All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 21 - Chapter 30

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#20:騒がし知性派研究員 ミスト

 夕暮れの散策を終えたエレナは、約束の刻限より少しだけ早く、皆との集合場所である街の入り口へと戻ってきた。  石畳を染める橙色の光。  昼の喧騒を吐き出すように、人影はまばらで、風だけが穏やかに吹き抜けている。  その入り口の脇で、すでに一人の人物が静かに腰を下ろしていた。  ――シオンだ。膝の上に開いた書物に視線を落とし、周囲の音すら遮断しているかのような佇まい。 「戻りました、シオンさん」  エレナの声に、彼はゆっくりと顔を上げる。 「おかえりなさい、エレナさん。他の方々も……もう間もなくでしょう」  穏やかで、凪いだような声。  不思議と、その一言だけで、胸の奥に溜まっていた緊張がすっと溶けていくのをエレナは感じた。  それから、ほんの数分もしないうちに。  街の入り口の空気が、にわかにざわめいた。  聞こえてきたのは――深く、重たいため息。  そして現れたのは、まるで三日三晩、眠ることも忘れて魔獣と戦い続けてきたかのような、生気の抜け落ちた瞳のシイナだった。 「……悪い。待たせたな……」  その声には、覇気というものが悉く失われている。 「シイナさん!? だ、大丈夫ですか? 何か、あったのですか?」  あまりにも尋常ではない様子に、エレナは思わず駆け寄り、顔を覗き込む。 「いや……うん……その……なんだ……」  歯切れの悪い言葉の合間に、乾いた笑いを挟みながら、シイナは続けた。 「……とんでもなく、いや……ものすごく賑やかな奴が、俺たちのパーティに合流することに、さっき決定してな……はは……」  そう言って、魂の抜けたような腕で、力なく背後を指し示す。  訝しげに、エレナがその先へと視線を移した――その瞬間。 「どうもどうもーッ!!!  皆さん、初めましてッ!!  私、マギア研究所の研究員――ミストですっ!!  以後お見知り置きを! どうぞよしなに、よろしくお願いしますねぇーーッ!!!」  まるで小型の竜巻が、目の前で発生したかのような勢い。  鼓膜を直接揺さぶる、やたらと元気のいい声。  一人の少女――  ミストが、満面の笑みで、そこに立っていた。  有り余る元気。  いや、溢れすぎている勢い。  見ているだけで、こちらの体力
last updateLast Updated : 2025-05-25
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#21:夜の街

 空は、茜色から深い群青へと、ゆっくりとその表情を変えつつあった。  薄闇の帳が降り始め、星々の瞬きが、ちらほらと夜空に滲み出す頃。  エレナたちは、今夜の糧を得るため、黄昏の影が長く伸びる近くの森へと足を踏み入れた。  しっとりとした土の匂い。  木々が放つ、青々とした香り。  ひんやりとした空気が、頬を撫でて通り過ぎる。  エレナは、薬草の知識も豊富なシイナと共に、  食用となる木の実やキノコを探す――採集班。  そして、シオンをリーダーに、グレンとミストの三人が、  森の恵み――という名の“獲物”を求めて奥へと進む――狩猟班。 (……シオンさん、本当に大丈夫かな……)  胸の奥で、エレナは小さく呟いた。  出発の直前。  ふだんなら誰よりも頼もしいシイナが、なぜか遠い目をして、  絞り出すような声でシオンに告げた言葉が、頭から離れない。 「シオン……すまんが、少しだけ……本当に 少しだけでいいから、  アイツらを頼む……。何かあったら、すぐに知らせてくれ……」  あの時のシオンの表情といったら。  まるで―― 「世界が滅ぶ三秒前」のような、尋常ではない、覚悟に満ちた顔だった。  〜*〜*〜*〜 「エレナさん、どれくらい採れたかな?」  背後から、シイナの穏やかな声がかかる。  彼の籠の中には、色とりどりの木の実や、美味しそうなキノコが程よく集まっていた。 「私はこのくらいです。  結構、大粒のクルミもありましたよ!」  エレナが差し出した鉄製のボウルの中には、  瑞々しいベリーがころころと光っている。  五人で分け合う分としては――上出来な収穫だ。 「うん。それだけあれば、スープの実にしたり、焼いたりしても美味しいだろう。  よし、一度戻って、狩猟班の成果と合わせて――」  調理の算段を口にした、その瞬間だった。 「馬鹿野郎ォォォォォ!!!!」  魂そのものを叩きつけたような怒声が、  森の奥深く――狩猟班がいるはずの方角から、  木々を震わせて轟いた。 「……えっ?」 「な、なんですか……今のは!?」  エレナとシイナは、弾かれたように顔を見合わせる。  嫌な予感が、背筋を駆け上がった。  二人は、絡み合う木の根に足を取られぬよう気をつけながら、  声がした方角へと、全力で駆け
last updateLast Updated : 2025-05-28
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#22:厨房の妖精

  エレナたちは、先ほどの霊の男に静かに導かれ、ほどなくして一軒の宿へと辿り着いた。  街の喧騒から少し奥まった場所に佇むその宿は、古びてはいるものの、隅々まで丁寧に手入れされた木造の建物だった。  窓からこぼれるランプのオレンジ色の光が、まるで「おかえり」とでも言うかのように、夜道を柔らかく照らしている。  ギシリ、と心地よい音を立てて木の扉を押し開ける。  中へ一歩足を踏み入れた瞬間、そこには予想どおり――  いや、予想以上に“ほっとする”空間が広がっていた。  磨き込まれた木の床。  使い込まれて角の丸くなったテーブルと椅子。  暖炉に積まれたレンガの一つ一つが、ここで過ごしてきた長い年月を、静かに物語っている。 『長旅でお疲れだろう。ゆっくりしていっておくれ』  そう声をかけてきたのは、奥のカウンターから現れた、ふくよかで人の良さそうな――  少し年配の“女将さん”の霊だった。  彼女は慣れた手つきで、湯気の立つお茶を次々とテーブルに並べていく。  立ちのぼる湯気と、ほのかな香りに、張りきっていた緊張が、ゆっくりと溶けていくのをエレナは感じた。  〜*〜*〜*〜 「さてと……グレン、ちょっと手を貸せ。  さすがに、あの炭じゃ食べられなかったからな」  呆れたように言いながらも、どこか楽しげな調子で、シイナがグレンの肩をぽんと叩く。  二人はそのまま、宿の奥にあるらしい厨房へと向かっていった。  ――森での大惨事を、ここで挽回するつもりなのだろう。  その背中を見送っていたエレナは、はっとしたように勢いよく立ち上がった。 (料理なら……私だって、みんなの役に立てるはず……!)  胸の奥に、小さな闘志が灯る。 「あのっ――!  り、料理は……私に任せてくださいっ!」 「えっ……エレナさんが?  でも、今日は色々あって……かなり疲れてるんじゃないか?」  思いがけない申し出に、シイナは少し目を瞬かせ、心配そうに眉を寄せた。  彼の言う通り、エレナの体は正直くたくただった。  足も重く、肩にはまだ緊張の名残が残っている。  ――それでも。  この温かい宿で。  今日一日、命がけで戦って、笑って、振り回されてきた皆に。  せめて今だけは、ほっとできるご飯を作ってあげたい。  そんな気持ちが、胸の奥
last updateLast Updated : 2025-05-29
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#23:夜の街での観光

  夜の街は、昼間の静けさが嘘のように、温かな光と優しい音色、そして何よりも人々の活気に満ちていた。  あちこちの露店や家々の窓から漏れる柔らかなランタンの灯りが石畳を照らし、  どこからか流れてくる楽しげな音楽に重なって、  人々の笑い声や、食器が触れ合う軽やかな音、  そして――子どもたちの霊がはしゃぎ回る無邪気な声までが、心地よく夜気に溶け込んでいく。  すれ違う街の住人たちは皆、エレナたち旅の者にも驚くほど気さくで、  その眼差しはどこまでも優しかった。 『お嬢ちゃんたち、どこから来たんだい?  この街の自慢の焼き菓子だよ。ひとつ、食べてごらん』 『夜は冷えるだろうに、薄着じゃないかい。  よかったら、このショールを使いなさい』  そんな温かい言葉と、心のこもった小さな親切が、  まるで息をするのと同じくらい自然に、次々と差し出されていく。  死者の街だと知った直後は、あんなにも怖かったのに――。  ここでは、生きている人も、かつて生きていた人も、  互いを隔てることなく、同じ時間を、同じ街の空気を、当たり前のように分かち合っている。 (……本当に、素敵な場所……)  エレナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、  この不思議な街のあり方を、少しずつ理解していった。 「本当に……素敵な場所、ですね」  思わず、ぽつりと本音が零れる。 「ええ。こんなふうに、生きている者も、かつて生きていた者も、  自然に隣り合って暮らしている街なんて……他には滅多にありませんから」  そう微笑みながら、ミストもまた同意する。  彼女の視線も、この街の温かな営みへと静かに注がれていた。 「エレナさん、ミスト。あんなのはどうだ?」  不意に、前を歩いていたシイナが立ち止まり、  ある一点を指さして二人に声をかけてきた。  彼の指の先には、ひときわ明るい灯りに照らされた一角があった。  そこには大きな木の看板が立て掛けられ、  エレナたちのような――“生きている人間”が、何やら楽しげに列を作っている。  霊ではなく、生者だけが集まっているその様子が、逆に妙に目を引いた。 「……なんだろう、あれ……?」  三人は自然とそちらへと足を向け、  看板の前まで歩み寄って、文字を読み解こうと目を凝らす。  古
last updateLast Updated : 2025-05-30
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#24:夜に嗤う異形

「これが……幽霊体験ができる薬……」  エレナの手の中で、小さな硝子瓶が淡く揺れた。  銀色の液体がランタンの灯りを反射し、細い光の筋を描く。  ほのかに漂う甘い薬草の香りが、胸の奥をひそかに刺激した。  栓を抜いて口をつけると、ひんやりとした液体が舌の上に広がる。  細かな泡がそっと弾けた。 「おお!? エレナさん、意外とアクティブですねぇ! 素晴らしいです!  よーし、私も続きますよォ!!」  エレナが飲み干すのを見ると、ミストも勢いよく続いた。  その直後だった。  身体の輪郭がふわりと軽くなり、足元の存在感が薄れていく。  踏みしめているはずの地面の感触が遠のき、重力がどこかへ流れていくようだ。  視線を落とすと、体が透け始めていた。  陽炎のようにゆらめき、色も密度も、少しずつ薄れていく。  手を振ってみても、空気の抵抗がほとんどない。  ──霊の感覚。  エレナは胸の奥がそっと熱くなるのを感じた。  不安と、わくわくするような解放感が同時に広がっていく。 「ふふふ、何回味わっても面白いですねぇ!  前回は身体的変化を中心に観察しましたが……今回は心の観察です!」  半透明のままはしゃぐミストが、目を輝かせながら言う。 「身体がこれだけ変わるなら、心にも必ず影響があるはずです!  その心理的変容を観察しなくちゃいけませんよ!」  エレナは、自分の透けた指先をそっと見つめた。  ふわふわしているのに、どこか頼りない。  それでも、不思議と嫌な感覚ではない。 「なんだか夢みたいです……。でも、これって戻ったらどうなるんでしょう?」 「大丈夫。自然に戻ります。ただ……ものすごーく身体が重く感じますけど!」 「えっ……」  ミストの笑顔に、エレナは小さく身をすくめた。  〜*〜*〜*〜  透けた身体を互いに指さして笑い合い、  ミストが「魂の波長が〜」と呟き続ける横で、  重さのない世界の居心地よさに時間を忘れていった。  だが、その瞬間は突然やってくる。  ぷつりと何かが途切れ、  ずしりと身体が落ちたような重さが戻ってきた。  薬の効果が切れたのだ。 「どうだった? 面白い体験だっただろう」  少し離れた場所で腕を組んでいたシイナが声をかける。 「はい! 本当にすごく……! でも、
last updateLast Updated : 2025-05-31
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#25:複合属性

  シイナが、魔物へ向かって一直線に飛び込んだ。  駆け抜ける豹のような俊敏さ。  一息に距離を詰めながら踏み込み、右拳に装着された鉄製のガントレットが、狙い違わず――魔獣の牛のような顔面を正確に捉えた。  その刹那――  鼓膜を破る炸裂音とともに、夜の闇を白く焼き切る閃光が迸る。  ガントレット内部に仕込まれた指向性の火薬が、打撃と同時に起爆したのだ。  拳を中心に、衝撃波と火花が一点集中で叩きつけられる。 「グガッ……!」  至近距離で直撃した爆発に、さしもの魔獣も短い呻き声を上げ、巨体がぐらりとよろめいた。 「……やった!?」  一瞬、勝利を確信しかけた、その直後―― (……いや、まだだ)  エレンの警告が、エレナの内側に走る。  体勢を立て直すよりも早く、  鞭のようにしなった魔獣の太く長い尾が、空中に跳ね上がったシイナの腹部へと――  回避する間すら与えず、強烈な一撃を叩き込んだ。 「がっ……!!」  肉を打つ鈍い音。  シイナの身体は、くの字に折れ曲がり、  まるで石ころのように、軽々と宙へと吹き飛ばされる。 「シイナ君っ!」  ミストが即座に 魔力 を集中させ、  落下地点を見極めるように両手を前方へ突き出した。  次の瞬間、  巨大な水のクッションが空中に形成され、  激突寸前だったシイナの身体を――ふわりと、優しく受け止める。 (どうしよう……今の私に、あの魔物に通用する攻撃なんて……!?)  さっき放った聖なる矢が、あっさり払い落とされた光景が、脳裏に焼き付いて離れない。  その事実が重くのしかかり、焦りだけが心の中で空回りする。 (私に……できることは……!?)  そのとき。 (エレナ、落ち着け)  エレンの冷静で、それでいて力強い声が、心に直接響いた。 (いつも私にしていることを思い出すんだ。何も、特別なことじゃない) (……いつも……エレンに……)  一瞬の逡巡。 (――あっ) (そうか……聖属性の付与! みんなの能力を強化すれば……!) (そうだ。慣れない私以外との連携に、少し戸惑っているだけだ。君の力の本質は、“仲間を支え、その力を増幅させる”ことにある。無理に一人で、攻撃する必要はない) (……うん。わかった。やってみる!)  エレンの言葉
last updateLast Updated : 2025-06-02
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#26:聖なる大弓

 その――絶望的な瞬間。 「オラァァァァ!!!! このデクノボウがぁっ!!」  視界の端で、鮮烈な赤い閃光が炸裂した。  灼熱の炎を纏った長剣が、流星のように飛来し――  魔獣の振り下ろされようとしていた腕を、肘のあたりから豪快に断ち切った。 「グレンさん……! シオンさん……!」  剣を構えるグレン。  その隣で、冷静な眼差しのまま戦場を見据えるシオン。  頼れる仲間たちの背中が、エレナの前に立ちはだかる。 「なんだこいつは……見たことねぇタイプだな。  だが――面白えじゃねえか!」  グレンは好戦的な笑みを浮かべ、魔獣を睨みつける。 「無駄口は要りません、グレン。  状況は芳しくないようです。とにかく連携を――」  シオンはすでに次の行動に意識を集中させていた。 「グレン! シオン! すまない、助かった!!」 「おうシイナ! 叫び声が聞こえたと思ったら、  なんだかとんでもない事になってんな!」 「新種か、特異個体か……まだ分からないが、  手強いことには変わりない。二人とも、気をつけろよ!」 「おう!」「はい」  その頼もしすぎるやり取りを耳にした瞬間、  張り詰めていたエレナの緊張の糸は――ぷつりと音を立てて切れた。 「……っ……」  膝から、力が抜ける。  必死に立ち上がろうとするが、  恐怖と、安堵と、張りつめ続けた心の反動が一気に押し寄せ、  膝がガクガクと震えて、まるで言うことをきかない。 (私は……何を、してるの……?) (仲間を守るために、この街を守るために、ここにいるはずなのに……) (何も……できていないじゃない……)  悔しさと情けなさが、胸の奥で絡み合い、  瞳の奥から、熱いものが込み上げてくる。  視界が、滲んだ。 「エレナ。今は無理すんな。  あとは――俺たちが、何とかするからよ!」  グレンが一瞬だけ振り返り、  ニカッと、炎みたいな笑顔を向ける。 「……ありがとう、ございます……」  エレナは唇を強く噛み締め、  滲んだ涙を袖で拭い、小さく――けれど確かに、頷いた。 (私は……こんな自分には、絶対に負けない――) (私だって……みんなと一緒に、戦えるはずなんだから……!)  震える膝を必死に押さえつけ、  エレナはゆっくりと――しかし確かな意志
last updateLast Updated : 2025-06-04
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#27:防衛戦

エレナたち一行は、異形の魔獣が呼び寄せた魔獣の群れと対峙していた。 だが、それも――もう長くは続かない。 シオンの鍛え上げられた拳が、スケルトンの群れを正面から薙ぎ払う。 骨と骨がぶつかり砕ける、乾いた破断音が連続して戦場に響き渡った。 その背後から、一体のスケルトンが音もなく忍び寄り、鋭い爪を振りかざす―― だが、それよりも早く。 風を切り裂き、回転しながら飛来した一対のトンファーが、 寸分違わずその頭蓋を打ち砕いた。 粉々に砕け散る骨片が、宙を白く舞う。 一方――街の門に近い正面では。 グレンとミストが、決壊した濁流のように押し寄せる魔獣の大軍と対峙していた。 腐臭を漂わせるグール。 骨を鳴らすスケルトン。 粘液を撒き散らすスライム。 そして、重い足音を響かせるゴーレムまでもが入り混じる、まさに混沌の群れ。 「ミスト! いきなりの初共闘だが……」 グレンは炎を宿した剣を強く握りしめ、口端を吊り上げる。 「――こいつら、まとめて薙ぎ払うぞ!」 「もちろんですとも!!!」 ミストは楽しげに声を弾ませ、ニヤリと笑った。 「こういう派手なの、私も大好物ですからね!」 ふわりと、彼女が両手を広げる。 次の瞬間。 その周囲に、宝石のようにきらめく無数の水滴が生まれた。 水滴は意思を持つかのようにうねり、螺旋を描きながら、渦を成して集まっていく。 「行くぜ、ミスト! タイミング、合わせろよ!」 グレンが地面を強く蹴り、燃え盛る剣を天高く振りかぶる。 次の瞬間。 剣先から解き放たれた灼熱の赤い炎が、 まるで咆哮するドラゴンのように、一直線に魔獣の群れへと駆け抜けた。 ミストはその炎の軌道を、冷静な瞳で見据える。 静かに息を吸い込み――そして、吐き出した。 「炎と水……真逆の属性がぶつかる時、そこに何が生まれるのか」 水滴が、炎へと向かって一斉に奔流となる。 「――さて。壮大な実験の、始まりですよぉぉ!!」 彼女が、パチン――と指を鳴らした。 宙に浮かんでいた無数の水滴が一斉に収束し、巨大な津波となってうねりを上げる。 それは、今まさに魔獣の群れを呑み込んだ――紅蓮の炎の“その先”を、正確に捉えていた。 「俺の全力の炎――その目に、焼き付けやがれぇぇ!!!」 グレンの咆哮とともに、ドラゴンの形を成した紅
last updateLast Updated : 2025-06-07
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#28:記憶都市メモリスへ

 ──次の日の朝。  昨夜の喧騒が嘘のように、静かな光が部屋へ差し込んでいた。  窓辺に置かれた包みに気づき、エレナはそっと手を伸ばす。  司祭から預かった、新しい衣服。  昨日はあまりにも多くのことがあり、すっかり忘れてしまっていた。  包みを開いた瞬間、ふわりと一枚の羊皮紙が滑り落ちる。  インクの柔らかな香りが、微かに鼻を掠めた。 「お手紙……?」  拾い上げた羊皮紙には、見慣れた司祭の温かな筆跡が整然と並んでいた。  ──────────  エレナ君へ  事の経緯は、マギア研究所の所長殿から伺ったよ。  君のその身に起きた奇跡と、これから始まるであろう過酷な旅について。  きっと、心の相棒であるエレン君と入れ替わるのが困難な時もあるだろう。  そこで、旅立つ君への餞別だ。  今、君が手にしているであろう衣服は、私が旧知の職人に頼んで仕立ててもらった特注品でね。  纏う者の魔力に呼応し、その姿形、果ては色までをも変化させる仕掛けが施してある。  これさえあれば、君がエレナとして祈る時も、エレン君が戦士として剣を振るう時も、  姿を繕う必要はないはずだ。  旅路は長くなるだろう。  君は「聖女らしくあろう」と、その細い肩に全てを背負い込むかもしれない。  だが、どうか無理だけはしないで欲しい。  私にとって君は、聖女である前に、どこにでもいる、夢見る普通の女の子なのだから。  エレン君へ  彼女は無理しがちだ。  君は私よりもエレナ君のことをよく知っているだろう。  どうか、彼女を守ってあげて欲しい。  追伸  いざという時のために、エレナ君でも扱える業物の短刀を二本、贈らせてもらう。  君たちの旅に、神の導きがあらんことを。  アンドレス  ────────── (司祭め、なにを当然な事を) 「……司祭様」  エレナは手紙を丁寧に折り畳み、胸元にそっとしまい込んだ。  そして、新しい衣服へ袖を通す。  それは――一点の曇りもない、純白の聖衣。  夜明けの光を閉じ込めたような淡い白の法衣は、膝まで届く柔らかな布地で、  余計な装飾を排したことでかえって清らかな気配を纏っていた。  胸元と裾に施された金糸のラインが、歩くたび微かに揺れ、淡い輝きを返す。  前面には小ぶりな蒼い装飾ボタン
last updateLast Updated : 2025-06-08
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#29: 盗賊と呪われた村

一行はメモリスへと向け、のどかな道を歩いていた。 「……橋、壊れちゃってますね」 エレナが足を止めると、川を跨ぐはずの大きな橋は、もはや原型を留めていなかった。 折れた木材が水面へ無惨に垂れ下がり、濁流に揺られて軋んでいる。 「ちょっと待ってくれ。俺が鉄で橋を架けよう」 シイナが前へ出ようとしたその瞬間、ミストがぱっと手を伸ばして制した。 「いやいやっ!! シイナ君! ここは私の出番ですよっ!」 胸を張ったミストは、ポケットから小さなフラスコを取り出す。 その中には、光を受けてきらめく水色の液体が揺れていた。 (……何をするつもりなんだろう?) ミストはフラスコの口をそっと傾け、数滴を川面へ落とす。 ぽちゃん、と静かな音がして―― 次の瞬間、彼女は満面の笑みで宣言した。 「はい、できました! さあ、渡りますよ!」 そう言いながら、何のためらいもなく水面へ一歩。 「えっ!? 沈まないんですか!?」 エレナが思わず声を上げる。 しかしミストの足元には、しっかりと“道”ができていた。 透き通った水が凝縮され、ゼリーのようにぷるりと盛り上がりながら、彼女の体重を支えている。 「なるほど。水を凝縮して、ゼリー状に固めたのか」 シイナは手を顎に当て、感心したように頷くと、そのまま川へ足を伸ばす。 「うはーっ! おもしれぇな!!」 グレンは子供のようにはしゃぎながら、ゼリーの道をぴょんぴょん跳ねていく。 「ふむ。興味深いですね」 シオンは変わらぬ無表情で、影が滑るように静かにその上を歩んでいった。 エレナも続いて、水の上にそっと足を乗せる。 ──ぐにゅっ。 「わぁ……不思議な感覚ですね……!」 足裏に伝わるのは、ゼリーそっくりの弾力とひんやりした冷たさ。 けれど沈まない。 ほんの少し揺れながらも、確かに彼女を支えてくれる。 不思議で、でもなんだか心が弾むような感覚であった。 〜*〜*〜*〜 数度の野宿を繰り返し、記憶都市メモリスまでもう少しという頃。 ……ガサガサッ。 道脇の茂みが揺れて、六人ほどの集団が姿を現した。全員が顔を隠しており、どこか殺気立っている。その格好と動きは、まさに──盗賊。 「お前ら、ちょっと大人しくしてもらうぜぇ!!」 叫ぶと同時に、彼らは一斉にこちらへと飛びかかってき
last updateLast Updated : 2025-06-08
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