ドム嫌いの人間サブは妖ドムに盲愛される

ドム嫌いの人間サブは妖ドムに盲愛される

last update最終更新日 : 2026-02-13
作家:  架月ひなたたった今更新されました
言語: Japanese
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概要

ハッピーエンド

純愛

溺愛

人外

一途

BL

【あらすじ】 会社のドムたちに虐げられすっかりドム嫌いになってしまった月見里空良(やまなしそら)は、同僚に追われている時にとても綺麗な一人の妖(あやかし)に出会う。初めて会うその妖は何故か空良を知っているようで——? ※人外×人間の、一方的に甘やかされる甘々イチャラブストーリー。 ※短編よりの中編。妖の世界と現世を行ったり来たりする。 ※Dom/Subユニバースなんですけど、甘々なのでドムサブ初心者向けかもです。

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第1話

1、出会い

 ——最悪だ。

 今日ほどついていない日はない。

 月見山空良《やまなしそら》はサブドロップしながらも、懸命に足を動かして横断歩道を走っていた。

 灰色に覆われた空からは大粒の雨が降り注いでいる。

 持ってきた傘が鞄に入っているけれど、取り出している余裕はなかった。己をサブドロップに陥らせた伊藤という会社の同僚に追われているからだ。

 水を跳ね上げて走り続ける。黄昏時というのもあるが、建物や民家が地に影を落としていた。道ゆく人も急に降り出した雨で俯き加減なのもあり、更に陰鬱な印象を与えている。

 近くで雷鳴が轟いた。

 ——早く家に帰りたい……。

 雨も嫌だが、それよりも落雷が怖い。背後からニヤニヤしながら後を追ってきているあの男も不快で堪らない。体に鞭を打つようにひたすら足を動かし続けた。

 水分を含んだスーツが、ただでさえも怠い体にまとわり付いていて重い。乱れ過ぎている呼吸を落ち着かせようと、深呼吸した時だった。

 突然リーンという耳障りの良い鈴の音が響き渡り、足を止める。

 時が止まったかのような静寂が訪れた。

 直後、音響式だった信号機の音が突如懐かしいメロディー式へと変わる。

 ——え、何で……?

 慌てて周りに視線を走らせた。

 どれだけ目を凝らして周囲の人たちの反応を見ても、気がついているのは自分以外にはいなさそうだった。

 ——もしかして鈴の音もメロディーも僕にしか聞こえていない?

 不可思議な現象に目を瞠る。

 障害を抱える人向けに音響式へと変更された信号機の音が、前触れもなくメロディー式に変わるわけがない。しかも、こんな唐突に切り替わるのはどう考えてもおかしかった。

 そう思いながらも、心のどこかで安心している自分がいて、笑みを浮かべる。

 ——良かった。

 流れているメロディーは、幼いころに田舎に住んでいる祖母から教えて貰ったわらべ歌だった。

 サブドロップ中にこの曲を口ずさむと何故か気分が良くなる。今は身に染み入るほどありがたかった。

 とうとうバケツをひっくり返したような雨になった。

 信号ももう少しで点滅するだろう。もつれそうになる足をまた動かして、空良はフラフラと前へと進んでいく。

 今なら雨の音がかき消してくれそうだ。横断歩道のメロディーに合わせて口を開いた。

「と〜りゃんせ……とうりゃんせ。こーこは……どーこの細道じゃ。天神様の細道じゃ……」

 小さな声で音を紡ぐ。

 鳩尾あたりが温かくなった気がして表情を緩めた。

「……こわいながらも、通りゃんせ……通りゃんせ」

 フッと息を吐く。

 案の定、呼吸が少し楽になり体の重さまでもが僅かに軽くなっている。その間に何とか横断歩道を渡り切った。赤に変わり、伊藤は足止めを喰らっていた。

 安心感からか大きくふらついてしまい、通行人と肩がぶつかってしまう。

「大丈夫?」

「すみ、ませんでした。ありがとうございます」

 声掛けと共にしっかりとした男らしい腕に支えられてしまい、ぼんやりとしている視界に相手を映す。

 ——なにこの人……。ものすごく綺麗だ。

 不躾ながらも呆気に取られて見惚れてしまった。

「黄昏時のこんな天候の日に、その歌を口ずんではいけないよ」

 安定感のある落ち着いた声音は聞き惚れるくらいに綺麗な音だった。

 中程で分けた長い白髪が地毛ならば日本人じゃない。特に瞼から覗く瞳の色が印象的で、白群《びゃくぐん》と呼ばれる青緑に白を混ぜ合わせた綺麗な色合いをしていた。

 静かな湖面に反射された月を掴もうとして、吸い込まれるような錯覚に陥る。その瞳に囚われて離して貰えない。視線を逸せなくなった。

 形のいい切れ長の目を真っ白なまつ毛が覆い、瞬きをする度に微かに揺れて上下する。

 烏帽子はかぶっていないものの、祈祷の際に神主が着る浄衣のような出で立ちをしていた。

 こんなに雨に打たれているのに、一切濡れていないのも神秘的でそれにも目を奪われる。

 地面から数センチ浮いているのを見る限り、恐らく人ではないのだろう。

 そう思うのに、怖いという感情よりも先に、魅了されて心を奪われた。

 それと同時に懐かしさで胸がいっぱいにもなり、泣きたくなる程に心臓を締め付けられてしまう。

 ——何、これ。何で僕……。

 見入ったまま動けずにいると、男がまた柔らかい口調で言葉を発した。

「サブドロップしているね」

 高すぎず低すぎもしない甘い声に、鼓膜を揺さぶられる。言葉も発せなくなって戸惑っていると、男はまた口を開いた。

「ケアをしよう。おいで」

 誘引力に逆らえない。空良は足を動かして男に縋り付きかけたが、すんでのところで足を踏ん張った。

 心臓がドクリと脈打つ。

 ——この人、ドムだ。

 ドムはこの世で一番嫌いだ。いや、社会に出て嫌いになった。

 今サブドロップしているのも、伊藤の憂さ晴らしで立て続けにコマンドを発令されていたからだ。しかも現在進行形でまだ追われている。

 今日はいつにも増して執拗で気持ちが悪い。もう捕まりたくなかった。

 抗おうとする度にグレアと呼ばれるドム特有の圧を浴びせられ、社内ではフロアに座り込む姿を見せ物にされ続けた。

 サブはグレアには逆らえない。こちらの気力を根こそぎ奪って服従させる為のものだからだ。

 地に足を縫い付けられた状態になり、体中も縄で縛られたようになる。強制的に無気力状態にされ、その場から動けなくなるのだ。

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1、出会い
 ——最悪だ。 今日ほどついていない日はない。 月見山空良《やまなしそら》はサブドロップしながらも、懸命に足を動かして横断歩道を走っていた。 灰色に覆われた空からは大粒の雨が降り注いでいる。 持ってきた傘が鞄に入っているけれど、取り出している余裕はなかった。己をサブドロップに陥らせた伊藤という会社の同僚に追われているからだ。 水を跳ね上げて走り続ける。黄昏時というのもあるが、建物や民家が地に影を落としていた。道ゆく人も急に降り出した雨で俯き加減なのもあり、更に陰鬱な印象を与えている。 近くで雷鳴が轟いた。 ——早く家に帰りたい……。 雨も嫌だが、それよりも落雷が怖い。背後からニヤニヤしながら後を追ってきているあの男も不快で堪らない。体に鞭を打つようにひたすら足を動かし続けた。 水分を含んだスーツが、ただでさえも怠い体にまとわり付いていて重い。乱れ過ぎている呼吸を落ち着かせようと、深呼吸した時だった。 突然リーンという耳障りの良い鈴の音が響き渡り、足を止める。 時が止まったかのような静寂が訪れた。 直後、音響式だった信号機の音が突如懐かしいメロディー式へと変わる。 ——え、何で……? 慌てて周りに視線を走らせた。 どれだけ目を凝らして周囲の人たちの反応を見ても、気がついているのは自分以外にはいなさそうだった。 ——もしかして鈴の音もメロディーも僕にしか聞こえていない? 不可思議な現象に目を瞠る。 障害を抱える人向けに音響式へと変更された信号機の音が、前触れもなくメロディー式に変わるわけがない。しかも、こんな唐突に切り替わるのはどう考えてもおかしかった。 そう思いながらも、心のどこかで安心している自分がいて、笑みを浮かべる。 ——良かった。 流れているメロディーは、幼いころに田舎に住んでいる祖母から教えて貰ったわらべ歌だった。 サブドロップ中にこの曲を口ずさむと何故か気分が良くなる。今は身に染み入るほどありがたかった。 とうとうバケツをひっくり返したような雨になった。 信号ももう少しで点滅するだろう。もつれそうになる足をまた動かして、空良はフラフラと前へと進んでいく。 今なら雨の音がかき消してくれそうだ。横断歩道のメロディーに合わせて口を開いた。「と〜りゃんせ……とうりゃんせ。こーこは……どーこの細道じゃ。天神様の細
last update最終更新日 : 2026-01-09
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2、妙な妖(あやかし)
 本来ならドムとサブの合意の元で行われるダイナミクスのプレイは一方的に行使されるものではない。それを合意もなく行使され、見せ物にされる。  他の社員は笑うか、関わらないように視線を逸らすか、そそくさと帰ってしまうかのどちらかで職場で空良の味方はいない。とても惨めで悔しかった。  ——もう嫌だ、ドムになんて縋りつきたくない。  両手で自身の体をかき抱き、自分より頭ひとつ分以上背の高い男を睨みつける。  ——人間でも人外でも、ドムはお断りだ。  ドムからの嫌がらせは入社してからずっと続いている。せめて外では無様な姿を晒したくない。  見惚れていたのも忘れたように、空良は敵意のこもった視線を男に浴びせた。 「自分で、ちゃんと立てます……。お気遣い……っありがとうございました」  震える四肢に力を込めて、真っ直ぐに背を伸ばす。  良くなっていたサブドロップも、今の緊張感でぶり返してきている。  ——早く帰らなきゃ……。  男から距離を取ろうとしてまた直ぐにふらついた。咄嗟に腕を伸ばしてきた男に支えられそうになり、空良は条件反射のごとく腕を弾き返す。 「僕に……触らないで下さい」 「無理に動いてはダメだよ。一先ず雨露を凌げる所へ行こう。それに追われているんでしょう?」 「貴方には関係ありません。僕は一人で逃げ帰れるので、放っておいて下さい!」  ——さっさとこの場から離れたい。  男をすり抜けようとすると、軽々と横抱きにされてしまい、顔がカッと熱くなった。 「ちょ、何してるんですか!」  こんな人通りの多い所で、この抱き方は恥ずかし過ぎた。女性のように扱われた事にも腹が立って仕方ない。 「君と私の姿はもう人間には見えなくなっている。君は捕まらないから安心していいよ」  追われていたのに気づかれている。あと、やはり人間ではなかったみたいだ。伊藤には見えなくなっているのには安心出来た。  しかしドム自体に触られたくない。あと、女性のように扱って欲しくもなくて降ろして貰おうと両手で男の胸板を押し返す。男の体はびくともしなかった。 「あの……? 降ろしてください」  昔から母譲りの色素の薄い髪の毛と顔立ちのせいで、今でも揶揄われることが多い。女性扱いされるイコール男として見られていないのが丸わかりだ。  過去に初めて好きになった女性に
last update最終更新日 : 2026-01-10
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3、ケア
身構えたままでいたが、男が本当に下ろす気がないのが分かり、大人しく諦めて体の力を抜いた。 「じゃあ……すみません。お言葉に……甘えさせて下さい。このままでお願いします」 正直今は体がしんどい。立っているのが精一杯だ。 途切れ途切れに言葉を口にすると、男は嬉しそうに眉尻を下げる。 「ありがとう。——良い子だね」 微笑まれて言葉をかけられた瞬間、あんなに倦怠感に蝕まれていた体がフワリと持ち上げられた。サブドロップが軽くなる。 「え? 何これ? 何で……」 動揺した。コマンドも何も発令されていないのに高揚感に包まれている。 サブドロップとはドムから過剰に与えられたコマンドの後に褒められなかった事で発症するものなので、ケア用の褒められるコマンドでなければ体調が良くならない筈だった。 きちんとケアをしてもらった試しがないので、これがケア後の正しい感想なのかは分からないが。 「ふふ、少しは調子が良くなったみたいだね。苦しそうにしているのは見ていられなかったから良かったよ」 額に唇が当たりそうなくらいに引き寄せられる。まるで宝物を扱うような仕草にまた困惑した。 会ったのは今日が初めてだ。なのに初対面の人に向ける眼差しにしては熱がこもりすぎている気がした。 歩きながら視線を落とした男と一瞬だけ視線が絡む。嘘偽りない気持ちが伝わってきて途端に顔が熱くなった。 ——初対面の相手にこんなに熱意を傾けられるものなんだろうか? 自分には無理だと感じた。胸の奥底がむず痒くて仕方ない。 「どうして……。あの、貴方は一体……、あっ」 名前を聞こうとして見事に噛んでしまい、恥ずかしくて言葉を繋げられなくなってしまった。 「ふふ、名前かい? そうだね、うーん。ああ、君がつけてくれる?」 唐突な言葉にギョッとして目を剥く。 「ええ? 名前を……ですか?」 「そう、私の名前だよ。つけて欲しい」 ——そんなペット感覚で言われても……。 いいのだろうか。まさかそう返答されるとは思ってもみなかった。見た目は人間なのに気が引けてしまう。 黙ったままでいたが、男は折れる気配がない。どうしよう……と逡巡する。 『しらつき……白月』 不意に、頭の中に音と文字が浮かんだ。 「しら……つき。白い月で、白月というのはどう
last update最終更新日 : 2026-01-10
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4、空良の望みは全部叶えてあげる
「ああ、すまない。気が昂ってつい名を呼んでしまった。実は私は空良の事をずっと前から知っているんだ。私は確かに妖でドムだけれど、空良の嫌がる事だけは絶対にしない。誓うよ」 体が強張ったのが分かったのか、心を読んだような回答がきた。「ずっと前って……何処かで会った事ありましたか?」 自分にはそんな記憶はない。こんなに目立つ男と出会っていれば忘れないとも思う。それだけ圧倒的な存在感があるからだ。「ふふ、追々話すよ。ただこれだけは覚えておいて。私には空良以上に大切な存在は居ないんだ。だから今の空良を見ているのは正直堪える。空良がツライと私も悲しい。このまま私がケアを続けても良い?」 白月の表情からは嘘は見受けられないものの、口説き文句にも等しい言葉の羅列はさすがに気恥ずかしくなった。顔が熱い気がして、視線を伏せる。 先程から心音が早く、掻きむしりたいくらいには胸が苦しい。 ——何、これ……。 どうしていいのかも分からなくなってきて視線を彷徨わせた。「やはり私みたいな妖だと信じられない?」「…………そんな事ない、です。今までこんな風に扱われたり、気に掛けて貰った事がないので、その……何と言うか、正直戸惑ってしまって……気恥ずかしいと言うか」 ボソボソと小声で口を開く。 言葉にすると、主に会社で起きている事を思い出して心の奥が重くなった。 世の中がこの人みたいなドムで溢れていたらいいのに、と望んでしまう。「それは嫌なドムに当たったんだね。私がこれからソイツを水底に沈めてこようか?」「はい……え、え? はい?」 流れるように返事をしてしまったが、物騒な言葉が混ざっていた気がして即座に聞き返した。「空良が望むなら今すぐ行って水底に沈めてくるよ?」「ダメ。ダメです、白月。それは絶対ダメです!」 首を傾げて「そう?」と不思議そうな顔をしてみせた白月に真剣な顔で「ダメです」と念を押した。「でも、そのドムに虐げられてサブドロップしていたんじゃないの?」「そうですけど。でもダメです」 丁寧さは残しつつ段々砕けた話し方になってきた白月に視線を向ける。言っている事が無茶苦茶
last update最終更新日 : 2026-01-14
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5、妖の住む異世界
 ドムからは虐げられてばかりで、まともにプレイをした試しがない。 社会に出てからは、ダイナミクスという第二次性をずっと恨んで生きてきた。 どんなに努力して頑張って成果を上げたとしても、サブだと分かった途端に鼻で笑われ虐げられる。サブという属性を個人としての特徴だと理解して貰えない。これまでずっと耐え忍んで過ごしてきた。 ——それなのに、どうして? 白月にはもう慣れてしまったかのように嫌悪感すら抱かない。 それどころかこうして抱かれていると、今まで感じた事もないくらいの多幸感に包まれていて寧ろ心地良かった。 思考までふわふわと浮いているようで、眠気に誘われている。「眠っていていいよ。雨に濡れて体が冷えてしまっている。先ずは体を温めよう。私の屋敷に連れて行っても良かった?」 無意識にコクリと頷いていた。「本当に——良い子だね、空良」 ——あ、まただ。 全身が浮遊感に捉われてしまい、何も考えられなくなっていく。 初めて通りゃんせを聴いた時と同じ感覚だ。いや、それよりもずっと深い安堵感と高揚感に包まれてしまっている。 ——気持ち良い。 本格的に眠くなってきて、意識はそこで途切れた。 ドム、サブ、スイッチ、ノーマルで区別されるダイナミクスと呼ばれる第二次性が出来たのはもう何百年も前だという。 小学校高学年の授業で一通り説明され、簡単に説明書きされたパンフレットを貰った。 七割はノーマルという何の癖も持たない普通の人間に分類され、ドムやサブへの認識度はとても低かった。 中学生へと上がった頃に第二次性の検査を受け、空良はサブだと医師から説明を受けた。 ドムは支配力を有してはいるが、庇護欲も持ち合わせている。それとは逆の立場にいるのがサブだった。サブは庇護欲を求めて支配されたいという願望が無意識下にある。 その一方でドムとサブの性質を持ち合わせていて、相手次第で変化出来るのがスイッチと呼ばれていた。本当に稀な存在だ。 学生の頃は良かった。分け隔てなく友達もそれなりにいたし楽しかった。自分には底抜けの明るさはないけれど、それとなく仲良く出
last update最終更新日 : 2026-01-16
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6、ドムが寄ってこないまじない
 突然背後から声をかけられ、飛び上がる。振り返るとスーツを手にした白月が立っていた。 悪戯が成功したと言わんばかりに、にこやかな顔をしているのを見て、空良は少しムッとした表情を作ってみせた。「返事くらいしてくれてもいいだろう?」「空良が私の名を呼びながら探している姿があまりにも愛らしくてね。もっと私の名前を呼んで欲しいなと思っているうちに返事をしそびれてしまったんだ」「……」 ——どうしよう。この甘すぎるセリフにはどう返していいのか本当にわからない。耳まで熱がこもっている気がしてその場に蹲ってしまった。「どうしたの? どこか痛む?」「いえ、何でもない、です」 思わず畏まってしまい、気恥ずかしさを堪えるように眉根を寄せる。「ふふ。照れてるの?」「〜〜、分かってるなら……やめて下さい。本当に慣れていないというか、全く免疫ないんです」「空良がまた敬語をやめてくれたらね」 短大に入ってから初対面の相手には敬語がデフォルトになっていたのもあって、これはこれで慣れない。いくら本人に言われてこっちが納得したとしても、染みついた習慣はすぐに取っ払えるものではなかった。「分かりまし……分かったから、普通に喋って欲しい」「私は何も我慢していないし、普段のように話しているよ」 素面でこうなのか、と空良は心の中で呟いた。 慣れなきゃいけないのはこっちかもしれない。となれば、自分以外にもこうして優しく甘く囁くのかと考えてしまい、少しだけ胸の奥がモヤっとした。 ——本当に……今日の僕はどこかおかしい。 綺麗に畳まれたスーツに視線を落とし、受け取る為に腕を伸ばす。「スーツまで乾かしてくれてありがとう。助かったよ。あの、下着……は?」 気まずくて視線を横に流す。「履くの?」「当たり前です。僕を変質者にするつもりですか⁉︎」「それなら全裸でも構わないよ」「それはちょっと……僕が嫌です。ごめんなさい」 嫌そうにしてみせたのが伝わったのか、白月が笑った。「ふふふふ。冗談だよ。ジャケットとズボンの間に挟んでいるよ。それより、もうサブドロップは抜
last update最終更新日 : 2026-01-17
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7、マーキング
 ——え? これって……。 思い切り口付けられている。しかも深い。舌を絡ませられて、思わず白月の服を掴んだ。「ん、っん」 ——でも、温かくて気持ち良い。 段々と頭がぼんやりしてきたのと同時に、舌の上に何か形のある球体が生まれて目を瞠った。「結界玉だよ。そのまま飲み下してみて? 飲もうとすると溶けるから大丈夫だよ」 ビー玉くらいの大きさがあったのに、嚥下しようとすると結界玉が同時に消えて喉の奥に落ちていく。心なしか口内から胃の辺りまで温かい。「結界?」「そう。ドムを寄せ付けない結界。私のマーキングを兼ねたね。初めてだから空良が私の力に酔わないように弱目にしたけど。慣れてきたら徐々に効果を上げていこう」「分かった。ありがとう白月」 ——マーキングって動物的な縄張りみたいなものなのかな? 逡巡していると、バスローブの帯を解かれていた。「あの、白月?」「着替えなきゃいけないでしょう?」 前で合わせられている部分を開かれそうになって寸でのところで両手で押さえる。このまま開かれてしまうと、恥ずかしい部分を曝け出してしまうからだ。 一度は見られているかも知れないが、意識がない時とある時では話が変わってくる。「待って! 僕自分で着替えられるからっ!」「えー、私やりたかったのに……」「僕、下着も履いてないし恥ずかしいから嫌だよ」「でもさっきは全部み……「わー! 聞きたくないから黙って!」……」 言葉尻を奪って叫ぶように言った。 白月を逆向きにさせて、そのまま座らせる。その間に手早く着替え始めたが、クリーニングに出した後のように綺麗になっていて驚いた。「スーツが、綺麗に直ってる……」 短大を出て社会人になったお祝いに祖父母が用意してくれたスーツ一式だったので、嬉しくて胸に抱える。「私の妖力で、生地の状態を本来の物へと戻したんだ」 今日は伊藤に屋上やフロアで散々正座をさせられたせいで、膝から下の生地が傷付いていたのだ。 どれだけ本気で抗ってもその度にグレアを浴びせられた。 生地を傷付けないように取った行動だったのだが
last update最終更新日 : 2026-01-18
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8、伊藤再び
「白月ってもしかして天神様なの?」 急に畏れ多い存在になってしまい、白月を瞬きもせずに見つめる。「人の子から天神様と呼ばれているのは菅原道真公だよ。他は、素戔嗚尊や奇稲田姫命、誉田別尊も御神体として祀られている。私はここにある御神木に宿って神社を守っている白龍。人の子に祀られた神格化した妖だよ」 少し寂しそうに笑んだ白月に首を傾げる。「神格化した妖?」「人の子は人智を超えた災難を神として崇め祀るからね。そうやって妖や元は人だった者さえ神格化する。言い換えれば神に等しい存在になるって事だよ」 神と呼ばれる存在であるのならばやはり畏れ多い。「あの、僕本当にかしこまった話し方じゃなくて良かったの? 妖だとしても白月は神様にかわりないんでしょ? タメ口はさすがに気が引けます」 視線を合わせるのも烏滸がましい気がして、やや下方に目線を落とす。「空良は特別。私の方が空良を大好きだからね。初めて自分から加護を与えた唯一の人の子だよ」 見惚れるくらいに微笑まれて抱きしめられた。どう反応していいのか困ってしまい、おずおずと白月の背に手を回す。「どうして僕なの?」「どうしてだろうね。いつもこの神社に来る空良を見ていたよ。今も昔も。空良はいつもここで通りゃんせを歌っている。その度に関わりを持って、私はいつも空良に惹かれていく。昔から今もずっと変わらず興味深い」 優しく抱きしめてくれる力加減が絶妙で、必死になってしがみついた。 離れたくないと感じてしまうのは生まれ変わる前の自分の意思なのか分からないけれど、白月の存在は居心地が良過ぎて手離したくない。「空良、出来れば明日も会いたい。周りの反応も聞かせてくれる? もし効果が薄いようならまた結界玉の調整をするから」 白月の言葉に頷く。体が離れてしまったのを惜しく思いながらも手を振る。「分かった。じゃあ、白月……また明日ね。今日は助かった。本当にありがとう」 微笑まれたと思った瞬間、白月の姿は消えていた。 スマホを出して時間を確認するともう日付が変わるくらいの
last update最終更新日 : 2026-01-19
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9、私に平伏せろ
その直後、伊藤の体を包み込むように水柱が出来ていく。上を向いてやっと顔の表面が水から出るくらいの水嵩があった。自分で上に行くように微調整を加えてもがかなければ空気を吸えない。その様子を白月が無表情で見つめていた。 「は……っ、何だこれ! ぶふっ、てめ、こんな事してタダで済むと……っ、思ってんのか。今度は二度と、会社にいられないように……ッ」 いかにもな悪人のセリフを吐きながら伊藤が吠える。 「まだ空良に何かする気なの? 一度頭のてっぺんまで浸かってみる?」 「やめ……っ、ごぼっ」 水嵩が増して、上向の状態で鼻と口が出るだけになった。伊藤が空気を求めるようにもがいている。 「本来スイッチの筈の空良がサブでいる事しか選ばないのはお前が原因でしょう? ダイナミクスのプレイはね、互いの気持ちを確かめ合いながらするものなんだよ。それを無視して、無理やり空良を弄ぶお前のようなドムが私は腹立たしくて仕方ない。これ以上空良を傷付けるな」 初めて白月の強い口調で発せられた言葉を聞いて目を剥いた。 衝撃的な事を色々と聞かされ、頭が回ってくれない。 誰かに庇って貰ったのも初めてだし、今までサブだと判断されて生きてきて疑いもしなかった。それなのにスイッチ? 意味が分からない。 「嘘、僕は……スイッチなの⁉︎」 「そうだよ。本当は空良は自分で選ぶ事が出来る。根底にドム嫌いというのがなければ、自分でスイッチだと気が付けた筈だよ。コイツらみたいなドムになりたくなかったんでしょう? だからドムを憎んで変化するのも頑なに拒む」 ああ、そうだ。ドムが嫌いだった。当たり前のようにサブを支配下に置いて、人格否定さえしてくるドムなんて居なくなればいいとずっと思っている。 「俺がどう……しようが、関係ねえ、だろ。ソイツがどうなろうが……っ、知ったこっちゃねんだよ!」 「その口を閉じててくれないかな? ああ、人の子はこう言うんだっけ。——私に平伏せろ」 とうとう伊藤の姿が水の中に消えた。白月に直接グレアで圧をかけられた伊藤は座り込んだまま床に額をつけている。 「さて、どうしようか。反省のハの字も無さそうだしね。ああ、こうしよう。サブの気持ちでも味わってみればいい。それで反省しなければ……」 そこで言葉を切った白月がニンマリと笑み
last update最終更新日 : 2026-01-20
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10、500年待ち続けた
「白月、今度はあんな事……しないで。怖い」 間違って命を奪ってしまうような事があったら、白月は神格化した妖でいられなくなるんじゃないかと考えた。自分の為に犠牲になって欲しくない。「もしかして怖かった? 怖がらせてごめんね。空良が望むならもうしない。私の事嫌いになった?」 白月がオロオロして、左右を行ったり来たりと繰り返す。その様子が可愛くて、思わず笑いを溢してしまった。「ううん。そうじゃない。もし伊藤の件で白月に何かあったらと思うと怖かっただけなんだ。白月が怖いわけじゃない。それに白月からは本気じゃないのが伝わってきてたから安心して見ていられた。伊藤を庇う程、僕は優しくないし出来た人間でも無いよ。正直スカッとした」 フフッと笑いを溢すと正面から抱きしめられて、同じように白月の背に両手を伸ばした。「空良、このまま屋敷に連れて行っちゃダメ?」 怒られた子どものように項垂れている白月の頬に手を当てる。「いいよ。その前にタイムカードきってくるから待ってて」 一緒に帰る為に、急いでタイムカードを切る。伊藤に絡まれて時間が経過してしまった分は、明日部長に押し忘れてしまったと謝りに行こうと思った。 連日で訪れた屋敷は、五十人くらいは居てもおかしくない程に広くて、幻想絵画を見ているように浮世離れしている綺麗な所だった。 何度見ても感嘆な吐息が出る。現実世界じゃないのだから当たり前なのかもしれないが、やたら空気も澄んでいて息がしやすい。 この神社には他にも祀られている者がいると言われたけど、屋敷で白月以外に会ったことがない。 ——別の屋敷に住んでいるのかな? そう考えていると背後から「空良」と名を呼ばれて振り返った。「食事の用意ができたよ」 ゆっくり瞬きした。「もしかして白月が作ったの?」「ううん。友人に用意して貰ったんだよ。食事がないと人の子はお腹が空いてしまう。でも私は少しでも長く空良と一緒に居たいから、すぐに帰って欲しくない。だからここで食事をしていって欲しい」「う、うん……」 セリフが一々恥ずかしい。 何だか付き合いたての恋人みたいだ、と思いつつも「待て
last update最終更新日 : 2026-01-23
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