むかしむかし。 杖をつく一人の老婆が、街角でひとりの青年とぶつかり、地面に倒れてしまった。膝を痛め、自力では立ち上がれない。 だが青年は手を差し伸べるどころか、冷たい言葉だけを浴びせ、そのまま去っていった。そのときだった。 通りに、きらびやかな馬車が静かに止まる。中から降り立ったのは、高潔な王子だった。 王子は、老婆の汚れた身なりに眉一つひそめることなく、その身体を優しく抱き起こす。 そして治療院へ運ぶため、当然のように自らの馬車へと乗せた。温かな手が触れた、その瞬間。 奇跡が起きた。老婆の姿は眩い光に包まれ、白い髪は艶やかな黒髪へと変わっていく。 皺だらけの肌はみるみる若さを取り戻し、やがてそこに現れたのは、息を呑むほど美しいひとりの令嬢だった。老婆の正体は、悪い魔女に呪いをかけられた公爵家の令嬢。 その魔法を解く鍵は、見返りを求めない優しさだった。令嬢はすぐに王子に恋をした。 そして二人は、いつまでも、いつまでも幸せに暮らしました――。それは、『老婆姫』という物語だった。 マーガレットが幼い頃から何度も読み返してきた、大好きな物語である。本を開くたび、彼女は主人公の令嬢に自分を重ねていた。 人は老いれば、やがて髪も白くなる。 だが、この国でただひとり、生まれながらに白い髪を持っていたのは彼女だった。その容姿ゆえに、老婆令嬢と蔑まれる。 王都から遠く離れた田舎子爵家の娘である自分にも、いつか幸せは訪れるのだろうか。 そんな淡い期待と諦めの入り混じった思いを胸に、彼女は日々を過ごしていた。だが、その日常はある日を境に一変する。婚約者が決まったのだ。相手は、その美貌と薄紫の髪から“藤の貴公子”と呼ばれ、社交界の中心に立つ男。 王都でも強い発言力を持つファーブリック侯爵家の一人息子、キルエン・ファーブリック。あまりにも釣り合わない相手だった。 まるで、自分だけが『老婆姫』の物語の中へ迷い込んでしまったかのようだった。ついに王子様が迎えに来てくれたのだ、と。 眩いほどに輝く幸福な未来を夢見て、こんな奇跡があってもいいのかと神に感謝した。――あのときまでは。愛に裏切られ、彼女が殺されてしまう、その瞬間までは。結婚式を終え、いよいよ新婚旅行へ向かう日がやって来た。 行
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