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愛、雪のごとく消ゆ

愛、雪のごとく消ゆ

作家:  小鹿完了
言語: Japanese
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概要

カウントダウン

妻を取り戻す修羅場

後悔

ドロドロ展開

逆転

クズ男

学生の頃、川内白真(かわうち はくま)に恋をした。 大学入試の日、彼のために喧嘩して愚かにも足を怪我し、片足で歩くようになった。 彼は名門大学に進学し、私はろくに進路も考えず社会に出て働いた。 結婚の時、彼の家族は誰も私を認めてくれなかった。 ただ白真だけが、「一生君の面倒を見る」と断言してくれた。 その後、酒を一滴も飲めなかった彼が、酒に溺れるようになった。 酔った彼は私を抱きしめて、涙を流しながら言った。 「恩返しのつもりで、一生彼女を大切にできると思ってた。でもみんな、ぼくが足の悪い女を娶ったって笑うんだ」 「他の男たちは、パーティーに優雅で綺麗な女性を連れて行く。でもぼくは、恥ずかしい女を連れて行って、しかも彼女を愛してるふりをしなきゃいけない」 「でも、君がいてくれてよかったよ、千紘」 「ぼくの人生に君がいてくれて、本当によかった......」 その瞬間、私は完全に無防備な心を打ち抜かれ、ただぼう然とその場に立ち尽くしたまま、一晩中動けなかった。 一宮千紘(いちみや ちひろ)。 それは、彼の女性秘書の名前だった。

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第1話

第1話

学生の頃、川内白真(かわうち はくま)に恋をした。

大学入試の日、彼のために喧嘩して愚かにも足を怪我し、片足で歩くようになった。

彼は名門大学に進学し、私はろくに進路も考えず社会に出て働いた。

結婚の時、彼の家族は誰も私を認めてくれなかった。

ただ白真だけが、「一生君の面倒を見る」と断言してくれた。

その後、酒を一滴も飲めなかった彼が、酒に溺れるようになった。

酔った彼は私を抱きしめて、涙を流しながら言った。

「恩返しのつもりで、一生彼女を大切にできると思ってた。でもみんな、ぼくが足の悪い女を娶ったって笑うんだ」

「他の男たちは、パーティーに優雅で綺麗な女性を連れて行く。でもぼくは、恥ずかしい女を連れて行って、しかも彼女を愛してるふりをしなきゃいけない」

「でも、君がいてくれてよかったよ、千紘」

「ぼくの人生に君がいてくれて、本当によかった......」

その瞬間、私は完全に無防備な心を打ち抜かれ、ただぼう然とその場に立ち尽くしたまま、一晩中動けなかった。

一宮千紘(いちみや ちひろ)。

それは、彼の女性秘書の名前だった。

……

「今日は早いんだね」

「仕事があるわけでもないんだから、もっと寝てていいのに。菊地おばさんに朝ごはん作ってもらうから、できたら呼ぶよ」

朝の光が部屋を満たし、白真が後ろから私を抱きしめる。

その声は優しかった。

彼の笑顔に陽光が差し込み、昨夜の出来事がまるで私の妄想だったかのように思えて、現実感を失いそうになる。

「黙ってて、どうしたの?」

彼は私の額に深くキスをして、私を抱き上げて洗面所へ連れて行く。

歯磨きや洗顔の仕草ひとつひとつが、優しく丁寧だった。

スマホから着信音が鳴るまで、

その奇妙な夢のような時間から抜け出せなかった。

そして、そのメッセージがすべての偽りを残酷に打ち砕いた。

【怜さん、白真が酔って全部言っちゃったみたいだけど、彼を許してあげて?彼、本当に限界なんだよ。毎日辛すぎて、お酒なしじゃやってられないの】

【今日はやっと休みが取れて、私と出かける約束してるの。お願いだから、もう彼に電話して縛り付けないで......】

送信者は、千紘だった。

私はすぐに、彼女のあの艶やかで可愛らしい顔を思い出した。

一年前、彼女は白真の会社に入社し、秘書になった。

その頃から、酒が飲めなかったはずの夫が酒に溺れるようになった。

夜中まで帰ってこないことが増え、たまに帰ってきても、いつも酔い潰れた姿だった。

そしてこの一年、彼は私を一度もパーティーに連れて行かなかった。

最初は無関係に思えた一つ一つの出来事が、この時になって黒い網のように絡まり合い、私の魂を締め付け、息ができなくなるほどだった。

体が勝手に震え始めた。

「どうした、怜?」

「また足が痛むの?」

白真は怯えた声でそう言い、泣きそうになりながら私を抱えてベッドに運び、そっと私の義足の靴を脱がせた。

昨夜、私は一晩中立ち尽くしていた。

今や足の甲は腫れ上がり、青く変色していた。

彼は慌てて薬箱を取り出し、私に軟膏を塗りながら言った。

「なんでこんなに無理するの?何度言ったら分かるんだ?疲れたらちゃんと休んで、無理して歩き回らないでって!」

私はまばたきをして、結婚したばかりの頃を思い出した。

当時、私は毎日無理して一万歩歩き、ほぼ奇跡に近いリハビリの可能性に賭けていた。

健康になりたかったわけじゃない。

ただ、白真に相応しい存在になりたくて、彼の家族に見下されたくなかった。

あの頃、彼は怒り狂い、私をベッドに押し倒し、三日三晩そばを離れなかった。

「何度でも言うよ、怜。ぼくが愛してるのは君そのものなんだ。君のすべてを、不完全さも含めて。ぼくは絶対に、見捨てたりしない」

「だから、もう自分を苦しめないで。そんな君を見てると、つらいんだ」

私は信じた。

少しずつ自分の劣等感を手放し、彼に迷惑をかけたくないという思いも捨てて、穏やかな幸せを一緒に築いていけると信じていた。

でも、以前なら私の足の状態が悪化すればすべてを放り出して病院へ連れて行ってくれた白真は、今日は薬を塗り終えると、すぐに電話を取り出して出て行った。

戻ってきた時、彼の目には期待と喜びが浮かんでいたが、それを必死で隠していた。

「会社で急な用事が入った。どうしても今日行かないといけないんだ。いい子にして、家で休んでて」

私は分かっていた。

彼が千紘に会いに行くのだと。

そして、今夜はきっと帰ってこない。

彼が別の女のもとへ向かっていく姿が遠ざかるのを見て、私は必死でベッドから立ち上がり、後を追った。

「白真!」

彼は振り返った。

目に見えるのは、わずかな苛立ちを含んだ笑みだった。

「なに?早く戻りなよ」

私は勝手に言葉を続けた。

「もし、私が嫌になったなら、はっきり言ってくれればいいの。私、補償も哀れみもいらない。ただ、私たちの間にある感情だけは、綺麗なままであってほしいの......」

「それだけでいいから」

彼は一瞬きょとんとして、言葉に詰まりながらも、結局は薄ら笑いを浮かべた。

「最近、ぼくが忙しくてかまってあげられなかったから、変なこと考えちゃったのかな?」

「いい子にしてて。仕事が片付いたら、一緒にパラグライダーしに行こう。海も見に行こうな?」

そう言って、彼は急いで鞄を取り、あわただしく靴を履いて家を出ていった。

二分後、千紘から新しい写真が送られてきた。

二人でストローを差し合い、一本の豆乳を飲んでいた。笑顔は、この上ない幸せに満ちていた。

菊地おばさんがお粥を作り終えた時、彼女はこう言った。

「川内様って本当にいいご主人ですね。奥様をここまで大事にする人なんて、そうそういませんよ」

私は苦笑して、海外留学のチケットを予約した。

なぜなら、この愛情は、もう私だけのものじゃなくなっていたから。

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第1話
学生の頃、川内白真(かわうち はくま)に恋をした。大学入試の日、彼のために喧嘩して愚かにも足を怪我し、片足で歩くようになった。彼は名門大学に進学し、私はろくに進路も考えず社会に出て働いた。結婚の時、彼の家族は誰も私を認めてくれなかった。ただ白真だけが、「一生君の面倒を見る」と断言してくれた。その後、酒を一滴も飲めなかった彼が、酒に溺れるようになった。酔った彼は私を抱きしめて、涙を流しながら言った。「恩返しのつもりで、一生彼女を大切にできると思ってた。でもみんな、ぼくが足の悪い女を娶ったって笑うんだ」「他の男たちは、パーティーに優雅で綺麗な女性を連れて行く。でもぼくは、恥ずかしい女を連れて行って、しかも彼女を愛してるふりをしなきゃいけない」「でも、君がいてくれてよかったよ、千紘」「ぼくの人生に君がいてくれて、本当によかった......」その瞬間、私は完全に無防備な心を打ち抜かれ、ただぼう然とその場に立ち尽くしたまま、一晩中動けなかった。一宮千紘(いちみや ちひろ)。それは、彼の女性秘書の名前だった。……「今日は早いんだね」「仕事があるわけでもないんだから、もっと寝てていいのに。菊地おばさんに朝ごはん作ってもらうから、できたら呼ぶよ」朝の光が部屋を満たし、白真が後ろから私を抱きしめる。その声は優しかった。彼の笑顔に陽光が差し込み、昨夜の出来事がまるで私の妄想だったかのように思えて、現実感を失いそうになる。「黙ってて、どうしたの?」彼は私の額に深くキスをして、私を抱き上げて洗面所へ連れて行く。歯磨きや洗顔の仕草ひとつひとつが、優しく丁寧だった。スマホから着信音が鳴るまで、その奇妙な夢のような時間から抜け出せなかった。そして、そのメッセージがすべての偽りを残酷に打ち砕いた。【怜さん、白真が酔って全部言っちゃったみたいだけど、彼を許してあげて?彼、本当に限界なんだよ。毎日辛すぎて、お酒なしじゃやってられないの】【今日はやっと休みが取れて、私と出かける約束してるの。お願いだから、もう彼に電話して縛り付けないで......】送信者は、千紘だった。私はすぐに、彼女のあの艶やかで可愛らしい顔を思い出した。一年前、彼女は白真の会社に入社し、秘書になった。その頃から
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第2話
午前10時、白真は千紘を連れてジェットコースターとメリーゴーランドに乗った。午前12時には昼食を終え、ホテルで休憩を取った。午後4時、美術館の前で二人は記念写真を撮った。一日も経たないうちに、千紘から私に10枚以上の写真が送られてきた。どの写真にも、こんなメッセージが添えられていた。【白真があなたと一緒にいる時、こんなに楽しそうだったことある?】私はじんわりと痛む目元をこすり、返信はしなかった。ただ、美術館の前で撮られた一枚を開いて、何度も何度も見返した。学生の頃、私は美術が大好きだった。最大の夢は美術大学に進学すること。けれどあの日、大学入試の日、白真はかつてトラブルを起こした不良たちに囲まれて暴行されていた。私はためらわず、ブロックを手に彼らへと飛び込んでいった。彼らを追い払うことはできた。けれど、私の足は折れてしまった。白真に心配させたくなくて、私は「友達を待ってる」と嘘をついて、彼を試験会場へと送り出した。そのまま私は受験を諦めることになり、家庭の事情もあって浪人もできず、適当な仕事で生計を立て始めた。後になって真相を知った白真は、嗚咽まじりに泣き崩れた。「誓うよ。将来、必ず最高の先生を探して、最高の画材を買って、君の夢を叶えてみせる......!」そして彼は、本当に約束を果たしてくれた。国内の有名な美術講師たちを揃えてくれて、数百個もの宝石を使って夢のような星空アトリエを家で作ってくれた。けれど。それが何だというのだろう。私は写真の中の白真の頬に指を添え、そこに立っているのが自分であればいいのにと願った。3ヶ月前、私は美術館で最新の展覧会が見たいと言った。けれど彼はずっと「忙しい」と言っては断り続けていた。今日になってやっと来た場所。けれど一緒にいたのは、芸術に興味もない千紘だった。私にとっては、夢以上に大切なものは白真だったのに。でなければ、あの日、どうして命がけで助けたりしただろう。この十年、どうして一言も文句を言わずに耐えてこれただろう?「白真、あなたはホントにわかっているの......?」「私が欲しいのは、同情じゃない。罪悪感から飼い殺しにされる鳥になりたいわけじゃない!」気づけば、価値数億の星空アトリエを滅茶苦茶に壊して
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第3話
「味見してみて。ぼくの腕前、落ちてないか心配なんだよ」「君のために心を込めて作った朝ごはんだよ」目を開けると、寝室にはふんわりとした香りが漂っていた。白真がトレーを手に満面の期待を浮かべて私の前に立っていた。まるでいつものように、私が両腕を広げて抱きつき、キスをねだるのを待っているかのように。けれど私はただ淡々とうなずいただけだった。「リビングで一緒に食べよう」私のいつもと違う態度に戸惑っているところへ、菊地おばさんがスーツケースを提げて慌てて入ってきた。「すみません奥様、海辺用の水着と日焼け止めは買えましたが、パラグライダーの装備は現地に在庫がないものが多くて......あと2日ほどかかりそうです」「それで十分よ」私は気にせず微笑んだ。残りの装備は、予約してある海外のパラグライダー施設で高くても現地購入すればいい。「水着?パラグライダー?......怜、最近会社が立て込んでて、ぼくは今はちょっと......」慌てる白真の言葉を遮った。「付き添いは要らないわ。私ひとりで行くから」「そんなのダメだよ!君の足のこともあるし、一人で遠くに行かれるなんて心配で......」そう言いながら彼は私を抱き寄せた。「もう一週間だけ待ってくれないか?ちょうど会社の大きなプロジェクトが最終段階で、ぼくが海外で契約を結べば、時間が取れるから」「そのときは、君の行きたいところならどこでも一緒に行くよ」白真の熱い吐息が私の耳元をかすめた。以前なら、その気配だけで身体がふわりと緩んでしまったはずなのに、今はただ、吐き気がするほど嫌悪感しかなかった。昨夜、千紘が私に送信した。【私の誕生日を祝うために、白真は一緒に海外で一週間過ごしてくれるって】その一週間、私はただの足を引きずる女として後回しにされ、白真から哀れみのような愛をほんの少し恵んでもらっているだけ。そんな愛、もういらない。「わかった」彼が白状しないのなら、私ももう深く追及しない。彼ほど賢い男なら、私が去った後、すべてを悟るだろう。この場で嫌悪を我慢して罵り合うよりも、流れに任せて彼らの愛がさらに燃え上がった頃に、さっと戻って離婚届にサインする方がずっといい。「ありがとう。じゃあ、ごはん食べよう、ぼくが食べさせてあげる...
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第4話
白真と千紘が旅行に行く空港は南城にあったので、私はわざと北城行きのチケットを買った。空港に着いたとき、空からはちらほらと雪が舞い落ちてきた。顔に触れた雪はすぐに溶けていき、それが涙なのか雪なのか、もう判別もつかない。「菊地おばさん、もう帰っていいよ」私が荷物を受け取ろうと手を伸ばすと、菊地おばさんは頑なに手を放そうとせず、焦りからか、今にも泣き出しそうな声になった。「ダメです、奥様......川内様に、奥様の行き先を報告しなければいけません。このまま海外に行かせたら、きっと私はクビになります......」「とにかく一度、川内様に電話をかけて、許可をいただきましょう?」菊地おばさんはただの使用人かもしれないが、結婚してからの6年間、ずっと私の身の回りの世話をしてくれた。以前、一度私を支えようとして腰を痛めたこともある。そんな彼女を、私は簡単に突き放すことができなかった。だが、白真がまたあの手この手で私を引き止めようとしたらどうしよう?あの窒息しそうな嘘の人生には、もう一秒たりとも戻りたくない。「奥様......」目の前で菊地おばさんの目が赤くなっていくのを見て、私はため息をつき、結局折れた。「......いいよ。電話して」最悪、直接ぶつかるだけだ。電話が繋がったとき、白真と千紘はまだ搭乗しておらず、トイレに行った千紘は彼の隣にもいなかった。予想通りなら、白真は心配するふりでもして私を引き留めるチャンスは十分にあった。だが、まさか彼がその演技すらする気がないとは思わなかった。「待てないのか?」「......わかったよ。ぼくが忙しくて付き添えないのが悪いんだ。ひとりで行くなら、くれぐれも安全に気をつけて。何かあったらすぐ電話して。仕事が片付いたらすぐに君のもとに行くから......」白真は取り繕うようにまくしたてたが、私は喉の奥が詰まって言葉が出なかった。彼は私を引き止めなかった。安堵すべきか、悲しむべきか、それすらわからない。わずかな同情から施された愛情さえ、すべて偽りの演技だったのか?六年も心の中で大切にしてきた感情が、すべて嘘だったというのか?「白真、他に言いたいことはないの?」「長年連れ添った夫婦でしょう?せめて、最後くらい、正直になってくれない?」「思
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第5話
私は笑った。彼があの絵を見たということは、私がすべてに気づいたと察したはずだ。それなのに、もう隠しきれないのに、どうして今さら偽善者のように取り乱すの?「白真はきっといい人だよ。私が可哀想だからって、家族の反対も、友人たちの冷たい視線も無視して私と結婚して、毎日芝居のように優しくして、まるでカナリアみたいに私を飼って、補償しようとしてくれた」「でも......」「たとえ身体は不自由でも、私の心はまだ壊れていない」「私は哀れな女なんかじゃない。好きな人のためなら命だって惜しまない、そんなバカみたいな女なんだよ。言ったよね?見返りなんか求めてない、自分で選んだ道なんだから、どんなに辛くても一人で歩いていけるって」「だけど、なんで白真は、せめて終わりくらい潔くできないの?愛していないなら、はっきりそう言ってくれればよかったのに」長年胸に溜めてきた言葉を吐き出して、私は珍しく心がすっと軽くなった。口角を無理やり上げて、この呪われた縁の終わりをできるだけ前向きに受け入れようとした。まさか、白真の叫びがさらに激しくなるとは思っていなかった。「誰が君を愛していないって言った?怜、6年前に言ったことは、今でも有効だ!一生面倒を見るって言ったら一生だ!誰が何と言おうと変わらない!」私が何も言わないうちに、電話越しに千紘のすすり泣きが微かに聞こえてきた。「白真、怖いよ......お願い、落ち着いて」「ぼくは妻と話しているんだ。お前は黙れ!」「怜、今どこにいるんだ?今すぐ行くよ!ちゃんと面と向かって、誤解を解こう!」私はスマホを握りしめたまま、眉間にしわが寄った。誤解......だって?白真が酔って漏らした言葉、私は一言一句、忘れていない。日々の暮らしに散りばめられた数々の嘘。そして、彼の本能的な千紘への偏り。それらは今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。......もしかしてあの絵を見て、私に関する部分に感動して、彼の中の罪悪感や哀れみがまた騒ぎ出した?私は急いで頭を振った。そんな雑念を吹き飛ばして、なるべく冷静な声で言った。「もういいよ」「白真が冷静になって、離婚したくなったときに連絡して」そう言い終えると、電話を切って、電源も落とした。雇っていたガイドが私の名前を書いた札を掲げて、荷
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第6話
彼は拳をぎゅっと握りしめ、指先は白くなり、手の甲の血管が浮かび上がっていた。だが、一言も言えず、ただ私を慌てて抱き上げて病院へと運んだ。簡単な手術を受けて、足はなんとか助かった。白真はベッドの傍に座り、丁寧に私の足を揉んでいた。その光景はまるで幸せな夫婦そのもので、通りがかった看護師が羨ましそうに目をしていた。けれど、私だけが知っている。この優しさは、これからの言い訳のための布石にすぎないと。「怜――」彼は顔を上げ、必死に絞り出した涙を浮かべながら言った。「ぼくは最低な男だ。君に隠れて浮気して、本当に最低だ。一年前から千紘と馬鹿なことをしてた......でも......」「でも、分かってくれ......ぼくは本当に、もういっぱいいっぱいだったんだ。怜の世話、会社のゴタゴタ、打算的な両親の相手......その辛さを君に話すわけにもいかなくて、誰にも頼れなかった。それで......酒に逃げて、酔った勢いで、間違いを犯してしまったんだ」彼は私の手をぎゅっと握りしめ、震える体から涙がこぼれ落ちる。千紘との不倫を隠さなかったのは事実だ。だが、彼はまだ嘘をついている。「でも、どんなことがあっても、怜への愛だけは本当なんだ」「もし感謝だけの気持ちだったら、金や物で済ませただろう?どうしてそこまでして怜と一緒にいようとするのさ」その問いに、私自身も答えを知らない。ただ、千紘が現れてからの彼の変化だけははっきり分かる。私を人前に連れて行かなくなった。社交の場にも同伴しなくなった。結婚記念日を忘れ、約束を何度も後回しにした。そして、私には嘘をついてまで千紘の誕生日願いを叶えようとした。愛の惰性で、私は思わず彼の頬の涙を拭おうと手を伸ばしかけた。だが、すぐに我に返り、その手を途中で止めた。「もういいよ」「明日時間があるなら、パラグライダーに付き合って」私が冷静に、怒ることもなく言うと、白真は途端に泣き笑いになり、私の手を両手で包んで顔に押し当てた。「いい、いいよ!君が許してくれるなら、何でもするよ!」私はその手をさりげなく引き抜いた。「パラグライダーだけでいいから」翌日、彼は私を抱えてパラグライダー場に連れて行き、一番高額で、一番経験豊富なインストラクターを手配した。
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第7話
彼から逃れるため、私はやむを得ずボディーガードを雇い、心を落ち着けてパラグライダーの練習に打ち込んだ。着地のたびに私の足は再び痛み、ひどい時には捻挫さえする。それでも、空を飛んでいるときの言葉にできないほどの自由と喜び、障害のある身体を忘れ、すべてを手放せるようなあの感覚は、どんな痛みを払ってでも得る価値があった。気づけば一か月が経ち、私はパラグライダーで20キロの飛行を成功させるまでになっていた。しかしその興奮も長くは続かず、白真が私のボディーガードの警戒が緩んだ隙を突いて、帰り道で私を待ち伏せしていた。「ぼくが悪かった、死んでも償えきれないほどの罪を犯した。君が殴っても罵っても、許さなくてもいい。けど、君はなぜぼくを避けるんだ?」「ぼくが君を本気で愛してるって、どうすれば信じてもらえる?」「千紘をクビにする。二度と彼女に会わない。ほかの女とも話さない。一生、君だけを見て生きる。だから......もう一度だけ、チャンスをくれないか?」夜はすっかり更けていて、異国の夜の治安は決して良くない。私は彼と時間を無駄にする気もなく、黙って彼のそばを通り過ぎようとした。だが、腕をぐいと掴まれて引き止められた。「君のことをちゃんと理解していないって言ってるけど、ぼくは足が悪いわけじゃない。じゃあぼくは一体どうやって君の気持ちを理解すればいい?」「君が傷つくんじゃないかって、苦労するんじゃないかってずっと心配だった。だからぼくにできる限りのことは全部してきた。これ以上、ぼくに何を求めるんだ?」私は静かに言った。「でも、あなたの愛は千紘に向いてた」その一言に、彼は沈黙した。海風が彼の前髪を揺らし、赤く充血した目元と深いクマがあらわになる。今の彼は、無力さを身に纏い、私よりもよほど障がい者に見えた。言葉も返せず、それでも意地になって手を放そうとしない。いったい、彼は何を求めているのだろう?心が優しすぎて、自分の中の罪悪感を乗り越えられず、無理をしてでも私への償いを続けたいのか?もう少し言葉をかけようとした、その時だった。刃物を持った数人の黒い影が、突然私たちを取り囲んだ。私は一瞬で警戒し、金で穏便に済ませようとしたその瞬間、白真が笑いながら私の前に立ちふさがった。「怜、あのとき君は命を
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第8話
そのとき私は、彼がどれだけ愚かかをはっきり悟った。こんな時に、愛の話をしてる場合じゃないだろう?私は本能的に彼の服の裾を掴んだ。「バカなことはやめて。ああいう人たちは基本的に金が目的。金さえ渡せば、きっと帰ってくれる」「奴らはナイフを持ってる。今はとにかく時間を稼げばいい。私のボディーガードがすぐ来るはず」けれど、白真は一言も耳を貸さなかった。強盗たちが私に近づくや否や、彼は目を赤くして英語で怒鳴った。強盗の一人がナイフを見せつけると、彼は私を背後に押しやり、歯を食いしばって突進した。「失せろ!」「怜を傷つけるやつは、誰だろうと許さない!」そのときの彼はまるで狂気に満ちていた。数人を相手に一歩も引かず、逆に強盗たちを怯ませて後退させた。ボディーガードが駆けつけると、強盗たちは四方に逃げていった。だが、私のすぐ近くにいた二人の強盗は手ぶらでは引き下がらず、私のアクセサリーやバッグを奪おうと襲いかかってきた。私は悲鳴を上げて、物を投げ捨てようとした瞬間。白真の細身の背中が私の前に立ちはだかった。彼はためらうことなく二人の強盗と取っ組み合い、混乱の中で何ヶ所も切りつけられた。特にひどいのはアキレス腱を断たれた傷で、救急車が来たときには、彼は全身血まみれだった。けれどその顔には苦しみの影はなく、ただ私を見つめてにっこり笑いながら言った。「これで......ぼくの気持ち、信じてくれる?怜、君のためなら......ぼくは命だって惜しくない」その瞬間、私は感動すべきか笑うべきか分からなかった。これだけの怪我をしたのは、全部彼自身のせいだ。たとえ本気で私のために命を懸けたとして、それで何になる?愛しているなら、どうして私の目の前で死のうとするの?「もうしゃべらないで、まずは治療を受けて」かつての縁もある。私は彼を放ってはおけず、病院へ連れて行った。白真はアキレス腱断裂のほかにも、数か所の静脈を切っており、入院して経過を見る必要があった。私は付き添うつもりはなく、すぐに千紘へ電話をかけた。思いがけず、3人が同じ病室にいるという異様な状況になったが、私と千紘の間には不思議なほど争いがなかった。彼女は白真しか見ておらず、私は一刻も早く離れたかっただけで、修羅場じみたやり
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第9話
白真はビクッと身を震わせ、もともと青ざめていた顔色がさらに真っ白になった。信じられないといった様子で、呟いた。「ぼくがそんな話を......?」「そ、そんなはずない......君が眉をひそめるだけで、ぼくは心配でたまらなかったんだ、そんなこと言うわけない......!」最初は私も信じられなかった。ただの悪夢で、寝言にすぎないと思っていた。でも確かめたくて、すべてを知っているふりをして千紘を試した。そして炙り出されたのは、想像を絶するほど残酷な事実。彼の寝言は、本当のことだった。それどころか、彼の裏切りは一年前からもう始まっていたのだ......記憶から意識を戻し、私は表情を変えず、白真が言った夢の中の言葉をそのまま繰り返した。録音がなくても、彼はもう言い逃れできなかった。それが自分の心の奥底にある本音だと、本人が一番わかっているはずだ。「怜......」「そんなの、ただの愚痴だよ。本気にしないでくれ!」彼はまだ癒えていない傷を無視して、苦しそうにベッドから降りて私のほうへ這ってきた。「確かに君との暮らしは重圧だった、背負うのも辛かった。でも、捨てるなんて考えたことは一度もない!」「学生時代、勉強が辛くて『学校なんて爆破してしまえ』なんて愚痴るようなもんだよ。ぼくたち、本当に爆破したか?違うだろ?!」「怜、酒に酔った時の言葉を本気にする必要ないだろ?」彼は手を伸ばして私の足を抱こうとしたが、私は反射的に足を上げて蹴り飛ばした。「でも、あなたが私を裏切ったことは、紛れもない事実よ」「説明しただろ!千紘は、ぼくにとってはただの遊び相手だ。誰にでも代われるような存在だよ!少し優しくしたからって、何だっていうんだ?彼女は君の代わりにはなれない、それだけは絶対だ!」白真の怒鳴り声は鋭利な刃のようで、千紘の皮膚を裂き、そのまま心臓を突き刺した。私は理解した。彼女がどれほど傷ついたか。あまりに苦しくて、一言も声に出せず、身動き一つできず、ただその場に立ち尽くして涙を流す。その瞬間、彼女の心は完全に死んだ。私もかつて同じ経験をした。だからわかる。心が死ねば、その後にやってくるのは解放であり、新たな人生だ。パチンッ!かつて白真を心から愛していた少女は、情け容赦なく
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第10話
白真と別れてから、私は絵に打ち込み、次第に名の知られた画家となり、国内各地の都市で巡回展を開くようになった。京坂美術館の前に立ったとき、ふと数年前に描いた一枚の絵を思い出した。そこには、愛のためにひたむきだった愚かな私と、私を裏切った夫、そして今はどこでどうしているのかもわからないあの女が描かれていた。久しぶりに蘇ったその記憶に、一瞬立ち尽くしてぼんやりしてしまった。その時、記者に声をかけられた。「足立さん、ご自身の画業の中で、最も満足している作品はどれですか?」私は静かに微笑んで答えた。「その絵は、もう壊してしまいました」あの時ほど、情熱を込めて描いた絵は、もう一枚もない。恐れを知らぬ愛、終わりのない痛み、どうしようもない諦め。そんな複雑な感情が絡み合ったあの絵のようなものは、もう二度と描けないだろう。そして私はきっと、もう誰かをどうしようもなく愛することもない。治ることのない足のように、健康だった頃を懐かしく思い出しても、戻ることはできない。それでも前へ進まなきゃいけないのだ......画展は深夜まで続いた。杖をついて美術館を出ようとしたとき、月明かりの下に懐かしくも見知らぬ人影が現れた。彼は静かにそこに立っていた。脇には粗末な木の杖、不釣り合いなスーツを身にまとい、猫背でやつれた姿は、どこまでも哀れだった。「怜......ぼくは七年、待ってた」「君が許してくれなくても、ぼくは待ち続ける」「一生愛すると誓った。一日でも、一分でも、一秒でも足りなければ、それは永遠じゃない」彼はうわの空のように私を見つめ、濁った涙がやせ細った頬を伝い落ちる。ぽとり、ぽとりと。海に沈む雨のように、もう何も波紋すら起こさなかった。「ファンの方ですか?サインが欲しいんですか?」私は淡々とスケッチペンを取り出した。数秒待ったが、彼は何も言わなかった。私は彼の横をすり抜け、振り返ることなく歩き去った。ほとんど毎回、画展の終わりにはこんな光景と会話が繰り返された。本当に吹っ切れたのか?忘れたいと思う記憶ほど、なぜか強く絡みついてくる。それでも、前を向く方が、振り返るよりずっといい。ひとりであっても。少なくとも、潔く、まっすぐに。
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