บททั้งหมดของ もう二度と、冷徹侯爵の花嫁にはなりません: บทที่ 141 - บทที่ 144

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第33話 冷たい口づけではなく⑥

「……怖かったか」「……少し」「すまない」「でも」 リリアーナはゆっくりと目を開けた。「嫌じゃ、なかった」「……」「びっくりしただけ」「……そうか」 その声が、ひどく静かにほどけた。 安堵なのだろう。 でも、大きくは出さない。 嬉しいからといって、また前みたいにこちらの気持ちを置いていかない。 そういう配慮が、今の彼にはある。 リリアーナは思わず、指先で彼の袖を少しだけ掴んだ。 無意識だった。 自分で自分に驚く。 だがもう遅い。 掴んでしまった。 セドリックの目が、わずかに動く。「……離れると」「……」「今、少しだけ寒い」 それは、ほとんど自分でも言い訳だと分かっていた。 暖炉の火はついている。 部屋も寒くない。 でも、さっきのぬくもりが消えた直後の空気は、たしかに少しだけ寒かった。 セドリックは何も言わなかった。 代わりに、今度はもっとゆっくりと、もう一度近づく。 次の口づけは、最初よりほんの少しだけ長かった。 それでも、奪うものではない。 確かめるようで。 怯えるようで。 触れたあと、こちらが引けばいつでも止まると分かる口づけ。 だから、リリアーナは今度も逃げなかった。 胸の奥に残っていた前世の白い寝室の冷たさが、そのぬくもりの前で、ほんの少しだけ後ろへ押される。 消えるわけではない。 許したわけでもない。 でも、凍ったまま止まっていた時間の上へ、今、違う温度が落ちてきた。 唇が離れたあと、リリアーナはしばらく目を開けられなかった。 怖い。 でも、痛いだけではない。 苦しい。 でも、前より少しだけ息がしやすい。「……これ」「何だ」「前世には、なかったわね」「……ああ」「全然」「……ああ」 その返答の声が、今まで聞いたことのないくらい静かでやわらかかった。 リリアーナはようやく目を開ける。 セドリックの顔は、すぐ近くにあった。 冷徹侯爵と呼ばれる男の顔。 なのに今は、どこにも冷たさだけではない色がある。「……今さらすぎる」「知っている」「遅い」「……ああ」「でも」「……」「嫌じゃなかったの」 その言葉を、自分でちゃんと口にする。 嬉しいとはまだ言えない。 愛しいとも。 でも、嫌じゃなかった。 それだけで、たぶん今は十分だった。 セ
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第34話 許しきれない、でも①

 キスのあと、部屋の空気はすぐには元へ戻らなかった。 暖炉の火は変わらず小さくはぜている。  窓の外の夜も、さっきと同じように深いままだ。  なのに、ほんの数度唇が触れただけで、世界の静けさの質まで変わってしまったように思える。 リリアーナは長椅子の端へ腰を下ろしたまま、包帯を巻いた腕をそっと膝の上へ抱えた。傷そのものは浅い。痛みも、さっき薬を塗られた時よりはもう鈍くなっている。けれど胸の奥のほうは、別の意味でひどく落ち着かなかった。 冷たい口づけではなかった。 奪うようなものでも、確かめる前に結論だけ押しつけてくるものでもなかった。  怯えるようで、確かめるようで、こちらが少しでも引けばそれ以上は踏み込まないと分かる口づけ。  前世にはなかったぬくもり。 嫌ではなかった。  むしろ、あの一瞬だけは、自分の中でずっと止まっていた何かが、きしりと軋みながら動き出した気がした。 だからこそ、怖い。 それを認めたくなくて、リリアーナは唇をきゅっと結んだ。  だが、もう遅かった。  触れられた場所に熱が残っている。  その熱を「なかったこと」にするには、今の自分はもう少しだけ正直になりすぎていた。 セドリックは、すぐには部屋を出なかった。 長椅子のすぐ脇ではなく、ほんの一歩分だけ離れた場所に立ち、こちらの呼吸が完全に整うのを待っている。近づきすぎない。だが、離れすぎもしない。そういう距離の取り方が、今の彼らしいと、リリアーナはぼんやり思った。 前世なら、たぶん違った。  触れるなら、それは必要のある時だけ。  そして一度距離を取れば、そのまま何もなかったように離れていく。  今の彼は違う。  近づいたあとに、こちらがその変化へついていけるまで待つ。  それがどれほど厄介な優しさか、本人は分かっているのだろうか。「……ねえ」 沈黙の中で、リリアーナはようやく口を開いた。  自分の声が思ったより掠れていて、少しだけ腹が立つ。「何だ」 セドリックの返事は低い。  だが、さっきよりやわらかい。  いや、やわらかいというより、こちらの言葉を落とさないよう静かに構えている声音だった。「これで」 一度、言葉が詰まる。  喉の奥が熱い。  でも、言わなければいけない。「これで、何かが全部変わったと思わないで」 部屋の
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第34話 許しきれない、でも②

「……未来、ね」 ぽつりと零す。「そうだ」 「大きく出るのね」 「そうか」 「ええ」 少しだけ可笑しい。  まだ何も保証されていない。  婚約だって断っている。  許したわけでもない。  それなのに、この男は“未来”なんて言葉を口にする。「怖いわよ」 「何が」 「そういう言い方」 「……」 「これから、なんて」 「……」 「前世の私は、そこへ行く前に死んだのに」 その一言で、部屋の空気がまた少し深く沈んだ。  だが、今は前みたいにその沈み方がただの冷たさではない。  そこに、痛みを共有する温度が少しだけある。「……ああ」 セドリックが低く言う。「だからこそ、今世では、止めない」 「……」 「過去だけで終わらせない」 「……」 「君が許せないままでも」 「……」 「それでも、先を作る努力はする」 リリアーナはその言葉を、しばらく胸の中で転がした。 努力。  前世では、その単語さえなかった気がする。  当然だと思い、黙っていた。  役割だけがあり、努力すべき対象としての“二人”は存在しなかった。 今は違う。  許しきれないままでも。  それでも、先を作るために努力する。  その姿勢自体が、もう前世とは違う。「……ねえ」 リリアーナは、暖炉の火を見たまま言った。「私、たぶん」 「何だ」 「あなたを完全に許す日は、すぐには来ないわ」 「そうだろうな」 「もしかしたら、ずっと来ないかもしれない」 「……」 「前の私が失ったものを思うと、そう簡単には」 「分かっている」 「でも」 そこで、ようやくセドリックのほうを見る。「でも、全部を恨みだけで持っていたいとも、もう思っていない」 その言葉が出た瞬間、自分の中で小さく何かが動いた。  たぶんそれが、この章のほんとうの始まりなのだろう。 許しきれない。  でも、恨みだけで未来を埋めたくもない。  そのあいだにある、ひどく不安定で、でも確かに前へ向いている場所。 セドリックの目が、ほんの少しだけやわらぐ。「……ああ」 「何」 「それでいい」 「よくないわよ。中途半端で」 「それでいい」 同じ言葉を、今度はもっと静かに繰り返す。「全部許されるまで、何も始まらないと思っていたら」 「……」 「私は、また君
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第35話 最後の内通者①

 それが最後だと分かったのは、皮肉なほど些細な癖のせいだった。 春の雨が二日続いたあとの午後、侯爵邸の執務棟は、どこか湿り気を含んだ静けさに包まれていた。石壁の奥まで冷えが染みているのに、暖炉の火はもう冬ほど強くない。廊下へ差し込む光は白く、窓ガラスの外では、濡れた庭木の若い葉だけがやけに鮮やかに見えた。 リリアーナは、執務棟の一番奥にある小さな閲覧室で、関所通過証の写しと侯爵家側の護衛配置の控えを見比べていた。 西丘薬草院へ向かう日取りそのものは、もう表向き確定している。だが実際の出立ルートはまだ最終決定していない。商会側の手が一度炙り出され、伯爵家と義母の不正も表へ出て、それでもなお、侯爵家の内側からだけ漏れる情報がある。そうでなければ説明のつかない食い違いが、まだ残っていた。 最後の内通者。 誰かが、まだ、侯爵家の中にいる。 その前提で書類を洗っていた時だった。 護衛配置の控えの端に、ひどく見慣れた略記号が目に入る。 「夕刻以後、南回廊側の出入りを簡略化」 それ自体は何でもない。護衛の交代が重なる時間に、内側の通行を少し整理するという意味だ。だが、その「簡略化」という言葉の書き方が、妙に引っかかった。  略記の入れ方。  横へ流すような癖のある筆圧。  そして、“簡”の最後の払いを少しだけ短く切る書き方。 以前にも、見た。 どこでだったか。  帳簿ではない。  法務文書でもない。  もっと個人的な、でも表へは出ない場所。 リリアーナは紙の上に指を置いたまま、じっとその字を見つめた。 前世の終わり近く、自分が一度だけセドリックへ面会を求めた記録。  その記録は、彼の目へ届く前に、別箱へ移されていた。  その時、記録係として表向き署名を残していたのは、義母の側近筋の女だった。  だが、裏で箱の整理と回付順を決めていたのは、侯爵家の執務補佐だったはずだ。 そして、その補佐官がよく使う癖のある略記号が、この書き方に似ている。「……まさか」 思わず、声が漏れた。 閲覧室の扉の外で控えていたエマが、すぐに気配を動かす。「お嬢様?」 「セドリックは」 「本館の書斎に」 「今すぐ会うわ」 声に自分でも分かるほど熱が混じっていた。  予感でしかない。  でも、嫌な種類の確信がもう半分ほど胸の中にできている。 
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