五十四話 改竄
自分の役割を思い出せない。この世界がメモリアルホロウと言われている事と、曖昧な記憶が全てを支配していく。記憶の底に沈められている本当の自分の姿は、瞳からこぼれ落ちながら、全ての悪に染まっていく。「……俺は」 俺達がいるのは、どこかの宿屋のようだった。王子としての立場を戻したはずなのに、どうして急にこんな所に飛んでいるのだろうか。今の俺にはレイトとしての記憶が全くない状態。この世界がゲームである事を忘れると、メモリアルホロウの一員として生きていこうとしている。 そのはずなのに、敵的に瞳に映る説明のようなものが見えてくる。まるで自分の視界が一つの大きなスクリーンのように。「ハウエル。顔色が悪いぞ?」「……レイング」 彼は俺の兄であり、恋人でもある。兄と言っても血は繋がっていない。元々はある騎士と王子の子供だったのだが、立場の差により、捨てられた子供だったんだ。 全ての真実を隠す為に、国王が王子を第三候補者として全てを受け入れる提案をし、それを受け入れ、彼は二人の息子として育てられる事になった。「ハウエルと俺は血の繋がりはない。だから俺達の関係を隠す必要はないんだ」 誰にも話す事のなかった内容を教えてくれたレイングは、真っ直ぐな情熱を向ける。あの時の彼の瞳は強く、美しかった。 偽りの記憶に染められていく。その事に気付く事が出来ない俺は、頭の中に存在している自分の生い立ちと、周囲の人達の過去を照らし合わせながら、確実性を導き出そうとしているのかもしれない。 しっくりする事はない。確かに記憶は存在しているのに、まるで他者の生き様を見ているような気分になっていく。 この違和感を、引っかかりをなかった事にするのは、どうしても抵抗心が邪魔をしてくる。ラウジャに対しての関係性も、うっすらと記録しているが、殆どが透明だ。近くにいるのに、すやすやと俺の胸の中で寝ている彼を見ていると、どう言う事か、特別な存在であるような気がして堪らない。 俺は複数の愛情を抱えながら、彼らを見て五十六話 カリアの過去 感情的になると耳が震えてしまう。魔王の城を住処にしているカリアは、昔の事を思い出していた。「……あの女」 今でもあの時の事を思い出すと、はらわたが煮えくり返りそうになってしまう。美緒を名乗っていた女は、自分の事を研究者と騙っていた。本当はある企業に依頼された技術者の一人であり、メモリアルホロウを作った人物だった。研究者としての視点を語る事で、カリアを信頼させる事に成功したから、この事態になっている。 彼女はシナリオマスターのギルバートへ姿を変え、表面的な記憶を保有しながら、その為に行動をしている。 そこには彼女の本当の計画に関する記憶は残されていない。彼女の体が存在している限りは、美緒の脳内に保管されているマイクロチップに、暗号化された計画書の発端が記されている。 プレイヤーに気づかれないように、この世界のマスターとしての役割を果たす為に、余計な情報は知らない方がいいと、美緒は考えていた様子。 ある意味、自分自身にも縛りを与えている状態と言える。「しかし、あの女がこの世界に潜ってきたとは考えなかったな。データーを手に入れる為なら人を簡単に切り捨てる奴がね」 あの時の彼女は、自分の精神を意思を心をこの世界と同化させる事はナンセンスと考えていた。全てのシナリオがシステムが完成するまでは、自分の存在は欠けてはいけない。 ふるいにかけられたカリアとは違う。美緒は自分の存在を重要視していた。「仕方のない事よね。私は彼と接触する役目があるのだから——」 メモリアルホロウへ入る為の準備を終えていたカリアは、一人隠れるようにシステム調整をしていた美緒のつぶやきを聞いていた。カリアは美緒が示す彼の存在が誰であるかを知らない。ここに隠れている真実が世界を開く鍵だとも知らずに、流されていく。 見逃してしまったタイミングを掴む事が出来ていたなら、自分はこの世界に囚われる事はなかったのだろう。正常に動くかも未知数だった牢屋へ彼を送ったのだから。 肉体から意識を取
五十五話 隠された言葉の真意 プレイヤーがメモリアルホロウを始める時に、何があってもいいように、記憶をバックアップしている。その事実は一部の人間しか知らない。 完璧なものを作る為には、試作品としてだれかにプレイしてもらうのが一番早い。本来ならば同意書を書き、一つの実験として内容を申請するのが鉄則だ。 最低限の記憶は保管しているが、それをリセットしてしまえば、人体に精神にどんな負荷がかかるのかさえも分からない。 こんな事が起こったのは、初めてだった。ギルバートはロロンの視界をリンクさせながら、この世界の構造を元に戻す事を決断していく。 もう一つの作られた人生が全ての人を病から自由にさせてくれる。そのシステムが脅威になりながら、俺に噛みつこうとしている。「俺の視界では確認出来なかったのに、何故ロロンの視界を使うと確認する事が出来る?」 彼はロロンを形取っているシステムのログを確認していく。異常が見つからない限り、こうやって覗き見る事はしない。しかし今回は別だ。システムのバグとは思えない。どちらかと言うと第三者に傍受されているように思えたようだった。 一つの綻びが全てを侵食し、崩壊へと導いていく。その余波が表面化しながら、対象っキャラクターへと浸透していく。 用意されたシナリオを軸とし、まるで生きている人間のように、人生を歩んでいく。そのリアリティが売りなのだが、それも過度に表現していくと、何がリアルで偽りなのかさえも、把握する事が出来なくなってしまう。「まさか侵入者が現れるとは考えもしなかった」 彼は何も分かっていない。カリアは来たくてきた訳じゃない。全てはギルバートがメモリアルホロウを作った事が原因だった。 本人は忘れているようだが、カリアは忘れる事は出来ない。あの時の記憶は姿、形を変えながらも、ずっと人間だった時の記憶に支配されていたんだ。 全てはここから始まったのかもしれない。 自分の理想を現実の一部へ落とし込む事が出来るのならば、どんな事でも
五十四話 改竄 自分の役割を思い出せない。この世界がメモリアルホロウと言われている事と、曖昧な記憶が全てを支配していく。記憶の底に沈められている本当の自分の姿は、瞳からこぼれ落ちながら、全ての悪に染まっていく。「……俺は」 俺達がいるのは、どこかの宿屋のようだった。王子としての立場を戻したはずなのに、どうして急にこんな所に飛んでいるのだろうか。今の俺にはレイトとしての記憶が全くない状態。この世界がゲームである事を忘れると、メモリアルホロウの一員として生きていこうとしている。 そのはずなのに、敵的に瞳に映る説明のようなものが見えてくる。まるで自分の視界が一つの大きなスクリーンのように。「ハウエル。顔色が悪いぞ?」「……レイング」 彼は俺の兄であり、恋人でもある。兄と言っても血は繋がっていない。元々はある騎士と王子の子供だったのだが、立場の差により、捨てられた子供だったんだ。 全ての真実を隠す為に、国王が王子を第三候補者として全てを受け入れる提案をし、それを受け入れ、彼は二人の息子として育てられる事になった。「ハウエルと俺は血の繋がりはない。だから俺達の関係を隠す必要はないんだ」 誰にも話す事のなかった内容を教えてくれたレイングは、真っ直ぐな情熱を向ける。あの時の彼の瞳は強く、美しかった。 偽りの記憶に染められていく。その事に気付く事が出来ない俺は、頭の中に存在している自分の生い立ちと、周囲の人達の過去を照らし合わせながら、確実性を導き出そうとしているのかもしれない。 しっくりする事はない。確かに記憶は存在しているのに、まるで他者の生き様を見ているような気分になっていく。 この違和感を、引っかかりをなかった事にするのは、どうしても抵抗心が邪魔をしてくる。ラウジャに対しての関係性も、うっすらと記録しているが、殆どが透明だ。近くにいるのに、すやすやと俺の胸の中で寝ている彼を見ていると、どう言う事か、特別な存在であるような気がして堪らない。 俺は複数の愛情を抱えながら、彼らを見て
五十三話 闇シナリオ カリアは身動きをしない俺を見ながら、期限良さそうに笑っていた。その声に反応するのは攻略対象のキャラクター達だ。ここにはいないメリエットとグレイにも、彼の影響は届いている。メモホロの世界があるのは、彼らの存在が肯定されているからだ。 それを聞いた事のない言語で、書き換えていくと、狐のように目を細めた。「これこそ、神の未技やな。ギルバートの奴を出し抜けたようで、良かったわ〜」 いつもプレイヤーのサポートしている運営の事を鬱陶しく思っていたカリアは、シナリオマスターの美緒がこの世界に繋がるのを待っていた。 彼女は自分の体を手放し、ギルバートと名乗る権限持ちの存在へと成り下がったのだ。外の世界から送ってくる信号は、いつでもこの世界を立て直していく。「美緒はん、可哀想やけどしゃーない。オイラは何も悪くないで。堪忍してや」 この会話をギルバートが聞いているかは不明だ。メモホロの世界軸を自分に置くように、全てのシナリオを闇のシナリオへと変えていく。 ずっと考えていた事だった。プレイヤーが楽しめる世界を、メモホロに飲み込まれる意識を認める事が出来ないでいた。 彼は美緒に裏切られた過去を持つ、元人間だ。カリアにも本来は実態のある肉体が存在していた。しかし、カリアの脳をこのゲームの一部として、人工知能の一つとして、システムを管理する自動システムを作り出した。彼はメモホロが形になる何年も前から、この世界に閉じ込められていた。「君がオイラを閉じ込めた。体も自由も奪ってな。だから考えたんや、異質なオイラがこの世界に干渉する方法があるんやないかて」 自分の過去の行いを、消された真実を一人で語り続けるカリアは、自分に酔いつぶれている。 そんな彼の元へラウジャが引き寄せられるかのように、地べたに座る。忠誠を誓うように、彼の手にキスを落とすと、真っ黒な瞳でぎこちなく笑う。 瞳の奥はぐるぐると渦巻いている。カリアは自分の過去の姿とよく似たラウジャに、好意を示すと、自分の膝に項垂れるように、倒して
五十二話 烙印 全てを破壊してやる—— どこからか声が聞こえてくる。それは毒のように激しく、甘い誘惑の味。俺の視界が言葉を取り込むと、微かに砂嵐が正体を見せてきた。メモリアルホロウ、略してメモホロの世界の全てを書き換えようとしている、闇属性の人物。それは、今までのキャラクターとは全く異なる、存在だ。 彼はこの世界を操っているギルバートを阻止する力を持っている。プレイヤーの俺なんて眼中にない。メモホロの全ての権限を、ルールを、仕組みを、全てを業火の中へと叩きつけようと企んでいる。 この世界に受け入れられなかった存在。彼はキャラクターであり、そうではない。その正体を知っているのは、彼自身だけだ。 彼との出会いが、俺の運命を揺るがしていくなんて、想像もしない。そんな余韻を感じさせる雰囲気を一切出していないから、安心していたのかもしれない。「ハウエル、君は全てのキャラに認められすぎたんや。知ってるか? メモホロの一番の重要キャラクターの事を。どうせ何も知らずに、ここに来た。そうやろ?」 彼は全てを理解していると言わんばかりに、突き詰めようとしてくる。「君は何者なんだ……カリア」 どんなシナリオがあったとしても、その影響を受ける事がない。カリアは自分の存在がこの世界にとって、どんなに異質なのかを示してくる。 プレイヤーとして、メモホロを攻略する事を軸に動いている俺と、その反対を考えているカリアでは、意見が合致する訳がない。 両極端な存在が、同じ空間に存在している事が変だった。「オイラの話を聞いて考えを変えるかと考えたんやけど、無理みたいやな。ハウエルとは仲良くしたかったんやけど、残念や」 対立の道しか残されていない俺達を周囲は、無言で佇んでいる。攻略対象キャラクター達は、この会話自体をなかった事にしようと、記憶を書き換えていった。 冒険の先にカリアと俺の審判が待っているとは、今の俺は知るよしもなかった。 ブィィィンと機械音が鼓膜を撫でる
五十一話 洗浄と言う名のキス 「これは金平糖。オイラの術を混ぜて作った毒消しなんだ。これを二人の口にも入れてあげて。その後の対処はオイラに任せてくれれば、大丈夫だからさ」「……分かった」 俺の側に居たい気持ちを抑えて、二人の元へと足を向けていく。それを確認すると、カリアは金平糖が体に馴染んでいくのを観察している。即効性のあるものではない。時間をかけて徐々に回復していく。そして最大値を示してたストレス度を消していった。「二人にも与えたぞ。後は……」 指示を待っているレイングは言葉を飲み込んだ。信用している訳ではないが、この状況をなんとか出来るのはカリアだけと、判断したようだ。 二人を床に寝かせると、薄黒かった顔色の血色が元に戻っていく。ゆっくりと確実に。 チラリとカリアを見ると、俺の顎を抑えると、自分の口に金平糖を放り込み、唇を重ねていく。 その姿を見て、あっと小さな声を漏らし、止めようと宙に舞っているレイングの右手が行き場を失っていく。 チュクチュクと唾液の音を響かせながら、口内の味を確認していく。華毒が残っている場合は少し苦味があるらしい。 そうと分かっていても、止める事が出来ない状況に感情がついていかない。その唇を味わえるのは自分なのに、とレイングは思っていた。「ぷは……これで洗浄出来たね」 ペロリと自分の唇を舐めると、光悦な表情を見せてくる。その姿を見ていると、カリアの存在が脅威に感じてしまうレイングがいた。「ハウエルを見ていてくれない? オイラは二人の洗浄を始めるから」「……ああ」 なんて受け答えをしたらいいのか分からないレイングは、ただただ受け止める事しか出来ない。眠っている俺の側に来ると、カリアの涎が唇にへばりついているのが見える。 それだけで嫉妬の炎を燃やしてしまう。決して表に出さない黒い感情を押し込んでいくと、ため息を吐いた。 キスの事を洗浄と言っていた事に、我に返ると、パッとラウジャとロロンの方へ視線を注いでいく。