霧が晴れたら、君はいなかった
杉山美緒(すぎやま みお)は思いもしなかった。自分の誕生日に、息子からアレルギーで死に至るほどのマロンケーキを差し出されるなんて。
意識が朦朧とする中、夫の杉山辰彦(すぎやま たつひこ)の激しい怒鳴り声が聞こえてくる。
「悠希、母さんが栗アレルギーだと知らなかったのか?」
杉山悠希(すぎやま はるき)の幼い声が、やけにはっきりと響いている。
「知ってるよ。でも、真理奈おばちゃんにママになってほしかったんだ。
パパだって、本当はそう思ってるんでしょ?」
「たとえ俺が……」
強烈な息苦しさが美緒を襲い、辰彦の最後の答えはもう聞こえない。
意識を完全に失う寸前、頭にはたった一つの思いだけが浮かんでいる。
もし目が覚めたら、もう辰彦の妻でいるのも、悠希の母親でいるのもやめようと。