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第6話

作者: あめちゃん大好き
翌朝早く、千佳は朝食を手に、慌ただしくマンションにやってきた。

「ねえ、どうだった?就職に必要な書類、無事に提出できた?」

彼女はドアをくぐるなり、弾んだ声でまくしたてた。「昨夜、先生から連絡があったわ。あなたに会えるのをすごく楽しみにしてるって!」

「うん、出したよ」

「そうそう」千佳は朝食を頬張りながら、もごもごと言った。「今日、大使館でビザの申請に行くんでしょ?私が付き添うわ」

「大丈夫、一人で平気」真奈美は言った。「それより、今日はクライアントとの打ち合わせがあるんじゃなかったの?」

「キャンセルしたよ」千佳は事もなげに言った。「親友が困ってる時に、仕事なんかしてる場合じゃないでしょ?」

真奈美が彼女を見ると、目頭が熱くなった。

「ちょっと、泣かないでよ!」千佳は慌ててティッシュを差し出す。「いいこと、真奈美。これからは嬉しい時の涙だけ。男のために泣くなんて、もう卒業!」

「そうだね」真奈美は力強くうなずいた。

大使館へ向かう途中、真奈美のもとに直樹からメッセージが入った。

【真奈美、澄波ヶ丘で待ってる。しっかり話したいんだ。お前に言いたいことが山ほどある】

画面を一瞥した彼女は、そのまま通知をスワイプして消した。

数分後、またメッセージが届いた。

【白石グループの融資の件、明後日には実行される。約束は守るよ。その後はあいつと完全に縁を切るから】

【以前約束したオーロラ旅行、来月の分を予約した。一緒に行こう】

続いて、一本の動画が送られてきた。

I国の夜空に揺らめくオーロラ。あまりの美しさに、かえって現実味がないほどだった。

もし少し前の真奈美だったら、感動のあまり泣き崩れていただろう。

でも今、それはただの皮肉にしか思えない。

あんなに願っても叶わなかったオーロラの約束を、自分がいなくなった途端に見に行こうとするなんて。

真奈美は冷ややかに返信を打った。

【オーロラは白石さんと楽しんで、私には関係ないので】

それを見た千佳は、力いっぱい親指を立てた。「最高!これが私の知ってる真奈美だよ!」

……

大使館の手続きは滞りなく終わった。

ビザ申請センターの外に出ると、日差しが心地よく降り注いでいた。真奈美が見上げる空はどこまでも青く、まるで自由な空気に満ちているようだった。

「そういえば」千佳は腕を組んできた。「家にはまだ荷物が残ってるんでしょ?デザイン画やトロフィーはあなたの『命の次に大事なもの』なんだから、ちゃんと取り戻さなきゃ」

真奈美は足を止めた。

確かに。

大事なデザイン画や、獲得した数々のトロフィーは、今も澄波ヶ丘の書斎に置かれたままだ。

あれらはどんな宝石よりも、彼女にとってかけがえのないものだった。

「私もついて行ってあげよう」と千佳は言った。「ついでにあの男にも一言物申してやるわ、良心が咎めないのって」

「ううん」真奈美は首を振った。「私だけで行く。決着は自分でつけないといけないから」

真奈美の迷いのない眼差しを見て、千佳は頷いた。「わかった。じゃあそこまで車で送る。私はそのあと打ち合わせに行くから」

午後3時、真奈美は予定通り澄波ヶ丘の邸宅に到着した。

家に入るやいなや、彼女は迷わず書斎へと向かった。

中から絢香の大きな声が聞こえてきた。

「こんなゴミ、いつまで取ってるの?邪魔だし、全部捨てて!」

書斎に入ると、絢香が二人の使用人に命じ、本棚の上のデザイン画やトロフィーを乱暴にゴミ袋や段ボールへ突っ込ませ、廃棄処分の準備をさせているところだった。

「何していますか?!」

真奈美は駆け寄った。

絢香は振り返り、彼女を見ても慌てるどころか、面白そうに口角を上げた。「あら、木村夫人じゃありませんか。ああ違った、もうすぐ『元』木村夫人になるんでしたね」

彼女は真奈美の前に歩み寄り、上から下までなめ回すように見つめた。「どうしたんですか?自分から離婚届を出したばかりなのに戻ってくるなんて。直樹にまだ未練でも?」

真奈美は彼女を無視し、使用人のところへ進むと、自分のトロフィーを奪い返した。

「誰に許可をもらって人の物に触ってるの?」真奈美は使用人を睨みつける。

使用人たちはうつむいて沈黙した。

絢香は近づき、わざとらしくトロフィーの埃を払おうとした。「真奈美さん、怒らないで、ここに置いとくと邪魔だと思っただけですから」

彼女の手が触れた瞬間、真奈美は激しく振り払った。

「もうすぐ離婚する身なんだし、こういう物がいつまでも残っていると、みっともないでしょう?」

絢香の笑みが、冷酷な嘲笑へと変わる。「直樹も言ってましたよ。この家はこれから、私と彼の家になるからって。だから、あなたの残したゴミは当然、綺麗に片付けなくちゃいけませんよね?」

真奈美はトロフィーを強く握りしめ、指先が白くなった。「少なくとも私は、誰に恥じることもない『正当な女主人』だったわ。でも、あなたは?ただの哀れな愛人に過ぎないでしょう」

絢香の表情が一瞬サッとこわばったが、すぐにまた薄気味悪い笑みを浮かべた。

真奈美に耳打ちするように近づいてくる。「あの流産した子、名前を『保乃香』にするはずだったでしょう?」

真奈美はハッと息を呑んだ。

それは、彼女と直樹だけの秘密だった。

いつか子どもが生まれたら、その名を付けようと誓い合っていたのだ。

「予想外のことでしたか?実は、私が飼ってる犬が同じ名前ですよ。あの子が死んだ時、直樹が言っていました。いつかあの子は私たちの子供に生まれ変わってくるって……」

その言葉の一つひとつが、毒を塗ったナイフのように、真奈美の心臓を容赦なく切り刻んでいく。

「それにね」絢香はもう一歩踏み込んだ。「あなたが流産した夜、私はわざと直樹に電話をかけて、怖がってるフリをしました。あなたよりも、私が直樹を必要としているってわからせるために……

プロポーズを一度断ったことを後悔しているからこそ、こうやって証明させないと気が済まないんです。彼がいつまでも私を諦めきれないんだってことを!」

「だとしても」真奈美は絢香の瞳を直視し、言い放った。

「彼はあなたと結婚しませんね。あなたは、あまりにも恥知らずですから。本性を隠そうともしない、その卑劣さこそが理由ですよ」

絢香の目が一瞬泳いだ。何かを思いついたかのように、その瞳は殺気立った。

「それなら、最後にもう一回証明してやりますね。直樹はどっちを選ぶのかを!」

そう叫ぶと、絢香は不意打ちで両手を使って真奈美を強く突き飛ばした。

足元に散らばったデザイン画に足を取られ、真奈美は体勢を崩す。

その先には、開け放たれたテラス窓。

窓の外には、プールが広がっていた

ドボーン――

冷え切ったプールの水が、真奈美を飲み込んだ。
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