All Chapters of 老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~: Chapter 1 - Chapter 10

78 Chapters

プロローグ

むかしむかし。 杖をつく一人の老婆が、街角でひとりの青年とぶつかり、地面に倒れてしまった。膝を痛め、自力では立ち上がれない。 だが青年は手を差し伸べるどころか、冷たい言葉だけを浴びせ、そのまま去っていった。そのときだった。 通りに、きらびやかな馬車が静かに止まる。中から降り立ったのは、高潔な王子だった。 王子は、老婆の汚れた身なりに眉一つひそめることなく、その身体を優しく抱き起こす。 そして治療院へ運ぶため、当然のように自らの馬車へと乗せた。温かな手が触れた、その瞬間。 奇跡が起きた。老婆の姿は眩い光に包まれ、白い髪は艶やかな黒髪へと変わっていく。 皺だらけの肌はみるみる若さを取り戻し、やがてそこに現れたのは、息を呑むほど美しいひとりの令嬢だった。老婆の正体は、悪い魔女に呪いをかけられた公爵家の令嬢。 その魔法を解く鍵は、見返りを求めない優しさだった。令嬢はすぐに王子に恋をした。 そして二人は、いつまでも、いつまでも幸せに暮らしました――。それは、『老婆姫』という物語だった。 マーガレットが幼い頃から何度も読み返してきた、大好きな物語である。本を開くたび、彼女は主人公の令嬢に自分を重ねていた。 人は老いれば、やがて髪も白くなる。 だが、この国でただひとり、生まれながらに白い髪を持っていたのは彼女だった。その容姿ゆえに、老婆令嬢と蔑まれる。 王都から遠く離れた田舎子爵家の娘である自分にも、いつか幸せは訪れるのだろうか。 そんな淡い期待と諦めの入り混じった思いを胸に、彼女は日々を過ごしていた。だが、その日常はある日を境に一変する。婚約者が決まったのだ。相手は、その美貌と薄紫の髪から“藤の貴公子”と呼ばれ、社交界の中心に立つ男。 王都でも強い発言力を持つファーブリック侯爵家の一人息子、キルエン・ファーブリック。あまりにも釣り合わない相手だった。 まるで、自分だけが『老婆姫』の物語の中へ迷い込んでしまったかのようだった。ついに王子様が迎えに来てくれたのだ、と。 眩いほどに輝く幸福な未来を夢見て、こんな奇跡があってもいいのかと神に感謝した。――あのときまでは。愛に裏切られ、彼女が殺されてしまう、その瞬間までは。結婚式を終え、いよいよ新婚旅行へ向かう日がやって来た。 行
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1.老婆令嬢と婚約写真

これは、こうなる以前――彼女がまだ別の人生を生きていた頃の記憶である。 過去と呼ぶには、それほど遠い出来事ではない。マーガレット・ノブルスとして生きていた頃。 幸福な未来を疑いもなく信じていた、あの短い時間。 婚約が決まり、そして――死に至るまでの、かすかに色褪せつつある記憶の断片。まずは、彼女が十八歳になったばかりの日のことから語ろう。 父が楽しげに、婚約者候補の写真を抱えて現れた、あの日の記憶から――。*******夕食を終えるや否や、椅子から飛び降りるようにして駆け出していったのは、五歳年下の弟ルアンだった。「ごちそうさまでした! ボク、部屋に戻って勉強してくる!」弾むような声を残し、広間を横切っていく小さな背中。 床に敷かれた深緑の絨毯が、その軽やかな足音を吸い込んでいく。父譲りの赤毛はくるりと巻き、やや垂れ気味の灰色の瞳には無邪気な光が宿っている。 人懐こく、時に生意気な言葉を吐いては叱られることもあるが、その気まぐれさすら愛らしい。 家の中を自由に歩き回る猫のような存在――それが、マーガレットにとっての弟だった。彼女にとって、ルアンは癒やしそのものだった。 頭を撫で、言葉を交わし、ただ側にいるだけで心がほどけていく。 気がつけば、いつでも構ってしまう。「あっ、姉様。分からないとこがあったらまた聞きに行くかも!」扉の前で振り返り、舌を少しだけ覗かせて笑う。「ええ、いつも通りね。……じゃあ、私もそろそろ」そう言って立ち上がりかけた、そのときだった。「マーガレット」穏やかな声が、彼女を引き留めた。父――エンリケ・ノブルス。 やや赤みを帯びた茶色の髪は年相応に乱れ、整った容貌とは言い難い。 それでも、その青い瞳には疲労の色と同時に、深い包容力が宿っていた。彼は片目を軽く閉じ、座っていなさいとだけ告げると、どこか浮き足立った様子で広間を後にする。それを合図に、メイドたちが手際よく食器を下げ始めた。 銀の器が触れ合うたび、小さく澄んだ音が重なる。それら一つ一つが、庶民の月収を軽く上回る価値を持つ。 スープ皿ですら、花模様のレースを敷いた皿の上に丁寧に置かれている。貴族とは、かくも贅沢な生き物なのだと、マーガレットは内心で苦笑した。「ふふっ。あの人ったら」柔らかく微笑んだの
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