平野の果てに青き山
離婚して五年目、東雲舟也(しののめ ふなや)は訴状を提出し、神野清花(じんの さやか)に離婚時に財産分与で受け取った3,340,013円の返還を求めた。
彼が金額をそこまで細かく請求したのは、記憶力が良いからではない。
それは、年下の新しい彼女――園田万莉(そのだ まり)が「退屈だ」と言い、面白がって波風を立てるようけしかけたからだ。
法廷で、彼は最後まで眉一つ動かさなかったが、当時の出費の一つ一つを鮮明に覚えていた。
清花が彼に会いにY国の首都へ行くために利用した格安航空券の16,620円でさえ、彼は調べ上げていた。
8年間愛し合い、5年間結婚生活を送り、最も苦しい時期、舟也の留学費用のために、清花は自分の病気の薬さえ、最も安価なジェネリックに替えていた。
しかし、それらすべてを、舟也は知らない。
この裁判のため、清花の銀行口座が凍結され、病院から薬をもらえないようになったことも、彼は知らない。
そして当時、末期腎不全に陥った舟也に、自分の腎臓を内緒で提供した清花が、薬の中断により医師から余命を宣告されたことも、彼は知らない。