「左鳥、今日もつかれてるな」大学時代、そんな風に言われ、肩を叩かれていた日常があった。平成(2000年代初頭)の何気ない大学時代の日常を振り返る主人公の左鳥の物語。ごく普通の何気ない大学生活を送っていた左鳥は、視える人として有名な、大学の同級生である時島とルームシェアをする事になる。ライターのバイトをしていた為、怖い話のネタを集める事になり、友人の紫野から怖い話を聞いたり、時島と共に、実際に怪異に巻き込まれたりしていく。――現在では、それらも良い思い出だと考えながら、地元の友人である寺の泰雅と酒を飲む。過去の大学生活の、ほのぼのホラーと、現在の軸が時に交錯するお話です。
view more「時島」
俺は、学食の券売機前にいる時島を見つけ、それとなく声をかけた。
時島昴は、俺の大学では、ちょっと有名な『視える奴』だった。すると、かけそばと、トッピングの唐揚げの食券を持っていた時島が、俺に対して顔を向けた。それから正面に立つと、ポンと俺の肩を叩いた。
「左鳥、相変わらず、『つかれてるな』」
この時の俺はまだ――それが、疲労を指すのではなく、『取り憑かれている』という意味合いだとは、知る由もなかった。
――ああ、懐かしい記憶である。
俺は、パソコンに残していた日記を見て、何気ないこの日の時島を、ふと思い出した。
さて、その数日後――ふと俺は思い出した。前に紫野が、時島に『実家の話をしたのか』と言っていた事を。何故思い出したのかは分からない――わけでもない。多分だが、電話がかかってきたからだ。『もしもし、左鳥?』 電話の主は弟の右京で、俺は布団に横になりながら電話に出た。時島は今日も図書館に出かけている。だが時島は、滅多に本を借りては来ない。重いからだろうか?「どうした?」『いやさぁ、久しぶりに漫画集めちゃって。村の話だったから、椚原の事を思い出してさ。左鳥と話したくなったんだ。タイトルは――』「あー、その作品知ってる。俺は小説の方で最後までもう読んだ。面白いよな」 今年受験のくせに余裕そうだなと苦笑しつつ、暫しの間俺は弟とホラー小説の話に興じた。母までハマってしまったそうで、父にも勧める計画だと聞いた。 このように、自分の実家について思い出したから、時島の実家の事もまた、頭に浮かんできたのだろう。『今度東京に行ったら、またお昼ご飯おごって』「ああ。じゃあ、また」 一応俺には、ライター業のバイト代があるので、弟には基本的におごる。 俺の弟はすごく甘え上手で可愛い。弟のカノジョもすごく可愛い。正直羨ましい。俺にもカノジョが出来ないかなと思っていたら……何故なのか時島や紫野の顔が過ぎった。だから、慌てて打ち消す。別に俺は同性愛者ではない。紫野も多分元々は違う。では、時島はどうなのだろう? そんな事を考えていた時、本人が帰ってきた。俺は自分の考えに気まずくなって、思わず俺は別の事を聞いた。最初に考えていた、実家について、だ。「なぁ、時島の実家ってどんな所?」 すると時島が動きを止めた。 そしてじっと俺を見据える。力強い瞳だった。僅かに目が細くなった気がする。「時島?」 俺が声をかけると、時島が息を呑んだ。そこで彼は、我に返ったようだった。それから持っていた買い物袋を、コタツの上に置く。それはいつも通りだった。だが俺は、己が『実家』と口にした時に、時島が気まずい沈黙を挟んだ事が気になって仕方が無い
「つかれてるな」 久しぶりに時島に言われて、パンパンと肩を叩かれた。俺は、そうされると肩が軽くなるような錯覚に襲われる。そんな馬鹿な事があるはずがと思うのだが、まるで肩叩きでもしてもらったような気分になるのだ。「なぁ、何に憑かれてるんだ?」「顔色が悪いから言っただけだ」 自分の勘違いが恥ずかしくなって、俺は曖昧に笑いながら顔を背けた。 憑かれやすい、と言われた事はあるが、そんなにいつも憑かれているはずは無いし、本当に憑かれているのかどうか、俺には分からない。最近視える事があるとは言っても、自分に何かが憑いている所なんて視た事は無いのだ。「まぁ、水子がつきまとってはいるけどな」「――は?」 しかし唐突な言葉に俺は目を見開いた。 水子……? とは、生まれずに亡くなった子供の事では無いのだろうか。俺にはそんな心当たりは一切無い。カノジョがいた事がないわけではないが、正直な話、ヤる前にフラれた。ただ、当初暮らしていた家に、時島が来た時にも言われた。母親と水子、と。「何で俺に、水子?」「水子はな、左鳥みたいに流されやすく優しい人間を好むんだ」「待ってくれ、俺はそんなんじゃない!」「俺が都度追い払っているのは、大体が水子だ。今だと……お前――その辺の墓……墓地で知らない墓を拝んだりしなかったか?」 それには心当たりがあった。 実は先日、久方ぶりに、サークルで肝試しに行ったのだ。今回は墓だった。俺は、『本当に申し訳ありません、本当に申し訳ありません』と、何度も思って、手を合わせながら回ったものである。しかしそんな話は当然時島にはしていない。怒られそうだからだ。「知らない墓は、拝んでは駄目なんだよ」「そうなのか?」「推奨している所人間もいるかもしれないが、俺が知る限りは駄目だ」 時島は、少なくとも俺よりは博識だと思う。俺はこれでも文筆業志望だったから様々な本も読んだし、ネットで情報を集める事も多
泰雅の名字の『緋堂』は、寺の名字としては珍しいような気がする。勿論、他に寺生まれの友人がいるわけではないから、比較対象はいないのだが。俺はこの日も、泰雅と二人で酒を飲んでいた。泰雅は生臭坊主だ。髪もある。本人曰く、まだ見習いに等しいから良いのだと言う。「それにしても左鳥は、さらに色っぽくなったよな」 不意に泰雅がそんな事を言った。「何言ってるんだよ」 「――昔から思ってたぞ。お前の所は、弟もそうだし、親御さんもそうだし、みんな色気があるよな」 「男に色気があるって何だよ。嬉しくない。一切嬉しくない」 そう言えば昔、紫野にもそんな事を言われたなと思い出した。懐かしい記憶だ。「神様が憑いてるのが原因かもな」 「は?」 「巫女さんていうの? いや、男だから神主か。だけど――巫女さんの方が近い」 俺は泰雅に、母親の家系について話した事があっただろうか? 首を傾げながら考える。無いような気がする。祖父母の話なんて、特にした記憶は無い。まぁ同じ県内なのだから、知っていてもおかしくはないか。それほど疑問には思わなかった。「左鳥、あのな、嫌な事を言うかもしれないけど、巫女って言うのはさ、神聖な人だけど――古来は娼婦だったんだ。巫女と体を繋ぐと神の力を得られる、っていう考え」 「へぇ」 「それで巫女さんが交わって産んだ子供は神から授かった子として、子供が出来ない夫婦が育てたりな。ほら、桃太郎とか、そう言う所から来てるのかもしれないって言う説もある。多いだろ? お伽噺で親が分からない子供」 「確かにな」 「だから――お前に惹き付けられる奴は多い気がする」 そう言うと泰雅は缶麦酒を飲み干した。俺はと言えば、まさかと思いつつも、どこかで事実かもしれないと考えていた。そうだとすれば、時島の事や紫野の事も納得がいく気がした。「だから正直、俺も惹かれてる。男同士なのに不思議。ま、衆道文化は坊主にゃあるか、って感じだけどな」 笑いながら泰雅は言ったが、俺はその瞳に獣のような光を見た気がした。俺はそう言う眼光を、もう見慣れている
その年、夏の気配が更に濃くなってきた頃、俺と時島と紫野は、いつもの通りダラダラしていた。 結局――俺は時島と紫野に、ほぼ同時期に告白された(のだと思う)が、それまでの関係が変わる事も無く、俺達は時島の家に集まっては、こうしてのんびりと過ごしている。俺の場合は、住んでいるのだから、俺の家としても良いだろうか。 ダラダラしていると、全て夢だったような気がしてくるから不思議だ。 男が男に恋をするなんて事が、そうありふれていては変だと思う。 だが今でも、二人と体を重ねた記憶は消えない。良かった事が一つあるとすれば、俺は強姦被害にあった夢をあまり見なくなった。特に、痛みを感じて飛び起きる事が減ったし、生々しく流れた血液を想起する事も減ったのだ。残っているのは、恐怖だけだった。やはりまだ――怖い。しかし、時島の事と、紫野の事は、怖くはない。 この違いは何なのだろう? そんな事を考えながら、今日は珍しく俺がご飯を炊く事にした。 時島と紫野が話し込んでいたからだ。 最近この二人は、深刻そうな顔で何かを話している場合が多い。 やはり、俺が入ってはいけない部屋の事なのだろうと推測している。今でも夜になると、時折ガタガタと音がするからだ。最初はてっきり、泊まっている紫野が何かしているのだろうと思っていたのだが、今は違うと知っている。それにしても紫野はあの部屋で眠っても大丈夫なのだろうか……? そう考えながら米をといでいた時、俺はハッとした。お米の入った袋の中に、長い髪の毛を見つけたのだ。「時島ー、この米どこで買った? 髪の毛が混入してる」 俺の声に、夏であるにも関わらずコタツに入っていた二人が、そろってこちらを見た。それから立ち上がり時島が歩み寄ってくる。そして米の入った袋を覗き込んだ。紫野もやって来て、そうして首を傾げた。「どこにあるんだ?」 紫野の言葉に息を呑み、俺は再度米の袋をしっかりと見る。 そこにはやっぱり長く黒い髪の毛が入っているのだ。何度も瞬きをしてから時島を見ると、眉間に皺を寄せていた。「入ってい
さて――紫野の家に誘われたのは、俺がぐるぐると時島について考えていた頃の事だった。時島は俺を「愛している」と言ったが、あれが本心なのか……未だに分からない。時が経てば経つほど、からかわれているのではないかという思いが強くなってきたのだ。だが、仮に時島が本気だとしても……そもそも、俺は――時島を友人だと思っているのだ。 どうすれば良いのだろう? 一瞬、紫野に相談しようかとも思った。紫野も男が好きだと言っていたからだ。けれど紫野の想い人が時島だとすると、それは出来ない。紫野と気まずくなりたくない。三角関係なんて絶対嫌だ。だが、俺と時島の共通の友人は紫野だけだ。相談出来ないのが、もどかしい。 そんな感覚を持ったまま、初めてお邪魔した紫野の家は、よく整理された十畳だった。広い。お香の匂いがする。「まぁ、飲んでくれ」 座った俺に、紫野が濃い濁ったお茶を差し出した。 紫野はカフェラテを飲んでいる印象が強かったから、緑茶が出てきたのを、少しだけ意外に思った。濁っているが、緑色だし、急須を使っていた。苦そうに三重たのだが、思いの外飲みやすい。「時島と旅行してきたんだってな。俺の事も誘ってくれよ」 「悪い。次は絶対誘う」 「うん。左鳥には危機感が足り無さすぎる」 確かに憑かれやすいのだろうとは思うから、苦笑してしまった。「何で俺って憑かれるんだろう」 「そう言う意味じゃない――まぁ憑かれやすいっていうのは……俺には何も言えないけど」 「? じゃあどう言う意味だ?」 「もう分かってるだろ、俺が左鳥の事を好きだって。そんな相手の家に、一人で来るなんてどうかしてる」 溜息をつきながら紫野が言った。俺は目を見開いた。「え、お前の好きな奴って、時島じゃないのか!? だから俺、悪い事したなって思って」 「悪いこと、ね。それは根に持つかもな。ただ、時島のはずがないだろ。お前だお前。本当、鈍いのな」 それほど俺は、自分が鈍いとは思わない。「しかも一回、俺の薬飲んで弄られてるのに、何の不信感もなく、そのお茶も飲むし」 「――
次第に夏の気配が近づいてきた。 この日俺の食欲は、おかしかった。今日は時島がいない。俺はエビカツパンとヒレカツパンを買ってきた。紫野も遊びに来ないという。二つのパンを食べてお腹がいっぱいだと思うのに、俺はさらにオムライスを作った。それも食べた。その後はパスタを食べた。 ――気づけば俺は、冷蔵庫の中身が空になるまで食べていた。 我に返ったのは、帰ってきた時島に肩を叩かれた時の事である。「あ、俺……」「つかれてるんだよ」 思わず頭を抱えた時、不意に嘔吐感が襲ってきた。気持ち悪い。勿論、食べ過ぎだ。俺は全てを吐いてしまいたくなり、気づくとトイレに走っていた。 ――出てきたモノを見て、俺は目を見開いた。 そこには大きな溝鼠がいたのだ。「時島、時島!!」 すぐさま引き返すと、時島が立っていた。そして俺へと歩み寄る。俺はトイレの中を指差した。「これ、これ!!」「鼠だな」 そんな事は分かっていた。問題はそれが俺の口から出てきた事だ。 何事も無いように、時島はトイレの水を流す。呆然と俺はそれを見守っていた。 それからコタツのある部屋へ戻り、時島が大量の食材が入ったビニール袋を見た。買って帰ってきたらしい。それを手に、時島が冷蔵庫へと向かったので、俺も後を追う。「俺が食べちゃうって、予測してたのか……?」「昨日の野菜炒めで、冷蔵庫の中身は空になっただろう」「あ」 では、俺は何を食べていたのだろうか……? 全身に怖気が走った。気づけば俺は座り込んでいた。再び気持ちが悪くなってきた。「何も憑くのは、人ばかりじゃないからな」「え?」「本当、左鳥はどうして、そんなに取り憑かれやすいんだろうな」 淡々と言いながら、時島が食材を冷蔵庫にしまい始める。直接憑きやすいと言われたのは、久しぶりの事だった。「本来なら、こういう時こそ、紫野の薬が効くんだ」「そうなんだ……」「すぐに呼んだ方が良いと言いたい……ただな」 不意に時島が、俺の正面に座った。そして両手で俺の頬に触れた。 少し上を向かされて、顔を覗き込まれる。「お前と紫野を二人にしたくない」「え……?」 真剣な顔でそう言われた。黒い時島の瞳に、俺が映っているようだった。 ――あ、キスされる。 そう思った瞬間、インターフォンが鳴った。 慌てて立ち上がってから、俺は、片手で両目
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