重苦しい空気が、制作フロア全体を覆っていた。 藤崎優が扉を押し開けた瞬間、普段なら忙しなく動き回っているスタッフたちの手が、一斉に止まったように感じられる。 誰もが視線を合わせようとしない。 パソコンの画面に落とした目は、その奥にある不安を隠しきれていなかった。 優は足を止めなかった。 だが、胸の奥では、すでに何かが引っかかっていた。 ——嫌な予感がする。 ただの制作上のトラブルなら、ここまで空気が重くなることはない。 誰もが知っている。 黒川彰人が動けば、ひとつの会社だけでは済まない。 スポンサーが変わる。 広告代理店が動く。 テレビ局の判断が変わる。 そして、昨日まで正しかったものが、今日には間違いになる。 優はその現実を、すでに何度も目にしていた。 胸の奥に沈む感覚を押し殺しながら、プロデューサー室へ向かった。 ノックをすると、くぐもった声が返る。「……どうぞ」 中に入ると、プロデューサーの真鍋と脚本家の三枝遼が並んで座っていた。 二人とも疲れ切った顔をしている。 机の上には分厚い資料の束。 その一番上に置かれている紙を見た瞬間、優の視線が鋭くなった。 スポンサー一覧。 そこには、赤い文字で「撤退」と記された社名がいくつも並んでいた。「……これは?」 静かに問いかけると、真鍋が深く息を吐いた。「今朝だけで三社。昨日までに四社。合計七社が正式に降りました」 優の表情は動かない。 だが、拳だけがゆっくりと握られていく。 七社。 偶然で片づけられる数字ではない。「理由は?」 三枝が苦笑に近い表情を浮かべる。「表向きは“制作体制への不安”です。ですが……」「マスコミか」「ええ」 優は資料をめくった。 そこにはネットニュースの見出しが並んでいる。『主演交代で迷走する話題作』『事故から復帰した久遠ひかる、再主演は絶望的か』『制作現場の混乱、スポンサーも不信感』 そして、決定的な一文。——このドラマはもうダメだろう。 優の胸に、冷たいものが沈んだ。 数ヶ月前の騒動が蘇る。 久遠ひかるが事故に遭い、急遽、雪城沙羅が代役に立った。 現場は混乱した。 それでも、作品を止めるわけにはいかなかった。 そして優は、公言した。「久遠ひかるを主演に戻す」と。 あの言葉に迷いはなかった。
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