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恋の撃鉄(ハンマー)

Aвтор: 相沢蒼依
last update Последнее обновление: 2025-10-20 19:35:23

 弓矢を持つ少年キューピッド。その矢に当たった者は、恋心を起こすという。

 だけど僕としては弓矢の精度を考えると、そんな古代武器よりも、リボルバー式の拳銃がいいなと思っていた。

 なんといっても確実に命中させやすい武器で、見た目もカッコいい。自動拳銃ならトリガーを引くだけで連射が可能だから、さらに精度が上がる。

 だけど相手はノンケ――簡単にトリガーを引くことができない。安全装置という名の一線が、自分の想いを際どいところで押し留める。

 きっかけは、通勤に使っている電車だった。

 親のコネで入社した会社に通うために、仕方なくいつもの時間に満員電車に乗っていた。次の駅で下車しなければと、持っていたカバンを抱きしめて降りる用意をしていたそのとき。

「おまえ、何やってんだ!」

 隣にいた男の怒鳴り声に驚いて、躰を竦ませる。

「うっ、いきなり何をするんですかっ」

 何もしていない自分が怒鳴られたと思ってびくびくしていたら、男の傍にいる若い男が逃げようと、こっちに向かってきた。

 怒鳴り声をあげた男が逃げかける若い男の動きを阻止しながら、自分の名字を突然叫ぶ。

「えっ!?」

「ボケっとしないで、コイツを捕まえるのを手伝え。痴漢していたんだ」

 持っていたカバンを小脇に抱えて、すぐさま若い男の腕を掴んだ。男と自分に取り押さえられたことで観念したのか、若い男はがっくりうな垂れて大人しくなる。

「ちょうどいい。ソイツが持ってるスマホを取りあげてくれ。盗撮してる可能性がある」

「あ、はい!」

 テキパキと指示を出す男の顔には、どことなく見覚えがあった。同じ会社で、何度かすれ違っていると思われる。

「大丈夫でしたか。すぐに気づいてあげられなくて、すみません」

 痴漢されていたと思しき女性に優しく声をかけながら、何度も頭を下げる男を、ちゃっかり盗み見た。

 正直、見た目は格好いいとは言えない。

 武道家にいそうな、厳つさを強調する強面系の顔はモテる要素がない上に、背もあまり高くなかった。だけど鍛えてるっぽく感じさせる胸板の厚さやがっしりした下半身を、電車を降りながらしっかり観察させてもらう。

(はうっ、体形はどストライクだ。あの逞しい二の腕に強く抱きしめられながら、鍛えられた下半身の力を使って、奥をずどんと貫かれたりしたら、その衝撃ですぐにイケる自信がある!)

「おい!」

「うっ、はいっ!?」

 卑猥な考えを見透かされたかもしれないと、躰をビクつかせながら反応し、慌てて返事をする。

 男は、自分が勤める課と名前を告げた。

「ここで事情を説明すると間違いなく遅刻するから、悪いけどこのこと、部署に伝えておいてくれ」

 伝達事項をしっかり伝えつつ、駅員に若い男を引き渡しながら、ショックを受けた女性を気遣う真摯な姿を目の当たりにして、顔に似合わない内面に隠された男の優しさを知った。

 その優しさにきゅんと胸を高鳴らせたとき、手に握りしめていた物の存在にやっと気がつく。

「あの、痴漢した人のスマホです」

「サンキュー、助かった」

「先輩はどうして、僕の名字を知っていたのでしょうか?」

 すっと差し出したスマホを難なく受け取り、駅員の後ろを歩く先輩の逞しい背中を見ながら、思いきって声をかけた。親のコネで入社した七光り新人と揶揄される自分だけに、その陰口の経緯で知っている可能性がある。

「どうしてって、今月の社内報に載ってただろ。今年度の新入社員一覧で」

「そうでした……」

 自分に振り返るなり、呆れたと言わんばかりのまなざしでこっちを見る先輩の視線を、メガネのフレームに触れてやり過ごす。

(――変なことを聞く、馬鹿な新入社員だと思われただろう)

 気落ちしながらそんなことを考え、肩をがっくり落として足を進めたら、目の前にいた先輩のスピードが落とされるやいなや、並ぶように歩きはじめた。

 突然のことに驚いた僕を見上げる隣からの視線は、さっきとはあきらかに違う、嬉しげに細められたものだった。

「先輩?」

「他にもなんつーか、仕事ができそうな面構えをしてたから、覚えていた感じ。プロジェクトの関係で、ごくたまに合同で仕事をするときがあるんだ。新人だけど、仕事を頼むことがあるかもしれないだろ」

 よろしく頼むよと一言添えて、親しげにバシバシ肩を叩く。

 そんなやり取りから、恋という名のフィルターにかけられた瞬間、鬼瓦によく似た先輩の顔が、たちまちイケメンに早変わりした。

 親の七光りというレッテルを貼らずに、ごくごく普通に接してくれる先輩に恋心が日々募っていく。【先輩が好き】という恋のコップに溜まった想いは、いつしか溢れて、脳みそがピンク色に染められてしまった。

 間違いなくショッキングピンクに染まった脳は、まともに機能しない。そのせいでアホの一つ覚えみたいに「元気ですか?」なんていう、色気のない言葉が出てくる始末。

 だからなのかアホなところを補うように、想像力だけがよく働く。喜び勇んで先輩に声をかけたときから、脳の裏側でそれがはじまるんだ。

「先輩、おはようございます。元気ですか~?」

『ああ、元気に決まってるだろ』

「そうですよね。元気じゃなかったら、ここにはいないですし」

『お前の顔を見るために会社に来てるって言ったら、どうする?』

「どうするなんて、そんなの……。すごく嬉しいですよ」

 照れる僕をなぜか壁際に追い込み、片腕を突き立てる先輩。下から覗き込まれる意味深な視線を受けて、痛いくらいに心臓が高鳴る。

『嬉しいだけか?』

 唇に笑みを浮かべながら、反対の手で大事なところに触れてくる。

 好きな人に触れられた僕自身は、あっという間に完勃ちした。裏筋を中心に、指先を使って感じるようにまさぐられて、変な声が漏れそうになる。

「せんぱ……ぃっ、こんな場所でそんなコト、ヤバいですって」

『何を言ってるんだ、これは朝の挨拶のひとつだって。嬉しさが倍増されるだろ』

「やっ、ダメ、ああっ!」

『嫌がってるくせに、腰が動いてる。最後までスるか?』

「そんなのっ、むっ無理、ですぅ」

 こんな目立つ場所で触れられたらマジでヤバいのに、もっとしてほしいと願う自分がいた。けれど残ってる理性を総動員して、イヤラしく動く先輩の手に触れた。

「先輩、駄目です。感じすぎて、大きな声が出てしまう」

『だったら別室に行くか?』

 耳元で囁かれる甘い誘惑に、理性が音を立てて崩れていった。

 恥じらいながらも首を縦に振る僕を、先輩は尻軽男と思うかもしれない。だけどずっと、この日が来るのを待っていた。進展しない間柄に、毎日やきもきしていたからなおさらだ。

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