「私は許さない、今生こそは悪女として生き延びる」 始まりは、いつも王国歴五百六十八年四月十五日。 主人公の公爵家令嬢ガネーシャ・ダント・フォクステリアは十四歳。父からファルス子爵家より異母兄妹を引き取る事にしたと告げられて、反発と抵抗の為に絶食を続けて二週間が過ぎた時。 そこから何度生き直しを繰り返しても、最後は十六歳の終わりに悪女と罵られ、果てに魔女として火刑に処されてしまう。 今回も同じ結果だった、そう絶望するガネーシャに異母妹のダリアが囁きかける。 それは、ガネーシャに復讐を誓わせるに十分な言葉だった。 火刑に処され、また生き直しが始まったと知るガネーシャは、いつもの繰り返しとは決定的に違う状況を知る事になる。 復讐の為に異界の者と手を組み、善良な令嬢として振る舞いながら、ダリアを超える悪女になって彼女を火刑台に送ってみせる──そう心に決めるガネーシャ。 一方でダリアもまた、忌まわしい行動によってガネーシャに立ちはだかる。 母の異なる姉妹による、駆け引きと水面下での戦いの結末は? うんざりする程まで処刑されてきたガネーシャが、新たに生きる人生は? 悪女として生きる事も恐れない乙女の快進撃。
View More「ガネーシャの妹への虐待は目に余るものがある。私はここに、ガネーシャ・ダント・フォクステリアとの婚約を破棄し、ダリア・ダント・フォクステリアと婚約する事を宣言する!」
国王や王族も出席しているパーティーで衆目が集まる中、王太子のウィリード殿下による宣言は雷のように轟いた。 「そのような事実はございませんし、わたくしは潔白ですわ。──つまり、王太子殿下は国を背負う身でありながら、私欲を優先なさると仰るのですね。わたくしが王太子妃教育を受けている間、逢瀬を重ねて享楽にふけっていた事実は皆さまご存知でしょうに」 私は悠然と構えて言い返した。この日の為に全て準備してきたのよ。 「なっ……何を愚かな!己の身の程も弁えず私を貶めて保身に走るつもりか!」 反撃は予想していなかったようだわ。でも、自分の置かれた立ち位置が分かっていないようね。ウィリード殿下の傲慢な発言に、周りにいる貴族達は囁きを交わし合っている。 「王太子殿下は婚約者がありながら、しかもその婚約者の妹君と頻繁に会っていらしたとか……」 「その妹君も、果たして王太子妃に相応しいのでしょうか?私は彼女がガネーシャ嬢を貶めているというお話をサロンで聞いてまいりましたわ」 「しかも未婚の身ですのに王太子殿下といかがわしい事をなされたとか」 「私も聞き及んでいます。貴族の令嬢にあるまじき振る舞いをされて、姉君のガネーシャ嬢がなされたかのように吹聴したと」 「ガネーシャ嬢は王太子妃教育と慈善事業に励まれておいででしたのに、ダリア嬢は姉君の婚約者である王太子殿下に、はしたない態度で迫られておいでだったと聞いていますわ」 「貴族の義務も果たさず、あろう事か姉君の婚約者を略奪しようなどと……しかも毒を盛ろうとした噂もあるではないですか」 「何て恐ろしいんだ。到底信じられん事だな」 「フォクステリア家から流れてきたメイドが話していたから信憑性がありましてよ」 聞こえてくる言葉は全て、私の味方をする声ね。根回しは成功したようだわ。ダリアがうろたえて色を無くしているわね。 ダリア。あなたの手足となっていた存在はもういないわ。あなたの唯一無二だった手駒は私達によって葬られたのだもの。 「失礼致します。よろしいかしら?」 私は淑女らしく純心を装って一歩前に出た。 ──来た。ついに迎えたわ、この時を。 私は様々な白い生地を重ねた上に銀糸で刺繍を施したドレスを戦闘服にして十七歳のデビュタントに挑み、そして勝利したんだわ。 私の淡い金髪はこの夜の為に格別に手入れされて、上質な絹糸のように艶めき、ラベンダーアメジストを思わせる瞳は輝いて理知と神秘をたたえ、白い肌は真珠のごとく映えていると自負している。 断罪されてきた哀れな私は、もうどこにもいない。 私は満ち足りた思いで口を開いた。 「王太子殿下ならびに王室の皆様に申し上げます」 ここからは私が全てを握るのよ。 「王妃たる者、王が道を誤れば正す鞭となり、国が危うくなれば護る盾となり剣となり、常に国と国民の為を思う母となり、愛し守り慈しみ育むべき者でございます。それは険しい人生でございましょう。しかし、わたくし、ガネーシャ・ダント・フォクステリアには覚悟というものがございます」 妹のダリアが歯を食いしばり、顔を悔しげに歪めるのが視界の端に映っている。 そうよ、その顔が見たかったの。 だから私は死の淵から時を超えて戻ってきたのよ。業火さえも私の無念は燃やし尽くせなかったの。 どれだけ繰り返しても、辿り着けなかった舞台。そこに今立てているという歓喜に血が騒ぐわ。 王太子妃、未来の王妃になるのは私よ、ダリア。 あなたは私を謀略して破滅させようと頑張ったけれど、私は全てを見透かしているもの。 「ガネーシャ、胸もとに手をあてて。そこにエネルギーを集めてから溢れさせるイメージで」 私にしか見えない、私の味方──時空を司る異界の者、ベリテが耳もとで囁きかける。 私は一度まぶたを伏せて言われた通りにした。 手をあてた胸もとでは、鼓動が力強く脈打っているのが分かる。 その力、今ここで解放するわ。 過去に悪女として死んでいった私が、この瞬間から聖女として生まれ変わるのよ。 体があたたかい光に包まれるのが分かり、私は微笑んでから、貴族や王族の集まるダンスホールに黄金の光を解き放った。 「これは……まさか……王国に伝わる、導きの星の光なのか?!」 「あれは国難に見舞われた時に顕現する聖女様の力のはず……」 「眩しい、直視出来ない……!太陽みたいな明るさだわ」 皆が口々に騒ぎ立てる。眩しいのも当たり前よ。力を見せつける為に、わざわざ光の力を選んだんだから。 前世で私を踏みにじった奴らが集まっているもの、光でこんがり焼いて豚の餌にして差し上げたいけれど、ここは生き証人になってもらうわ。 王家の長子であるウィリード殿下はもちろん、国王夫妻に他の王子達、王女達や王族全員が目の色を変えているのが痛快だわ。 貴族達は皆、驚きのあまり品も格式も忘れて歓声を上げているし、明日の新聞の見出しは決まったわね。 ふふ、それにしても白いドレスを選んで良かった。光がより一層映えるもの。私を神々しいと讃える声が耳に心地よい。 「ダリア……わたくしは、あなたを忘れないわ」 ここからがラストスパートで、そして復讐の始まりよ。 「わたくしの可愛い妹であり、わたくしに向けられた刃である、あなたを忘れない事で償いにして頂くわ。あなたは生涯をかけて跪き祈り償うのよ」 「……ガネーシャお姉様?何の事ですか?」 声が震えているわ、ダリア。高笑いを堪えるのもきついわね。ああ、お腹を抱えて笑いたい。 「あなたの罪深さは、あなたを姉として正しく導けなかった、わたくしの責でもあるわ。だから……償う為の命を、あなたに残してあげると言っているの」 些細な悪意ある悪戯から始まって、憎悪に駆られた重罪まで、私は意地悪く優しく導いてあげたもの。 証拠も押さえてあるから、ダリアが落ちぶれてゆくさまを楽しく見ていられるわ。 ダリア、私の腹違いの妹。お父様の愛人の娘。貧しいファルス子爵家の一人娘から生まれた可哀想な子。 私は散々慈しんであげてきたもの。 「ウィリード殿下……いえ、ウィリード王太子殿下の仰せになりました婚約破棄と、ダリアとの新たな婚約を、わたくしは聖女として見過ごす訳にはまいりませんわ」 「え?あ、ああ……あれは……」 まだ光を放つ私に呆けているウィリード殿下に向かい、淑女然とした笑みをたたえて見せる。 「わたくしは、ここに宣言致します。国の聖女として、我が身の力を未来の王に捧げると」 どこからともなく始まった拍手は広がり、ダンスホールは割れんばかりの拍手と、そして目がくらみそうな目映い光に包まれた。 これが本当の私。聖女として覚醒する十七歳を迎える事の出来た、私の本当の人生。 せいぜい謳歌させてもらうわ。 過去に私を魔女と言い広め、火刑台に上がらせたダリアを好きに扱い、可愛がりながら。 「ウィリード、ガネーシャ公爵令嬢との婚約破棄だが、王太子とガネーシャ公爵令嬢の間で結ばれた婚約を反故にする事を我は認めぬ」 王様が重々しく告げる。 「身勝手な振る舞いで人心を乱した事は身をもって償わせる。いいな?」 「父上……?!」 国王にここまで断言されても慌てるしか出来ないだなんて……。このお馬鹿さんも、これから調教しないといけないわね。 まあ、それも必要ないかもしれないけれど。 王様が言葉を続ける。 「導きの星の光、聖なる乙女が力を発現させた今、我が国の未来は、かの乙女を王室に迎え入れる事により担保される。王太子と乙女の破棄なき婚約を改めてここに告げる」 私を利用する気なのが、ありありと見てとれる言い方ね……まあ、私も利用するからお互い様よね。 「ありがたき幸せに存じますわ、王国の沈まぬ太陽に心より感謝申し上げます。わたくしは王国に与する事を誓います」 それにしても、光が収まらないわ。私の力はそんなに強いものなのかしらね?光につられて蛾が寄って来そうで嫌だわ。 ──ちょっと、ベリテ。この光を何とかしてくれる? 心の中でベリテに語りかける。自分で自分の光に目はチカチカするし、もう十分に周りを味方につけられたでしょう。 「ん、分かった。──はい」 ──ありがとう、ベリテ。 ベリテが指を鳴らすと、私から放たれ続けていた光が消えてゆき、ようやく普通の公爵令嬢らしい姿に戻れた。 光に熱が無くて良かったわ、でなければ今頃全身汗まみれよ。せっかくのお化粧も台無しになるわよ。 「悲しいけれど、ダリア。……あなたには重ねた罪を認識してもらわなくてはならないわ……わたくしを陥れようとした事は瑣末事よ、けれど口にするのも恐ろしい罪は……」 王室の地下牢はまだ使えないわよね。貴族の監獄に入れてもらうしかないかしら。 「何でですか……私は……ただ、ウィリード様に相応しいのはガネーシャお姉様ではないと言われ続けて……」 「甘言に騙された?それは結果論でしかないわ、ダリア。結局はあなたが動いたのよ?」 影で私が暗躍している事にも気づかずにね。 「くっ……私は、私は悪くないです!私は騙されて操られていた被害者なんです!」 「操られて重罪を犯せる心理が分からないわ、善悪の判断もつかない程に幼かったなんて……ダリア、あなたには公爵家が教育を施したでしょう?理解出来ないくらいに不出来な娘でしたと喧伝しているようなものよ?」 ダリアったら、少しつついたら顔を真っ赤にしているわ。本当に可愛くて愚かな子。 こんな愚かな子に陥れられた前世の私は何だったのかしら──私はダリアを楽しく眺めながら、前世の記憶を思い返したわ。 悪女として、魔女として火あぶりになり散った前世の全てを。ダリアはさっそくベリタに目くらましをかけてもらい王太子殿下に会いに行ったわ。 お父様もすっかり騙されていて、「ガネーシャが王太子殿下と相互理解や親睦を深められるなら」と馬車を出させた。「これは、ガネーシャ様。王太子殿下でございましたら、今は自室にてお過ごしにございます」「そ、そう。──王太子殿下とお話しがしたいのですけれど、人払いをして下さるかしら?」「ここのところ、殿下は荒れておられまして、自室では物に当たっておいでですので……お気をつけ下さい」「私なら大丈夫ですわ」周りには完璧に私だと見えているようね。「──王太子殿下、私でございます」ダリアは不躾にドアを開けて、部屋に入っていった。当たり散らした物が散乱して、ひどい有り様だったのには面食らったようだったけれど、王太子殿下がダリアを見た瞬間、態度をがらりと変えた事で気を取り直したようね。「誰だ?──君か、なぜここに……いや、それよりも会いたかった……!」王太子殿下にだけは真実の姿で見える。他の者には私にしか見えないから、「あれだけ冷遇してきたガネーシャ様に……」と熱烈な歓待に驚きを隠せない。「私もお会いしたくございましたわ……その為に無理を押して参りました」「──お前達、何を呆けているんだ。早く退出して私達を二人きりにさせろ!」「は、はい。申し訳ございません。午後の執務まで、どうかごゆっくりなされて下さいますよう」「午後の執務はウィンリットに回せ。そのような事よりも、彼女が逢いに来てくれて共に過ごせる時間の方がよほど有意義だ」「ですが……」「二度言わせるな。──早く行け!」「……はい……失礼致します」魅了をかけられる前から賢明とは言えなかった王太子殿下だけれど……よりによって第三王子殿下に仕事を押しつけるとは愚行を極めてる。第三王子殿下もまた、王妃殿下がお生みになられた嫡子なのだから。──それは
ダリアはさっそく王太子殿下に泣きついたらしい。ダリアの誕生日パーティーから数日後、王太子殿下とお茶を頂く席で、私は立たされたまま散々罵倒された。「お前、せっかくのダリアの誕生日パーティーに、ダリアに対して悪意的な人間ばかりを招待して、彼女に恥をかかせたそうだな!何という悪女なんだ、ダリアは心から悲しみ、孤独で身の置き所もなかったと涙を流したんだぞ!」──私には贈り物だなんて考えた事もないくせに、ダリアに分不相応な贈り物をしたからでしょうが。私とダリアの立場の違いを弁えられないとは、全く悪魔の魅了も大したものね。「姉として祝うべき身が、妹を虐げる!それが高位貴族の令嬢として正しい行ないか?!恥を知るがいい!──破廉恥な令嬢だと心ない言葉を囁かれるダリアが、あまりにも憐れではないか!それも全てお前に謀略されたゆえの事、到底許されるものではない!」ダリアが破廉恥と言うなら、そう言われる原因はダリア本人が作ったものだもの、私は堕ちてゆくダリアを見ているだけで、手をくだしていないわ。「──もう腹黒い貴様とは少しの時も共にする気はない!今後は定められた日に登城しても、閉ざされた温室で一人過ごすがいい!ゆめゆめ私が捨て置く事を吹聴して同情を買おうなどと、恥知らずなまねはするな、いいか?!」「──かしこまりました。己を戒め、身を慎もうと存じます」──初顔合わせの時から私を嫌悪しているようだった上に、悪魔の魅了まで加わった今では、成り立つ会話なんて何もないわね。従順なふりをして、好きにさせておけばいい。王太子殿下は荒々しく立ち上がると、こちらを一瞥もせずに足音も荒く立ち去った。──国王陛下や王妃殿下の耳にも、いずれは入るでしょう。その時が見ものだこと。魅了されているとはいえ、婚約者のいる王太子殿下ならば、立場の重さが彼を許しはしないわ。いずれ、何らかの叱責なり責任を取らされるなりするはず。私は立ち尽くしていても仕方ないので、早々に屋敷へ戻った。それから週に一度、私は王宮の温室で一人のんびりとお茶を頂くようになった。──すると、これまではお茶のみで茶菓子なんて出た事もなかったのに、必ず私が好みそうな茶菓子が添えられるようになったのよ。「そこのあなた、これはどなたのご配慮なのかしら?」「それが……第三王子殿下が、せめて少しでも心が癒されるようにと気配り
ダリアに公爵家から追い出されたメイド達には、用意した家で数日休ませてから紹介状を用意してあげて、高位貴族の屋敷で働けるように手配した。私が紹介したどの屋敷にも、社交界で発言力のある夫人あるいは令嬢がいる事は、言うまでもない事よ。まずは使用人達の間でダリアについて広まれば良い。そうすれば、いずれはお仕えする主の耳にも入るから。こうして、裏で手を引いていると、案の定ダリアの暴挙は陰で広まりを見せたわ。「お聞きになられて?ガネーシャ様の妹君は、使用人にひどい扱いをなされているとか……」「私も聞き及んでおりますわ。侍女につらく当たって、紹介状もなしに追い出してらっしゃるとか」「──どうやら、その哀れな侍女達に勤め先をお与えになられているのが、ガネーシャ様だとか」「まあ、何とお心の優しいこと。ご自分に仕える者でもございませんのに、慈悲深いのですね」「そうですわね、それに比べてダリア様は……言うのも憚られますけれど……王太子殿下と格別に親しくなされておいでだとか。王太子殿下にはガネーシャ様というご婚約者がおりますのに」「姉君のお相手を奪うとは、恐ろしい事ですわ」もう、こうなるとダリアは孤立無援よ。さらに態度を悪化させて、侍女に当たり散らす事でしか鬱憤を晴らせない。それが、自分の首を絞めてゆくとは思い至らないのね。私は内心で小気味が良いと嘲笑っていたけれど、ある日の晩餐で、ダリアが不仲になりつつあるお父様に甘えた声を出したわ。「……お父様、私も十五歳の誕生日を控えております。ささやかなお祝いのパーティーをと願っておりますの。そこでお友達が出来ましたら、どれだけ嬉しい事でしょう」正直、お父様は私の婚約者に手を出したダリアを、徐々に醜聞を撒き散らす家の恥と思い始めている。かといって、あからさまな冷遇をしても、それは醜聞になってしまう。それは頭痛のたねだけれど、ダリアに王太子殿下の寵愛がある以上、致し方ないようね。「そうか、お前にも友人は必要だろ
夜を迎えて、私とベリテは白い世界からダリアの部屋を見下ろしていた。「……なるほど。ベリタにはダリアの穢れが宿っているみたいだね」「穢れ?」「うん、血の契約に不都合があったんだろう。──疑問だったんだ、なぜベリタの顔に黒い染みがあるのか」「その黒い染みは、なぜベリタに出来たのかしら?ダリアの穢れで悪魔が影響を受けるだなんて、理解が追いつかないわ」「ああ、正確には、ダリアが召喚に穢れた血を使ったんだよ。でも、何に穢れたのかまでは分からないな」「……だけど、それによってベリタは、本来の力に枷がついているのよね?」「ご名答。ダリアの愚かさが僕らを優位に立たせてくれる」詳しい事は分からないまでも、ベリタの力が削がれている事と、結果として将来ベリタを倒すのに有利な状態なのだとは分かるわ。今はまだ、私が聖女として覚醒していないから時期の到来を待つしかないけれど……その間にも、やるべき事はあるもの。「……幸い、ダリアは私のせいで血を使った洗脳も出来ないし……私という婚約者がいる王太子殿下に手を出してくれた。腹違いとはいえ、姉である私の婚約者にね。ダリアを陥れるのに利用させてもらわないと」「そうだね、時を戻す前の君はダリアの策略にはまったけど、今は違う道を歩めてるよ。逆にダリアは悪手を打って──味方になる令嬢も作れない」「そうね」それに、ダリアの実兄であるマストレットは、もはや有益な手駒としての使い道もないのよ。頼れるのは王太子殿下のみでしょうけど……彼もまた愚かだもの。「──足場を固めて、とことん落としてやるわ。ダリアはもちろん、王太子殿下も」その為になら、私は時を待てるし耐えられる。心に決めて、元の世界に戻った私はベッドに横たわって目を閉じた。朝になれば、定められた王太子殿下との面会がある。週に一度、二人でお茶を頂く事は──私から放棄する訳にいかない。何しろ相手の立場は王太子だし、交流を深めて信頼関係
程なくして、ダリアがマストレットに悪魔の力を使った事を、私はベリテと共に白い世界で知る事となった。「お兄様、私を見て?……そう、目を合わせて……ほら、お兄様はお姉様の事が欲しいのでしょう?私はお兄様を応援するわ。それが私の幸せに繋がるのよ。……私の幸せの為にも、お兄様はご自分の欲望に従ってちょうだい。出来るわよね?」妖しく光る眼に、怪訝そうな表情を浮かべて見ていたものの、それは虚ろなものへと変化した。「私の欲望がお前を幸せにする……罪もお前が幸せになるなら、私は……」マストレットは、あっけなくダリアの手に落ちたようね。そうして、私はウィンリット王子殿下から頂いたブローチを常日頃身に着けるようになったのよ。効果は確かなようで、マストレットも私に魔の手を伸ばそうとがむしゃらに接触を図り出した。でもね、彼は毎回あえなく敗残している。悪魔の力で動いているのは分かるのだけど……悪魔の力は、残念ながら影響を及ぼすだけで、能力は与えないのだと知るのに時間はかからなかった。マストレットは、口ごもりながら言葉を絞り出してきたのだけど、それがお粗末で──このような感じだった。──「ガネーシャ、私と二人で書庫に行かないか?ええと、その、学びになる書物を読めば、人生の肥やしになるだろう?」「お兄様はお父様から鍵を与えられて許された身でございましょう?それに、学ぶのでしたらお一人で行かれた方が読書に集中出来ますわ。後継者としての学びの邪魔は致しません」──「ガネーシャ、そのドレスは初めて見るな。新しく作らせたのか?ダリアのドレスと趣きが全然違っている。……まあ、何だ、いかにも高位貴族の令嬢らしいドレスだ」「このドレスはクローゼットにございましたものですのよ。私は貴族の娘として品位は重んじますが、豪奢なドレスは好みません」──「ガネーシャ、今日は天気も良い。中庭で一緒にコーヒーを飲まないか?兄妹水入らずで飲むコーヒーは格別だろう」「あいにくですが、風が冷たいものですから遠慮させて下さいませ。冷えは女性の大敵でござ
王太子殿下とダリアの仲は、私という婚約者を差し置いて浮気している後ろ暗さを超えて、熱愛と言ってもいい程になったわ。もっとも、ダリアは打算的に王太子殿下を操っているのだけれど、悪魔の力で魅了された王太子殿下は「ダリアと出逢えて真実の愛を知った」とのたまう程、骨抜きにされている。もう、本音は可愛げがないと思っている私よりも、媚びて甘えるダリア可愛さに目がくらんで、ダリアと婚姻を結びたいところでしょうね。ダリアも後ろ指をさされているのに、王太子殿下をウィル様と親しげに呼んで、はばかる事を知らない有り様だもの。でも、王太子妃に必要な教育どころか、貴族令嬢としての教養さえもダリアは身につけていない。お父様がウィリード王太子殿下の希望に合わせて、私からダリアに婚約相手を変更したところで、ダリアには王太子妃としての素養がないのよ。一国の王子の正妻は寵愛を受けるだけで務まる程甘くないもの、国王夫妻もまず許さないでしょうね。かと言って、まだ聖女として覚醒していない私では出来ることも限られる。魅了も解けない。けれど、ベリテがいてくれる。ベリテは私に的確な情報と指南を与えてくれるから、とても頼もしい。屋敷の私室で人払いをして、私は彼と話し合った。「ベリタの魅了の力は、年に一度、相手も一人に限られる。となると、ダリアが講じなければならない策は分かるよね?」「──つまり、一年経てば魅了の効力がなくなるのよね?ダリアは王太子を繋ぎ止めておきたければ、毎年王太子を魅了する必要があるわ。そして、それをすれば魅了で都合のいい手駒は作れない。合っているかしら?」「ご名答。ダリアが傀儡に出来るのは、王太子を諦めない限り彼しかいない。つまり、貴族令嬢の間で悪評の立っているダリアを、君の父親は庇いきれないんだ。公爵閣下としての立場を忘れるような魅了を受けないからね」「なるほどね……でも、ダリアの立場は公爵家に迎え入れられても、生まれが愛人の子よ。王太子殿下が庇護欲を掻き立てられても──魅了はまやかしの愛だわ。それに溺れて身勝手な振る舞いを続けたら、王太子殿下自身の立
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