Alle Kapitel von 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮: Kapitel 101 – Kapitel 110

120 Kapitel

【第101話】狂気の実験

 その部屋での時間は、セラにとって恐ろしく、歪んだ形で過ぎていった。  キャンディは毎日つきっきりで、セラの世話をした。壊れた右肩のために動けないセラに代わり、着替えから身体を拭くことまで手際よくこなす。おそろしい気持ちで抗おうとしたが、キャンディはそれをゆるしてくれない。服を脱がしはしても、ただ着替えさせたり、身体を拭くだけだったり、それ以上の危険はないようだった。食事のときには、セラが「自分で食べられます」と言うのも聞き入れず、熱すぎないよう丁寧に息を吹きかけ、スプーンですくって口元へと差し出してくる。  まるで大事な人形でも扱うような手厚さだった。 セラには、それが恐ろしかった。  優しく丁寧な態度をされるほど、それ以外のおそろしい部分が際立つ。  レオンは、朝と夕の二回、必ず部屋に顔を出した。  けれど、彼がここに来るのはセラを心配してのことではないようだった。部屋に入るなり、セラと目を合わせようともせず、キャンディへ苛立ったように詰め寄る。 「おい、いつになったら公式の文書とやらが届くんだよ」 「そんなの、ぼくの知ったこっちゃないね。待つしかないだろ、来ないんだから」  キャンディはスプーンをかき混ぜながら、面倒そうに肩をすくめるだけだ。 「……」  レオンは苦々しく舌打ちをすると、ベッドの上に横たわるセラの姿をちらりと一瞬だけ見つめ、あきらめたようにさっさと部屋を出ていってしまう。  バタンと閉まる扉を見つめながら、セラは冷えていく胸を押さえた。  レオンが……王妃様に仕えているだなんて……。  要塞で過ごした時間
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-15
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【第102話】残酷な指先

 キャンディがセラの右肩を治療するときの仕草は、優しく、まるで壊れやすい繊細なガラス細工をそうっと扱っているかのような気遣いがある。 「セラ姫、痛くはない?」 「……」  キャンディはそうっとセラの身体に触れて、手際よくクモの巣状の糸を整え、紫青の温かな光を帯びた魔力を流し込む。いたわるように傷口の輪郭を触れる指先は、熟練の医師のようでも、慈愛に満ちた聖者のようでもある。邪悪な様子は微塵もない。  世話をされ、治療をされている間は、恐ろしい狂気などかけらも見えない。本当にただ優しく自分を特別に扱ってくれる相手なのではないかという錯覚さえ覚えてしまうほど、キャンディの態度は丁寧で穏やかだった。  けれど——治療が終わった途端、雰囲気が一変する。 「よし、じゃあ次の実験に移ろうか」  キャンディは花が咲くような笑みを浮かべる。 その表情は、本当に嬉しくてたまらないとか、楽しいとか、そういったものに見えた。  キャンディの指先からのぼりたつ魔力が、ゆらりと揺らめきながら空中を漂い、セラの肩にある透明な糸を通じて体内に侵入する。そうすると、激しい痛みがセラの全身を襲った。  セラは与えられた痛みに必死で耐え、身を縮こまらせた。 ベッドの上で小さく丸まり、シーツを固く握りしめながら、浅い呼吸を繰り返す。苦痛に歪むこめかみから、ひとしずくの汗が落ち、白い枕に吸い込まれていった。  必死で空中をたゆたう魔力にふれて、内側に取り込むが、キャンディの魔力は大きくて強い。取りこぼした魔力が、セラの肩を引き裂くように痛めた。 「じゃあ、これはどうかな」  キャンディが直接、透明な糸に触れて、魔力を流し込む
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-16
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【第103話】月明かりの檻

 ふと目を覚ますと、静かだった。  セラはすっかり見慣れた部屋のベッドの上で、ゆっくりと瞼を開いた。窓の隙間から差し込む青白い月明かりが、石造りの冷たい室内を静かに照らしている。暖炉の火は、すっかり小さくなっていた。  気絶してしまったのね……。  キャンディによる過酷な実験。体内に流れ込んできたすさまじい魔力の濁流。それに耐えきれなくなったセラの意識は、途中でぷつりと途切れてしまっていたらしい。  身体を少し動かそうとした瞬間、全身に走ったのは激痛ではなく、重く引きつるような強烈なこわばりだった。キャンディが施術したクモの巣状の糸のおかげか、右肩の傷そのものの鋭い痛みは幾分引きいていたものの、実験の苦痛に耐えようと全身の筋肉を硬直させ続けた反動が、今になって全身を重くしている。  セラはまだ鈍く痛む右肩を左手でそっとかばいながら、ベッドの上に辛うじて上半身を起こした。そろりと足をベッドから出す。ひんやりとした空気にさらされる。  セラは右肩に振動をあたえないよう、そろりそろりと窓辺へ近づいた。  窓枠に手をかけ、外を見下ろしてみる。  そこには月明かりがうっすらと照らし出す夜の闇と、遠くに見える見知らぬ森の影が広がっている。近くに人影は見当たらなかった。  深夜なのかしら。  この部屋には時計は置かれていない。今が夜更けの何時なのかも分からない。あたりは、森にかこまれている。ここがどんな場所なのかもよく分からない。  このまま……ここでずっと、ジェイドに会えないまま……あの実験を続けられるのかしら……。  自分の命がこの見知らぬ場所で終わってしまうのだと
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-17
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【第104話】闇に伸ばす希望

 レオンがセラの部屋を去り、鍵の上がる音が無情に響いたあと、部屋には再び静寂があった。  セラは重い身体を引きずるようにしてベッドへ戻ると、そのふちに深く腰を掛け、膝の上で固く手を握りしめたままじっと考え続けた。  今、何ができるだろう……。  ローゼンタール家の地下室にいたときは、こんな風には思わなかった。ただ、じっと、時がすぎるのを待ち、逆らわず、静かにすべてを諦めて受け入れる。それが、セラの生き方だった。  でも、今はちがう。 たとえ囚われていても、自由はここになくても、心まで縛られはしない。  自分が、そう思えていることが、なんだか、場違いにおかしくて、セラはくすっと笑った。  どうやら、己は、こんな状況でも、諦めていないらしい。 それは、すべて、ジェイドのおかげかもしれない。  戻りたい場所があるから。  ジェイドのもとへ帰りたい。彼の無事を、この目で確かめたい。 そのために、今の自分は何ができるのか。  セラ自身にとっても、自分が持つ能力は分からないことだらけだ。 「……教えて、わたしに何ができるのか」  セラは目をつむり、全身の神経を澄ませて、己の周囲に漂う魔力の気配にそっと耳をすませた。  集中を深めていくと、周囲の空間に微細な魔力の揺らぎが感じられた。 今、近くに大きな魔力の動きはない。セラの右肩に張り巡らされた治療用の魔道具から、ごくわずかな魔力が揺らめいている程度だ。  だが、注意深く意識を向けると、部屋の四隅——天井の角のあたりに、魔力の気配が静かに潜んでいる
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-18
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【第105話】帝国の影

 キャンディが使う不思議な医療用の魔道具は、おそろしいほどの速さでセラの右肩を回復させていた。  監禁が始まってから、まだ十日ほどしか経っていない。それにもかかわらず、砕けて肉を裂いていた傷口は塞がり、全身を苛んでいた激しい痛みもかなり小さくなっていた。 「どう、セラ姫。肩、動かせそう?」  キャンディがセラの右肩にそっと手を添え、伺うように顔を覗き込んできた。セラは慎重に右腕に意識を向け、わずかに上腕を持ち上げてみる。 「はい。動くようです」 「うん、いいね。骨まで細かく砕けていたけれど、ぼくってパズルも得意だからね。ある程度動かしてあげるとさらに回復が早くなるから、痛みが出ない範囲で少しずつ動かしてみて」 「……骨がくだけていても、こんなに早く治るものなんですね」 「まさかぁ、普通なら絶対に無理だよ」  キャンディは楽しそうに笑いながら、セラの服の隙間から覗く透明な糸——肌にクモの巣のように張り巡らされた魔道具を指先で軽く弾いた。 「この透明な糸みたいなやつがあるでしょう? これはね、ただ外側に張り付いているだけじゃないんだ。セラ姫の肉の内側にまで深く潜り込んで、砕けた骨をつなげたり、引き裂かれた肉をつなげたりしているんだよ」 「すごいですね」 「そうでしょ! 元々は痛めつけるための拷問器具として開発したんだけど、応用してみたら医術にも使えたんだよね」  誇らしげに語るキャンディの様子に、おそろしい気持ちになる。 「とはいえ、まだ骨も肉も、本当にくっついて元通りになったわけじゃないよ。今はこの糸で無理やりつなぎ留めているだけの状態だ。……ふふ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-19
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【第106話】二日間の猶予

 朝の光が窓の隙間から差し込み、冷たかった石造りの部屋を静かに満たしていた。  食卓には、湯気を立てるスープと柔らかく焼かれたパン、煮込んだ野菜が並べられている。 「はい、セラ姫。右腕はまだ無理をしちゃダメだからね。一口サイズに切っておいたよ」  キャンディは手際よくナイフとフォークを動かし、セラの皿の上に細かく切り分けた料理を並べていた。その動作はどこまでもかいがいしく、丁寧だ。表面だけを見れば。  セラは静かに「ありがとうございます」とだけ答え、左手で小さなフォークを取った。  そこへ、ノックもなしに扉が開く音が響いた。 「おい。もうさすがに、公式文書が届いているだろ」  入ってきたのはレオンだった。彼はいかにも面倒という顔で、冷めた視線をキャンディへと向けた。 「お、正解。昨日の夜遅くに届いたよ。はい、これ」  キャンディは机の端に置いてあった封蝋のされた立派な羊皮紙を取り上げ、ひらひらと振ってからレオンへと手渡した。 「早く渡せよな……」  レオンは眉をひそめながら文書を受け取り、ためらわずに封をあけ、中身を検める。キャンディはクスクスとおかしそうに笑いながら、肩をすくめてみせる。 「きみって有能な見張りみたいだからさ。せっかくだし、ギリギリまでセラ姫の見張りをしてもらおうと思ってね」 「脱走は一回だけ、報告通りだったろ?」 「ああ。部屋に仕掛けた魔道具の記録でも、夜に扉が開いたのはあの日だけだった。セラ姫、えらいね」  キャンディがセラの頭をなでる。  セラが実験
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-20
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【第107話】夜にまぎれる

 深夜。  ベッドで眠りについていたセラは、強く口元を押さえつけられ、その不穏さに驚いて、跳ね起きるように目を覚ました。 「……っ⁉」  何が起きたのか分からないまま、過酷な実験の恐怖が脳裏をよぎり、全身の筋肉を硬直させる。視界が急速に冴え渡っていく中、月明かりのなかに見えた顔にセラの息が止まった。  そこにいたのは、昼間と変わらぬ冷ややかな表情を浮かべたレオンだった。  なぜ……。 セラは、レオンのおそろしげな様子に身を縮めた。  彼はセラの側により、低い声で囁いた。 「セラ様、静かに。ここを脱出します」 「……!」  レオンの言葉に驚愕しながらも、セラは彼の肩越しに視線を巡らせた。暗いままの部屋の中には何人かの黒い衣装を纏った男たちが動き回っている。  男たちは手際よく、天井の四隅に取り付けられている魔道具を取り外している。それだけではない。椅子の下、窓枠の隙間、暖炉の奥に隠されていた怪しげな仕掛けまでも、一切の音を立てずに手際よく回収しているようだった。  レオンが、真剣な声で続ける。 「今は、詳しく説明している暇はありません。今から向かうのは、ジェイドのもとです。……分かりましたか?」  レオンの言葉が、セラの胸に突き刺さる。 『ジェイドのもと』——その響きだけで、迷いは一瞬で吹き飛んだ。セラは大きく何度も首を縦に振った。  セラが頷いたのを確認すると、レオンは静かにセラの口元から手を
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-21
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【第108話】古道と遠くの笛

 深い草木をかき分け、不気味な闇の中をどれほど進み続けただろうか。  もう寒さは感じなかった。 セラの口から吐き出される息は荒く、汗をかくほど身体はあたたまっている。上り傾斜の荒れた場所を進むのは、かなり骨の折れる道行だった。  どれほどの時間が経過したのかも分からなくなった頃、前方の樹木がわずかに途切れ、開けた場所へと出た。  鬱蒼とした森に挟まれるようにして伸びる、一本の街道らしき道だった。月明かりに照らされた地面には、馬車が通り過ぎたのであろう、深い轍が刻まれている。  だが、レオンは街道の開けた場所へ躍り出ることはしなかった。彼は無言のままセラの腕を強く引き、街道沿いに群生する背の高い草むらのなかへ、身を潜める。セラも痛む右肩を庇いながら、小さく息を殺してその場にかがみ込んだ。  しばらくそうしてじっとしていると、地響きのような音が近づいてきた。  どど、と夜の静けさを切り裂いて響く蹄の音。  街道の奥から、数頭の馬が闇を突っ切って駆けてくる。いくつかの馬には黒衣の男が乗り、空馬を引いている。  彼らはすぐに、はっきりと姿が見えるほどまで近づく。 馬に乗っていたのは、先ほどセラの部屋を一番先に出て行った男たちだった。  一団がセラの目の前を通り過ぎた直後、レオンが口元に指をあて、短く、ぴいっと口笛をひとふき鳴らした。  レオンの合図で、馬に乗った一団はぴたりと止まる。 レオンはセラの腕を引いて立ち上がり、素早く男たちの元へと駆け寄って合流した。 「さあ、セラ様、乗って」  レオンはそう言うと、あっというまにセラを馬上に上げ、自らも馬にまたがる。 「まだその肩では、つかま
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-22
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【第109話】追撃の影

 左側へと逸れていった仲間たちに引きつけられたのか、セラの感覚の中で捉えていた左後方の魔力の気配は、やがて遠ざかり消えていった。  レオンは草地を一気に駆け抜け、正面にあった森へと馬を進めた。そこもまた、使われなくなって久しい古い街道の残骸が続く場所だった。  消えかけた道を進む。  しばらく進んだ先に、樹木に半ば埋もれるようにして建つ、ひとつの朽ち果てた木造の小屋があった。屋根は落ち、壁の板も剥がれ落ちている廃屋だった。あたりには、朽ちた荷車や、木材が散らばっていて、荒れている。  レオンは小屋の近くまで慎重に馬をすすめて、とめた。  レオンが馬から降り、続いてセラを抱えるようにして降ろす。  その瞬間、セラは自分の全身が激しい震えに見舞われていることに気づいた。地に足がついた途端、膝から崩れ落ちそうになる。身体が重く、異様な熱が内側から吹き出していた。指先まで血の気が引き、青ざめていくのが分かる。 「セラ様……⁉」  倒れそうになった身体を、レオンが咄嗟に抱きとめた。セラの額に彼の手が触れる。レオンが眉をひそめて小さく息を呑んだ。 「熱があるな……」  セラは必死に浅い息を繰り返しながら、全身の震えを抑え込もうと歯を食いしばった。右肩が熱を持っている。  馬が全力で駆け抜ける際の激しい揺れと衝撃が、響いたのかもしれない。右肩の傷が心臓の鼓動と同調するかのように、強い痛みを訴えていた。 「セラ様、すぐに——」  レオンが言葉を続けようとした、その時だった。  レオンがはっと顔を上げるのと同時に、遠くから
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-23
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【第110話】再会と毒の荒野

 セラは、おそろしい気持ちでレオンの背を見つめた。  追手の数は、もはや一瞬では数え切れないほど多い。  馬でやってきた追跡者は次々と馬から飛び降り、刃を煌めかせながらレオンたちに、セラに、まっすぐ向かってくる。  自分が狙われている。 キャンディのもとに戻される——。  セラの胸が恐怖で押し潰されそうになった、その時だった。 「かかれーっ!」  地響きのような雄叫びが上がった。  追手たちがやってきた方向とはまったく逆——森の奥からだった。  朽ちた小屋の横には、古びた石垣が組まれており、そこだけ一段高くなっている。その向こうは、上り斜面の森だ。  その石垣の上から、突如として無数の影がなだれ込んできた。  石垣から飛び降りた男たちは、すぐにセラとレオンたちを背後に庇う形を取り、押し寄せる追手に向かって凄まじい勢いで切りかかった。  セラのすぐ目の前にあらわれて、指示を出す一人の男の背中があった。 「全力で押せ! こちらに近づけるな!」  この声——。 銀色に輝く髪。  男が振り返り、セラの目の前に膝をつく。 「ジェイド……!」 「セラ!」  ジェイドの両腕がセラの身体をそっと、けれど力強く抱き上げた。  セラは痛む右肩をかばいながら、怪我のない左腕を必死に伸ばし、ジェイドの首筋へと強く
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-24
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