บททั้งหมดของ 婚姻生活にさようなら、椎名さん: บทที่ 251 - บทที่ 260

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第251話

悠斗が外から入ってきた。いつも表情の乏しい顔に、重い影が差している。足取りは慌ただしく、何かよくない知らせを抱えていることがひと目で分かった。白崎執事はそれを察し、黙ってダイニングを離れた。リビングへ行き、書き終えたばかりのレシピをスマホで撮って莉奈へ送る。悠斗は足早に承也のそばまで来た。「社長、直哉さんの容体がよくありません」……莉奈は朝早く、白崎執事にレシピを頼んでいた。直哉が目を覚まし、二十四時間の峠を越えたら、家に戻ってスープを煮て飲ませるつもりだった。こっそり作って、直哉をびっくりさせてやろう。驚きすぎて言葉も出なくなればいい。莉奈は、自分の料理の腕がひどいことを知っている。もっと正直に言えば、料理の腕などないに等しい。数年前、承也の世話をしていた頃、莉奈はなぜか自信満々に食事を作り、スープを煮込んでいた。承也は毎回食べた。美味しいとも、不味いとも言わなかった。そのせいで莉奈はますます張り切り、ある日、次は千鶴にも作ってあげると言い出した。その時、目の見えなかった承也は莉奈の手を押さえた。冷ややかで澄んだ低い声は、耳に心地よく、それでいて容赦がなかった。「俺ひとりを犠牲にするだけでは足りないのか」莉奈はあとで自分の作った料理を一口食べて、ようやく知った。自分の料理が、どれほど飲み込むのもつらい代物だったのかを。莉奈がぼんやりと思い出に沈んでいた時、直哉のベッド脇から、突然生体情報モニターの警報音が鳴り響いた。莉奈は病室へ飛び込んだ。医師や看護師が慌ただしく駆けつけ、直哉のベッドを取り囲む。「血圧が急激に下がっています。ショック状態です。腹腔内出血の可能性があります」莉奈は全身が氷のように冷えていくのを感じ、その場に立ち尽くした。身体の横に垂れた手から、スマホが落ちそうになる。画面は明るく点いていた。白崎執事から届いた滋養のあるスープのレシピが、そこに表示されている。莉奈はぼんやりと、直哉のベッドを囲む医療スタッフたちを見つめた。彼らは直哉をストレッチャーごと病室から押し出し、どこかへ運んでいく。――直哉をどこへ連れていくの?昨日はまだ話せた。私を安心させようとしてくれたのに。莉奈は魂が抜けたように後を追った。救急処置室の外で、時哉の秘書が莉奈を止める。「医師
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第252話

莉奈は目の前が真っ暗になり、魂が抜けたように椅子へ座り込んだ。耳の奥でキーンという鋭い耳鳴りが響き、激しいめまいに襲われる。――まさか、美月だったなんて。どうして彼女は、人を使って恵子さんを殺させたのよ。それに、時哉の秘書が聞き出せることを、承也が聞き出せないはずがない。ましてや、承也は自ら取調室へ入ったのだ。つまり、彼の疑念は時哉よりも先であり、ずっと前からこの事態を推測していたに違いない。それなのに、あの女が身代わりとして逮捕されるのをただ黙って見ていた。美月を守るためだ。もし昨日、直哉が自分のためにあの刃を受けてくれなかったら、今この瞬間、救急処置室で二度目の救命処置を受けているのは、自分だったかもしれない。いや、もうとっくに死んでいたかもしれない。莉奈の目は真っ赤に充血し、冷たい自嘲の笑みが漏れた。身体の震えが止まらず、涙が音もなく床へこぼれ落ちる。救急処置室の扉が開いた。莉奈は素早く涙を拭い、駆け寄った。意識が少しずつ戻りつつあるものの、直哉の顔は異常なほど蒼白だった。それでも彼は無理に口角を上げ、彼女に「大丈夫だ」と伝えようとしていた。しかし身体があまりにも弱りきっており、声を発する力すら残っていなかった。彼は東安市で最も自由奔放に生きる佐伯家の次男であり、何千万ものファンに愛される、眩いトップスターなのだ。胸を突くような強烈な息苦しさが、莉奈を気絶寸前まで追い込む。「もう大丈夫よ、直哉。もう大丈夫」莉奈は目に涙をいっぱいに溜めながら、直哉の髪を撫でた。――この借りは、必ず美月に清算させる。あいつが直哉に流させた血の分だけ、必ず血で償わせてやる!直哉のストレッチャーがエレベーターに運び込まれた。医療スタッフと時哉が両側に立っている。直哉の唇が微かに動き、何かを伝えようとすると、時哉が身をかがめて耳を近づけた。エレベーターの扉がゆっくりと閉まる中、莉奈は一緒には乗らず、踵を返して向かいのエレベーターに乗り込み、一階へと降りた。今日の天気は昨日と同じく厚い雲に覆われ、異様なほど冷え込んでいた。病院は莉奈の住むマンションからそれほど遠くない。彼女は部屋に戻って車の鍵を取り、室内の飾り付けを一瞥した。それは連休中、直哉が少しでも明るい気分になるようにと手配してくれたものだった。一階に
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第253話

識子は、器の中にスープがまだ半分以上残っているのを見た。これは美月の貧血を補うために、わざわざ用意された滋養スープだった。中には高価な食材が惜しげもなく使われている。識子から見ても、承也の美月に対する気配りは並大抵のものではなかった。この一食に使われている食材の額だけでも、一般人の一か月分の生活費を軽く超えているはずだ。識子は、以前、承也に冷たく言い渡された言葉を思い出した。美月の貧血が改善しなければ、ここから追い出す、と。識子は身をかがめ、そっと勧めた。「桜井様、もう少し召し上がってください。そんなに少しでは、椎名社長がお知りになったら心配なさいます」案の定、承也の名前を出すと、美月は聞き入れた。美月がスプーンを手に取った時、門の外から異様な音が聞こえてきた。轟音が遠くから近づいてくる。まっすぐ、この洋館へ向かっているようだった。見慣れた洋館が、莉奈の視界に迫っていた。この家の隅々までが、莉奈にとっては家族との記憶そのものだった。目の前の鉄門は錆びついていて、強い衝撃に耐えられるようには見えない。けれど莉奈には分かっていた。このままぶつかっていかなければ、この門はもう、幼い頃のように莉奈のために開くことはない。莉奈は氷のように冷たい表情で奥歯を噛み締め、アクセルを最後まで踏み込んだ。閉ざされていた鉄門が車に弾き飛ばされ、激しい音を立てて開いた。門の内側にいたボディーガードたちが、思わず半歩下がる。エンジン音が獣の咆哮のように庭へ響いた。莉奈はハンドルを切り、誰にもぶつけずに車を停めた。ドアを押し開けて降りた瞬間、すぐに人影が立ちはだかる。先頭にいたのは、悠斗の部下だった。莉奈にも見覚えがある。「どいて」「奥様、お通しすることはできません」相手がどうあっても止めるつもりだと分かっていた。莉奈は無駄な言葉を重ねず、相手の虚を突いて攻撃を仕掛けた。ボディーガードは、莉奈がここまで機敏に動けるとは思っていなかった。大きな窓の向こうで、美月が目を細める。あのボディーガードたちは、本気で莉奈を傷つけることはできない。だが、それを差し引いても莉奈の動きは悪くなかった。いつの間に、あんな護身術を覚えたのか。ボディーガードたちが莉奈を傷つけないよう制圧しようとした、その時だった。
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第254話

すべては、ほんの一瞬の出来事だった。誰も反応できなかった。莉奈でさえ、少し遅れてから、弾かれた衝撃で裂けた手の傷から血が滲み出ていることに気づいた。腕全体が痺れ、こわばっている。痛みはなかった。莉奈の目に映っているのは、ただ赤い血だけだった。一滴、また一滴。庭の敷石の隙間へ落ち、土に染み込んでいく。昼間のはずなのに、空はさっきより暗く見えた。軒先から落ちる大きな影が莉奈の身体を覆い、骨の芯まで凍りつくような寒気が走る。莉奈は顔を上げた。銃を下ろし、冷徹な目で見下ろす男の姿があった。薄い唇は固く結ばれている。少しずつ、痛みが戻ってくる。けれどそれは、手の傷からではなかった。かつて、暴漢の手から自分を救い出すために銃を撃った男が、今度は自分に向かって撃った。自分が美月を傷つけようとした。ただ、それだけだから。莉奈の瞳に浮かんだ涙を見た瞬間、承也の顔は霜をまとったように冷え切った。手にしていた銃を放り捨て、大股で莉奈へ向かってくる。莉奈の胸の奥底から、激しい憎悪が込み上げてきた。視線を弾き飛ばされた銃に向け、ためらわずにそちらへ駆け出す。けれど銃に手が届くより早く、背後から強い力で抱きすくめられた。頭上から、承也の低い声が降ってくる。「莉奈!」銃は取れない。振りほどくこともできない。莉奈は足元にあった空の陶器の鉢を、美月の車椅子めがけて蹴り飛ばした。美月の車椅子は、もともと緩いスロープの上に停まっていた。鉢がぶつかった衝撃で車輪が滑り、車椅子はスロープの端から崩れ落ちて、美月は地面へ投げ出された。鈍い音がした。美月は痛みに声を上げる。手のひらが粗い砂利でこすれ、小さな血の粒が滲んだ。「桜井様!」識子が悲鳴を上げた。直哉はあんなに血を流した。美月のその程度の血で、足りるはずがない。莉奈は激しくもがいた。何もかもかなぐり捨てて、承也の腕から抜け出したかった。けれど承也の両腕は鉄のように硬く、どれだけ力を込めても動かない。「離して!」莉奈は血に濡れた右手を振り上げ、全身の力で承也の頬を打った。重く曇った空の下、承也の白い頬に、半ば乾きかけた暗い赤の血が残る。その血が、承也の端正な顔に、陰鬱で危うい色を添えていた。承也は莉奈の真っ赤な目を見据えた。冷え切った顔に
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第255話

視界の端に、識子に抱き起こされ、車椅子へ戻される美月の姿が映った。承也の声は氷のように冷たかった。「中へ連れていけ。俺の許可が出るまで、美月をこの門の外へ一歩も出すな」承也は莉奈の腰をきつく抱え、力ずくで西苑から連れ出した。車の中で、莉奈は激しく抵抗した。けれどやがて目の前が暗くなり、意識が少しずつ遠のいていく。身体から力が抜けた。ずっとこらえていた涙が、もう限界だった。目尻からあふれ出し、ひと筋の線になって頬を伝う。承也の硬く強ばった腕が、莉奈の細い身体を抱き寄せた。片手で肩を抱き、莉奈の頭を自分の胸に預けさせる。もう片方の手は、血に濡れた莉奈の右手を握っていた。承也の黒い瞳には、陰った冷たい光が沈んでいた。車は西苑を離れ、松風レジデンスへ向かって走った。主寝室の大きなベッドで、莉奈は意識を失ったまま横たわっていた。柔らかな寝具に沈む身体は細く、もともと小さな顔は、さらに血の気を失って見える。診察を終えた医師が、ベッド脇に座る承也へ告げた。「椎名社長、向井さんに大きな異常はありません。強い怒りとショックで、気を失われただけです。少し休めば目を覚まされます」強い怒りとショック。承也の瞳に、暗い影が落ちる。彼は莉奈の手の傷に薬を塗りながら、低く言った。「出ていけ」医師、白崎執事、悠斗、そして浩平が順に部屋を出ていった。浩平が承也を訪ねてきたのは、承也に頼まれて調べていた件に進展があったからだった。電話で手短に済ませられる内容ではなく、浩平は自ら松風レジデンスへ来た。ところが浩平が着いた直後、承也は何かの用で急に出ていった。戻ってきた時、承也の腕の中には意識を失った莉奈がいた。しかも、莉奈は怪我をしていた。扉が閉まると、浩平は悠斗に尋ねた。「何があったんだ。奈奈はどうして怪我してる」悠斗の視線が一瞬止まった。感情の読めない顔で答える。「社長が、奥様に向けて発砲されました」浩平は言葉を失った。「はい?」彼は自分の耳を疑った。承也が莉奈に向けて発砲した?こんな時に、悠斗がそんな悪趣味な冗談を言うはずがない。そもそも悠斗という男は、世界中の人間が冗談を言っても、最後まで真顔で立っているような人間だ。浩平は頭を抱えそうになった。承也のやつ、今回は本当に
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第256話

強い手が、莉奈の手首を枕へ押さえつけた。莉奈はバランスを崩し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。承也の暗く沈んだ瞳と視線が絡んだ。その奥では、どす黒い雲のような感情がゆっくりと渦を巻いている。左頬には、莉奈の手から飛んだ赤黒い血がまだこびりついていた。その姿は、息をのむほど危険な執着を帯びている。頭上から、承也の低く掠れた声が降ってきた。「先に薬を塗る」莉奈は力いっぱい手を引こうとしたが、びくともしない。足で蹴り飛ばそうとした瞬間、承也のもう片方の手が莉奈の太ももを重く押さえつけた。その体勢のせいで、承也は莉奈の上へ完全に覆いかぶさる形になった。広い肩が照明の光を半分遮る。逆光のせいで、その彫りの深い顔立ちはいっそう陰鬱に見えた。承也はもう一度、低く言った。「薬を塗るのだ」莉奈の目元は、まだ痛々しいほど赤かった。言葉が鋭くなるほど、喉の奥が震える。莉奈の嘲る声は、次第に高く、感情的になっていった。「撃てばいいでしょう。薬なんか塗らないで。残念だったわね、椎名承也。あなた、銃の腕には自信があるんでしょう。ヘリからあれだけ離れた相手の頭を撃ち抜けるのに、どうして私の時だけ外したの。どうして殺してくれなかったのよ。あの女が私を殺し損ねたなら、あなたが殺せばいいじゃない。二人でうまく仕留めれば、さぞきれいな結末だったでしょうね」莉奈の手首を押さえる承也の手が、力のあまりかすかに震えた。その深い瞳には、憎しみよりもさらに濃く、重い感情が沈んでいる。「君は殺さない」莉奈はもう一度、全力で腕を振りほどこうとした。けれど承也の手はさらに強くなり、莉奈をそのまま自分の胸の中へきつく引き寄せる。承也は、涙で赤く濡れた莉奈の目元を見下ろしていた。冷え切った顔に、底知れぬ寒気が広がっていく。莉奈の刃のような言葉をすべて聞き流し、承也が口にしたのは、やはり同じ言葉だった。声は先ほどよりもさらに低く沈んでいる。「先に薬を塗る」莉奈の目には、暗い憎しみが沈んでいた。「いらない。ここから出して」だが承也は、莉奈を胸の中に押さえ込んだまま絶対に離さなかった。承也が手に持った綿棒には、たっぷりと薬液が染み込んでいる。彼は莉奈の親指と人差し指の間に痛々しく裂けた傷を見下ろし、瞳の光をわずかに沈ませた。
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第257話

今でも、莉奈はあの時の胸の痛みをはっきりと覚えている。莉奈は勢いよく手を引き抜き、布団をめくってベッドから降りた。裸足がフローリングを叩き、パタパタと足音が響く。莉奈は扉の前まで行き、ドアノブを握って押し下げた。だが、ドアノブはびくともしなかった。すぐに分かった。扉の外から鍵がかけられているのではない。誰かが外から押さえているのだ。松風レジデンスには、承也の視線一つで、何年も共に戦ってきた相棒のように完璧に動く男がいる。扉の外にいるのは、悠斗だ。莉奈が窓へ目を向けた瞬間、承也はいつの間にか背後へ来ていた。片手が莉奈の背中に回り、もう片方の手が膝の裏をすくい上げる。そのまま抱き上げられ、莉奈は大きなベッドへ戻された。承也は身をかがめ、莉奈の両脇に手をついた。額が触れそうなほど顔が近い。莉奈の考えを見透かしたように、低く言う。「飛び降りる気か。いっそ脚でも折ればいい。そうすれば、どこにも行けずにここにいられる」莉奈は顔をそらし、承也の吐息を避けた。声は冷たかった。「できるなら窓を全部塞げばいいでしょう。私を罪人みたいにここへ閉じ込めればいい」松風レジデンスの一階ごとの天井の高さは、普通の家とは違う。この部屋の窓から飛び降りれば、無事では済まない。それでも莉奈は、ここにいたくなかった。莉奈は額を承也の顔へぶつけた。鈍い衝撃で、莉奈の額が赤くなる。承也が眉を寄せた一瞬の隙を突き、莉奈は膝を曲げて蹴り上げようとした。だが承也は簡単にかわし、布団を引き寄せて莉奈に掛けた。承也はベッドのそばに立ち、上着を脱ぐ。「明日で連休は終わる。お前が両親のために買った墓地の工事が始まるんだったな」莉奈は真っ赤な目で承也を睨みつけた。鼻の奥がツンと痛み、熱い涙が一気に込み上げてくる。莉奈は必死に押し戻し、指を強く握りしめた。耳の奥で、年明けの日に汐見ヶ丘のマンションで承也が言った脅しが蘇る。――何年もあそこに眠っていられたのは、お前が大人しくしていたからだ。言うことを聞いていれば、これからもあそこに置いておいてやる。だが東安市を出ようとしたら、全部撒いてやる。承也は、大人しく従えと念を押しているのだ。承也は莉奈に布団を掛けると、浴室へ向かった。中から水音が聞こえてくる。
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第258話

半月経たなければ、ここから出さない。莉奈は身の下のシーツを強く握りしめた。まるで溺れかけた人間が、最後の藁にすがるようだった。聞こえなかったことにしたかった。承也の言葉を、無視したかった。けれどその言葉は莉奈の頭に絡みつき、振り払っても消えない。黙っていようとしても、承也の脅しが胸の奥で重く響いていた。疲労と葛藤が滲む声で、莉奈は尋ねた。「私を軟禁するつもり?」年明けの日にここへ連れてこられた時でさえ、承也は莉奈のスマホを取り上げなかった。外へ食事にも連れ出した。まだ、かろうじて逃げ場のようなものは残されていた。けれど今日は違う。外部との連絡を断ち、出入りを完全に封じる。これはもう、完璧な軟禁だった。承也は、布団の膨らみがその言葉にわずかに強ばるのを見ていた。「松風レジデンスはバスケットコート三十面分の広さがある。体を動かすには十分だろう」承也は否定しなかった。軟禁という言葉を、否定しなかった。莉奈は布団の中で冷たく笑った。本当に、笑える。檻が広ければ、軟禁じゃないとでも言いたいのか。莉奈は承也に背を向けたまま、冷ややかに皮肉った。「あの女を守りたいなら、半月も必要ないでしょう」承也の権力なら、指先一つ動かすだけで人間の一人や二人、跡形もなく隠すことなど簡単にできる。莉奈は知らなかった。莉奈が西苑を離れた直後、美月はすでに悠斗の部下によって密かに連れ出されていたことを。時哉の指示で佐伯家の人間が西苑へ踏み込んだ時には、美月の姿はもうどこにもなかったのだ。莉奈は目を閉じた。承也の低く沈んだ声が聞こえる。「半月待て」莉奈は、もう承也の言葉を聞きたくなかった。半月後に外へ出されたところで、その時に美月がどこにいるのかなんて分からない。たとえ美月を見つけたとしても、承也はまた美月を全力で守るのだろう。目を閉じると、承也が自分へ銃を向け、発砲した瞬間がまざまざと浮かぶ。親指と人差し指の間の傷が、じくじくと痛み出した。莉奈は深く息を吸い、その痛みを押さえ込もうとした。手の傷から胸の奥へ広がっていく致命的な痛みを、どうにか閉じ込めようとする。だが押さえ込もうとするほど、身体はひどく震えた。無数の針が心臓に突き刺さっているようだった。鼓動を打つたびに、
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第259話

浩平はまだ下世話な笑みを浮かべていたが、承也の纏う空気が尋常ではないことに気づくとすぐに表情を引き締め、承也に続いて階下へ降りた。一階まで下りきり、二階にいる莉奈の耳には届かないところまで来てから、浩平は声を潜めて尋ねた。「美月が殺し屋を雇ったんだろ。もし直哉が代わりに刺されていなければ、莉奈は死んでいたかもしれないんだぞ。それでもお前は美月をかばうつもりなのか」承也はタバコに火をつけた。頬にこびりついていた血はすでに洗い流されていたが、その冷たい顔には、重く沈んだ陰惨な空気だけが張り付いている。承也は何も答えず、ただ黙って紫煙を吐き出した。しばらくして、承也はタバコを灰皿へ揉み消し、重い口を開いた。「美月の骨髄は、俺にとって絶対に必要なんだ」浩平は絶句し、言葉を失った。……承也が莉奈を連れて西苑を出たあと、佐伯家はボディーガードを差し向け、西苑を包囲した。佐伯家の力をもってすれば、西苑から美月を強制的に連れ出すことなど造作もない。だが、彼らが踏み込んだ時には、洋館はすでにもぬけの殻だった。ボディーガードは直ちに時哉へ報告を入れた。電話の向こうで、時哉は落ち着いた声のまま言った。「どうやら承也は、本気で美月を守るつもりらしいな」言うまでもなく、美月は承也の手によって別の場所へ移されたのだ。おそらく昨日、承也が警察署であの女を自ら取り調べた時点で、すでに裏ですべてを手配していたのだろう。承也という男の底知れぬ腹の内を見抜ける人間は少ない。時哉はそのことをよく分かっていた。「この短時間で海外へ逃がしたとは考えにくい。捜索を続けろ。まだ東安市内に隠れているはずだ」電話を切ったあと、時哉は振り返り、病床で目を覚ました直哉を見た。歩み寄り、身をかがめて顔を近づける。「直哉」救急処置室を出た直哉は、必死に目を開けて莉奈に無事を見せようとしていた。だがエレベーターに乗った時にはすでに意識が混濁し、「大丈夫だ、大丈夫だ」と断片的に呟くことしかできなかった。「兄貴……」直哉は、自分の声がこれほどかすれて弱り切っているのを聞いて、強い無力感と屈辱を覚えた。こんな惨めな姿を見せたのは、いつ以来だろうか。呼吸を整え、直哉はかすれた声で尋ねた。「さっき、承也が誰をかばうって言ったんだ」時哉
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第260話

浩平は、承也が「美月の骨髄は俺にとって必要だ」と言うのを聞き、思わず口走った。「お前が使うのか」言ったそばから、浩平は自分の口を塞ぎたくなった。何を馬鹿なことを言っているのか。骨髄が必要になるような病気といえば、血液に関わる重い病だろう。承也は並外れて頑健で、病人という言葉から最も遠い男だ。承也は灰皿の中で完全に消えた吸い殻を見つめていた。瞳の底には暗い色が沈んでいる。浩平の問いには答えなかった。浩平は昔から、承也のこういうところが一番嫌いだった。いいことならまだいい。少なくとも口に出せる。けれど悪いことになると、承也は一言も言わない。全部胸の奥にしまい込み、誰にも気づかれないうちに一人で処理しようとする。周りが異変に気づく前に、承也はもう静かにすべてを終わらせているのだ。時々、浩平は本気で心配になる。この男はいつか、何もかも抱え込みすぎて自分を壊してしまうのではないか、と。向井家との因縁。美月の骨髄。どちらも、浩平の想像をはるかに超えていた。承也がこれほど多くの秘密を抱えているなど、誰が想像できただろう。浩平は苛立ちと焦りで頭を抱えそうだった。「どうしても美月じゃなきゃ駄目なのか。これだけ人がいるんだぞ。ドナー登録されている情報だって山ほどある。それでも適合する相手が見つからないのか」そばに立っていた悠斗は、ますます冷たく沈んでいく承也の顔を見て、重く眉を寄せた。答えは明らかだった。見つからないのだ。浩平はソファにどさりと腰を下ろし、自分もタバコに火をつけた。二口吸って、ようやく少しだけ冷静になる。世の中には、嘘のような偶然がいくらでもある。病に倒れてから最期まで、適合する骨髄を見つけられない人間だっている。何千万分の一の確率で適合者が見つかっただけでも、奇跡に近い。ただ、その奇跡の相手が美月だった。あまりにも皮肉で、残酷な偶然だ。それでも莉奈に話せないということは、骨髄を必要としている相手はいったい誰なのか。浩平は分かっていた。承也が口を開かない限り、どれだけ考えても答えは出ない。頭が割れるほど考えたところで、何も分からない。これ以上考えても無駄だと悟り、浩平の整った顔に深い憂いが浮かんだ。ため息をつき、ようやく口を開く。「分かった。分かったよ
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