All Chapters of 新婚初夜あなたは妹のベッドにいた: Chapter 31 - Chapter 40

59 Chapters

ワイドショー放映

朝7時58分。私はマンションのリビングのソファに座り、テレビの電源を入れた。アールグレイのティーカップを両手で包み、静かに画面を見つめる。ワイドショーのオープニングBGMが流れ、女性キャスターの緊張した声が響いた。「本日、衝撃のスクープをお伝えします。大学病院の若手医師が、新婚の妻を放置し、余命宣告を受けた義妹と不適切な関係を持っていた疑い……さらに、医療費無料の『家族特別枠』を悪用した不正が発覚しました」画面に切り替わった瞬間、私は息を飲んだ。まず流れたのは、結婚披露パーティーの動画。夜のプールサイドで煌めくライト、白い薔薇の装花。立食形式の中で車椅子の真希だけが座っている中、陸斗が私の頬を激しく平手打ちする瞬間。ウェディングドレスの私が倒れ込む姿が、スローモーションで繰り返し流れた。スタジオのコメンテーターが声を上げた。「これは……DVじゃないですか! 新婚初夜に妻を叩いて、すぐに義妹の病室に駆けつけるなんて……」次に流れたのは、私が隠し撮りした特別個室の映像。陸斗と真希が熱く抱擁し、キスを交わす姿。真希がカメラ(ドアの隙間)に向かって浮かべた、あの不敵で勝ち誇った微笑みが、はっきりと映し出された。女性コメンテーターが眉をひそめた。「この笑み……怖いですね。被害者の姉に向けた挑戦状のように見えます」番組はさらに進み、家族特別枠の契約書が大写しになった。「配偶者およびその直系家族限定」という一文が赤く強調され、解説が入る。「この枠がなければ、真希さんの治療費は月150万円以上。医師の結婚が、義妹の治療継続のための条件だった可能性が……」私はティーカップを置いた。指先が少し震えていたが、唇には冷たい微笑みが浮かんでいた。(ようやく……世間に知られたわ)放送が終わると、ネットは瞬時に炎上した。Twitter(X)のトレンドは一気に埋め尽くされた。【#新婚初夜義妹ベッド】【#家族特別枠不正】【#大学病院医師DV】「新婚なのに義妹とキスしてるやつマジで最低」「弱者を武器にした計算女と不倫医師、揃いも揃ってクズ」「理事長の息子だからって何でも許されると思ってんのかよ」一部では同情の声もあったが、大半は非難の嵐だった。その頃、大学病院の院長室では、理事長(陸斗の父)がテレビを睨みつけていた。理事長の顔は、怒
last updateLast Updated : 2026-04-20
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社会的抹殺

私はテレビを消し、静かなマンションで一人、ティーカップを手にしていた。ネットの炎上は、まだ続いている。陸斗の停職、理事長の対応、真希の微笑み——すべてが、私の予想通りに動き始めていた。私はお腹にそっと手を当て、冷たい微笑みを浮かべた。翌朝、新聞の社会欄は、静かで容赦のない見出しで埋め尽くされていた。『大学病院「家族特別枠」不正 医師の結婚が義妹治療の条件だった可能性』記事はスキャンダラスな週刊誌やワイドショーとは明らかに違っていた。センセーショナルな写真は最小限に抑え、代わりに義父から入手した契約書の原本写真、病院内部資料の抜粋、医療倫理の専門家コメントが並んでいた。冷静で、しかし徹底的に事実を積み重ねる文体は、読む者に「これはただのゴシップではない」という重い現実を突きつけた。「希少運動機能障害臨床研究プログラムにおいて、製薬会社からの年間数億円規模の研究費が、医師本人の配偶者およびその家族に限定した『家族特別枠』によって確保されていた可能性が浮上した。この枠は、患者の精神安定を名目にしながら、実質的に『婚姻継続』を治療継続の条件としていた疑いがある。関係者によると、枠の受益者である患者(20歳女性)は、主治医である医師の義妹であり、新婚初夜に医師が妻ではなく義妹の病室に滞在していた事実も確認されている。」さらに、記事は深く掘り下げていた。「大学病院理事長(医師の父)は、製薬会社との間で、研究予算の私物化を疑われる接待や裏金の流れがあった可能性についても、関係各所から調査が求められる見通しだ。一方、主治医である医師については、患者との不適切な関係(抱擁・キス行為の証拠映像)、過剰な医療行為(入浴介助を含む)、医師としての倫理違反の疑いで、医療倫理委員会が正式に調査を開始した。最悪の場合、医師免許の剥奪にまで発展する可能性もある。」最後に、短い一文が添えられていた。「被害者である妻は、現在離婚手続きを完了しており、コメントを拒否している。」私は新聞をテーブルの上に広げ、ゆっくりと息を吐いた。アールグレイの湯気が、まだカップから立ち上っている。(これで……本当に、終わりが始まる)その日の午後、大学病院理事長室は嵐のようだった。理事長(陸斗の父)は、デスクに両手を突き、新聞を握りしめていた。顔は青黒く、怒りと焦りが混じり合
last updateLast Updated : 2026-04-20
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離婚調停

家庭裁判所の調停室は、窓のない無機質な空間だった。長テーブルを挟んで、瑞希側と陸斗側が向かい合っていた。調停委員の女性が静かに書類をめくり、弁護士たちが緊張した空気の中で座っている。瑞希は淡々と、しかしはっきりとした声で言った。「養育費は月30万円。慰謝料は3000万円。加えて、現在のマンションの所有権を私に譲渡してください。すべて、妊娠中の私と生まれてくる子の生活を守るための最低限の要求です」部屋の空気が、一瞬で凍りついた。陸斗の顔が真っ青になった。彼は椅子から半分立ち上がり、声が掠れた。「……妊娠? 瑞希、お前……妊娠してるのか?」瑞希は静かに頷いた。「ええ。もうじき四ヶ月よ。真希の余命宣告を受けた夜に、あなたが私を抱いた結果です。あの夜、あなたは私の体を抱きながら、真希の名前を呼んでいたかもしれない。でも、この子は確かにあなたの子供」調停委員が息を飲み、陸斗の弁護士が慌てて書類をめくり始めた。瑞希は淡々と続けた。「DV(結婚式での平手打ち)、新婚妻の放置、義妹との不適切関係、家族特別枠の医療費不正……これらの事実が週刊誌・ワイドショー・新聞で全国に報じられた今、あなたに残されたものは何もないわ。医師免許は剥奪の危機、病院は停職、父親の研究予算も私物化疑惑で追及されている。だからこそ、私は最大限を要求する。この子を守るために」陸斗の肩が激しく震えた。彼はテーブルに両手をつき、ゆっくりと椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。顔は土気色で、目は虚ろだった。「瑞希……俺は……ただ、真希を……余命3年の真希を守りたかっただけなのに……全部、失った……免許も、仕事も、家族も……そして、今……自分の子供まで……」陸斗の声は嗄れ、涙がテーブルに落ちた。彼は両手で顔を覆い、肩を震わせながら、完全に崩れ落ちていた。かつて「強い医師」だった男は、もうどこにもいなかった。ただ、罪悪感と絶望に押し潰された、一人の男がそこにいた。瑞希の弁護士が静かに言った。「陸斗先生側は、財産分与としてマンションの名義を瑞希さんに移すことで合意可能です。養育費と慰謝料についても、先生の現在の資産状況を鑑みて、最大限の支払いを求めます」調停委員が咳払いをして言った。「双方の合意が得られれば、調停成立としますが……陸斗さん、ご自身の
last updateLast Updated : 2026-04-21
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悲痛な叫び

離婚が正式に成立した数日後、私は実家に呼び出された。玄関を開けると、母の顔が真っ青だった。父はソファに座ったまま、新聞を握りしめ、指が白くなるほど力を込めている。二人の視線が、私に突き刺さった。母が震える声で切り出した。「瑞希……本当に、離婚したの?陸斗くんが停職になって、医師免許も危ういって……本当なの?」私は静かに頷いた。「ええ。調停で成立したわ。マンションも私の名義に。養育費と慰謝料も、最大限に請求した」父の顔が歪んだ。彼は新聞をテーブルに叩きつけ、低く唸るように言った。「馬鹿なことを……!家族特別枠がなくなったら、真希の治療はどうなると思ってるんだ!月150万円以上かかるんだぞ!新薬も、血管再生療法も、全部打ち切りだ!真希は普通病棟に移されて、1泊6,000円の部屋で苦しんでいるんだ!」母が泣きながら瑞希の腕を掴んだ。「あなたが離婚さえしなければ……陸斗くんはまだ医師で、特別枠も続いていたのに!真希の余命が3年しかないのに、どうしてそんな酷いことを……!」私は母の手を静かに振りほどいた。「酷いのは、私じゃないわ。あなたたちが、真希の治療のために私を『配偶者枠』として売っただけ。私はもう、その道具じゃない」父は立ち上がり、血走った目で私を睨んだ。「それなら……新しい嫁を探すしかない。陸斗はもう医師ではないが、まだ若い。製薬会社の研究費は打ち切られたが、親戚のツテを頼って、見合いの女性を探す。陸斗が再婚すれば、また新しい『配偶者枠』が作れるかもしれない……」母が必死に頷いた。「そうよ! 親戚中に声をかけて、条件の良い女性を探すの。真希のためなら、何でもするわ!」私は静かに微笑んだ。冷たい、しかし確かに浮かんだ微笑みだった。「新しい嫁……?新婚初夜に妻をDVで叩き、義妹のベッドに駆けつけ、不倫関係が全国に報じられた男のところに、名乗り出る女性がいると思うの?」父と母の顔が、凍りついた。私は淡々と続けた。「週刊誌、ワイドショー、新聞……すべてが陸斗のスキャンダルを報じている。医師免許剥奪の危機、医療倫理違反、家族特別枠の不正。そんな男の元に、わざわざ嫁に来る女性など、いないわ。たとえ親戚のツテを血眼になって探しても……結果は同じよ」母の唇が震えた。「そんな……真希が……真希が
last updateLast Updated : 2026-04-21
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真希の狂気

普通病棟の四人部屋は、冷たく、無機質だった。真希は薄いベッドに横たわり、白い天井を見つめていた。1泊6,000円の部屋。特別個室の羽毛のベッド、プライベートな空間、24時間付き添いの看護師——すべてが、昨日まで夢のように存在していたものが、今日から消えた。隣のベッドのおばあさんが、夜中に大きくいびきをかく。カーテンの向こうからは、別の患者の苦しげな咳が絶え間なく聞こえてくる。看護師は忙しくて、なかなか来ない。自分で呼び鈴を押しても、30分以上待たされることもある。真希の細い指が、シーツを弱々しく握りしめた。(ここが……私の新しい場所……?特別個室で、陸斗くんが毎日来てくれて、優しく足をマッサージしてくれたのに……あの温かい手は、もうないの?)息を吸うだけで肺が痛む。足は完全に自分のものではなく、ただの冷たい肉の塊。体を少し動かしただけで、褥瘡(床ずれ)の痛みが走る。余命3年——いや、もしかしたらそれより短いかもしれない。治療が中断された今、進行が加速しているのが、自分でもはっきりとわかった。真希の目から、静かに涙が溢れた。(どうして……どうして私だけが、こんな目に……)頭の中に、瑞希の顔が浮かぶ。健康で、強く、美しく、自由に生きられるお姉ちゃん。嫉妬が、胸の奥で黒く燃えた。(お姉ちゃんのせいよ……全部。お姉ちゃんが離婚しなければ、特別枠は続いていた。私はまだ、あの羽毛のベッドで、陸斗くんに抱きしめてもらえていたのに……お姉ちゃんは健康だから、幸せになれる。私は……この普通病棟で、誰にも看病されずに、苦しみながら死ぬの?)真希の唇が、震えながら歪んだ。弱々しい笑顔の裏側で、姉への深い憎しみが、純粋な形で膨れ上がっていた。(お姉ちゃん……羨ましい。本当に、憎い。どうしてあなただけが、すべてを手に入れられるの?私はこの壊れた体で、3年しか生きられないのに……)ドアが開く音がした。陸斗が入ってきた。白衣はもう着ていない。私服姿の彼は、顔がやつれ、目が落ちくぼんでいた。医師免許剥奪の危機に晒され、社会的に抹殺されつつある男の顔だった。「真希……ごめん。今日は遅くなった……」陸斗はベッドの横に座り、真希の細い手を握った。その手は以前より冷たく、力がない。真希は震える声で囁いた。「陸斗くん……ここ
last updateLast Updated : 2026-04-21
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真希の慟哭

普通病棟の四人部屋は、消毒液の臭いと患者の苦しげな息遣いで満ちていた。瑞希は静かにカーテンを開け、真希のベッドの前に立った。妊娠五ヶ月に入ったお腹を、ゆったりとした服で隠している。まだ誰にも明かしていないが、真希の目は一瞬でそれを見抜いた。真希はベッドに体を起こし、骨ばった指でシーツを握りしめた。顔は青白く、目だけが異様に輝いていた。普通病棟に移されてから、容態は明らかに悪化していた。「……お姉ちゃん、来たのね」真希の声は、最初は弱々しかった。しかし、次の瞬間、堰を切ったように感情が溢れ出した。「どうして来たの!?見に来たの!?私の惨めな姿を、確認しに来たの!?」真希の声が急に大きくなり、半狂乱の叫びへと変わった。「健康で、強いお姉ちゃんが!私の特別個室を奪って、陸斗くんを奪って、家族特別枠まで壊して!今度は私の病室まで見に来るなんて……本当に、鬼みたいな人!」彼女の細い体が激しく震え、隣のベッドのおばあさんが驚いてカーテンを閉めた。真希はベッドの柵を両手で掴み、声を荒げた。「余命3年だって言われたの知ってる!?特別個室で、羽毛のベッドで、陸斗くんに毎日看病してもらってたのに……お姉ちゃんが離婚したせいで、全部なくなった!今は1泊6,000円のこの汚い部屋で、誰にもちゃんと看病されずに、息をするのも苦しいのよ!お姉ちゃんのせい! 全部、お姉ちゃんのせい!!」涙が真希の頰を伝い落ち、声がさらに甲高くなった。「羨ましいんでしょう?お姉ちゃんは健康で、子供を産める!私はこの壊れた体で、死ぬまで苦しんで、誰も抱きしめてくれない!陸斗くんも……お姉ちゃんが離婚したせいで、毎日来てくれなくなった!私の最期の時間すら、お姉ちゃんが奪ったのよ!」真希は半狂乱でベッドから身を乗り出し、瑞希に向かって指を突きつけた。「あなたなんか、死ねばいいのに!健康で、強いからって、いつも私を犠牲にしてきたくせに!双子なのに、どうして私だけがこんな体で生まれたの!?お姉ちゃんが全部、幸せを独り占めしてるからよ!お姉ちゃんの子供だって……私が死んだら、絶対に不幸にしてやる!お姉ちゃんが産んでも、その子は一生、私の影に怯えて生きるのよ!」真希の叫びは、病室中に響き渡った。看護師が慌てて駆けつけてきたが、真希は止まらなかった。「お姉ちゃん……大嫌い……本
last updateLast Updated : 2026-04-22
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新聞社ロビーでの出会い

新聞社のロビーは、午後の柔らかな日差しが差し込む静かな空間だった。瑞希は窓際のソファに座り、美咲を待っていた。妊娠六ヶ月に入り、お腹がはっきり目立つようになっていたが、ゆったりとしたコートで隠している。誰にも祝われなかった命が、静かに動いているのを感じながら、彼女はティーカップを両手で包んでいた。「失礼します」突然、柔らかい声がかけられた。瑞希が顔を上げると、30代前半くらいの清潔感のある若い男性が、微笑みながらテーブルの向かいに腰を下ろした。差し出されたのは、白い名刺。編集部 岡部智久「突然すみません。僕は新聞社の書籍編集部にいる岡部と申します。今回の……瑞希さんの件について、自叙伝を出版してみませんか?」瑞希は名刺を見つめたまま、言葉を失った。戸惑いが胸に広がる。自分のこれまでの人生——双子の影で生きてきた日々、結婚式での暴力、新婚初夜の孤独、家族特別枠に縛られた結婚、妊娠を隠しながらの復讐——すべてを、世間に晒すということ。(自叙伝……?私の痛みや、汚れた部分まで、全部書くの?それで……本当に、浄化されるの?)瑞希の指が、名刺の角を軽く押さえた。戸惑いと、どこか惹かれるような感情が混じり合う。その時、ロビーの入り口から明るい声が響いた。「あれ! もう会っちゃったの?」美咲が早足で近づいてきた。彼女は岡部を見て、にこりと笑った。「智久! 早速アプローチかけてたの? ずるいなあ。瑞希、彼は私の後輩なの。書籍編集部で、結構やり手なんだよ」岡部は軽く頭を下げ、照れくさそうに微笑んだ。「先輩に紹介してもらおうと思ってたんですが……つい、待ちきれなくて。瑞希さんの話は、ただのスキャンダルじゃなく、双子の姉妹が抱える深い問題として、ちゃんと本にすべきだと思いました。DV、医療不正、家族の搾取、そして……妊娠しながら一人で戦ってきた強さ。それらを、瑞希さん自身の言葉で世に出せば、多くの人が救われると思うんです」瑞希は名刺を指でなぞりながら、静かに息を吐いた。自分の背負ってきたもの——真希への罪悪感、陸斗への裏切り、両親の打算、健康であることの呪い、誰にも祝われなかった妊娠……すべてを、紙の上に晒す。それは、恐ろしいことだった。しかし、同時に、どこかで「浄化」されるような予感もあった。これまで誰にも言えなか
last updateLast Updated : 2026-04-22
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忘却の決意

妊娠八ヶ月。瑞希のお腹は、はっきりと大きくなっていた。ゆったりとしたマタニティウェアの下で、時折、胎動がはっきり感じられるようになった。その小さな動きが、彼女に「生きている」という実感を与えてくれていた。「今日も元気ね...... 」あれ以来、瑞希は一度も真希の病室を訪れていない。冷酷だと言われても構わない。真希も、陸斗も、もう瑞希の人生には関わらない存在だった。忘却の彼方へ、静かに追いやった。時折、両親がマンションを訪ねてくる。今日もまた、母がドアの前で声を震わせていた。「瑞希……もう一度、陸斗くんとの再婚は無理なのかしら?真希の容態が、どんどん悪くなってるのよ……特別枠はもうないけど、陸斗くんがそばにいてくれれば……」父も後ろで、苦しげに付け加える。「そうだ。陸斗くんは今、フリーの身だ。再婚すれば、また何か方法が見つかるかもしれない……家族のためだぞ、瑞希」瑞希はドアの前で、静かに首を横に振った。「もう遅いわ。家族特別枠は、結婚が継続している間だけのものだった。今更再婚したところで、枠は復活しない。製薬会社の研究予算も打ち切られ、病院の不正調査も続いている。真希は……一泊6,000円の普通病棟で、ただ枯れてゆくしかないのよ」母の顔が歪んだ。「そんな冷たいこと……!お姉ちゃんなのに、どうしてそんなに冷たくできるの?真希はあなたの妹なのよ!」瑞希は静かに、しかしはっきりと言った。「私はもう、『お姉ちゃん』じゃない。あなたたちが私を『健康で強いから我慢しろ』と縛り続けた結果が、今よ。真希の治療を、私の人生と引き換えにしようとしたのは、あなたたち自身。私は、もうその役割を降りたわ」ドアを閉めると、両親の嗚咽と非難の声が、廊下に残った。瑞希はソファに腰を下ろし、ゆっくりとお腹を撫でた。胎動が、優しく返ってきた。(真希……あなたは今、あの冷たい病室で、どんな気持ちでいるの?陸斗くんは、まだあなたのそばにいる?それとも、もうただの「元主治医」になった?)瑞希は目を閉じた。真希の顔も、陸斗の顔も、両親の顔も、もう遠い。忘却の彼方へ、静かに沈めていった存在たち。冷酷だと言われても構わない。瑞希は、もう誰かの影で生きるつもりはない。この子と共に、新しい人生を歩き始める。「私は一人で生きて行け
last updateLast Updated : 2026-04-23
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自叙伝

妊娠九ヶ月を迎えたある午後。瑞希はマンションの窓辺に立ち、秋の柔らかな日差しを浴びていた。お腹はすっかり大きくなり、胎動が日に日にはっきり感じられるようになっていた。その小さな命の動きが、彼女に静かな力を与えていた。両親が最後に訪ねてきた日から、数日が経っていた。「陸斗くんとの再婚は無理なのか」という常識外れの言葉を、瑞希は静かに受け流した。真希も、陸斗も、もう彼女の人生には関わらない。忘却の彼方へ、静かに沈めていった存在たち。瑞希はソファに腰を下ろし、テーブルの上に置かれた岡部智久の名刺を手に取った。新聞社の書籍編集部——自叙伝の提案。(自分の人生を、言葉にする……)これまで誰にも話せなかったこと。双子の影で生きてきた日々。「健康で強いから我慢しろ」と言われ続けた呪縛。結婚式での平手打ち、新婚初夜の孤独、家族特別枠に縛られた結婚。真希の勝ち誇った微笑み、陸斗の熱い抱擁、そして誰にも祝われなかった妊娠……すべてを、紙の上に晒す。それは、恐ろしいことだった。傷を抉り、血を流し、世間に見せる行為。しかし、同時に、瑞希は感じていた。この痛みを「自分の言葉」で形にすることで、ようやく解放されるのかもしれない。真希の呪いから、家族の鎖から、そして過去の自分自身から。瑞希はスマホを取り出し、美咲にメッセージを送った。『岡部さんに連絡してほしい。自叙伝の話、本気で進めたいと思う。タイトルは……まだ考え中だけど、「影の双子」か「新婚初夜、あなたは妹のベッドにいた」……どう思う?』送信ボタンを押した後、瑞希はゆっくりとお腹に両手を当てた。胎動が、優しく応えてくれた。「あなたが生まれる頃には……お母さんは、もう誰の影にもなっていないわ。この物語を、ちゃんと書いてあげる。あなたの分も、私の分も、全部」瑞希はノートパソコンを開き、白い画面を見つめた。指がキーボードに触れる。最初の行を打つ。「私は、双子の姉として生まれた。そして、ずっと影の中で生きてきた。」文字を打ちながら、瑞希の唇に静かな微笑みが浮かんだ。冷たく、しかし確かに、自分の意志で浮かべた微笑みだった。真希の半狂乱の罵倒も、陸斗の崩れ落ちた姿も、両親の悲痛な叫びも、すべてを言葉に変える。それが、瑞希が選んだ、最後の復讐であり、解放だった。窓の外では、秋
last updateLast Updated : 2026-04-23
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打ち合わせ

新聞社の小さな会議室は、秋の柔らかな日差しが差し込む静かな空間だった。瑞希はゆったりとしたマタニティワンピースにコートを羽織り、妊娠九ヶ月のお腹を優しく守るように座っていた。美咲が隣に座り、軽く肩を叩いて励ましてくれる。岡部智久はノートパソコンと録音ペンを丁寧に準備し、穏やかな笑顔で切り出した。「今日はお時間をいただき、ありがとうございます。瑞希さんのお気持ちを尊重しながら進めたいと思います。まずは、タイトルについてですが……『新婚初夜、あなたは妹のベッドにいた 影の双子として生きてきた私の復讐と再生』でよろしいでしょうか?」瑞希は静かに頷いた。「それでいいと思います。私は被害者として書くのではなく、『私が選んだ道』として書きたい。痛みも、冷たさも、全部、自分の言葉で」岡部は真剣な目でメモを取りながら、ゆっくりと質問を始めた。「では、まずは幼少期からお聞きしたいのですが……双子の姉として生まれて、『健康で強いから我慢しろ』と言われ続けた日々は、瑞希さんにとってどんな意味でしたか?」瑞希は少し間を置いて、静かに語り始めた。「三歳の頃から、真希の車椅子を押して公園に行っていました。私が膝を擦りむいて泣いても、母は『真希ちゃんより痛くないでしょ?』と言いました。陸斗くんが真希の肩を抱いているのを見て、笑顔で我慢しなければいけない日々が続きました。私はいつも、『お姉ちゃんだから』という言葉に縛られていました。健康であることが、罪のように感じるようになっていったんです」岡部は頷きながら続けた。「結婚が決まった頃の心境はいかがでしたか?」瑞希の指が、テーブルの縁を軽くなぞった。「結婚式の前日、桜の木の下で陸斗くんに『本当に私でいいの?』と聞いたことがあります。彼は曖昧に微笑んで、『家族が喜ぶから』とだけ答えました。そのとき、私は薄々気づいていたのかもしれません。この結婚は、真希の治療枠を守るための『鍵』だったのだと。結婚式当日、陸斗くんに頰を平手打ちされた瞬間、周囲は誰も助けてくれませんでした。両親でさえ、ただ息を飲んで見ているだけでした」美咲がそっと瑞希の肩に手を置いた。岡部は静かに録音を続けながら、次の質問に移った。「新婚初夜の出来事について……率直にお聞きしても大丈夫ですか?」瑞希の声は淡々としていたが、目
last updateLast Updated : 2026-04-23
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