馬車に揺られてもう2日目だ。
隣国のエスパル王国での国王陛下崩御にともない、新国王の戴冠式が行われるとのことだった。 アランと共に参加することになるが、彼は帝国内の視察中でいわゆる現地集合という形になった。「きゃー!!」
ものすごい勢いで馬車が揺れて馬車の窓に頭をぶつけた。
「奇襲です。私がお呼びするまで馬車の中で身を潜めてください」少し焦ったようにエアマッスル副団長が窓を覗き込んで私に言った。
外を覗くと武装した騎士たちが馬車を包囲している。「誰なの?」
窓に飛び散ってくる血の間から、敵の剣の柄の部分に紋章のようなものが見えた。 私はひき逃げの車のナンバーを記憶するかのようにその紋章を記憶した。道中が長いこと、エスパル王国と帝国は実は今にも戦争になりそうな緊張状態であることから、
私について来たアーデン侯爵家の騎士は50人程いた。しかし、ざっと見た感じ敵はその3倍はいる。
かといって、私にできることは何もない。 無力程、恐ろしいものはない。「こんなところで死ぬのは嫌、でも⋯⋯」
死への恐怖と追い詰められたことでおかしな考えが浮かぶ。「死ねば元の世界に戻れるかも、これから楽しい大学生活を送れるじゃない」
「侯爵令嬢申し訳ございません。我々もこれまでです。令嬢だけでも私がなんとかお守りします。馬車を出てください。私が抱えてお逃げします」
扉の外は敵も味方も血だらけだった。
怖い、ここから出ても安全だとは思えない。私は首がもげそうなくらい首を振った。
「帝国軍だー! 赤い獅子だ! 退散しろ!」
帝国軍? 味方が来たの?私を抱えようとするエアマッスル副団長の肩越しにみると、
燃えるような真っ赤な髪が見えた。「ライオット!」
いつの間にか敵は退散し、ライオットが私を呆れたような目で剣をおさめながら言った。
「耳をつんざくような、貴族令嬢とは思えない金切り声の正体は侯爵令嬢でしたか。」「皇子殿下、急に馬を走らせたと思ったら、何事ですか?」
後ろから100人程の兵たちが追い掛けてきた。私は慌てて手の震えを止めて、自分を落ち着けるように挨拶をした。
「エレナ・アーデンが皇子殿下にお目にかかります。お助け頂きありがとうございました。」
さあ、自分の無力に酔っている場合じゃないわこの場をなんとかしないと。「この近くに救護を頼めるような場所はある? 救援をお願いしたいの⋯⋯」
私が尋ねると、近くにいた赤い制服を着た皇子軍の騎士が教えてくれた。「近くにコットン男爵邸があります。」
「コットン男爵邸ね、ではそちらに救援をお願いしましょう」
図らずもレノアと接点ができてしまったようだ。 彼女が前のライオットの遠征に救援支援として参加していたことを考えると、支援を求める先としては最適に思えた。馬車を引いている馬を確認する、このような中でも怪我をしていない。
不幸中の幸いといったところか。「この馬車は何人まで乗れるの?」
御者に声をかけると答えを返してきた。 「4人まででお乗り頂けます」 「定員を聞いているんではないわ、どれくらい重いものまでひける?例えば米俵なら何個分?」 しまった、米俵と言っても理解できないかもしれない。 「え、えっと⋯⋯」 御者を困惑させてしまったようだ。「ごめんなさい。それよりあなたに怪我はない?」
私は安心させるように意識して柔らかな声で御者に尋ねた。「あの、大丈夫です、侯爵令嬢に気にかけてもらうほどでの怪我はありません。仕事できます」
と焦ったように返事がきた。馬車を引っ張るのに必要な力は馬車の重力と転がり抵抗がわかれば良い。
悪路とまでは言えないが舗装路ともいえないこの道では大雑把だけど馬の体重の2倍まではひけるはず。騎士たちは細身にみえるけど、筋力量を考慮して一人あたり70キロから80キロ。
馬車用の馬だから900キロくらいは1頭あるとして2頭で1800キロ。「兵士の状態はどう? 息のない人、動けない人、なんとか動ける人にわけて」
自分で言っていて少しぞっとする。息がない人、死亡した人がいたらと思うと怖くて仕方ない。
また手が震え出してしまって、手を隠すように私は続けた。
「動けない人を協力して馬車の方へ運びましょう」皇子軍の方達が戸惑ったようにしている。
もしかして、私は彼らに指示を出せる立場ではなかったか。 でも、私の護衛たちは皆ボロボロで助けが必要だ。「侯爵令嬢のいうとおりにしろ!」
ライオットが投げ捨てるように言うと、慌てたように皇子軍の騎士たちが動き出した。「いや、それ以上は乗れませんよ」
動けなくなった騎士を5人乗せたところで御者が言ってきた。「コットン男爵邸はここからどれくらい? だれかコットン男爵邸に救援の馬車を頼んで」
私は、近くにいた皇子軍の騎士にお願いをした。「ちなみに、あなたの馬車にはまだまだ乗られると思うけれど馬もあなたも疲れているだろうから、無理せずあなたのできる範囲で」
素人の机上の空論ではなく御者に任せようと思い直し、私はコットン男爵邸に救援を頼んだ。結局、動けないほどの重体である護衛騎士は16人で御者は6人を乗せてコットン男爵邸に向かい、
他、10人はコットン男爵邸の馬車に乗せた。「皇子殿下、侯爵邸の馬は傷を負いほとんど人を乗せられる状態にございません。どうか、手負いの騎士たちを皇子軍の馬にご一緒に乗せてくれませんでしょうか?」
私はライオットに丁寧にお願いをした。「了解した」
素直に聞いてくれた彼が指示を出すと、皇子軍の騎士たちは自分の前に侯爵邸の手負いの騎士を座らせコットン男爵邸に馬を走らせた。「エレナ、お前も乗れ!」
私は驚いて顔を上げると、何を考えているかわからないライオットの黄金の瞳と目があった。 私は、彼の前に座ろうとした。「後ろに乗れ」
なぜか、そう指示されたので大人しく後ろに乗った。「今、エレナって⋯⋯」
思わず、今尋ねるべきではない言葉をライオットに尋ねると決まりが悪そうにした。 「侯爵令嬢が呼び捨てになさったのでお返ししたまでです。」 私が?いつ?と思ったけど黙っていた。コットン男爵邸に到着する。
「皇子殿下!」
ピンク髪のレノアが駆け寄ってくる。 「殿下はお怪我は大丈夫ですか?」 慌てた様子に、レノアが心からライオットを心配する気持ちが伝わってくる。「俺は無傷だ」
ライオットが言うとレノアはホッとしたような顔になった。 「突然お世話になり申し訳ございません。コットン令嬢。エレナ・アーデンと申します。先に到着している私の騎士たちの状況を教えて頂ければありがたいです」 状況確認をしたくて、レノアに尋ねた。「あ、ご挨拶遅れて申し訳ございません。はじめまして、アーデン侯爵令嬢。レノア・コットンと申します。重体の騎士は1階の居間で治療中です。取り急ぎ治療に当たらせてもらってます」
レノアはしっかりした声で状況を説明してくれた。「他の騎士達は?」
重体とは言えない動ける騎士たちがどうしているのか気になった。 「骨折など比較的軽傷の騎士は奥の客間で重体の騎士の対応が終わり次第治療する予定です。」 優先順位をつけて対応しているということだろう。「では、救急セットや当て木など頂けますでしょうか? 軽傷の騎士の治療には私が先に当たらせて頂きます。状態が悪くなりそうな騎士がいた場合は居間に移動させます」
レノアは私の申し出に驚いたようだが、慌てて救急道具を用意するよう指示を出していた。
コットン男爵邸に移動する際、見渡した感じでは軽傷と感じる騎士はいなかった。しかし、戦争を経験してきたレノアからすれば頭から大量の血を流していようが骨が折れていようが動ければ軽傷なのかもしれない。
軽傷と判断された騎士も一度全員確認しておく必要がある。
隠れた損傷や、脳震盪を起こしてたり後で取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。 私は急いで奥の客間に向かった。騎士たちの治療をしながら、私は自分が医者になりたいと思ったきっかけを思い出していた。
♢♢♢
「お兄ちゃん、お夜食つくったのどうぞ」
まだ、私が小学校5年生の頃だった。
大学受験を控えた兄に家庭科の実習で習ったサンドイッチを持っていった。パンを切ってレタスやトマトといった野菜を挟んで、
教科書を重りにして作ったサンドイッチ。 意外にも美味しくて家でも作って兄に食べてもらおうと思ったのだ。大学教授である母はスイスで行われる学会に出席するため出張中。
父は病院からまだ戻っていなかった。 「おーありがとう。サンドイッチで賢さがプラス10は上がったよ」リビングに戻ってサンドイッチを頬張りながらニュースでも見ようとテレビをかけた。
「火事です、商店街が燃えています。消火活動が間に合ってません」「ここ、お父さんの病院の近くだ!」
私は気がつくと電車に乗ってサンドイッチを包んで父の病院に向かっていた。 今思うと愚かな判断。息を切らして病院に着くと、そこは戦場になっていた。
スレレッチャーで焼けただれた患者が次々と運ばれてくる。 父の姿を探していたら、看護師とぶつかってサンドイッチを落としてしまった。「院長トリアージ終わりました」
私は、顔を上げた。「院長、第一手術室お願いします」
院長とは父のことだ。 そこには必死に指示を出す父がいた。家では部屋で研究ばかりしていて、ドラマみたいに論文ばかり書いてる現場から離れた存在なのかと思っていた。
しかし、みんなに頼られ一人でも多くの患者と向き合う父を見て私は自分もそうなりたいと強く願った。 気がつくとサンドイッチを拾い集め家に戻っていた。あの場にいても邪魔になるだけだと分かったからだ。
今、自分にできることをしよう、医者になるんだ。 人を助けられる父のような医者に。しかし、両親が医者になってほしいと願ったのは兄だけで、
優秀な兄は予定通り東大に合格し医学部に進み、 ますます私の進路は両親にとってどうでもよいことになった。医者になるために東大は必須ではないが、
私は兄と院長を争うには兄と同等の大学に行く必要があると思ったのだ。人を助けるために医者になりたいと思ったはずなのに、
永遠に兄の影の人生を歩むことへの拒否感か、 名誉欲が強いのか私は東大を目指した。凡人の私が東大医学部を目指すのだから、それこそ何ふりかまわず勉強した。
それでも、女子トップと言われる中高一貫校には落ちてしまい、 家から程近い共学の進学校に通った。日本のトップの中高一貫校が大体男女別学なのは、男女の交友関係が受験に障害となるからだろう。
そのようなものは、自分で排除して恋愛などは大学受かるまでは絶対しないと誓った。兄のような天才ではない私は受験勉強も辛く、大学に入ったら遊ぶことが目標になってしまっていた。
しかし、今、傷ついた騎士たちを前にして、本当の目標は1人でも多くの患者を助ける医者になることだったことを思い出した。 もとの世界に奇跡的に戻れたら大学でしっかり勉強しようと私は思い直した。恐縮する騎士の体を拭き消毒し、折れた足に当て木をしていると上から声がしてきた。
「エスパル王国の戴冠式に行かなきゃいけないんじゃないのか?」
少し困惑するような黄金の瞳が私を覗き込んだ。「こんな状況で行けるわけありません。皇子殿下こそ、なんの用事であんな場所にいたのですか?」
また、私を追っかけてきたわけでもあるまい。「エスパル王国が攻めてくるという情報があってな、急ぎ制圧してくるよう皇帝陛下からおっ達しがあったんだよ」
エスパル王国が恐ろしくなった。客人を呼んでおいて、同時に攻めてくるなんて非常識だ。
「戴冠式のタイミングでですか?」 ライオットからすれば、エスパル王国の動きは想定の範囲内なのだろうか。 「常に帝国の侵略を狙っているエスパル王国からしたら比較的丸腰の人質候補がそちらからやってくるんだ。狙いどきだろ」「アランは大丈夫かしら。」
要人を人質にするなら、皇太子であるアランを狙うだろう。 「侯爵令嬢は大丈夫ではありませんでしたね。」少し意地悪な顔をしてライオットが言った。
「私は大丈夫です」彼が助けに来てくれたおかげで、怪我もなく助かったのは事実だった。
「どうします? その血だらけドレスで会場にいってみんなを驚かせますか?私の軍隊をお貸ししましょうか?」 からかうようにライオットが言ってきたので無視してやった。それにしても人を招待しておいて、騙し討ちのような真似。
怒りで震えがとまらない、その怒りを必死で抑える。 アランの状況も気になるし、素人の私がここで治療にあたるより立場を生かして外交してくるべきかもしれない。 「エスパル王国に向かいます。馬を貸して頂けますか?」結局、コットン男爵邸の馬車とレノアのドレスを借り私はエスパル王国に向かった。
「ドレス、いつにも増して似合わないですね。」 ライオットが馬車に並走にしながら話しかけてくる。彼は以前ドレスネタで、私に撃退されたことを忘れてしまったのだろうか。
それとも、また私に同じ返しを求めているドMなのだろうか。「春らしくピンク色で素敵でしょ」
そういって私は勢いよくカーテンを閉めた。レノアのドレスは私には丈が短かった。
彼女の髪色にあった淡いピンク色のものが多かった。 自分には似合わないとわかっていても、桜を思い出させるその色は懐かしく気に入った。レノアは恐縮しながらも快くドレスを貸してくれた。
ヒロインに相応しい、優しい人柄。 疲れている時にふわふわなお布団みたいに包み込んでくれるような性格。ライオットも彼女のそんなところを好きになったのだろう。
だからといって、レノアのように振舞いたいとも思えない可愛くない自分。 心にチクリとトゲが刺さった気がした。「アーデン侯爵令嬢、リース子爵がいらっしゃいます。」特別席で舞台の余韻に浸っていると、先刻席を案内してくれた男性が小走りで来た。オレンジ色の髪に緑色の瞳をした真面目そうな好青年が入ってきて私に挨拶する。「アーデン侯爵令嬢に、エドワード・リースがお目にかかります。」そう言って目の前に跪いてきた。この挨拶の仕方って皇族に対する挨拶の方法だと記憶している。エレナが来月には皇后になるから、こんな丁寧な挨拶をしてくるのだろうか。それにしても、いかにも悪そうな守銭奴リース子爵の息子がこんなに好青年だとは驚いた。「あの、こちらにお座りくださいな。」私は空いている隣の席をリース子爵に指し示した。「恐れ多いです。立場はわきまえております。」彼は跪いたまま、メモを取り出した。リース子爵はこの領地では領主であり、威厳を保った方が良いと思うのだがこれで良いのだろうか。しかし、リース子爵の視線から私の言葉を今か今かと待っている期待感を感じたのでこのまま続けた。「まず、年間パスポートをやめてください。園内の混雑の割に収益が取れていません。」そう、年間パスポートの時間のあるおばちゃん達が毎日来てしまっている可能性が高い。そうすると他の客が園内の混雑に思ったような満足度が得られなくてリピートしてしまわなくなってしまう。それに、年パスのおばちゃん達は既にこの園に来るのがライフワークになっている。日本のお年寄りが整形外科に行くのをライフワークにしているのと一緒だ。だから、年パスがなくなることで毎日は来なくなるだろうが、週に1回はどうしても来てしまうだろう。だから年パスをなくしてしまった方が年間にすると彼女たちから多くの金額を搾取できる。「最後列の席を除いて、他の座席は有料にしてください。」全ての座席を無料にするから、1部も2部も見ようとして席をずっと陣取ってしまう人間が出て来るのだ。そのことで、人員を整理する人を置かねばならず人件費がかかる。入園料だけで舞台を見られるというのは、オ
ダンテ様は妻の洗脳を解きたくてランチの約束をしたのにふらついたり、私に必要以上に迫ったりしてきたのではなかろうか。正直妻と約束があると言いながら、彼の自由な行動に驚いてしまった。私を膝の上に抱っこしている時に妻が来たら修羅場展開になると思った。でも、彼の妻は明らかに私の反応しか気にしていなかった。そう思うと少し彼が可哀想になった。今回の旅ではエレナの父であるアーデン侯爵も帯同していて、しっかり団長として指示をだしていた。世界がほぼ帝国支配になったことで、他国との戦争もなくなり、今の騎士団は、災害時の人道支援などを行なっていて、日本の自衛隊のような役割をしている。「今なら、ライオット様も帝国で幸せに暮らせたでしょうにね。」私は思わずレノアに漏らした。「皇帝陛下は帝国にライオット様を戻す予定だったとエレナ様はおっしゃってました。」レノアは寂しそうに私に言って来た。アランは自分の管理する帝国こそに幸せがあると思っている。小さい頃から当たり前のように仕事をしてきて、ダラダラするという至上の贅沢を知らないのだ。人に自分の価値観を悪気なく押し付けてしまっている。でも誰より必死に働いている彼を見たら彼の理想を応援したくなってしまう。騎士団は普段から厳しい訓練をしているようで、前はへらへらしているように見えた侯爵家の騎士団も、自信がついてキリッとしていた。一反木綿のようだったエアマッスル副団長も、たくさん筋肉を付けてがっしりした体つきになっていた。夕刻、菜の花畑に囲まれたガーデンステージでアランとエレナをモデルにした演劇が行われた。日本にいる本物のエレナ・アーデンを思うと悠長に演劇を見る気にはならなかったが、額縁に飾られた皇帝陛下から頂いたお手紙とやらを見せられ半ば強引に見ることになった。「素晴らしい脚本に感動した。いつか、皇后と観覧したい。」といった旨が書かれたアランの手紙。こんな観光地の演劇までチェックしているなんて本当にまめで感心する。演劇は植物園
皇宮を出発し、2週間がたった。対外的には未来の皇后の帝国領視察となっているこの旅だが、道中、驚きの連続だった。以前この世界に転生した時は、首都を出た途端、貧民街が広がっていて、身分社会における貧富の差を強く感じた。しかし、この2週間様々な領地をみたが、どこも豊かでにぎわていて、人々が生き生きしていた。アランとエレナの肖像画が様々なところにか飾られていて、みんなそれを羨望の眼差しで見つめていたり、拝んでいたりした。エレナは皇帝の寵愛を一身に受ける絶世の美女ということもあってか、全女性の憧れの的で、私の姿を見て感動で泣きだす子もいた。ちょっとしたスターになった気分だ。ライオットとエレナがお似合いと昔は言われていたらしいが、アランとエレナの二人は絶世の美男美女である上、金髪、銀髪で華やかで、思わず手を合わせてしまうお似合いっぷりだった。私はとにかく馬車の中でこの6年間変わったことを勉強した。この世界に2度目ともなると馬車も慣れてきた。「帝国法、ほぼ全編変わってる。こんなことありえるの?」帝国の要職は4年ごとの試験によってのみ選ばれて、全帝国民が出身、身分、経験関係なく受けられるらしい。「徹底した能力主義だ。エスパル出身のダンテ様が宰相になるわけだ。」「帝国民は全員納税義務の就労義務があるだと、専業主婦はおろか、定年退職も、生活保護もないってすごくない。ニートの存在認めないんかい。」帝国民は学校の紹介や、試験によって適職を紹介されるらしい。ちなみに全ての学校は国営で試験も国によるもの、だから全てを皇帝陛下の判断に委ねている。仕事を辞めると、すぐに次の仕事を紹介されるらしい。「だから、廃人臭漂うクリス・エスパルは人の来ない図書館勤務だったのか。あんな人からも税金絞りとるとか凄いな。」でも、完全ニートになるよりは少しでも社会にコミットさせた方が、人々の満足度は高くなるのだろうか。6年前より、世界の人たちが生き生きしている。
その時、頭の中でカルマン公子の声がした。「本当にそれで良いのですか? 彼は脱獄を手引きしたあなたが兄に特別な感情を抱いていると思っていますよ。そんなあなたの言葉が彼に届きますか?」「アル、今あなたの兄のライオット様は私の世界いるの。今、この世界にいるライオット様は私の世界の作家さん。」アランが訝しげに私を見た。「前に話した通り私の世界には身分制度がないの。彼はだからそういう世界の話を書いてしまったのだと思う。」ナイストス!カルマン公子。私はまた間違った発言をしてしまうところだった。カルマン公子は私の罪悪感が作り出した心に棲みつく亡霊かと思っていた。実は愚かな選択をした私を哀れんだ神が与えた私のナイトヘッドに棲む妖精なのかもしれない。どうせなら、ダンテ様に話しかける前にも出てきてほしかった。「こんなところに1人で歩いている男に話しかけても良いのですか?私を追いかけた時の不注意を忘れたのですか?」カルマン公子がこんな風に話しかけてくれれば、私も踏みとどまれたのに。もういつでも出てきて良いから、公子と一生を共にすると約束するから私の愚かな行動を事前に止めてくれ。「それでも、僕は皇帝だ。帝国を少しでも害する可能性があるなら、たとえ兄上でも始末しなければならない。」アランはものすごく苦しそうだった。おそらく帝国もライオットも大切にしたいという思いがあるのだろう。なぜ、彼はここまで気負っているのだろう。皇太子時代は超効率厨で仕事は短く済ませて祖父や母と食事をしたり私とおしゃべりばかりしてたはず。世界全部が帝国みたいな状態だと、さすがの彼もチェーン店を広げすぎた社長のように余裕がないのだろうか。「私がアルのエレナに体を返すヒントを彼が持っていると思うの。だから、ロンリ島の彼のところに私が行って、今、彼の作品の危険性についても言及してくるよ。」アルは静かに私の話を聞いているが、フラフラしていて今にも倒れそうだ。私は雷さんと話す必要があると思った。ダンテ様は明らかにライオットの中に他の人格が
あたりを見渡すと、本を整理している水色の髪を見つけた。「クリス・エスパル様ですか? エレナ・アーデンと申します。」ダンテ様に対して初対面で爽やかな印象を持ってしまったのは水色という爽やかなイメージの色のせいだと思っていた。でも、クリス様の水色の髪や瞳は神聖な印象を私に与えてくる。儚さもあり、この世の人ではないみたいな感じだ。彼を殴れる気がしない。圧倒的なサンクチュアリーな雰囲気、彼を殴った途端神々の怒りをかいそうだ。「何かお探し物ですか?」落ち着いた低い声でクリス・エスパルが尋ねてくる。「クリス様にお話があってきたのです。少しお時間よろしいですか?」三池と全く正反対でおしゃべりではないようだ。必要以上のことを話そうとしない。「クリス様は国王としてのお仕事はもうなされないのですか?」いきなり核心的な質問をしてしまっただろうか。彼の反応を伺うと目の前にある椅子を無視してゆっくりと床に体育座りをし、無表情に虚ろな目でこたえてきた。「エスパル王国はなくなって、現在はレオハード帝国エスパル領になっております。今はどこかの伯爵様か誰かがおさめているような気がします。」地図を出しながら、どこか他人事のように話してくる。地図に目を落として絶句した。エスパル王国どころか、地図上の全ての国が帝国領になっている。これは権力欲なんてなさそうだと思っていたアランの仕業?「図書館の管理をしていると伺いましたが、それはどうして?」恐る恐る尋ねた私にクリスは静かに答えた。「エスパル王国が帝国領になった際、皇帝陛下が私に尋ねました。私に帝国の爵位を与えるのでエスパルの領地を治めないかと。」クリス様が淡々と続ける。「私は悩んだ末、断りました。今は疲れて休みたいと申しました。すると、皇帝陛下が何か好きなことや興味のある事はあるかと尋ねました。」彼は昔を懐かしむような遠い目をしながら続けた。「私が本が好きですとだけ答えると、皇帝陛下から「いにしえの図書館」の
「私は1人で彼と会うつもりです。彼はあなたの夫の国の王だった人です。私は彼を信じています。信頼される人間かどうか相手を疑うのではなく、まずは自分が信じたいと真心を伝えなければ相手も心は開いてくれないはずです」私は彼の妻に向かってダンテ様の付き添いを断る旨を伝えた。「エレナ様、私が浅はかでした。深い慈悲深い心、私もいつかエレナ様のようになりたいです」彼の妻は感動しているようだった。彼女はおそらくエレナ・アーデンにかなり心酔している。新婚の夫が側にいるのに意識がエレナ・アーデンにどう思われるかにしか気持ちが向いていない。ダンテ様がアランがエレナを洗脳しているようなことを負け惜しみで言っていたが、やはり洗脳が得意なのはエレナだ。彼の妻の様子をみるに、教祖エレナ・アーデンを崇拝する信者のようだ。「2人のうちの1人はクリス・エスパルでしたか。」ダンテ様の呟きに思わず私は彼を凝視した後、自分の失敗に気がついた。私が誰も連れず、クリス・エスパルと会おうとしたことから彼はクリス・エスパルが私の世界と関係がある人だと推測したに違いない。私は驚きのあまり彼の発言に肯定とも取れる表情を彼に向けてしまった。私が好きな人がクリス・エスパルに憑依したことがある人間だとバレてしまったのだろうか。ダンテ様は言動や表情、目や耳から入る情報から推測し、その情報を相手に問いかけ反応から推測の確定を出しているのだ。なんとなく分かっていたのに、私は彼の推測が正解である表情をしてしまった気がする。もう、ここは彼のつぶやきなど聞こえなかったふりをして無視して話をすすめよう。「新婚なのだから、2人の時間を大切にして。久しぶりに皇宮の外に出て、このままデートしたらどうかしら。仕事のことは任せて。幸せな2人を見せてくれることが1番の仕事よ。」私は微笑みをたたえながら言った。とにかく、ダンテ様は遠ざけた方が安心だ。私は彼に多くの情報を与えてしまった。彼がたくさんの自分のことを話してくれるので気を許してしまった。今、思えば彼が話した情報は家