ログインフューラー町長は椅子に腰かけて、目を細めてぼくを見た。「失礼ながら、デレカートやトラトーレに聞いたのとお姿が……」「ええ」 町長のぼくは苦笑する。「色を変えました。本来は栗色の髪と青い瞳です」「もしかして、私が送った伝令鳥に関係することですかな?」「ええ。まさにその通りです」 ここでは嘘をつかないほうがいい、むしろ、弱みを見せたほうがいい。 それがアパルとサージュの意見だった。 フューラー町長は恐れているかもしれない。ファヤンスを併合してしまったグランディールを。 家具の町として知られるスピティに素晴らしい家具を持ち込むグランディール。いつ何時、スピティから職人を奪われるとも限らない。そういう恐れを持っていてもおかしくない。なら、こちらの弱みを握らせて、安心させるのがいいだろう、と。「では、貴方がミアスト・スタット町長が探している追放者クレー・マークンと同一であると思ってよろしいか?」「ええ」 ぼくは軽く苦笑する。「追放しておいて後から有力そうだと連れ戻されるのは御免ですので。せっかくグランディールがここまで育ったというのに」「確かに……ここまで育った町を、生まれた町なのだから譲れと言われても、納得は出来ないでしょうな」「お判りいただけますか」「ええ」 フューラー町長はチラリと窓を見る。その下ではグランディールの陶器を買おうという人たちや売ろうとするみんなが大騒ぎしている。微かにだけどその賑やかさがここまで伝わってくる。「庶民の手にも届く陶器。そのアイディアは素晴らしい」「素晴らしい……ですかね?」「ええ。それだけで購入する層が増える。もちろん下層部の儲けはわずか、……しかし成人してよいスキルが出て、上層部と呼ばれる存在になれば、よいものを、と思う。その時、小さい頃愛用した椀、その面影の残る芸術品を手に取りたいと思うときもあるし、よりよい椀で食をしたいと思う者もいるやも知れぬ。そして、それを見た他の者たちはあの上に行った者の愛用する椀と同じ町の椀を欲しいと思うやも知れぬ」 フューラー町長は組んだ指の上、暗褐色の瞳をこちらに向けた。「やり手ですな」「いえ、周りの皆が有能なだけです」 チラリと背後に視線を送ると、無表情のアパルとサージュ。「集まる者が優秀というのも、また町長の資質。そして、そういうところを警戒しても
百人は入れそうな大会議室には、展示台が設置され、上には色鮮やかな絵付をされた陶器が並んでいる。 目の玉飛び出るくらいの値段はするが、それでもファヤンスよりはお得。 デスポタ元町長は陶器商売で相当ふんだくっていたらしい。それで逆に陶器が売れなくなって、陶器商会なんかには白い目で見られていたところでぼくが来たので、大手ほど呆気なくファヤンスを見捨てたものだ。 ここで接客や売買をしているのは、そんな元ファヤンスでトップクラスの売り上げを叩き出していた人たちばかり。もちろん上流階級相手に商売していたのでSランクの町長が来ても怖気づかない。「準備は」「整っております、町長」 こっちはまじりっけなしの金の髪の男、アイゲン・フェアムーゲンが胸に手を当てて一礼する。 彼は元はファヤンス一の陶器商会、フェアムーゲン商会の長で、ぼくがファヤンスから出たい人を募集した時、雇っている職人、関係者、その家族、全員の安全と平穏な暮らしを条件に乗り換えてくれた。ファヤンスに人がほとんど残らなかったのは、フェアムーゲン商会の乗り換えのおかげだ。そして、若いぼくを見て、見下すことも驚くことも呆れることもなく、そのまま町長として受け入れてくれた。アイゲンが町長と認めたから、と受け入れたファヤンス町民もいるんだから、本当にありがたい。 そして、展示会の経験もあるアイゲンは、経験と知識を生かしてこの場をセッティングしてくれた。 本当に、この道のプロが動いてくれるって言うのはありがたい。 ついでに言うと宣伝鳥に持たせた案内状もシエルの意見を取り入れながらアイゲンが作り上げた。本当にありがとうございます。「挨拶を終えたら、町長は面会室へ。町長とのご面会を望む方は順番にお通しいたしますので」 面会の順番は前もって籤《くじ》で決めた。その上で何日の何時からと展示会前に連絡してある。だから今いるのは初日に決まった町と、商品が減ってから見るのではと見に来た町。「任せた」 アイゲンはこういう展示会を何度もやって、ランクの高い町の関係とかを握ってる。任せておけば問題は起きないはず。 ぼくは町長の仮面を心の中で被る。 ぼくは町長。新鋭の町グランディールを率いる若い町長。冷静で、動揺せず、浮つかず、自分の立場を弁えている。 よし……よし。 通りがかりに鏡が飾られていたので、
正直、ヴァリエが何を言いたかったかは分からない。 ただ、ぼくが町長でいい、と言うことだけは分かった。 ……なんでそんな方向に話が行くかなあ。 口に出してしまうと情けない程短絡的な理由で町長やってるなぼくは。 それでもいいって、本気か? ん~……。 分かったことが一つ。 グランディールの町民は、物好きが多い。 でなきゃぼくみたいな町長初心者をそこまで慕いやしないだろう。 ……でもまあ、そこまでぼくに期待してくれているんだから、少しでも期待に応えなきゃいけないだろうなあ。 とりあえずは、対ミアストだな。 ぼくとバレないよう、同姓同名の若い町長と思わせるように……。 アナイナ情報によると、ミアストの傍には嘘を見抜くスキル持ちがいるって話だけど……。そいつが出てきたら厄介、かな? これはサージュとアパルに聞いておかないと。 あとは……もう少し我慢しないとな……クイネとシエルの玩具になるのを……。 二人だってただぼくで遊んでるわけじゃない。ぼくがミアストにバレないように、ついでにグランディールが舐められないよう知恵と工夫を才能の限り使ってるんだ。 ……文句言う筋合いじゃないんだよなあ。 むしろ感謝しなきゃいけないんだよなあ。 素直に感謝しづらいチャレンジ精神も混ざってるけど……。 とりあえず、髪と眼の色を決めてしまわないと。 ◇ ◇ ◇ それから半月。 スピティの大広場にテントが並び、グランディールの陶器商品が並べられた。 テントの様子よし。値札よし。お釣り用の小銭よし。陶器を包む布よし。「えー。全員集合」 ぼくの声にわらわらと集まってきたのは、ほとんどが元ファヤンスの住人。あとは商人の経験がある方々。「ここで売るのは町民の皆様でもお買い上げいただけるようなお安いものです。高く売ろうと考えないで。むしろ値引き交渉されたら喜ぶくらいで。不安になったら売買担当員を呼んで何処まで引くか聞いてください」「おう!」「はい!」「分かった!」 もう目をキラッキラさせてぼくの言うことにいちいち頷いている売り子さん、そのほとんどはファヤンス出身で、陶器スキルなしかレベルが低くて、でも陶器を作りたかった人たちだ。 もちろん、本気で陶器職人になりたい人たちで、元々のファヤンス職人に教えを受けて、このレベルなら売りに
「町長はどうして配下を受け入れないのですか」「そんな柄じゃないから」 汁麺の汁をすすりながら答える。「ぼくは、……今のぼくは、人を従える人間じゃない」「町長ではないですか。それだけで町の人間を従える――」「ぼくは町の人を従えてるわけじゃない」「従えてない? どういう意味でございましょう」「ぼくは町の人に手伝ってもらわないと何もできない」 きっぱりと言い切る。「何度誰に言ったか忘れたけど、ぼくはスキルを持っているから町長になっただけ。それが分かってこの地位にいる。……ここにいる理由は、ミアストを見返すため。あいつを見下して笑ってやるために町長やってんだ。うん、ぼくに夢見てるきみには納得できないだろうけど、ぼくはこんなくっだらない、下手すればミアスト以下の人間なんだ」「……わたくしは難しいことはよくわかりません」 ヴァリエは藍色の目を伏せて首を振る。「ですが、たった一つだけ、分かっていることがあります」「何」「アナイナ様やアパル様、サージュ様……いいえ、それだけではありません。今、町に住んでいるすべての人々が、我が……んん、クレー様を唯一の町長として認めていることですわ」「……他にいないから」「いないから、ではございません」 ヴァリエは、真正面から今は色違いのぼくの目を見て、ぼくに言い聞かせる。「エアヴァクセンの皆様は、クレー様と共に行きたいと願った。スピティの皆様は、クレー様ならば町の暮らしを与えてくれると思った。ファヤンスの皆様は、確実に町長としてはデスポタよりクレー様が上だと信じた。そういうことなのです。今更他の誰が町長になっても……たとえそれがアパル様やサージュ様、その他のどなたであっても、例え伝説の彼方に消えた最初の町スペランツァを治めた精霊神であろうとも、グランディールの民は納得しますまい」 最初の町スペランツァ。精霊神が生み出した「人間」が、それぞれバラバラに暮らし、自分の土地と主張し争っていたため、平和に暮らすための見本として作り上げたという「町」。 ……いや、初心者なぼくと比較するには相手デカすぎやしないか?「わたくしもその一人。例え精霊神御自らが現れ出でてわたくしの主になろうと言われたとしても、今のわたくしならば一言でお断りするでしょう。嫌だと。わたくしが唯一の主と定めた方は……申し訳ありません、あ
「何やってんだ?」 ひょこりと顔を出したのはシエルだった。「ああ、町長の髪と眼の色を変える相談を」「町長の? ……なんで?」 ミアストがエアヴァクセンから追放したぼくを探していること、イコールでは考えてないだろうけどヤツと展示会で会うことになったこと、正体がバレてエアヴァクセンに町ごと持っていかれるのを避ける為に、念には念を入れてエアヴァクセン追放者とグランディール町長をイコールで考えないように一種の変装をしようとしていることを説明する……と……。 なんでシエル、話が進むと眼がキラキラしていくの?「すごい。面白そう。やらせて。いや。やらせろ」「いや、髪と眼の色を変える方向で話を進めてるから、シエルは……」「グランディールの町長だったらそれに相応しい髪と眼じゃないといけないだろ! ちなみに何色にするんだ?」「赤毛に緑の目」 うんうんと頷くシエル。「でも、少しの色の違いが印象をガラッと変えるんだ。下品にも上品にもな。グランディール町長に一番相応しい色味にしなければ!」「確かに……色の微妙な違いで、上品にも下品にも変わるからな……」「だろ? だろだろ?」 芸術系スキル持ち主二人が夢中になって話し込んでいる! 思わず助けを求めてアパルとサージュを見た。 二人とも苦笑い。 この手の連中を止めるのは難しい、と分かってるんだ。 シエルは元より、好きではないが陶器の絵付けを続けさせられたクイネも色味の違いでどうとかと言うのが分かるようで、ぼくそっちのけで話し込んでいる。 いや、ぼくはいいんだけど。上品だろうと下品だろうと、ぼくがぼくでなくなれば。 だけど。「来るのは宣伝鳥でBランク以上の町の興味ありそうなところ、だったな」「自分が言うのも何だが、高レベルの町長にもかなわないような立派な町長に見せたい」「町長負けしたくないもんな!」「いや、外見だけ勝っても意味がないだけで」「やっぱり長になる人間はまとう色からして違うからな!」「エアヴァクセンの町長は噂を聞く限りとんだ曲者だ。そんな男に若年と言うだけで見下されるのはグランディールの町民として腹立たしい」「おう! うちの町長が世界一だってとこを思い知らせてやんねーとな!」 ぼく、完全に玩具だな……。 もう一度救いを求めてアパルとサージェを見る。…
で、ぼくがぼくらしくなくなるためにはどうすればいいかとなり。 髪や目、肌の色を変えればだいぶ印象も変わるのではないか、と言う案が出て。 呼ばれて出てきたクイネさん。「ゴメン、絵付しないって約束でグランディールに来てもらったのに……」「なに、この程度なら絵付と言うこともないですよ」 食堂も繁盛しているようで何よりな料理人元陶器絵付師は笑顔で応えた。「自分を助けてくれて夢までかなえてくれた町長には一生をかけても返しきれない恩義がありますから」「恩義に感じなくてもいいけど色を変えてくれるなら助かる」 栗色の髪に青い瞳。珍しい色ではないし珍しい組み合わせでもない。だけど、ミアストに今探し求めている元住人とバレてはいけない。 クイネのスキルは「絵付」。それを使って毛とかの色を変色させることも出来る。生き物にかける変色は一時的らしいけど、それでも一日二日は持つ。エアヴァクセンから両親を助けだすとき、連絡用にエキャルを白く染めて使ってた。それもクイネのおかげ。 クイネにそのことを説明すると、ふむ、と考え込む。「イメージが全然違えばいいんだな」「そう。今のぼくと連想がつかない程度に」「赤毛?」 クイネが案を出してくれる。「赤毛……?」「そう。インパクトのある色だから、元の色を連想できないだろう。ただ赤くするんじゃなくて、赤味を帯びた栗色。そうすれば町長も違和感を感じすぎることもないし元の色からは離れるから」「でも栗色と赤味を帯びた栗色じゃ、染めれば何とかならないか?」「だから眼」 クイネがニッと笑う。「眼だけは、スキル以外で変えることは出来ない。だから、瞳の色で印象を変える」「眼も赤とか?」「赤い瞳はあんまり聞かない。そこまで印象が強いと、それまでなぜ噂にも出なかったのか、と疑問が持たれてしまう」「青と違う色……で、青とは印象が全然違う色……」 ん~、とクイネは考えて。「緑色はどうだろう」「緑」 想像しても緑の目の自分が想像できない。……もっとも自分の顔をじっくり見る習慣なんてないから、自分の顔自体がそれほど想像できないんだけど。「緑は割といるようで実はそんな多くないんだ。赤毛に緑の瞳なら、今の町長とは結び付きにくいんじゃないかな」「んー……」 考え込むぼく。「どうした?」「……ん、いや、赤い髪に緑の目のぼくが思い
「えっと。アパル、さん?」 綺麗に焼けた焼き魚の身を歯でむしり取りながら、アパルさんは「ん?」と言う顔をした。「スキル学を、勉強してらっしゃったんですか?」「んん? んん、まあ。「法律」なんてスキルのせいか、色々学ぶことが楽しくてね。盗賊に身を落としても勉学だけは捨てられなかった」 身を噛んで飲み込んでから、アパルさんは頷いた。そう言えば宴会前、洞窟から大量の本を家に移動させていた。どうやってあれだけの本を持って出られたのかちょっと不思議な気がする。 それはさておこう。今欲しい情報はそれじゃない。「スキル学って、どんなことを勉強するんですか? 確か「スキル学におけるレベルか上限1
ほっとしたぼくの耳に届いてきたのは、雄叫び。 なんだ、何があった? 何かあった? 服を着替える暇も惜しく飛び出すと、町はそのままで、並んだ六軒の家の一軒で、ヴァダーさんが雄叫んでいた。「ヴァダーさん?!」「家が……家が消えていない! 町も消えていない!」 ……そうだね、ヴァダーさん、ぼく以上に心配していたからね。目が覚めたら夢だとか消えてたとか。「さて、これからどうしよう」 変な場所に町を造っちゃったなあ……。 森の奥深く、野獣や魔獣が平気で出る場所。エアヴァクセンに気付かれない土地。他の町との交流しようがない僻地。 確かに畑があって獣を捕らえて捌く場所があって水も豊かな
盗賊団の皆さんが感動と号泣と荷運びを終えたところで、ぼくとアナイナがいる家にやってきた。 手に手に、焼けた魚だの炙った干し肉だの多分酒が入った壺だのを持っている。「……えーと?」「飲もう!」「えーと」 シエルさんの端的な言葉に悩んでしまったぼくに、ヒロント団長が笑いかけた。「儂らだけの町を造ってくれたお礼と、儂らのこれからを祝って、宴会をしようと言う話になった。主役は君だ。来てくれるかな?」「そ……」「喜んで!」 ぼくより先にアナイナが返事した。「アナイナ……」「こういう時はね、盛大にお祝いするのがいいの! みんなもそれを願ってるの! 何がどうあってもこの町を造ったお
正直、ショボい光景を覚悟して目を開けた。 所詮はレベル1Maxのスキルだ、ボロ家の一軒でも立っていれば大ラッキーという気分で。 ゆっくり開いた視線の先、眼の前にあるのは、門だった。 衛兵がいてもおかしくないような、立派な門。 左右を見れば、城壁と言ってもいい立派な塀。 エアヴァクセンよりも立派な入り口だった。「これ……は……?」「おいおい、レベル1のもんじゃないぜこれは」 盗賊団の皆さんも呆然と入口を見上げている。 アナイナだけが、自分がやったわけでもないのに得意気に胸を張っていた。「ほーら、やっぱり、お兄ちゃんじゃない」 何だその威張り方は。「い、いや、塀だけが立







