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7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし
7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし
مؤلف: 団紡るう

第1話「父親に異常を検知しました」

مؤلف: 団紡るう
last update تاريخ النشر: 2026-10-30 13:40:44

 麻倉優香あさくら ゆうかが父の異変に気づいたのは実家で夕食を取っているときだった。

 食卓には焼き魚と味噌汁。それに母の祐実ゆみが作った煮物が並んでいる。優香は仕事のことを考えながら箸を動かしていたが、向かいに座る父の光司こうじが妙に気になって顔を上げた。

 光司が母を見つめていた。

 祐実が小鉢に手を伸ばすと視線がそちらへ動き、髪を耳にかければ顔へ戻る。何かを観察しているようだった。

 やがて祐実が顔を上げた。光司と目が合う。

 その瞬間、光司は慌てて味噌汁へ視線を落とした。何事もなかったように椀を持ち上げたものの、口をつけるまでに妙な間がある。

 優香は箸を止めた。

「お父さん」

「ん? どうした」

「さっきから何を見てるの?」

「何を?」

「お母さん」

 祐実が手を止めた。光司は一瞬だけ妻を見てから優香へ向き直る。

「別に何もない」

「いや、ずっと見てたじゃん」

「見てないだろ」

「今もお母さんの方を見たよね」

「見てないって」

 光司は否定しながら箸を持ち直した。焼き魚をほぐそうとして身を崩し、結局ほとんど手をつけないまま皿の端へ箸を置く。

 祐実が夫を横目で見た。

「光司さん。何かあるの?」

「いや、本当に何もないから」

「そう?」

「そうだよ」

 返事が早すぎる。

 優香は父の顔を見つめた。光司はもともと口数の多い人ではない。祐実との会話も必要なやり取りが中心で、用件が済めば新聞を読んだりテレビを見たりする。夫婦仲が悪いわけではないが、長年一緒に暮らしてきた二人には余計な言葉を交わさなくても通じるものがあった。

 少なくとも、これまでの父は母の一挙一動を目で追うような人ではなかった。

「この煮物おいしいね」

 祐実が小鉢を置きながら笑った。

「今日は味付けを少し変えてみたの。どう?」

「うん。おいしいよ」

 光司の返事は普段と変わらない。ところが祐実が嬉しそうに目を細めると、光司の表情までぱっと明るくなった。

 優香は危うく箸を落としかけた。

 父がこんな顔をするところを、いつ以来見ていないだろう。褒められた子供のように口元を緩め、目尻まで柔らかくなっている。祐実が食事を続けている間も、光司は妻の表情を確かめるようにちらちらと視線を向けていた。

 優香が見ていることに気づくと、父は慌てて顔を引き締めた。

「……お父さん」

「今度は何だ」

「いや。別に」

 優香はそれ以上追及しなかった。今の反応だけで問い詰めても、さっきと同じように否定されるだけだろう。

 技術者として働く優香には、異常が起きたときに正常な状態と比較する癖があった。原因を決めつける前に、まず何が変わったのかを確認する。今の父についても同じだ。まだ情報が足りない。

 ただし、何かがおかしいことだけは確かだった。

 食事が終わると祐実は食器を流しへ運び始めた。光司も椅子から立ち上がり、空になった茶碗を重ねる。そこまでは普段通りだったが、父の目はやはり母を追っていた。

 祐実が流しへ向かえばそちらを見る。水を出す音がすると顔を上げ、母が振り返れば慌てて食器へ視線を戻す。隠そうとしていることまで分かりやすかった。

「お父さん。何か手伝ったら?」

 優香が声をかけると光司はすぐに立ち上がったものの、何をすればいいのか分からない様子で食卓の周りを見回した。祐実が洗った皿を差し出すと受け取り、水切りかごへ運ぶ。

「どうしたの? 今日はずいぶん張り切ってるじゃない」

 祐実が笑うと、光司の耳が赤くなった。

「いや、たまにはな」

「いつもやってくれてもいいのよ」

「分かってるよ」

 光司は困ったように笑った。祐実が次の皿を洗い始めると、その手元をまた眺めている。

 優香は確信した。

 父は母を目で追っている。それも、本人が隠そうとしているのに隠しきれないほど露骨に。

「優香。何か忘れ物でもあるの?」

 祐実に声をかけられ、優香ははっとした。手に持った茶碗を片づける途中で止まっていたらしい。

「ううん。何でもない」

「そう? さっきから二人とも変ね」

 祐実は苦笑しながら光司へ目を向けた。光司は慌てて水切りかごの中を整え始める。

「俺は普通だぞ」

「まだ何も聞いてないけど?」

「……そうだったな」

 光司は口を閉じた。

 母まで父の様子を怪しみ始めている。けれど光司は何も話そうとしなかった。

 優香はそれ以上聞かず、自分の部屋へ戻った。廊下を歩きながらも、夕食中の出来事が頭の中で繰り返される。母を何度も見つめていたこと。目が合うと視線をそらしたこと。料理を褒められた母を見て、あれほど嬉しそうな顔をしたこと。

 どれも単独なら気にするほどではないかもしれない。しかし、いくつも重なれば話は違う。

 部屋に入った優香は机の前に座り、仕事用のノートを開いた。翌日の予定や確認事項を書き留めるためのものだが、今日は別のことを記録する必要がありそうだった。

 家族の行動を記録するなんて大げさだろうか。そう思いながらも、記憶だけでは細かな違いを見落とすかもしれない。

 優香は日付を書き込み、夕食中の出来事を順番に記した。父が母を何度も見ていたこと。目が合うと慌てて視線をそらしたこと。指摘すると強く否定したこと。そして母が料理を褒められたとき、父まで妙に嬉しそうにしていたこと。

 書き終えた優香はペン先を紙から離した。

 原因は分からない。夫婦の間で何かあったのか。それとも父自身に心境の変化があったのか。今の段階では判断できなかった。

 ただ、最近になって何かが変わったのなら、そのきっかけがあるはずだ。

 優香は記録の最後に一行だけ付け加えた。

 父親に異常を検知しました。

 書いてみると少し大げさな気もした。けれど、今日の光司の様子を思い返せば、冗談で片づける気にもなれない。

 そのとき廊下から母の声が聞こえた。

「光司さん。お茶、飲む?」

「ああ、もらおうかな」

 いつも通りのやり取りだった。食器棚を開ける音がして、しばらくすると父の声が続く。

「ありがとう」

 優香はノートへ目を落とした。

 ほんの短いやり取りなのに、母の何気ない言葉ひとつで嬉しそうになった父の顔が浮かんでくる。その理由が分からない。

 優香はペンを持ち直した。明日も同じ様子が見られるなら、今日だけの偶然ではない可能性が高い。もう少し観察する必要がありそうだった。

 実家の夜はいつもと変わらず静かに更けていく。けれど優香にとって、父はもうただの父親ではなくなりつつあった。

 説明のつかない変化を見せる観察対象。

 その原因が何なのか、優香はまだ知らなかった。

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  • 7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし   第7話「その一言で舞い上がる男」

    その日の夕食は光司が作ることになった。 祐実の体調が少しずつ戻ってきたとはいえ、まだ疲れやすい様子が続いていたため、優香が家事を分担しようと提案したのだ。すると光司が珍しく自分から手を挙げた。「今日は俺が作るよ」 祐実は少し驚いた顔をしたものの、素直に頷いた。「じゃあ、お願いしようかしら」「任せておけ」 光司は張り切って台所に立った。冷蔵庫を開けて食材を確認し、献立を考えながら包丁を手に取る。慣れない手つきではあったが、以前よりもずっと積極的だ。優香が横を通ると、父は鍋の中を覗き込みながら得意げに笑った。「今日はちょっと頑張ってみるか」「いつもそれくらい頑張ればいいのに」「うるさいな。たまにはいいだろ」 口ではそう返しながらも、光司はどこか嬉しそうだった。 やがて食卓に料理が並んだ。焼いた肉に野菜炒め。それに味噌汁とご飯。特別な献立ではないが、光司なりに工夫したらしい。野菜の切り方もいつもより丁寧で、皿の盛りつけまで気にしていた。「いただきます」 三人が食事を始める。祐実は野菜炒めを一口食べ、少し目を見開いた。「おいしい。ありがとう」 何気ない一言だった。 ところが光司は箸を持ったまま固まった。「……そうか?」「ええ。味付けもちょうどいいわ」 祐実はもう一口食べて微笑んだ。 その瞬間、光司の顔がぱっと明るくなった。頬が緩み、目元まで嬉しそうになる。さっきまで料理の出来を気にしていた様子が嘘のようだった。「そうか。いや、よかった」 光司は照れくさそうに笑った。だが、すぐには食事に戻らず、祐実がもう一度料理を口に運ぶのを眺めている。 優香は箸を止めた。 また始まった。 母が料理を褒めただけだ。特別な言葉でもなければ、大げさに喜ぶような出来事でもない。それなのに父は、まるで長年の努力が報われたかのような顔をしている。「お父さん、そんなに嬉しいの?」 優香が尋ねると、光司は慌ててこちらを向いた。「別に。作ったも

  • 7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし   第6話「母の体調不良と父の暴走」

    蒸し暑さで目が覚めたのは深夜だった。  祐実は布団の中で寝返りを打ったものの、なかなか眠り直せなかった。首筋に汗が滲み、胸元から顔にかけて急に熱がこみ上げてくる。掛け布団を足元へ押しやり、しばらくじっとしていると、少しずつ熱が引いていった。  けれど、ようやく落ち着いたと思った頃には目が冴えていた。時計を見ると午前三時を過ぎている。隣では光司が静かな寝息を立てていた。  祐実は起こさないようにそっと起き上がり、枕元の水を飲んだ。最近はこういう夜が増えている。日中はいつも通り動けているつもりでも、夜中に目が覚めると翌朝まで疲れが残った。  翌朝も、すっきりしない頭を抱えたまま台所に立った。朝食を用意し、洗濯機を回し、出勤の準備をする。いつもと同じ手順をこなしているのに、今日は一つ動くたびに体が重かった。 「祐実。大丈夫か?」  食卓についた光司がこちらを見ていた。 「ええ。ちょっと寝不足なだけよ」 「顔色が悪いぞ。どこか具合でも悪いんじゃないか?」 「大丈夫。昨日ちょっと寝つきが悪かったの」  祐実は味噌汁を置きながら笑ってみせた。心配してくれるのはありがたいが、詳しく説明する気力がなかった。光司はまだ何か聞きたそうにしていたものの、祐実が席につくとようやく箸を取った。  その日の仕事は普段より長く感じられた。午後になると頭がぼんやりし、同じ書類を何度も確認してしまう。帰宅してからも夕食の支度と洗濯物の片づけが待っていた。ひと通り済ませた頃には、足が重くて立っているのも億劫になっていた。  祐実はリビングのソファに腰を下ろした。冷房はついているのに、体の内側にはまだ熱がこもっている気がする。目を閉じて少し休もうとしたところで、台所から光司が顔を出した。 「祐実。冷たいお茶を持ってきたぞ」 「ありがとう。そこに置いておいて」  光司はグラスをテーブルに置いた。祐実が礼を言うと、いつものように嬉しそうな顔をしたが、すぐに眉を寄せる。 「まだ暑いのか? 冷房を下げた方がいいか?」 「ううん。このままで大丈夫」 「そうか。でも、顔が赤いぞ。熱があるんじゃないか?」 「熱はないと思うわ。ちょっと休めば平気だから」  祐実は目を閉じた。これでようやく静かに休める。そう思ったのも束の間、光司が再び動き

  • 7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし   第5話「父の外出予定を解析する」

    優香は父の行動を記録するノートに新しい項目を追加した。 帰宅時間。休日の外出。家にいるときの様子。 浮気をしているのなら、誰かと会うために家を空ける時間があるはずだ。仕事を理由に帰宅が遅くなったり、休日に一人で出かけたりすることも考えられる。もちろん、それだけで浮気と決まるわけではないが、これまでの父の変化を考えれば確認しておきたい点だった。 優香はまず、帰宅時間から調べることにした。 光司は平日の夕方になると、ほぼ決まった時間に帰ってくる。仕事が長引いた日は少し遅れることもあるが、母が夕食の支度を終える頃には玄関の鍵が回る。帰宅してからも、特に用事がなければ外へ出ることはなかった。 以前と比べて帰りが遅くなった様子もない。 優香はノートに記録をつけながら眉を寄せた。 仕事帰りに誰かと会っている可能性はある。しかし、帰宅時間だけを見れば不審な点は見つからなかった。 次は休日だ。 土曜日の朝、優香がリビングへ行くと、光司はソファで新聞を読んでいた。テーブルには飲みかけのコーヒーが置かれ、テレビからは天気予報が流れている。いつも通りの光景だった。「お父さん、今日どこか行くの?」 新聞をめくっていた光司が顔を上げた。「いや。特に予定はないけど」「ふうん」「優香は出かけるのか?」「私は午後から買い物」「そうか。気をつけてな」 会話はそこで終わった。光司は再び新聞へ目を落とす。休日に一人で出かける予定もなく、誰かと会うために準備をしている様子もなかった。 優香は台所へ向かいながら考えた。 父は最近、身だしなみを気にするようになった。スマホを見て笑うことも増えた。母への態度も明らかに変わっている。それなのに、外出の予定は以前と変わらない。 何かを隠しているように見えるのに、行動には不自然な空白がない。 その日の午後、優香が買い物から帰ると、光司はリビングでテレビを見ていた。着替えた様子もなく、朝とほとんど同じ場所に座っている。祐実は台所で夕食の下ごしらえをしていた。「ただいま」「おかえり。買い物はどう

  • 7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし   第4話「不自然な優しさには裏がある」

    父の光司が母の祐実に対して妙に優しくなったのは、それから数日後のことだった。 仕事から帰ってきた光司は紙袋を手にしていた。リビングでくつろいでいた優香が顔を上げると、父は袋を持ったまま台所へ向かい、夕食の支度をしている祐実のそばへ立った。「これ。好きだっただろ?」 光司が差し出したのは和菓子屋の紙袋だった。中には祐実が以前から好んでいる菓子が入っているらしい。「あら、どうしたの?」「帰りに見かけたから買ってきたんだ」「覚えててくれたの? ありがとう」 祐実が笑顔を向けると、光司の顔が一気に明るくなった。「いや、まあ。たまにはな」 照れくさそうに頭をかく父を見て、優香は手元のスマホを持ち直した。 今の反応は記録しておこう。 菓子を買ってきたこと自体は何もおかしくない。長年連れ添った妻の好みを覚えているのも自然なことだ。問題は、礼を言われた瞬間の光司の様子だった。まるで予想以上のご褒美をもらったかのように、頬が緩みきっている。 祐実が紙袋を開けて中身を確かめている間も、光司はそばを離れなかった。何かを期待するように妻の顔を見ている。「あとでお茶と一緒にいただこうかしら」「うん。そうするといいよ」 光司は満足そうに頷いた。 優香は画面に短く入力した。 十八時二十分。母の好きな菓子を購入。母がお礼を言うと非常に嬉しそうな反応。 記録を終えたところで、光司がこちらを見た。「何してるんだ?」「スマホ見てるだけ」「そうか」 父はそれ以上聞かず、再び祐実の方へ向き直った。 その視線を見て、優香は小さく息を吐いた。母に喜んでもらいたいだけなら、あんなに何度も反応を確かめる必要はないのではないか。 翌日には、さらに奇妙なことが起きた。 優香が大学時代から使っている資料を整理していると、台所から水の音が聞こえてきた。覗いてみると、光司が食器を洗っている。祐実は少し離れた場所で翌日の食材を確認していた。「お父さんが洗い物してるの?」 優香が思わず声をかけると、光司は

  • 7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし   第3話「お母さんも気づいていた」

    夕食の支度を手伝っていた優香は、母の祐実が何度も時計を気にしていることに気づいた。父の光司はまだ帰宅していない。いつもなら仕事が終われば決まった時間に帰ってくるため、特別遅いわけでもなかった。 祐実は味噌汁の火を弱めると、ふと手を止めた。「ねえ、優香。最近のお父さんってどう思う?」 思いがけない質問に優香は顔を上げた。「どうって?」「何だか変じゃない?」 やはり母も気づいていたらしい。優香は手に持っていた箸を食卓へ置いた。「やっぱりそう思う?」「優香も気づいてたの?」「うん。ここ数日だけど」 祐実は少し迷ったあと、流しの縁に手を置いた。「実はね。ここ数週間くらい前からなのよ」 優香は母の顔を見つめた。自分が異変を意識し始めたのはつい最近だ。けれど、祐実はもっと前から夫の変化を感じ取っていたらしい。「最初は気のせいだと思ってたの。年齢のせいかしらとか、仕事で何かあったのかしらとか。でも、ちょっとずつ変わってきて」「例えば?」「急に服装を気にするようになったのよ」 祐実は洗い終えた皿を水切りかごへ置いた。「今までは私が何を着ていこうと何も言わなかったのに、自分のシャツを選ぶときに妙に時間をかけたりするの。先週なんて、出かける前に鏡を何度も見てたのよ」「お父さんが?」「そう。髪まで気にしてね。何かあるのって聞いたら、別にって」 優香の頭の中で、父の最近の様子がつながり始めた。スマホを見ては嬉しそうに笑い、誰かが近づくと慌てて画面を閉じる。母の一挙一動を目で追い、目が合うと不自然に視線をそらす。 そこに服装へのこだわりが加わった。「それだけじゃないのよ。私が出かけるときも、帰りは何時になるのか聞いてくるようになって」「今までは聞かなかったの?」「必要があれば聞いてきたけど、最近は何度も確認するの。友達と出かけるって話したら、何時に帰るのかとか、夕飯は外で食べるのかとか。そんなことまで気にする人じゃなかったのに」 祐実は困ったように笑った。笑顔を作ってはいるが、目元には戸惑いが残っている。「それにね。私が今日あったことを話すと、前よりずっと熱心に聞くのよ。昔から話を聞いてくれない人じゃなかったけど、適当に相槌を打って終わりだったの。ところが最近は細かいことまで聞いてくるし、私が笑うとお父さんまで嬉しそうにするの」 優香は

  • 7×8 〜◯◯が好きすぎるおとこのはなし   第2話「父のスマホに何がある?」

     翌日の夕食後、優香はリビングのソファでスマホを操作する父の光司を眺めていた。テレビではニュースが流れているが、光司は画面に目を向けていない。片手でスマホを持ち、何かを読んでは口元を緩めていた。  まただ。  昨日から気になっていた父の不自然な行動は今日も続いていた。食事中にも何度かスマホを確認し、通知が届くたびに画面へ目を落としていたのだ。以前からスマホを使ってはいたが、食卓に持ち込んでまで気にすることはなかった。  光司は画面を指で操作し、しばらくすると小さく笑った。声を出すほどではない。それでも、普段はニュース番組を見ながら難しい顔をしている父を知っている優香には、十分すぎる変化だった。 「お父さん。何見てるの?」  優香が声をかけると、光司の肩が跳ねた。スマホを伏せるように持ち替え、画面を消してしまう。 「何だよ。急に」 「いや、今笑ってたから。面白いものでも見てるのかなって」 「別に。何でもない」  返事をしながら光司はスマホをズボンのポケットへしまった。動作が妙に速い。優香は父の顔とポケットを交互に見た。 「スマホで何か見てたんでしょ?」 「仕事の連絡だよ」 「仕事?」 「ああ。ちょっと確認してただけだ」  光司はテレビへ顔を向けた。ちょうどニュースキャスターが経済の話題を取り上げている。父はその内容を聞いているふうだったが、ポケットの中でスマホが震えると一瞬だけ視線を落とした。  優香は見逃さなかった。 「仕事の連絡って、今も来るんだ?」 「連絡くらい来るだろ。明日のこともあるしな」 「ふうん」  優香はそれ以上追及せず、スマホを手に取って自分の画面を確認した。父が本当に仕事の連絡をしていたのなら、これ以上聞く理由はない。けれど、さっきの笑顔と慌てた反応がどうにも引っかかる。  仕事の連絡を読んで、あんな顔をするだろうか。  少なくとも優香は、父が仕事のメールを見て嬉しそうに笑うところなどほとんど見たことがなかった。むしろ面倒そうに眉を寄せ、必要な返信だけを済ませるのがいつもの姿だ。  光司はテレビを見ながら、ポケットの上からスマホに触れた。通知を確かめたいのを我慢しているようにも見える。  優香は口を開きかけたが、結局やめた。根拠が足りないまま問い詰めても、

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