サヨナラした日、俺様CEOは私のドレスの裾をそっと持ち上げた

一条彰人（いちじょう あきと）は椅子に気だるげに腰かけ、銀縁メガネの奥の切れ長の目で、高遠栞（たかとう しおり）が纏う白いワンピースを品定めしていた。「そのワンピース、嫌いじゃなかったか？今日はどうしたんだ？」

正直なところ、高遠栞は稀に見る生まれつきの妖艶さを秘めていた。無表情でいても、潤んだ瞳で一度見つめられれば、男は骨の髄まで痺れてしまうほどだ。

極上の色香を放つ女が、純白のワンピースを纏う。彼女の本来の気質とはそぐわないが、それでもやはり一級品の美人には変わりない。

栞は頷き、三年かけて練習した純情な微笑みを見せた。「ええ、今日クローゼットを整理していたら見つけて。あなたが気に入るかなって思って。似合うかしら？」

「やけに色っぽいじゃねえか」彰人は鼻で笑った。

からかうようなその言葉に、栞の表情がこわばった。

彰人が純粋無垢な「お嬢様タイプ」を好み、自分のような女はタイプではないと、栞は昔から知っていた。

だからこそ、自分の気質に合わないとわかっていながら、この三年間、彼女はわざと清楚な装いを心がけてきた。

だが、これほどあからさまな侮辱の言葉を耳にして、必死にこらえていた栞の顔から血の気が引いていく。

彼女は唇をきつく噛みしめ、その妖艶な瞳で、無垢な表情を作って見せた。「嫌いなの？」

彰人は目を細める。「清香には遠く及ばない」

栞の表情は、もはや崩壊寸前だった。

再び白河清香（しらかわ さやか）の名前を聞き、栞がどれほど平静を装っても、心の底の動揺を抑えきれなかった。

もし清香の家柄がそこまで悪くなければ、彼女と彰人はとっくに結ばれていただろう。自分がおしとやかなフリをして、道化を演じる必要もなかったはずなのに。

彰人の心に別の女性がいると知りながらも、栞にはどうすることもできなかった。高遠家は資金繰りに窮しており、彰人が今、唯一手を差し伸べてくれる存在だったからだ。

高遠家は一条家に依存して生きている。

そのせいで、栞も彰人の前では何の地位もなかった。

三年間交際し、彰人のあらゆる好みに合わせて自分を変えてきたが、それでも彼の心を満たすことはできなかった。

この三年間、彰人は彼女を一度も正式な場に連れて行ったことがなかった。

婚約どころか、恋人という立場さえ、彼は公に認めたこともなかった。

最近、彰人の彼女に対する態度がますます冷淡になっているのを栞は感じていた。

だからこそ、彼女はこの白いワンピースを着てみたのだ。これは清香の定番の装いだったから。

一条家の地位を考えれば、彰人にはもっと多くの選択肢があったはずだ。それでもこの三年間、彼のそばにいたのは自分しかいなかった。

理由は一つ。栞の瞳が、清香と瓜二つだったからだ。

「じゃあ、着替えてくるわ」期待に胸を膨らませていた栞は、この時どうしていいか分からず、両手でワンピースの裾をきつく握りしめ、華やかな顔立ちに、当惑の色が浮かぶ。

このワンピースで彰人の歓心を買おうとしたが、裏目に出てしまった。彼女は素早く動揺を隠すしかなかった。

「いや、いい」彰人は彼女を見向きもせず、気だるげに言った。「もう出かける」

彼が丁寧に襟元を整えるのを見て、栞は初めて気づいた。普段はだらしなく、取引先との会合でさえろくに身なりを整えない彰人が、今日に限ってやけにきっちりとした格好をしている。

栞は優しく尋ねた。「こんな時間に、どちらへ？」

「空港だ。清香が帰ってくる」

ワンピースの裾を握っていた栞の手から力が抜けた。ほんの数秒の間に、手のひらにじっとりと冷や汗が滲んだ。

あの時、清香は一条家から大金を受け取って、海外に定住して二度と戻らないと言っていたのではなかったか？

それが今、どうして......

瞬時に、濃い恐怖が雲のように栞の心を覆い尽くし、胸の内が荒れ狂った。

高遠家が一条家の庇護を受けられるのは、ひとえに自分と清香の似た瞳のおかげだ。だが、今や本物が戻ってきた。まだ彰人の傍に居場所はあるのだろうか？

栞の瞳に宿る深い恐怖を見て取り、彰人は軽蔑のこもった笑みを浮かべた。

「何をそんなにビビってる。安心しろ、俺と結婚するのはお前だ。高遠家に渡す金も一銭たりとも減らさない。だが、俺と清香の間に口出ししないと約束しろ」

高遠栞は目を伏せ、恐怖を抑え込んだ。

つまり、これからは見て見ぬフリをする都合のいい妻になれと？

夫が他の女と外で好き放題するのを我慢し、自分は卑屈に慎ましく、毎日彼に嫌味を言われても一言も反論できないということ？

その失意が、元々美しく魅力的な栞に、儚い美しさを加えた。その白いワンピースは、この時彼女の体に不思議なほど似合っており、まるで風に揺れる砕けた白い薔薇のようで、思わず胸が締め付けられるほどだった。

彰人は時間を確認し、栞のもとに長居はしなかった。「じゃあな。待たなくていい」

彰人は冷たくそれだけ言い残すと、立ち上がって家を出て行った。三年ぶりに再会する清香のもとへ。

彰人が去った途端、栞は足の力が抜け、ソファにへたり込んだ。全身が冷え、震えが止まらなかった。

清香が帰ってきた。三年間努力しても彰人の心を得られなかったのに、これから先はもっと難しいだろう。

誰もが栞は一条家の権力目当てだと思っている。実の父親でさえ、彼女を虚栄心の塊だとしか見ていない。だが、最初から、彼女の彰人への想いに、打算など微塵もなかった。

栞と彰人は中学からの同級生だった。

母は早くに亡くなり、父はすぐに再婚して継妹が生まれた。栞の高遠家での立場は常に悪かった。

そして、臆病な性格と、女たちの嫉妬を煽るほどの美貌のせいで、中学時代から栞はクラス中の女子のいじめの対象だった。彼女に悪戯をしたり、下品な言葉を浴びせたりする男子生徒も数えきれないほどいた。

ただ一人、彰人だけが違った。

いつもチャラチャラして見えるあの奔放な御曹司が、栞がトイレでいじめられているところに、汚物の入ったバケツをいじめっ子たちにぶちまけたのだ。

高遠栞は今でも覚えている。あの時の彰人の、まるで神が降臨したかのような姿を。

彼の制服はいつも真っ白だったが、その日は汚水で黄ばんでいた。

「別に助けたわけじゃねぇ、ただあいつらが気に食わなかっただけだ」

後に高遠栞は、これが世に言う「ツンデレ」というものなのだと思った。

あの日、彰人は自分の制服の上着を彼女の頭にかぶせ、同級生に引き裂かれた彼女のプライドを隠してくれた。

実は彼女はとっくに制服を綺麗に洗濯していたが、彰人に返す機会を見つけられず、その制服は今でも大切に持っている。

彰人の口はいつも悪かったが、それでも栞はひたむきに恋に落ちた。

高遠家と一条家には越えられない壁があることも、当時彰人が清香と付き合っていたことも知っていたから、その想いは心の奥深くにしまい込んだ。

その後、清香が一条家によって海外に送られ、一条家が彰人のために方々でお見合い相手を探し始めた時でさえ、栞は何も考えようとしなかった。

だが、彰人の方が栞を一目見て気に入ったのだ。清香と瓜二つの、彼女の瞳に。

その知らせを聞いた時、栞は嬉しさのあまり、珍しく笑顔を見せた。母が亡くなってから、彼女が笑うことは滅多になかった。

当初、父の高遠健一（たかとう けんいち）はこの縁談に反対だった。

一条家が権勢を誇るとはいえ、彰人は遊び人の坊ちゃんにしか見えず、こんな男に嫁がせて高遠家に何の利益があるのか、健一は到底信じられなかったのだ。

三年間の実績が証明した。栞が清香と似た瞳を持っているというだけで、彰人は惜しみなく大金を投じ、高遠家に数えきれないほどの投資をしてくれたのだ。

もしこのまま日々が過ぎていくなら、毎日彰人に冷たくされ、皮肉を言われても、彼女は受け入れるつもりだった。

しかし、清香が帰ってきた。日陰の恋人でいることはできても、誰かと嫉妬に駆られて争うような妻にはなりたくなかった。

よく言うように、愛されていない方が邪魔者なのだ。そして、彰人と清香の間で、自分は元々邪魔者だった。

もう疲れた。この一方通行の恋には、もううんざりしていた。

今はただ彰人から離れたいと願っていた。