「好きな人ができた」その一言で、私の世界は壊れた。五年付き合った恋人と、信じていた親友の裏切り。泣き疲れた夜、夢に現れたのは「女であることなんて、呪いだ」と愛を拒んだ炎の中の私。そして今、出会った彼は夢の男と同じ瞳をしていた彼は過去世で私を裏切った人。そしてまた、今世でも出会ってしまった。でも、もう逃げない。たとえ何度裏切られても、もう一度、愛したいから。本当に愛してると、何があってもあなただけを愛してますと、心の奥底から思える私になる。
もっと見る「……ごめん、好きな人ができた」
その瞬間、時間が止まったようだった。
隣に立っていたのは、私の――親友だった。
「……冗談、でしょ?」
喉が詰まり、声がうまく出なかった。
あの日、彼に初めて「好き」と言えた場所。
「ねえ……私の、何がいけなかったの?」
かすれた声がやっと出た。
「梨央は……強すぎるんだよ」
その一言は、胸の奥に突き刺さる刃だった。
そんな言葉に、いつの間に私は縛られていたのだろう。
泣きたかった。叫びたかった。
けれどその時、親友――美里が口を開いた。
「ごめんね、梨央。私たち……ずっと愛し合ってたの。
頭が真っ白になった。思わず顔を上げた。
「……いつから?」
「三年前、くらいからかな」
あまりにも軽く、悪びれもなく笑いながら話すその姿に、背筋が冷たくなった。
「梨央も、知的で綺麗だし、美人だよ。
その言葉で、心臓をえぐられたような気がした。
「……そっか。お幸せに」
口が勝手に動いた。そう言ってしまった。
それだけを言って、私は背を向けた。
それだけを言って、私は背を向けた。
ふらつく足取りで数歩だけ歩いて、思わず足を止めた。
……もしかしたら、彼が呼び止めてくれるかもしれない。
私は、ふっと後ろを振り返った。
でも。
彼らは振り返らなかった。
遠ざかるその背中が、ぼやけていく。
胸が締めつけられて、呼吸がうまくできなかった。
雨に打たれて散ったのは、五年間育てた愛だった。
私は一歩も動けず、その場に立ち尽くしていた。
胸が、張り裂けそうに痛んだ。
ドアの音が閉まる。彼女の気配が完全にフロアから消えた瞬間――有馬は、深く息を吐いた。机に置かれたコーヒーの香りが、急に冷めた現実を突きつける。けれど、それすらも、今は遠い世界の出来事のようだった。(……あんな風に、人の涙に心が揺れるなんて)過去の俺なら、気づかなかった。いや、気づかないふりをしていた。仕事に集中していれば、人の心の隙間など見なくて済んだ。だけど、今は違う。彼女の声。少し掠れたその一言が、耳にずっと残っている。「……すみません。ちょっと、私情が……」それだけだった。なのに、なぜこんなにも、胸が締めつけられるのか。(俺は……何を知ってる? 彼女の何を、俺は――)瞼を閉じる。すると、すぐにあの夢の光景が浮かび上がる。炎の中、剣を握る自分。悲しげな目で見上げる、あの人。名も知らぬはずの彼女の涙が、現実の梨央と重なった。(――償いきれていない)唐突に、その言葉が浮かぶ。誰に、何を償うのかもわからない。けれど胸の奥には、どうしようもない“後悔”のような黒い塊がある。それは、夢の中だけの話じゃない。まるで、魂そのものが覚えている“過去の罪”だ。(守れなかった……俺は、彼女を――)夢の中の“あの結末”は、まだ思い出せない。だが、ひとつだけ確かにわかるのは――その結末に、後悔と苦しみがあったということ。今、彼女が涙をこらえる姿を見るたびに、どこかで“また”同じことを繰り返してしまうのではないかという恐怖が、有馬の喉元を締めつける。(今度こそ、やり直すチャンスなのか……?)そう思う反面――もしこれが運命の再来なら。もし、今の自分に、彼女を救う資格などなかったとしたら。(……それでも、もう一度向き合いたい)そう思ってしまう。たとえ過ちを繰り返すとしても、今度こそ、彼女の涙の理由を背負いたいと願ってしまう。そんな自分が、怖いほどに――情けなく、そして愛しかった。深夜、有馬の部屋――静まり返った室内。デスクの上には、開いたままの資料と読みかけのコーヒー。だが、有馬はそのどちらにも意識を向けられず、ベッドに横たわっていた。目を閉じると、すぐに、あの“夢”が始まる。いや、夢というにはあまりに鮮明すぎる記憶だった。炎の中の記憶辺り一面、赤い炎が空を染めていた。夜なのに、まるで昼のよ
ドアの音が閉まる。彼女の気配が完全にフロアから消えた瞬間――有馬は、深く息を吐いた。机に置かれたコーヒーの香りが、急に冷めた現実を突きつける。けれど、それすらも、今は遠い世界の出来事のようだった。(……あんな風に、人の涙に心が揺れるなんて)過去の俺なら、気づかなかった。いや、気づかないふりをしていた。仕事に集中していれば、人の心の隙間など見なくて済んだ。だけど、今は違う。彼女の声。少し掠れたその一言が、耳にずっと残っている。「……すみません。ちょっと、私情が……」それだけだった。なのに、なぜこんなにも、胸が締めつけられるのか。(俺は……何を知ってる? 彼女の何を、俺は――)瞼を閉じる。すると、すぐにあの夢の光景が浮かび上がる。炎の中、剣を握る自分。悲しげな目で見上げる、あの人。名も知らぬはずの彼女の涙が、現実の梨央と重なった。(――償いきれていない)唐突に、その言葉が浮かぶ。誰に、何を償うのかもわからない。けれど胸の奥には、どうしようもない“後悔”のような黒い塊がある。それは、夢の中だけの話じゃない。まるで、魂そのものが覚えている“過去の罪”だ。(守れなかった……俺は、彼女を――)夢の中の“あの結末”は、まだ思い出せない。だが、ひとつだけ確かにわかるのは――その結末に、後悔と苦しみがあったということ。今、彼女が涙をこらえる姿を見るたびに、どこかで“また”同じことを繰り返してしまうのではないかという恐怖が、有馬の喉元を締めつける。(今度こそ、やり直すチャンスなのか……?)そう思う反面――もしこれが運命の再来なら。もし、今の自分に、彼女を救う資格などなかったとしたら。(……それでも、もう一度向き合いたい)そう思ってしまう。たとえ過ちを繰り返すとしても、今度こそ、彼女の涙の理由を背負いたいと願ってしまう。そんな自分が、怖いほどに――情けなく、そして愛しかった。深夜、有馬の部屋で静まり返った室内。デスクの上には、開いたままの資料と読みかけのコーヒー。だが、有馬はそのどちらにも意識を向けられず、ベッドに横たわっていた。目を閉じると、すぐに、あの“夢”が始まる。いや、夢というにはあまりに鮮明すぎる記憶だった。炎の中の記憶辺り一面、赤い炎が空を染めていた。夜なのに、まるで昼のよう
彼の背中が完全に視界から消えた瞬間、梨央は小さく息をついた。(……また、あの時と同じ)見送る側にいる自分。手を伸ばせば届く距離だったはずなのに、声をかけることも、気持ちを伝えることもできず、ただ黙って背中を見送るしかなかった、あの記憶が――胸の奥で、確かに疼いている。(あの夢の中で、私は……彼に、置いていかれた)そして、彼は自分を守るように剣を振るった。 本当にあれは夢だったのか。 それとも、過去にあった“何か”なのか。心の奥でくすぶり続ける違和感が、日常の中で静かに広がっていく。ふと、スマホの通知音が鳴った。 ディスプレイに浮かぶのは、何の変哲もないチームのチャット通知。 なのに、そこに書かれた「明日の打ち合わせ、有馬さんと篠原さんで進行よろしくです!」という文字列に、胸がざわめいた。(また、ふたりきり……)動悸が速くなる。嫌な予感じゃない。けれど、恐怖とも違う。 誰かに手を引かれているような、不思議な感覚。 夢の続きが、静かに現実を浸食してくるようで…… その気配が、胸の奥で密かに脈を打っていた。梨央は机に肘をつき、そっと顔を手で覆った。 冷たい指先が、頬の温もりを拾っていく。(……この感情の正体を、ちゃんと見なきゃいけないのかもしれない)過去の自分も、今の自分も――見て見ぬふりでは、もう済まされない気がしていた。***有馬真一・視点仕事が終わり、資料の山をデスクに置いた瞬間。 ふと、彼女の後ろ姿が、ガラス越しに目に入った。 何気ない動き。何でもない仕草。 それなのに――どうしてこんなに、目が離せないんだ。(……あの瞳。あの声。あの震えた指先)打ち合わせの最中、ふと交わった視線。 触れそうで触れなかった、あの指先。 ほんの一瞬だった。けれど、忘れられない。 あの時の、胸の奥の軋み――まるで何かが、疼くような。(……夢の中でも、あの目を見た気がする) そうだ。昨夜も、いや、ずっと前から何度も見ていた。 炎の中で、彼女は泣いていた。 俺は、剣を持ち――何をしていた?(違う。俺は、あの時……彼女を守ろうとしたんじゃなかったか?)記憶か幻想かも分からない感覚が、現実の輪郭を滲ませる。 彼女を見るたびに、過去の“何か”が胸にせり上がってくる。(また惹かれている……いや、また?)自問する。けれど
その夜、梨央は、また夢を見た。燃え盛る炎の音。剣の音。 神殿の石壁に刻まれた古い呪文。 そこで彼女は、またあの瞳と出会った。だが今回は、前回と違っていた。 彼が剣を抜いたとき、その刃の先が自分ではなく、彼自身へと向けられたのだ。(なぜ?)夢の中で動けないまま、ただ見つめるしかなかった。「……君だけは、守りたかった」彼がそう呟いた気がした。 声は風にかき消されたが、その想いだけが、胸に刺さったまま残った。(……私を、守ろうとしていた?)夢が揺らぎ、景色が崩れていく。目を覚ました梨央は、布団の中で固く拳を握っていた。 目尻に、また一粒だけ涙がにじんでいた。
会議後、すれ違いざまに手が触れそうになった。 紙の資料を同時に拾おうとした瞬間だった。「……あ」彼の手の甲が、梨央の指先にわずかに触れる。 ほんの一瞬。けれど、その感覚が焼きついたように離れなかった。「ごめんなさい……」梨央が手を引こうとしたとき、有馬がふと顔を上げた。 視線が重なった瞬間、時間が止まる。言葉を交わすでもなく、ただ見つめ合うだけの沈黙。 けれどそこには、妙な重みがあった。 お互い、何かに気づきそうで――けれど、まだ言葉にはできなかった。「……いえ、大丈夫です」有馬の声が、いつもより少しだけ低く聞こえた。梨央は慌てて視線を外し、その場を離れる。 背中を向けながらも、鼓動だけがうるさく鳴っていた。そして、夜。「でさー、有馬さんって、やっぱ
夜。梨央は疲れた身体をベッドに沈めながら、いつの間にか眠っていた。夢の中。目の前には、再びあの――炎の神殿。黒煙が渦を巻く空。血に濡れた石の床。剣を握る私が、必死に誰かを守ろうとしていた。そして、彼の姿。有馬にそっくりな男が、深く悲しげな瞳で立っていた。「……なぜ、あなたが……」私は剣を構えながら、唇を震わせる。「裏切ったのは、あなたなの……?」言葉にした瞬間、周囲の炎が、まるで怒りに反応するように高く燃え上がる。「信じるべきじゃなかった。女であることが、こんなにも脆く、愚かだったなんて――」
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