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雪の果ての恋文

雪の果ての恋文

作家:  笑々DD完了
言語: Japanese
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概要

ドロドロ展開

クズ

後悔

因果応報

冷酷

ひいき/自己中

婚礼を間近に控えた原田小春(はらた こはる)は、婚約者である白石真一(しらいし しんいち)に陥れられ、命の瀬戸際に立たされる。絶体絶命のその時、幼なじみの高峯健司(たかみね けんじ)が彼女を救い出し、いつまでも守り続けると誓ったのだ。 しかし、結婚後の日々は小春の望むものとは程遠く、健司の愛の裏には恐るべき秘密が潜んでいた。彼女がこれまで大切にしてきたものは、結局は他人が巧妙に仕組んだ嘘に過ぎなかったのだ。

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第1話

第1話

結婚式を目前に控えたある日、私、原田小春(はらた こはる)の婚約者である白石真一(しらいし しんいち)は、原田恵(はらた めぐみ)が交通事故に遭い、失明したことで、そのすべての責任を私に押し付けた。

そして彼は、私を冷蔵倉庫に閉じ込めたのだった。

まる一日一夜、私は冷たい隅っこに丸まり、体は凍えて感覚を失い、意識も次第に遠のいていった。

凍え死ぬのだろうか――そう思ったその瞬間だった。

幼なじみの高峯健司(たかみね けんじ)が、冷蔵庫のドアを蹴破って、私を救い出してくれた。

彼の手は血で染まっていたのに、そんなことはお構いなしに、ただ私を強く抱きしめ、その眼差しには痛ましさがあふれていた。

それを聞きつけた母は、怒りのあまり我を忘れて車で駆けつけようとしたが、途中で事故を起こし、重傷を負ってしまった。

高額な手術費に直面し、私はやむなく白石真一のもとへ行き、母が私にくれた持参金を返してほしいと懇願した。

ところが彼は、同情の色すら見せず、冷ややかに笑いながら氷水を私に浴びせ、「出て行け」と吐き捨てたのだった。

絶望のどん底にいたその時、高峯健司が突然現れた。彼は高額な手術費用を全額立て替えてくれただけでなく、深い愛情を込めてプロポーズまでしてくれたのだ。

「小春、あいつが君を愛してないんなら、俺が貰う。一生守ると誓う。決して離したりしない」

けれども、母は手術中に脳出血を起こし、結局、私の元から永遠に去ってしまった。

泣き崩れる私を彼はしっかりと抱きしめ、決して離さないと約束したのだった。

結婚して五年、健司の私への愛情は、まるで燃え盛る炎のように変わらず熱かった。世界中が彼が私を命よりも愛していると知り、私たちはついに愛の結晶を授かろうとしていた。

その知らせを健司に伝えようと、心躍らせていた矢先のことだ。彼と秘書の会話が耳に入ったのだった。

「社長、ご指示通り、ご遺言の全財産の受益者を原田恵様に変更いたしました。それと、お求めになったバッグも恵様にお届け済みです。残りの追加購入品はどういたしましょう?恵様はあまりお気に召さないご様子で……」

「……じゃあ、小春にやれ」

私はドアの前に立ち尽くし、体は震えが止まらず、頭の中は真っ白だった。

そうだったのか……健司が私にくれたスカーフやブレスレット、マグカップ……愛の証だと思っていたそれらの贈り物は、全て原田恵が欲しがらなかったものの残りだったのだ。

心臓をギュッと握りつぶされるような痛みが走り、息もできないほどだった。

彼らはいったいいつから……?

電話の向こうで、秘書の声は明らかな媚びを含んでいた。

「社長、本当に恵様にご執心なんですね!五年前も、小春様のお母様を事故に遭わせて、その角膜を恵様に移植させるためにお手を回されたとか。今度は、遺産のすべてを恵様に……それは数百億円もの資産ですよ!」

健司は一瞬の躊躇もなく、即座に答えた。

「恵が喜ぶなら、俺は何だってする」

秘書はまだ何か言いたそうだったが、躊躇いながらも、ついに口にした。

「でも……奥様がご存知になったら、お悲しみになるのでは……?」

健司は長い間沈黙した後、揺るぎない口調で言った。「昔、俺は彼女に負い目がある。だから一生面倒を見ると決めたんだ。彼女に対しては、後悔も何もない」

秘書がさらに何か言おうとしたが、健司は電話を切り、重い沈黙だけが残った。

健司は窓辺に立ち、煙草をくわえていた。煙の向こうの彼の表情は陰り、何を考えているのか全く見えなかった。

そして私――私はそのままドアの前に立ち、足がガクガクと震え、今にも倒れそうだった。

彼の私への愛が、最初から最後まで偽りだったなんて。この五年間、私が大切にしてきた幸せは、彼の罪悪感に過ぎなかったなんて。

あの優しい抱擁も、深い愛の言葉も、全ては緻密に計算された嘘だったのだ。

絶望が潮のように押し寄せ、私を完全に飲み込んでいった。

私は思い返した。幼なじみとして共に過ごした二十数年、いったいいつから高峯健司は原田恵に心を奪われたのだろうかと。

じっくり考えてみれば、実は前兆はあった。ただ、私は全く気づかなかっただけなのだ。

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第1話
結婚式を目前に控えたある日、私、原田小春(はらた こはる)の婚約者である白石真一(しらいし しんいち)は、原田恵(はらた めぐみ)が交通事故に遭い、失明したことで、そのすべての責任を私に押し付けた。そして彼は、私を冷蔵倉庫に閉じ込めたのだった。まる一日一夜、私は冷たい隅っこに丸まり、体は凍えて感覚を失い、意識も次第に遠のいていった。凍え死ぬのだろうか――そう思ったその瞬間だった。幼なじみの高峯健司(たかみね けんじ)が、冷蔵庫のドアを蹴破って、私を救い出してくれた。彼の手は血で染まっていたのに、そんなことはお構いなしに、ただ私を強く抱きしめ、その眼差しには痛ましさがあふれていた。それを聞きつけた母は、怒りのあまり我を忘れて車で駆けつけようとしたが、途中で事故を起こし、重傷を負ってしまった。高額な手術費に直面し、私はやむなく白石真一のもとへ行き、母が私にくれた持参金を返してほしいと懇願した。ところが彼は、同情の色すら見せず、冷ややかに笑いながら氷水を私に浴びせ、「出て行け」と吐き捨てたのだった。絶望のどん底にいたその時、高峯健司が突然現れた。彼は高額な手術費用を全額立て替えてくれただけでなく、深い愛情を込めてプロポーズまでしてくれたのだ。「小春、あいつが君を愛してないんなら、俺が貰う。一生守ると誓う。決して離したりしない」けれども、母は手術中に脳出血を起こし、結局、私の元から永遠に去ってしまった。泣き崩れる私を彼はしっかりと抱きしめ、決して離さないと約束したのだった。結婚して五年、健司の私への愛情は、まるで燃え盛る炎のように変わらず熱かった。世界中が彼が私を命よりも愛していると知り、私たちはついに愛の結晶を授かろうとしていた。その知らせを健司に伝えようと、心躍らせていた矢先のことだ。彼と秘書の会話が耳に入ったのだった。「社長、ご指示通り、ご遺言の全財産の受益者を原田恵様に変更いたしました。それと、お求めになったバッグも恵様にお届け済みです。残りの追加購入品はどういたしましょう?恵様はあまりお気に召さないご様子で……」「……じゃあ、小春にやれ」私はドアの前に立ち尽くし、体は震えが止まらず、頭の中は真っ白だった。そうだったのか……健司が私にくれたスカーフやブレスレット、マグカップ……愛の証だと思ってい
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第2話
幼い頃、健司が家に来るたび、決まって最初にこう尋ねたものだった。「恵はいる?」それを聞くたび、私はいつも、彼がただ我が家に慣れているだけなのだと思い込んでいた。あるいは、恵が私の「妹」だから、ついでに聞いているだけだと。大きくなってからも、彼が私に贈り物をする時は、いつも入念に二つ用意していた。一つは私のため、もう一つは原田恵のためだ。私はそれも、彼が私を愛しているからこそ、その愛が家族へも移ったのだと思い込んでいた。あるいは、私を大切に思う気持ちが、自然と身内にも向けられたのだと。けれど、今になって思えば、あれは彼が恵を偏愛していた証拠に過ぎなかった。私は、彼の本心を隠すための、単なるカモフラージュでしかなかったのだ。かつて私は、彼こそがこの世で最後に私を心から大切にしてくれる人だと信じていた。彼の些細な仕草さえも、愛の証だと受け止めていた。でも今、その「愛」と呼ばれていたものは、まるで入念に仕組まれた芝居だった。そして私は、真実を知らされず、騙され続けた愚か者だったのだ。母が亡くなって間もなく、恵の目は奇跡的に見えるようになった。当時、私はその回復をただ心から喜んでいた。それが、私の母の犠牲によるものだとは、考えもしなかった。母が命と引き換えに得た光が、彼の手によって、恵への取り入り道具に使われていたのだ。つまり、彼がしてきたことの全ては、ただ恵を喜ばせるためだけだったということか。白石真一に傷つけられた後、傷だらけの私の心は、ようやく自分を本当に大切にしてくれる人に出会えたと思い込んだ。健司は救いだと、暗闇の中の光だと、再び愛を信じさせてくれる人だと、そう確信した。しかし今、その全てが泡と消えた。彼の愛は、最初から入念に計算された策略だった。甘い砂糖衣に包まれた毒薬だった。その甘さに溺れさせておきながら、真実が明るみに出た時には、私の心をズタズタに引き裂くためのものだった。私は玄関に立ったまま、涙が止まらなかった。無意識にお腹にそっと手を当てた。そこには、私たちの愛の結晶、新たな命が宿っているはずだった。けれども、今や愛さえも消え失せた。彼が、この命のそばにいる理由なんて、どこにあるだろうか?私は一瞬のためらいもなく、震える指でスマートフォンを取り出し、病院の予約ダイヤルを押した。「もしもし、
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第3話
健司の顔色が一瞬、曇った。だが、すぐに平静を取り戻した。「小春、心配するな。いくら必要なのか教えてくれれば、すぐに手配するから」私が答える間もなく、原田恵の声が泣きを含んで、すぐ横で響いた。「健司お兄ちゃん!先生が親知らずが生えてきたから抜かないといけないって!」健司の注意は一気に恵の方へ向き、彼はすぐに彼女の方へ向き直り、心配そうな表情を浮かべた。「恵、怖がらないで。痛くならない方法を先生に聞いてくるからね」恵は唇を尖らせて、目に涙を浮かべた。「歯を抜いたら、美味しいものがいっぱい食べられなくなるの」健司はそっと彼女の頭を撫でながら、甘やかすような口調で言った。「大丈夫、いい子だね。治ったら、恵が食べたいものは何でも買ってあげるから」目の前で繰り広げられる光景に、私の心は完全に奈落の底へと落ちていった。恵が歯を一本抜くだけなのに、健司は命がけで心配し、目に溢れるのは憐れみばかり。一方で私は、手術を受けるというのに、彼は軽く尋ねただけで、心配の色は微塵も見せなかった。愛しているかどうかは、こんなにもはっきり分かるものなのか。私はその場に立ち尽くし、目に涙を溜めていたが、もうこぼれ落ちることはなかった。心臓が氷漬けにされたように冷え切っていた。「気分が悪いから、先に帰って休みたい」私の言葉を聞いて、高峯健司はわずかに目を上げて私を一瞥しただけだった。その目には、慌てる様子も気遣いも微塵もなく、まるで他人を見るかのようだった。「運転手に家まで送らせる。恵は抜歯するんだ。彼女が怖がっているから、俺はそばにいる」こんなことは以前にもあった。恵にちょっとしたトラブルがある度に、健司はいつも真っ先に彼女のもとへ駆けつけた。私はずっと、彼が私を愛しているからこそ、恵にも優しくしてくれたのだと思っていた。私はそれを彼の優しさだと思い、心の奥ではその優しさにさえ感動していた。ところが今、真実が刃物のように、全ての幻想を突き刺した。ようやく私は悟った。あのいわゆる「優しさ」は、私への愛のためでは決してなく、彼の心の奥底にある人が、最初から私ではなかったからだと。私は背を向けた。足取りはふらふらとしていたが、振り返る勇気はなかった。家に着くと、ドアに寄りかかった。目に涙が浮かんだが、もう流れ落ちる
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第4話
魂が抜けたようにベッドに倒れ込んだ。体中の力がすっかり抜けて、重くて動けず、心の奥底から冷たさがじんわりと滲み出てくる。いつまでも晴れない。目を閉じ、暗闇で心の痛みを覆い隠そうとした。しかし、砕けた記憶の断片が、まるで押し寄せる波のように、何度も何度も私の記憶を打ちつけてくる。小さい頃から、私は父と母の手のひらで転がすように大切に育てられてきた。私の世界はシンプルで美しく、愛で満たされていた。ところが、原田恵が来てから、すべてが変わった。彼女は父の初恋の人が遺した子で、母親が交通事故で亡くなった後、父に引き取られて我が家にやってきたのだ。幼かった私は、その背景にある意味を理解できなかった。ただ、妹ができて一緒に遊べるのはいいことだ、と単純に思っていた。彼女がおずおずと家に入ってくるのを見て、心の中は好奇心と期待でいっぱいだった。自分の一番好きなおもちゃを彼女に渡してあげるほどに。しかし、すぐに気づいた。この家の空気がおかしくなっていることに。母と父は大喧嘩をした。争いの声が家の平穏を破り、母は毎日泣いてばかりいるようになった。彼女の笑顔はどんどん減り、父の注意も、次第に私から離れていった。なぜ妹が来ただけで、家がこんなにも見知らぬ場所に変わってしまったのか、私は理解できなかった。母のうつ病が次第に深まるにつれ、父の関心がとっくに恵に傾いていることにようやく気づいた。私が頑張って勉強し、一番を取って、ようやく父の一言の褒め言葉を引き出せる。なのに、恵は、簡単な童謡を一曲覚えただけで、やすやすと父の賛辞と抱擁を手に入れた。その瞬間、私の心はゆっくりと冷めていった。この家の中で、私は孤独を感じ始めた。誰も本当に私を気にかけてはくれず、私の存在は、もはや重要ではないかのようだった。かつての婚約者だった白石真一さえ、彼女の軽い一言のために、私を冷凍庫に閉じ込め、死にかけさせたのだ。私の存在は、この家にとって、あってもなくてもいいものだった。高峯健司が現れるまでは。ついに救いに出会えた、と思った。彼は他の誰とも違った。その目に映るのは私だけだった。だが今となっては、真実が刃のように、すべての幻想を引き裂いてしまった。彼が愛と言っていたものは、恵のために紡がれた嘘に過ぎず、私は単に彼が恵をなだめるための道具で
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第5話
健司の顔色が一瞬で変わった。さっきまでの優しい眼差しは一瞬で冷たい目つきに変わり、口調も強硬になった。「小春、そんなこと言わないで。おとなしく薬を飲みなさい」わたしは苦笑いしながら、健司が差し出した漢方薬を受け取ると、一気に飲み干した。すると健司の表情はようやく和らぎ、ほんの少しだけ満足げな微笑みを浮かべた。「小春は本当にお利口さんだね!体を温めるから、スープも飲んで」彼は台所から湯気の立つスープの入ったお椀を持ってくると、そっと私の前のテーブルに置いた。スープの表面は黄金色の油が光り、確かに美味しそうに見えた。ただ……「私、パクチー苦手なの」スープの表面には、あふれんばかりにパクチーがたっぷりと乗せられている。緑が鮮やかで、ほとんどこぼれ落ちそうだった。パクチーが好きなのは原田恵であって、わたしではない。以前は、健司がただ忙しすぎて、わたしのそんな些細な好みまで覚えていられないだけだと思っていた。でも、さっき屋根裏部屋で目にした光景が、その幻想を完全に打ち砕いた。屋根裏には、壁一面に原田恵に関するメモがびっしりと貼られていた。そこには恵が何を好み、何を嫌うかが克明に記され、恵がバナナは食べるけれどバナナ味のビスケットは食べないことまで、こと細かに書き留められていたのだ。それでは、わたしは?彼の心の中では、わたしは単なる都合のいい道具でしかなかった。健司の手がわずかに止まった。持っていたスプーンが宙に浮き、それから彼は何事もなかったように言った。「パクチーが苦手なら、取り除いてあげるよ。女の子はみんなパクチー好きだと思ってたから」彼の声には、どうでもよさそうな軽い気持ちが満ちていた。まるで大したことじゃないことのように。私の胸に、抑えきれない苦みが込み上げてきた。健司にとって、女の子はおそらく原田恵とその他の二種類にしか分けられない。そして、わたしはその「その他」なのだ。健司の専用着信音が鳴った。彼は着信表示をちらりと見ると、目つきがたちまち優しいものに変わった。「小春、秘書からの電話だ。ちょっと出てくる」この五年間、この専用着信音が鳴るのは何度目だろう。深夜であれ早朝であれ、この音が鳴れば、健司はいつも嫌な顔一つせず、すぐに電話に出た。彼はひどい睡眠障害を抱えていて
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第6話
ベッドの脇に置いた携帯電話をそっと切り、枕元へ戻した。目を閉じようとしたその瞬間、携帯が突然、ぶるぶると震えだした。画面には原田眞一郎(はらた しんいちろう)の名前が表示されている。その文字を見ただけで、胸の奥にむっとする嫌悪感が込み上げてきた。【恵が貧血気味らしい。明日、病院に行って輸血してやれ】メッセージは簡潔でストレート。命令口調はあたかも当然のことのように響く。画面をじっと見つめ、キーボードの上に指を浮かせたまま、何と返せばいいのかわからなかった。五年前、恵は、母が仕組んだ車の事故だと言い張った。婚約者だった白石真一は彼女の一方的な言葉を信じ込み、婚約を破棄しただけでなく、私を完全に恥をかかせ、挙句の果てには冷蔵倉庫に閉じ込めたのだった。私はそこに閉じ込められ、気の遠くなるような一日一夜を過ごした。凍傷で体中が青紫色になり、がたがた震え、ほとんど意識を失いかけていた私を救い出してくれたのは高峯健司だった。ところが、そんな姿の私を見た父は、一片の情けも示さず、むしろ容赦なく平手打ちを浴びせてきたのだ。「小春、お前の母親が精神病だったように、お前もか?どうして妹を守れなかったんだ!」彼は私に弁明の機会すら与えず、ただ恵の言い分だけを信じた。幼い頃から、父の恵への偏愛には慣れっこだった。だが今回は、死にかけている私にすら一片の憐れみもなく、むしろ生きている価値すらないと思っているようだった。母が亡くなって以来、彼とは一切連絡を取っていなかった。この五年間、彼が自ら連絡してきたのはたったの二度。一度は、私の指導教師に恵の進路を決めてもらうよう頼むため。そしてもう一度が、今回の恵の貧血で輸血をしろというものだった。私と実の父を繋いでいたのは、恵のためだけの要求だけだったのだ。目頭が熱くなった。でも、私は涙がこぼれ落ちるのを必死にこらえた。泣いてはいけない。こんな時に弱みを見せてはいけない、と自分に言い聞かせた。もう失望はし尽くした。とっくに慣れるべき時だったんじゃないか?かつて私を深く傷つけたあの瞬間、裏切られ続けた期待の数々、それらが私に強さを学ばせるのに十分ではなかったのか?深く息を吸い込み、感情を落ち着けようとした。指が電源ボタンを軽く押す。画面が暗くなるのと同時に、私の心に残っ
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第7話
妊娠中は献血できません。重度の貧血を引き起こすおそれがあるんです。そう言いかけた私に、原田眞一郎は苛立った様子でせかす。「余計なこと言うな、いつものように取り繕ってるんじゃないだろうな!」ここは原田家の私立病院。看護師も彼の指示に逆らえず、躊躇いもなく注射器を手に採血を始めた。400ミリリットルもの血液が抜かれ、私は限界だった。顔色はますます青ざめ、目の前が真っ暗になると、そのまま気を失ってしまった。「もうこれ以上は無理です。彼女は気絶しています。取り返しのつかないことになります」看護師が訴えると、原田眞一郎は仕方なく中断を命じ、口の中で呟いた。「まったく、役立たずめ」看護師に車椅子に乗せられ、休憩室へ向かう途中、廊下の奥から健司が恵を抱きかかえて歩いてくるのに出くわした。その光景を目の当たりにし、心の準備はしていたつもりでも、胸が締め付けられるような痛みが走った。「健司、会社に用事があるんじゃなかったの?」彼も私がここにいるとは思っていなかったらしく、慌てた様子で言い訳した。「小春、誤解しないでくれ。お父さんから連絡があって、恵の体調が悪いから病院に連れて行ってくれって」彼の腕の中の恵は、目には侮蔑の色を浮かべながらも、無邪気なふりをして言う。「お父さんが健司お兄ちゃんを呼んだんだよ。お姉ちゃん、怒ってないよね」ちょうどその時、私の検査結果を持った看護師が近づいてきた。「原田小春様、あなた妊娠されていますよね。そんな状態で献血なんて、貧血になりますよ。ひどくなると、流産の危険だって……」私は内心、焦った。健司に気づかれたくない。顔を上げると、彼は泣きじゃくる恵をなだめるのに忙しく、看護師の言葉にはまったく気づいていないようだった。私は無理に笑顔を作り、看護師に小声で言った。「大丈夫です」二人の情熱的な様子をもう見たくはなかった。一刻も早くその場を離れたかった。しかし、鋭い目つきの恵に見つかってしまう。彼女は健司の腕からもがくと、走り寄って私の手を掴んだ。「お姉ちゃん、今日、家族でご飯食べようよ。お姉ちゃんと一緒に食べるの、久しぶりだもん」私は冷たく恵の手を振り払った。「結構です。用事がありますから」それでも恵は諦めず、声にいっぱいの哀れみを込めて言う。「お姉ちゃ
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第8話
失血がひどく、意識はだんだんと遠のいていった。目の前のすべてが霞んで見える。幸い、病院の近くで通りすがりの人に見つかり、救急車で運ばれた。手術室から目を覚ますと、視界はぼんやりとし、耳元には医師の低い声が響いた。「原田小春さん……流産されました。お子様は……」身体が一瞬で硬直した。涙が止まらなかった。心臓がえぐり取られたような、引き裂かれるような痛みだけが残る。今でも覚えている、妊娠がわかったあの日の胸の高鳴りを。未来への期待に満ちたあの気持ちが、つい昨日のことのように。病院で五日間を過ごした。その五日間、健司からは一本のメッセージも、一本の電話もなかった。彼の心の中で、私は本当に取るに足らない存在なのだろう。明日は海外へ発つ。荷物をまとめに家に戻った。家の中は、耳をつんざくような静けさだった。健司がソファに座り、誰かに電話をしていた。その声は優しく、まるで誰かをなだめているようだ。「恵、心配しないで。彼女には電話しないよ。恵を怒らせたんだから、絶対に償わせるから」私が入ってくるのを見て、健司は一瞬たじろいだ。そして、無意識に電話を切った。「小春、帰ってきたのか」「帰ってこない方がよかったの?」と、私は言い返した。健司の電話がまた鳴った。考えるまでもなく、恵からの着信だ。彼は画面を一瞥し、目をわずかにそらした。「小春……会社でちょっとトラブルがあって、今から行かなきゃ」車のキーを手に取り、出かけようとした。「健司、待って」私は彼を呼び止めた。「明日は結婚記念日だよね。何か買いたい物があるんだけど、ここにサインしてくれない?」カバンから書類を取り出し、彼の前に差し出した。彼はそれを受け取り、ざっと目を通すと、ペンでさっとサインをした。それが離婚届だとは、まったく気づいていない。「私もあなたにプレゼントを用意したの。後でテーブルに置いておくね」私の妊娠通知書と流産の診断書だ。健司はそっと私の手を掴み、優しく口づけた。「小春がくれるものなら、何だって好きだよ。だって君が、俺にとって最高のプレゼントだから」私は彼を見つめた。その目には、一片の感情もなかった。高峯健司。その時、本当に気に入ってくれるといいわね。彼は足早に立ち去ろうとした。「健司!」「なん
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第9話
一方、健司は車に急いで乗り込み、エンジンをかけると同時に、恵からの着信が鳴った。「健司お兄ちゃん、頭がすごく痛くて……」その言葉を聞いて、健司は一瞬たりとも躊躇せず、恵のもとへと車を走らせた。道中、彼の胸は張り裂けんばかりに焦っていた。頭の中には、弱々しい恵の姿ばかりが浮かぶ。しかし、途中でふと、小春が彼を見送った時のあの眼差しを思い出した。複雑な、何か引っかかるものを感じさせるあの目を。健司は心の中で言い訳した。『小春は怒っているんだろう。ここ数日、彼女に連絡もしなかったからな。あとで適当にプレゼントでも買っておけばいいさ』そう自分に言い聞かせ、その漠然とした不安を振り払おうとした。ほどなくして、恵の家に到着した。ドアを開けた健司は、目の前の光景に思わず固まった。恵はベッドの上で肌をあらわにし、頬を紅潮させて横たわっている。どう見ても体調不良の様子はなかった。健司の表情は一瞬で険しくなり、珍しく恵に厳しい口調で言った。「具合が悪いわけじゃないのに、どうして嘘をつくんだ?」健司の言葉に、恵の目は一気に潤んだ。声を詰まらせながら訴える。「お姉ちゃんが戻ってきたら、もう健司お兄ちゃんは私のことなんて構ってくれない……ただ、一緒にいてほしかっただけなのに……」涙を浮かべる恵の姿を見ると、健司の心はまた柔らかくなってしまった。彼は素早く彼女の元へ歩み寄り、腰をかがめて目線を合わせた。かつて、恵をもっと守るため、健司は小春と結婚する道を選んだ。恵は白石真一を選ぶだろうと思っていたのだ。しかし、それから長い年月が過ぎても、恵と真一はいつも喧嘩ばかりで、結局は結ばれることはなかった。長年想い続けてきたこの少女を目の前にして、健司の胸には複雑な感情が渦巻いた。その様子を見た恵は、わざと健司に寄り添った。二人の吐息が混じり合う。「健司お兄ちゃん、今まで私のためにしてくれたこと、ずっとちゃんと見てたよ。実は私の心の中にも、ずっと健司お兄ちゃんのことが好きなんだ。ただ、お兄ちゃんが好きなのはお姉ちゃんだと思ってたから……」そう言い終えると、恵は自ら健司に唇を重ねた。健司は一瞬、呆気にとられた。なぜか、ふと小春の匂いを思い出した。雨上がりの土と草の香りのような、清々しい自然の香り。純粋で、ふわりと心を安らげるあ
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第10話
健司は一瞬のためらいもなく、手近にあった上着を掴むと、恵の泣き叫ぶ声や引き止める手を振り切って、恵の家を飛び出した。今、彼の頭にあったのは、別れ際に見た小春の最後の姿だけだ。その眼差しは決然として、底知れぬ失望を秘めているようだった。あの眼差しが、得体の知れない恐怖を彼の胸にこみ上げさせた。道中、彼は何度も小春に電話をかけたが、一度として通じることはなかった。最後の電話では、画面に【相手の番号は存在しません】とまで表示された。存在しないはずがない!怒りを抑えきれず、健司は携帯電話を地面に叩きつけた。画面が一瞬で割れると同時に、彼の心まで砕け散りそうだった。ここ数日の小春の様子が蘇る。その眼差し、沈黙、そして距離感……今になって、小春が、何か変わってしまったんじゃないかと、ぼんやりと気づき始めていた。でも、ありえない!彼女はこのことを知るはずがない!もしかして、最近恵に構いすぎたせいか?でも、前はそうしても、はるかちゃんは彼を優しいって褒めてくれたのに。違う、そんなはずは……小春は彼をこんなにも愛している。ただ最近、気分が優れないだけだ。そう自分に言い聞かせ、何とか平静を装おうとした。しかし、心の不安は潮のように押し寄せ、小春がまだ怒っているのではと恐ろしかった。埋め合わせをしようと、健司はかろうじて落ち着きを取り戻すと、近くの花屋に立ち寄り、鮮やかなバラの花束を買った。隣の宝飾店では、以前、小春のネットショッピングのカートに入っていたのを見かけた金のブレスレットも購入した。これらの贈り物で彼女の怒りが解け、以前のような姿に戻ってくれることを願って。買い物を済ませると、健司の気持ちは落ち着き、鏡を見て身だしなみを整える余裕さえ出てきた。深く息を吸い込み、少しでも自信ありげに見せようとした。家のドアを開け、期待を胸にバラの花束を手にして。「小春、小春?」ところが、家の中は不気味なほど静まり返っており、その慌ただしさが一瞬で戻ってきた。いつの間にか手にしていたバラの花束が床に落ち、花びらが散らばっていることに気づいた。慌てて二階へ駆け上がりながら、心の中で叫んだ。小春は結婚記念日のプレゼントを残してくれたんだ、絶対にいなくなるはずがない、と。しかし、机の上の箱を目にした
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