All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 21 - Chapter 30

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第20話:騒がし知性派研究員 ミスト

────── エレナの視点 ────── 夕暮れの散策を終えた私は、約束の刻限より少し早く、皆との集合場所である街の入り口に戻ってきた。 そこには既に、シオンさんが静かに書物を読んでいる姿があった。 「戻りました、シオンさん」 私がそう声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。 「おかえりなさい、エレナさん。他の方々も、もう間もなくだと思いますよ」 彼の穏やかな声は、不思議と私の心を落ち着かせてくれる。 *** それから数分もしないうちに、街の入り口がにわかに騒がしくなった。 聞こえてきたのは、何やら深いため息。そして現れたのは、まるで三日三晩眠らずに魔物と戦い続けた後のような、生気のない瞳をしたシイナさんだった。 「悪い…待たせたな……」 「シイナさん!? だ、大丈夫ですか? 何かあったのですか?」 その尋常じゃない様子に、私は思わず駆け寄って尋ねた。 「いや……うん……その、なんだ……とんでもなく、いや…ものすごく賑やかな奴が、俺たちのパーティに合流することが、ついさっき決定してね……はは……」 乾いた笑いを浮かべ、シイナさんは疲れ切った声で言うと、ぐったりとした腕で、力なく背後を指し示した。 私が訝しげにシイナさんの背後へと視線を移した、その瞬間だった。 「どうもどうもー!!! 皆さん、初めましてッ!! 私、魔法研究所研究員のミストです! 以後お見知り置きを! どうぞよしなに、よろしくお願いしますねッ!!!」 まるで小型の竜巻がすぐそこで発生したかのような勢いと、鼓膜を直接揺さぶるような快活な声。一人の少女 ――ミストさんが、満面の笑みでそこに立っていた。 その有り余る元気さは、見ているこっちの体力までごっそり吸い取られそうだ。 (なっ……!コイツの騒がしさは一体なんだ……!?) エレンが内心で警戒とも呆れともつかない声を上げる。 なるほど……シイナさんがどうしてあんなに疲弊しているのか、少しだけ、本当に少しだけ、理解できた気がする。 「おー、エレナにシイナ、それにシオンも戻ってたか。早かったな」 そんな喧騒なんてどこ吹く風とばかりに、呑気な声と共にグレンさんも入ってきた。 「おおっ! そのお姿、その風格! もしや、貴方様があの有名な“炎の騎士”グレンさんで
last updateLast Updated : 2025-05-25
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第21話:夜の街

空が茜色から深い群青へとその表情を変え、星々の瞬きがちらほらと顔を覗かせ始めた頃。 私たちは、今夜の糧を得るため、黄昏の影が伸びる近くの森へと足を踏み入れた。 しっとりとした土の匂いと、木々が放つ青々しい香りが混じり合い、ひんやりとした空気が頬を撫でる。 私は、薬草の知識も豊富なシイナさんと共に、食用となる木の実やキノコを探す採集班。 そして、シオンさんをリーダーに、グレンさん、ミストさんの三人が、森の恵みを求めて奥へと進む狩猟班だ。 (……シオンさん、本当に大丈夫かなぁ……あの表情、ちょっと心配……) 胸の内で小さく呟く。 出発の直前、常ならば頼もしいはずのシイナさんが、なぜか遠い目をして、絞り出すような声でシオンさんに告げた言葉が、私の脳裏にこびりついて離れなかった。 「シオン……すまんが、少しだけ……本当に少しだけでいいから、アイツらを頼む……。何かあったら、すぐに知らせてくれ……」 その時のシオンさんの顔といったら、もう――「世界が滅ぶ3秒前」みたいな、尋常じゃない壮絶な表情だったんだ。 *** 「エレナさん、どれくらい採れたかな?」 背後から、シイナさんの柔らかな声がかかる。彼の籠には、色とりどりの木の実や、美味しそうなキノコが程よく集まっていた。 「私はこれくらいです。結構大粒のクルミもありましたよ!」 私が差し出した鉄製のボウルにも、瑞々しいベリーが収まっている。五人で食べる分としては、悪くない収穫だよね。 「うん。それだけあれば、スープの実にしたり、焼いたりしても美味しいだろう。よし、一度戻って狩猟班の成果と合わせて、調理の準備を――」 シイナさんがそう言いかけた、まさにその時だった。 「馬鹿野郎ォォォォ!!!!」 森の奥深く、おそらく狩猟班がいるであろう方角から、シオンさんの魂の叫びにも似た怒声が、木々を震わせて響き渡った。 「えっ!?」 「な、なんですか今のは!?」 私とシイナさんは、弾かれたように顔を見合わせる。シオンさんの身に何かあったっていう不安と、まさか…という嫌な予感が同時に胸をよぎった。 私たちは木の根に足を取られないよう注意しながら、声がした方角へと全力で駆け出した。 そして、数分後。 息を切らして開けた場所にたどり着いた私たちが目にした光景は―― 森の一角が、文字通り、赤々と燃え上
last updateLast Updated : 2025-05-28
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第22話:朝と共に眠る

私たちは、先ほどの霊の男性に静かに案内され、ほどなくして一軒の宿へと辿り着いた。 街の喧騒から少し奥まった場所に佇むその宿は、古いが手入れの行き届いた木造の建物で、窓からこぼれるランプのオレンジ色の光が、まるで「おいで」と手招きしているみたいに柔らかく揺れている。 ギシリ、と心地よい音を立てる木の扉を開けて中へ足を踏み入れると、そこには予想通り、ほっとするような落ち着いた空間が広がっていた。磨き込まれた木の床。使い込まれた風合いのテーブルと椅子。暖炉のレンガが、ここで重ねられてきた長い年月を静かに物語っている。 『長旅でお疲れだろう。ゆっくりしていってね』 奥のカウンターから現れたのは、ふくよかで人の良さそうな笑顔を浮かべた、少し年配の女性の霊だった。彼女が手慣れた様子で湯気の立つお茶をテーブルに並べてくれる。その優しい声と穏やかな微笑みに、私の強張っていた心が自然と解けていくのを感じた。 *** 「さてと……グレン、ちょっと手を貸せ。さすがにあの炭では食べられなかったからな」 シイナさんが呆れたように、でもどこか楽しげにグレンさんの肩を叩き、宿の奥にあるらしい厨房へと向かう。森での一件を挽回すべく、まともな夕食の準備に取り掛かるつもりなんだ。 その二人の背中を見て、私は思わず勢いよく立ち上がった。 料理なら、私だってみんなの役に立てるはず! 「あのっ、料理は、私に任せてくださいっ!」 「えっ、エレナさんが? でも、今日は色々あって疲れてるんじゃないか?」 私の申し出に、シイナさんが少し驚いたように、そして心配そうに眉を寄せる。 彼の言う通り、体は正直くたくた。けど、それでも。この温かい宿で、今日一日頑張ったみんなに、美味しいごはんを作ってあげたい。そして、みんなの笑顔が見たいんだ。 「大丈夫です! やらせてください!」 私が力強くそう答えた、まさにその時だった。 「はいはーい!それなら、この厨房の妖精ことミストさんもお手伝いしますよぉぉ!!」 (妖精??) どこからともなく現れたミストさんが、私の隣をすり抜け、グレンさんとシイナさんの背中を両手でぐいぐいと押し出す。 「なので!男性陣はそちらでゆっくりお茶でも飲んで、おとなしーく待っててくださいねーっ!」 あっという間に厨房から追い出された形の二人は、顔を見合わせて苦笑いして
last updateLast Updated : 2025-05-29
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第23話:夜の街での観光

夜の街は、昼間の静けさが嘘みたいに、温かな光と優しい音色、そして何よりも人々の活気に満ちていた。 あちこちの露店や家々の窓から漏れる柔らかなランタンの灯りが石畳を照らし、どこからか楽しげな音楽と共に、人々の笑い声や食器の触れ合う音、子供たちがはしゃぐ声が心地よく響いてくる。 すれ違う街の住人たちはみんな、私たち旅の者にも驚くほど気さくで、その眼差しはどこまでも優しい。 『お嬢ちゃんたち、どこから来たんだい? この街の自慢の焼き菓子だよ、一つ食べてごらん』 『夜は冷えるだろうに、薄着じゃないかい? よかったらこのショールを使いなさい』 そんな温かい言葉と、心のこもった小さな親切が、まるで当たり前のように差し伸べられる。 警戒心でいっぱいだった私の心は、いつの間にか彼らの自然な優しさに触れて、ゆっくりと解きほぐされていた。 死者の街だって知った直後は、あんなに怖かったのに……。ここは、生きている人も、かつて生きていた人も、みんなが互いを尊重しあって穏やかに暮らしている、本当に素敵な場所なんだ。 「本当に……素敵な場所、ですね」 思わず、ぽつりと呟きが漏れた。 「ですよね。こんな風に、生きている者も、かつて生きていた者も、自然に隣り合って暮らしている街なんて、他にはそうそうありませんから」 そう微笑みながら、ミストさんが同意の言葉を返してくれる。彼の視線もまた、この街の温かな営みに向けられていた。 「エレナさん、ミスト。あんなのはどうだ?」 不意に、前を歩いていたシイナさんが立ち止まり、ある一点を指さして私たちに声をかけてきた。 彼が指さす先には、ひときわ明るい灯りに照らされた一角があった。そこには大きな木の看板が立て掛けられていて、私たちみたいな「生きてる人間」が、何やら楽しげに列を作っている。 「なんだろう、あれ…?」 私たちは自然とそちらへ足を向け、看板の文字を読み解こうと目を凝らす。古びた木の板に、少しインクが掠れた、楽しげな文字でこう書かれていた。 ──────────── 『霊の身体を体験っ!! 君も一夜のゴースト気分!』 ──────────── 「これは…? どういうことですか?」 看板の奇妙な文句に、私は首を傾げる。 「ああ、これは、俺たちのような生きた人間が、一時的に幽霊みたいになれる体験ができるらしい。こ
last updateLast Updated : 2025-05-30
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第24話:襲撃

「これが…幽霊体験ができるポーション…」 受け取った小さな硝子瓶の中で、月光を溶かし込んだみたいな銀色の液体が、周囲のランタンの灯りを反射してきらきらと揺らめいている。甘いような、それでいてどこか不思議な薬草の香りが、微かに鼻をくすぐった。 私は瓶の小さな木の栓を抜き、恐る恐るその液体を口に含む。舌の上に、ほんのりと冷たくて、少しだけシュワシュワする刺激が広がった。 「おお!? エレナさん、意外とアクティブですねぇ、素晴らしい探求心です! よーし、私も行きますよぉ!!」 私が飲み干すのを見て、ミストさんがパッと表情を輝かせ、同じように興奮した様子でポーションを一気に飲み干した。 すると、本当にすぐに、私たちの身体に不思議な変化が起き始める。 身体が…ふわりと、綿毛にでもなったみたいに軽くなっていく…? 自分の足元に目をやると、体が徐々に透け始めて、まるで陽炎みたいにゆらゆらと揺れているのが見えた。地面を踏みしめているはずなのに、その感触がほとんどない。手を振ってみても、空気を掻く抵抗がいつもよりずっと軽い。 これが、霊になった感覚…? 体が軽くて、どこか心許ないけど、同時に今まで感じたことのないような解放感があった。なんて不思議な感覚なんだろう。 「ふふふ、何回味わっても面白い体験ですよ、コレは! 前回は主にこの身体的な変化――質量や密度、視覚的透明度の変化を中心に観察しましたが…今回は心の観察です!」 隣で同じように半透明になっているミストさんが、子供みたいに目をきらきらさせながら興奮気味に言う。 「身体にこれだけの変化があれば、心にも何らかの影響があるはず! その心理的変容を詳細に観察しなくては、研究者として真理の探究はできませんとも!」 今にもどこからか手帳とペンを取り出しそうな勢いだ。 「これ…すごいですね…! なんだか、ふわふわしていて夢みたいです。でも…これ、元の体に戻ったらどうなるんだろう?」 私は自分の透けた手を見つめながら、素朴な疑問を口にした。 「ああ、それですか? 大丈夫、効果が切れれば自然に戻ります。ただ…その時は、ものすごーく身体が重く感じますよ! まるで全身に鉛を仕込まれたみたいに!」 ミストさんが、にっこりと、でもどこか楽しげにそう断言する。 「え”っ」 彼女の言葉に、私の背筋にぞくりと悪寒が走った
last updateLast Updated : 2025-05-31
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第25話 :異形な魔物

シイナさんが魔物へ向かって一直線に、まるで閃光みたいに飛び込んだ。 駆け抜ける豹のような俊敏さで距離を詰め、右拳に装着された鉄製のガントレットが、狙い違わず魔物の牛のような顔面を正確に捉える。 その刹那―― 鼓膜を破るかのような炸裂音と共に、夜の闇を白く焼き切る閃光が迸った。 「グガッ……!」 至近距離での爆発に、魔物も短い呻き声を上げ、巨体がぐらりとよろめく。 やった!? そう思ったのも束の間。体勢を立て直すよりも早く、鞭のようにしなった魔物の太く長い尾が、空中に跳ね上がったシイナさんの腹部へと、回避する間も与えず強烈な一撃を叩き込んだ。 肉を打つ鈍い音が響き、シイナさんの体がくの字に折れ曲がって、石ころみたいに軽々と吹き飛ばされる。 「シイナ君っ!」 ミストさんが即座に魔力を集中させ、シイナさんの落下地点を見極めるように両手を前方へ突き出す。彼女の足元から湧き上がった水が、壁際で巨大な水のクッションを形成し、激突寸前だったシイナさんの体をふわりと優しく受け止めた。 ――私は、その一連の攻防を、ただ息を飲んで見つめていることしかできなかった。 (どうしよう……今の私に、あの魔物に通用する攻撃なんて……!? 私に、できることは……!?) さっき放った聖なる矢が、あっさり払い落とされた光景が目に焼き付いて離れない。その事実が重くのしかかってきて、焦りだけが心を空回りさせる。 (エレナ、落ち着け。いつも私にしていることを思い出すんだ。何も特別なことじゃない) その時、エレンの冷静で、それでいて力強い声が心に直接響いた。 (いつも……エレンにしてること……あっ、そうか、聖属性の付与! みんなの能力を強化するんだ!) まるで頭の中の霧がさっと晴れるように、答えが見つかった。 (そうだ。慣れない私以外との連携に、少し戸惑っているだけだ。君の力の本質は、仲間を支え、その力を増幅させることにある。無理に一人で攻撃しなくてもいい) (うん、わかった! やってみる!) エレンの言葉に、私は強く頷いた。 「すまない、ミスト! 助かった!」 シイナさんが水のクッションから勢いよく這い上がり、ぐっしょりと濡れた黒髪を荒々しく払いながら、ミストさんに力強く礼を告げる。その瞳には、まだ闘志が燃え盛っていた。 「シイナさん! こっちへ来てください!」
last updateLast Updated : 2025-06-02
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第26話:撃退

私は、まだ微かに震える足にぐっと力を込めて、どうにか立ち上がった。 目の前では仲間たちが、あの規格外の魔物と死闘を繰り広げている。 だけど……今の私が未熟な攻撃を繰り出しても、きっと彼らの足を引っ張るだけ。 (それなら――私にできる、最善のことは!) 私は両の掌を胸の前に合わせ、そこにありったけの聖なる魔力を集中させた。温かく、清浄な光が手のひらから溢れ出し、周囲の闇をわずかに押し返す。 「エレナさん……あなたが諦めないというのなら、このミストさんも最後までお手伝いしますよ!! 全力でサポートさせていただきますとも!」 すぐ隣から、明るくて、今はどこまでも頼もしいミストさんの声が響く。 この極限の状況でも変わらない彼の調子が、不思議と私の強張っていた心を少しだけ解きほぐしてくれる。そうだ、私は一人じゃない。 その時、さっきグレンさんによって断ち切られたはずの魔物の腕が――まるで生きているみたいに蠢き、黒い肉と骨が絡み合いながら、おぞましい速度で再生を始めていた。 「……ミストの推測通りに再生能力まで持ってるのか、あの魔物は…!」 シイナさんが忌々しげに吐き捨てる。 「構わねぇ!! 何度でも、俺がまたぶった斬ってやるぜ!」 グレンさんが炎の剣を握り直し、闘志をさらに燃え上がらせた。 「今回は、私はサポートに徹します。皆さんの力を最大限に引き出しましょう」 シオンさんは冷静に戦況を分析し、風を操るトンファーを構え直す。 三人は、もうためらうことなく、再び魔物へと動き出した。 まず動いたのはシオンさんだった。彼がトンファーを振るうと旋風が巻き起こり、加速されたトンファーが唸りを上げて、再生しかけていた魔物の腕を的確に打ち払う。 ほぼ同時に、反対側から振りかざされた巨大な黒剣を、シイナさんが全身のバネを使って展開した鉄の盾で、火花を散らしながらも強引に受け止める。盾が軋み、地面が衝撃で陥没した。 そして――その中央の、わずかな隙間を縫うように、グレンさんが猛然と突進した。 彼の握る長剣が、まるで意思を持ったかのように鮮やかな紅蓮の炎を纏い、真一文字に振り抜かれる。 肉を断ち切る鋭い音と共に、魔物の分厚い胸板から腹部にかけて、一撃で深々と裂け目が走った。 獣じみた、苦悶とも怒りともつかない凄まじい咆哮が轟き、魔物は傷口から黒い体液を飛
last updateLast Updated : 2025-06-04
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第27話:防衛戦

シオンさんの鍛え上げられた拳が、鉄槌のようにスケルトンの群れを薙ぎ払い、骨が砕ける乾いた音が連続して響き渡る。一体のスケルトンがその隙を突いて背後から襲いかかるが、それよりも早く、風を切り裂き回転しながら飛来した一対のトンファーが、その頭蓋を正確に砕いた。 そして、街の門に近い正面では、グレンさんとミストさんが、決壊した濁流のように押し寄せる魔物の大軍と対峙していた。腐臭を漂わせるグール、骨を鳴らすスケルトン、粘液を撒き散らすスライム、重い足音を響かせるゴーレムまで混じっている。 「ミスト! いきなりの初共闘だが……こいつらまとめて薙ぎ払うぞ!」 グレンさんが炎を宿した剣を強く握りしめ、隣のミストさんに向かって叫ぶ。 「もちろんですとも!!! こういう派手なのは大好物ですからね!」 ミストさんは不敵な笑みをニヤリと浮かべ、ふわりと両手を広げた。彼の周囲の空間から、無数の宝石みたいにきらめく水滴が生まれ、意思を持っているかのようにうねりながら集まり始める。 「行くぜ、ミスト! タイミング合わせろよ!」 グレンさんが地面を強く蹴り、燃え盛る剣を天高く振りかぶる。次の瞬間、彼の剣先から灼熱の赤い炎が、龍のように一直線に魔物の群れへと走った。 ミストさんはその炎の軌道を冷静に見据え、静かに息を深く吸い込み、そして吐き出す。 「炎と水……真逆の属性がぶつかる時、そこに何が生まれるのか。さて、壮大な実験の始まりですよぉぉ!!」 彼女がパチンと指を鳴らすと、宙に浮かんでいた無数の水滴が一斉に集束し、巨大な津波となって、炎の龍を追うように魔物の群れへと牙を剥いた。 「俺の全力の炎、その目に焼き付けやがれぇぇ!!!」 扇状に広がった紅蓮の炎と、ミストさんの操る巨大な水の波が、魔物の群れの中心で激しく衝突した。 そして―― 目を眩ませるほどの閃光と、鼓膜を突き破るかのような轟音が戦場を支配した。 炎と水が互いを喰らい合い、莫大なエネルギーへと変換され、超高温の水蒸気爆発が魔物の大群を根こそぎ巻き込む。衝撃波が嵐のように地を走り、周囲の建物を揺るがし、魔物たちはなすすべもなく木の葉のように吹き飛ばされていく。熱風と蒸気が敵の群れを瞬時に焼き払い、断末魔の悲鳴が次々と夜空に木霊した。 爆心地には濃い土煙と白い霧がもうもうと立ちこめ、一瞬にして視界が完全に奪わ
last updateLast Updated : 2025-06-07
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第28話:特注品の衣服

──次の日の朝。 昨夜の喧騒が嘘のような、静かな光が部屋に差し込んでいる。窓辺に置かれた包みに気づき、私はそっと手を伸ばした。司祭様から預かった、新しい衣服だ。昨日はいろいろなことがありすぎて、すっかり忘れてしまっていた。 包みを開くと、ふわりと一枚の羊皮紙が滑り落ちる。インクの香りが、微かに鼻を掠めた。 「お手紙……?」 そこに綴られていたのは、見慣れた司祭様の、温かい筆跡だった。 ────────── エレナ君へ 事の経緯は、魔法研究所の所長殿から伺ったよ。 君のその身に起きた奇跡と、これから始まるであろう過酷な旅について。きっと、心の相棒であるエレン君と入れ替わるのが困難な時もあるだろう。 そこで、旅立つ君への餞別だ。 今、君が手にしているであろう衣服は、私が旧知の職人に頼んで仕立てさせた特注品でね。纏う者の魔力に呼応し、その姿形、果ては色までをも変化させる仕掛けが施してある。 これさえあれば、君がエレナとして祈る時も、エレン君が戦士として剣を振るう時も、姿を繕う必要はないはずだ。 旅路は長くなるだろう。 君は「聖女らしくあろう」と、その細い肩に全てを背負い込むかもしれない。だが、どうか無理だけはしないで欲しい。私にとって君は、聖女である前に、どこにでもいる、夢見る普通の女の子なのだから。 いつでも、仲間を頼りなさい。 追伸 いざという時のために、君でも扱える業物の短刀を二本、贈らせてもらう。君たちの旅に、神の導きがあらんことを。 アンドレス ────────── 「……司祭様」 ぽつり、と零れた声は震えていた。次から次へと涙が溢れて、手紙の文字が滲んでいく。私のこと、ちゃんと見ててくれたんだ……。 手紙を丁寧に畳んで胸元にしまうと、私は新しい衣服へと、そっと袖を通した。 それは、一点の曇りもない純白の聖衣。 身体の線を拾わないゆったりとした仕立てだが、その簡素さには、神に仕える者としての清廉さが宿っている。 肩を覆う短いケープの中心には、金糸で縁取られた十字の紋章。 それは着用者の信仰と役目を無言のうちに物語る、唯一の装飾だ。 腰には一本の素朴な革ベルトが巻かれ、裾から覗くのは頑丈そうな革のブーツ。祈りの場だけでなく、実務にも耐えうることを想定した作りが見て取れる。袖口と裾を縁取る控えめな金のラインが、質素
last updateLast Updated : 2025-06-08
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第29話 盗賊と呪われた村

「橋、壊れちゃってますね……」 目の前に広がる大きな橋は、もはや原型を留めておらず、崩れた木材が川へと無惨に垂れ下がっていた。 「ちょっと待ってくれ、俺が橋を架けよう」 そう言って前に出ようとしたシイナさんを、ミストさんがさっと手で制する。 「いやいやっ!! シイナくん! ここは私の出番ですよっ!」 得意げに笑った彼女は、ポケットから小さな薬剤を取り出すと、川面へ向けてすっと手を伸ばした。その手先から、微かに光がにじむ。 (……なにをしてるんだろう?) よく分からないけど、ミストさんは満面の笑みで宣言した。 「これで大丈夫! さぁ、渡りますよ!」 そのまま軽やかに、彼女は水面へと一歩踏み出す。 「えっ!? 沈まないんですか!?」 思わず声を上げた次の瞬間──彼女の足元には、しっかりと“道”があった。水の上を、にこっと笑いながら歩いていくミストさん。 「なるほど。水を凝縮して、固めたのか」 シイナさんが感心したように頷き、続くように川へ足を伸ばす。 「うはーっ! おもしれぇな!!」 グレンさんは大はしゃぎで、水の上をぴょんぴょんと跳ねながら進んでいく。 「ふむ。面白いですね」 シオンさんは変わらぬ無表情で、まるで浮かぶ影のように静かに渡っていった。 私も、みんなのあとに続いて、水の上に足を乗せる。 ──ぐにゅっ。 「わぁ……不思議な感覚ですね……!」 ゼリーみたいな弾力と、ひんやりした感触が足裏から伝わってきた。なのに、沈まない。不思議で、でも心地よい違和感だった。 *** メモリスまでもう少しという頃。 ……ガサガサッ。 道脇の茂みが揺れて、六人ほどの集団が姿を現した。全員が顔を隠しており、どこか殺気立っている。その格好と動きは、まさに──盗賊。 「お前ら、ちょっと大人しくしてもらうぜぇ!!」 叫ぶと同時に、彼らは一斉にこちらへと飛びかかってきた。 でも──当然。 *** シイナさん、シオンさん、グレンさん。前に出た三人が動いた瞬間、事態は決着していた。もはや“戦い”とは呼べないほど、一瞬の出来事。 「で? どうして私たちを襲おうとしたんですか?」 トンファーを構えたまま、シオンさんが淡々と問いかける。 「え……いや、その……ほんの出来心でして……」 しどろもどろな返事のあと、静かな笑顔のまま─
last updateLast Updated : 2025-06-08
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