「大したことじゃない。ただの噂だし。事実でもないんだから、腹を立てる必要ないと思って言わなかった」やっぱり。珠葉なら、そう言うと思った。こんなことを聞かされても黙っていた理由なんて、一つしかない。彼女は、自分自身の名誉なんて少しも気にしていない。あれだけ聞こえよがしに騒がれていたんだ。今日初めて耳にした話なわけがない。何日もそんな声を聞きながら、何事もなかったように大学へ通っていた。そのことを、自分は何も知らなかった。それが、たまらなく腹立たしかった。けれど。怒る相手は、決して珠葉じゃない。それくらい、道赫にも分かっていた。「何であれ、ご主人様の許可がなければ、俺は何もできません」「じゃあ、しなきゃいい」「他のことは考えなくていいです。せめて、俺の名誉だけは守ってください」もちろん、それは口実だった。自分の名誉なんて気にしない珠葉だからこそ、わざわざ持ち出した口実。彼は、ご主人様の許可がなければ動けない自分を知っている。だからこそ、理由が必要だった。珠葉はそっと下唇を噛む。大学にも通っていない彼に、守るべき名誉なんてあるのか。そんな考えが一瞬よぎる。けれど同時に。自分と同じように、彼まで「金で人を買った男」にされてしまったこと。そのことには、まったく思い至っていなかった。彼だって、何も悪くない。しかも、こうしてちゃんと許可まで求めている。たった一言。それだけでいいと言っている。難しいことじゃない。それでも。彼が何をするつもりなのか分からない以上、簡単には頷けなかった。「……暴力はダメ」「はい」返事は驚くほど早かった。まるで、その言葉を待っていたかのように。
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