新たな契約、記憶の試練へ

　砂嵐が止んだ瞬間、空間の色調が変わったように感じられた。

　刻罪の砂漠に降り立った“彼女”──サティーナは、黒の戦衣を翻し、かつての王に向けて微笑んでいた。

「ようやく、また会えたわね。リリス様……いえ、“堕ちた王”と呼ぶべきかしら」

　艶やかな白銀の髪が、風に舞う。背中には魔性の紋様が蠢き、その身を刻む契印が、砂漠の陽光に妖しく輝いていた。

　リリスは、僅かに目を細める。

「……サティーナ。あなたは確かに、あの日、“死んだ”はずよ」

「死んだわ。でも、それは肉体の話。契約核と融合すれば、記憶も、痛みも、永遠になる……それがこの砂漠の本質よ」

　サティーナの瞳が、どこか懐かしげにリリスを見つめていた。

　だが、そこに宿るのはかつての忠誠ではない。むしろ、愛と恨みの入り混じった、ねじれた情だった。

「お前が……この核の守護者なのか」

　カインがリリスの隣で問いかける。

　剣を抜こうとするその手を、リリスが制した。

「違うわ。彼女は“守護者”なんかじゃない……核そのものになってる。記憶と快楽が交わるこの地で、かつての裏切りを飲み込み、今なお“わたし”を試しているのよ」

「フフ。わたしはね、リリス様。あなたの記憶そのものに、成り果てたの」

　そう囁くと同時に、サティーナの指先が空をなぞる。

　砂が巻き上がる。

　風が震える。

　そして、次の瞬間──リリスとカインの足元が、崩れた。

　重力が反転するような錯覚とともに、二人の身体が引きずり込まれていく。

「……記憶の底へ、いらっしゃい。わたしの裏切りと、あなたの後悔が眠る、“あの夜”へ──」

　サティーナの囁きが、砂に溶けていった。

　落下するような感覚が止んだとき、カインは荒い息を吐きながら、乾いた石畳の上に倒れていた。

　目を開けると、そこは“砂漠”ではなかった。

　灰色の空。冷たい風。瓦礫に囲まれた、かつての城塞都市の広場。

「……ここは……？」

　カインが立ち上がると、視界の奥に立つ、ひとりの女が目に入る。黒衣に身を包んだリリス。だが、その表情は今の彼女ではない。

　若く、未熟で、それでも王の威光を纏った姿──“黒契王”と呼ばれていた時代のリリスだった。

（……これは、記憶の世界……？）

　カインの推測を裏付けるように、もう一つの影が現れる。

　それは、サティーナだった。

　彼女は今よりもさらに若く、忠義に満ちた