所作で一礼した。声音は落ち着いているものの、わずかに張りつめた気配がある。無理もない、とエレナは思う。相手からすれば、目の前にいるのは将来この国の聖女として立つはずの存在なのだ。  だからこそ、少しでも空気を和らげたかった。 「こんにちは。えっと……あなたは確か、シイナさんでしたよね」  実際には、エレンを通してその姿も戦いぶりも見ている。けれど、エレナとして顔を合わせるのはこれが初めてだ。自然に見える程度の距離感を残しつつ、彼女はあえて少しだけ柔らかな芝居を混ぜた。  その意図は、どうやらきちんと届いたらしい。 「光栄です。私の名前を覚えていただいているとは」  シイナの表情から、ほんのわずかに強張りが抜ける。  エレナはそこで小さく微笑んだ。 「ふふ、とても優秀な方だと、話は聖堂にも届いておりますよ」  それだけでも十分だったはずなのに、そこでふと、もうひと押ししてみたくなった。 「それに……。エレンもあなたのことをとても褒めていました」 『お、おい!? 何を言っている!? 誰がいつどこでそいつを褒めた!?』  唐突に響いた抗議に、エレナは内心でくすりと笑う。 『慌てちゃって。確かに私は聞いてないけど、あのエレンが認めるくらいだもん。あながち間違いではないでしょ?』 『それは……そうだが……。だが何も言わなくていいだろう……』 『あー聞こえない聞こえないー』  内側ではそんなやり取りが交わされていたが、外から見ればエレナは穏やかに微笑んでいるだけだ。  対するシイナは、一瞬だけ意表を突かれたように目を見開いた。だが次の瞬間には、どこか照れを含んだような苦笑が口元に浮かぶ。 「あのエレンさんに……。ですが、あの準決勝は私にと
last updateLast Updated : 2025-06-04
Read more

#27:神の欠片が待つ先に

 賓客室の視線が、一斉に扉へ集まる。  開いた先に立っていたのは、想像していた“所長”という肩書きとは、どこか結びつきにくい男だった。  皺の寄った白衣の下には黒い衣服。淡いベージュのズボンはきちんと整えられているのに、肝心の本人がひどくくたびれて見える。頬はやつれ、顔色は今にも倒れそうなほど青白い。立っているだけで精一杯なのではないかと思うほど、全身から疲労が滲み出ていた。 「所長……。随分疲れてそうですね」  シイナが半ば呆れたように言うと、男――ラヴィスは乾いた笑みを浮かべた。 「は……はは……。ここ最近忙しくてね……。変異体のグールに、熱源反応……。私の平和な日常は壊れてしまったよ……」  その声音には冗談めかした響きがあったが、冗談にしては目の下の隈が深すぎる。エレナは思わず、その顔をまじまじと見てしまった。  ラヴィスはそこで小さく咳払いをし、どうにか姿勢を正す。 「と、いけないいけない。エレナ様、お越しいただき、ありがとうございます」 「いえ、あの……。差し出がましいかもしれませんが、大丈夫ですか? お顔の色が優れてないように見えてしまって……」  自然と口をついて出た気遣いだった。肩書きより先に、目の前の相手の消耗ぶりが気になってしまったのである。  するとラヴィスは、少しだけ目を丸くしたあと、へなりと力の抜けた笑みを見せた。 「ははっ、ええ。エレナ様にそのように心配していただけただけで、元気が漲ってきますよ」 『こいつがこのマギア王立研究所の所長か。予想してたより随分弱そうだ』  内側から飛んできた率直すぎる感想に、エレナはすぐさま返す。 『みんな、あなたみたいに戦えるわけじゃ……』 『違う。細々としていて、所長という立場に釣り合ってないと言っている』 『それはそれでダメでしょ……』  エレンの評価はいつものように容赦がない。だが、たしかに拍子抜けするほど頼りなさそうに見えるのも事実だった。研究所の総本山を束ねる人物と聞けば、もっと威厳のある人間を想像してしまう。それだけに、この男の青白い顔色は妙に印象に残った。  もっとも、その疲弊の奥に何があるのかまでは、まだ見えない。  エレナは気持ちを切り替えるように、そっと問いを向けた。 「ところで、私が呼ばれた理由について伺っても?」  その一言で、部屋の空気
last updateLast Updated : 2025-06-07
Read more

#28:ふたつの発明品

 それぞれが、エレナの返事を待っていた。シイナは口を挟まず、静かにその横顔を見守っている。グレンはといえば、壁に背を預けたままどこか退屈そうに指先を弄び、シオンはただ目を伏せて、場の結論が降りてくるのを待つように佇んでいた。  細い肩が、わずかに上下する。 「……分かりました。同行させて、いただきます」  その一言が落ちた瞬間、張り詰めていた空気がほどけた。誰かが小さく息を吐き、誰かが肩の力を抜く。言葉にはならない安堵が、部屋の隅々まで広がっていく。 「いやー……! 良かった良かった……! 実は、教皇様にはもう説明していましてね!  曰く、彼女がその気になるのであれば良い、というお言葉はもらっていたんですよ!」  ラヴィスが大仰に両手を広げ、弾んだ声でそう言ってのける。 (……え?)  エレナの睫毛が、ぱちりと跳ねた。 『……こいつ、食えない男だな』  意識の奥で、低く呆れたような声が響く。 「所長、それは割と最低ですよ。そういうのは、やったとしても言わないことです……。かなり印象悪くなりますから」  シイナが半眼になって、淡々と釘を刺す。 『シイナの言う通りだ。私もどうも、この男はいけ好かんな』 「なんだろう……。凄くどこかで文句を言われている気がする……!!  シ、シオン君はどうだい!?  私はひとえに、世界のためを思って……!」  ラヴィスが大袈裟に両腕を広げ、助けを求めるように振り返る。しかしシオンは、視線を上げることすらしなかった。 「私を巻き込まないでいただきたい。ですがそうですね、はい。最低だと思います」  容赦なく結論を置いていく。ラヴィスが「ひぃっ」と小さく呻いた。 「まぁまぁ、いいじゃねーか。エレナは行くって決めてんだろ?」  壁際から、グレンが面倒くさそうに口を挟む。悪気のないその一言に、シオンがすっと顔を上げた。 「……エ・レ・ナ・様、と……!」 「だ、大丈夫ですよ。シオンさん」  慌ててエレナが両手を振って取りなすと、シオンはようやく視線を戻し、小さく一礼した。 (なんだか……おかしな事になってきちゃったな……)  胸の内で、エレナがそっと呟く。  ともあれ——こうして、エレナはこの面々とパーティーを組んで動くことが正式に決まった。その後しばらく、一同は今後の流れについて、大まかな方針を確認し
last updateLast Updated : 2025-06-08
Read more

#29: エレナの旅立ち

 研究所を出たあと、エレナはその足で聖堂へ戻っていた。  白い石造りの広間には修道女たちが整然と並び、その奥で教皇が静かに椅子に腰かけている。エレナが旅の話を切り出した瞬間、ぴんと張りつめていた空気がわずかに揺れた。ざわめきを抑えきれない修道女たちとは対照的に、教皇だけは落ち着いた顔で何度も頷いている。 「少々急なお知らせとなりますが、旅に出ることが決定いたしました」 「それはまた、非常に急なご決定ですね…」  列の前に立つマリアンが、すぐには受け入れきれない様子で口を開いた。聖堂を束ねる立場にある彼女の声には、戸惑いと警戒がそのまま滲んでいる。   「そうは言うがね、世界はいま混沌としている。戦争を引き起こす国や、背後で陰謀を巡らせる者たち。何が起きても不思議ではないのだ。ベルノ王国は幸いにも国力で他国を上回っている。だが、その均衡さえ、いつ崩れるか分からない」  教皇の声は穏やかだったが、広間の空気はそれにつれて静まっていった。法衣の白が、薄く差し込む光に淡く照らされている。 「だからね。私はエレナが、そういったものを自分の目で見て学ぶことを、決して悪いとは思わないよ。ましてや行き先はあの禁足地だ。彼女には優秀な者たちが護衛につく」 「とは言いましても、教皇様……! エレナ様はまだ十八歳という若さですよ……! そうした試練をお与えになるには、あまりに早すぎるのではありませんか!?」  マリアンの声が一段高くなる。修道女たちのあいだにも緊張が走り、何人かが不安げに顔を見合わせた。衣擦れの音だけが、しばし広間に漂う。  エレナはその横顔を見てから、一歩だけ前へ出た。 「…マリアン、ありがとうございます。でも、私は大丈夫です」 「ですが……!」 「私も彼らと直接会ってきましたけど、信頼に足る人たちでしたから」  まっすぐに返された言葉に、マリアンの口がいったん閉じる。広間に短い沈黙が落ちたあと、彼女はゆっくりと息を吐き出した。 「……分かりました。エレナ様がそう仰るのであれば……」 「うむ、まとまったようだね。だが、聖堂にとって痛いことが一つだけある」 「それは何でしょうか?」 「エレナにエレンを同行させることだ。エレナが国を出る以上、これ以上彼女に相応しい護衛はいないだろう。だが、エレンという防衛力に頼れなくなるのは、我々として
last updateLast Updated : 2025-06-08
Read more
PREV
123456
...
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status