「まだ目が覚めていないの。詳しいことはもう少し様子を見ないとわからない」綾は、薄切りの肉を口いっぱいに頬張った。滑らかで口当たりのいい食感だ。念花の食堂は、どの支店も料理が美味しいと有名で、研究棟の食堂も例外ではなかった。あるトレイが静かにテーブルに置かれ、続いて健吾が綾の隣に腰を下ろした。綾は見て見ぬふりをして、目の前の食事に集中することにした。この前健吾が言った言葉が脳裏をかすめ、彼に笑顔を向けるどころか、会釈をするのさえ苦痛だった。「青木社長、ここの料理はお気に召しませんか?」颯太が沈黙を破った。颯太は、健吾のトレイがステーキ一切れ、半分残ったサラダとパスタだけであることを気にかけたのだ。「料理は最高ですが、少し食欲がなくて」健吾は優雅な手つきで、ステーキを均一な大きさに切り分けていた。周りの若い女性社員たちが、健吾を熱い視線で見つめている。「青木社長は、念花側のチームについては、ご満足いただけましたでしょうか?」颯太はスープを手に取ると、大きく啜り込んだ。颯太は綾と同じく、大口で食事をすることが一番のストレス解消だった。「及第点といったところですね」健吾は口の中のものを飲み込み、淡々と返した。綾は伏し目になり、健吾と知り合ったばかりの頃の光景を思い出した。当時の健吾は、食事中に一切口を聞かず、食事の作法を固く守る男だった。けれど、綾は話しながら食べるのが好きで、そうすることで食欲も増した。だから、健吾と一緒に食事をする時は、反応がなかろうと綾はおしゃべりを絶やさなかった。最初は短い相槌を返すだけだった健吾も、いつしか食事の作法など忘れたように、自ら会話を盛り上げるようになっていた。綾の食欲がない時などは、健吾の方から必死に面白い話を探し出し、一口でも多く食べさせようと努めたものだ。時に健吾は面白いところへ差し掛かると話をやめ、「あと半分食べれば、続きを聞かせてやる」なんて駆け引きをすることさえあった。そんな思い出がいまは濃い霧の向こう側に霞んでいて、途方もなく遠く感じられる。「綾さん、顔色が悪いぞ。昼休みは寮に戻って休んだ方がいい」颯太の温かい声で、綾は意識を現実へと引き戻された。「いえ、大丈夫。休み時間にちょっと病院へ行ってくるので」そう告げると、綾は急
Read more