LOGIN「……以上」 ぼくが手紙を置くと、サージュが手を伸ばして便箋を眺める。「必死だな」 文面を見てぽつっと呟く。「分かるの?」「字でわかる」 ……てかどうして字でわかる?「力が入ってる。その割に文字が震えて、吊っている。焦っている。ついでに言えば伝令鳥もここまで必死だしな。多分この伝令鳥に全てを賭けてきたんだろう」「……どういう意味、だと思う?」「どういう意味もこういう意味も」 サージュが水を飲みながら一言。「助けてくれ、だろう」 いやそれは分かるよ。助けてくれって書いてあるんだから。だけど。「そんなにまずい町って、ヤバくない? 確かに今ぼくたちグランディール町民を増やそうとしてるけど、そこまでヤバい町入れたらまずくない?」「衰退した理由は分かる。日没荒野の近くなら、最近は旅人もいないだろう。水と引き換えにする品もないはず」「サージュ、ポリーティアー知らなかったんじゃなかったの?」「日没荒野を知っていれば予想はつく。日没荒野は知っているだろう?」 苦笑してアパルがフォローに入ってきた。「大陸の西の果てにある、ひたすら荒れ地が続く場所でしょ? 誰もその荒野の果てを見たことがない、日没だけが知っているって」「そう。荒れ地だから当然何もない。獣も草もない。水すらないという不毛の地だ。ただ、その荒れ地を乗り越えた先に精霊神の大神殿があるという伝説があって、伝説を信じた者や町が、天災なんかの時に救いを求めて踏み込むけど、誰一人として帰ってきていない」 ん?「確か、ペテスタイって」 空飛ぶ町ペテスタイは、十代町長が大神殿の伝説を求めて、共に行くと言った人々と共に旅立ったという。その後のことは誰も知らない。大神殿に辿り着いて神の町になったとか、途中で墜ちたとか。「そっか、ペテスタイが向かったっきり戻ってこないのが日没荒野なんだ」「ポリーティアーはそんな荒野の手前にある。水すらない荒野の手前で、雨が降らなければもう何も生えやしない」「つまり、本当に何もなくて、自分の町じゃ暮らしていけなくって、移動できる町に救助を求めて来たってことだ」 グランディールなら水もあるし。「どうしよう? 町長が逃げちゃってるんだよね。そのまま取り込んでいいのかな?」「大丈夫だとは思う。ただ町長の正体も滞っているからな」「西にもいくつか待
んんん? これはここで読んじゃダメな話だ。「相談しないと返事返せないから、ついてきて」 伝令鳥が頷く。よく見ると、特徴の緋色が少し色褪せたみたいで、痩せてもいる。ぼくの後について飛び上がろうとして、ヘロヘロと落ちた。 ポリーティアーなる町は、どうやら相当ヤバいみたい。こんな伝令鳥を飛ばすしかないなんて。そして、その伝令鳥がここまで必死になって飛んでくるほどの願いを託されているなんて。 しかし、もう少し早く来れば、フォーゲルで診てもらえたんだが。運が悪いなあ。 ぼくは片手で伝令鳥を抱え、もう片手に手紙を持つ。 エキャルが憤慨したように頭の上から羽根でぼくを叩く。「お前は一番の場所取ってるだろー?」 バサバサと翼を動かすエキャルを宥めるのに声をかける。「ぼくの頭に乗れるのはお前だけ。それじゃダメなのか? それともこいつを頭の上乗せた方がいいのか?」 頭の上は静まった。 アパルとサージュは会議堂にいるんだろうか。しかしここでエキャルに呼んでもらおうとすると怒られる気がする。何で他所の鳥を抱えて自分は飛ばせるんだとか思われそう。 とにかく急いで会議堂に行かないと。 サージュは久しぶりに家に帰っていて、アパルは会議堂で写本してもらった本を読んでいた。「おや、早かったね」「遅かった」「?」 ぼくはぐったりとした伝令鳥を見せた。「……弱ってるね」「必死で飛んできたみたい。ぼくに手紙渡してぐったり」「サージュと……ティーアを呼んでくる」「ごめん、助かる」 ぼくは水皿を持ってきて伝令鳥の前に置く。 伝令鳥は体を起こしているのもしんどいのか、胴体を机にぺたりとつけたまま、首を伸ばして水を嘴の中に入れる。「大丈夫か?」 首を起こして上を向き、長めの喉に水を流し、ふぅ、と息を吐く。 伝令鳥は自分の運んでいるものの大切さを理解しているという。 これだけ疲れ切っているのに、ぼくが手紙を受け取って読むまでは伝令鳥らしく止まって見届けていたこの鳥は、どれだけの願いを持ってきたんだろう。 そこにティーアがすっ飛んでくる。「伝令鳥が弱っていると聞いたが?!」「……早いね」 家に帰ってるんだろうか、家族持ち。サージュですらたまに奥さんと散歩とかしてるのに。「弱ってるな……いや、鳥の方じゃないな……」「
スヴァーラさんを見送って、ぼくはアッキピテル町長に頭を下げた。「半月近い間、ありがとうございました」 そう。スヴァーラさんが去ったら、グランディールもここにいる用はない。 そろそろスピティでストップしている各町ご招待を進めないと、いつ頃おいでいただけるのか、と文句が出てきそうな勢いで質問の伝令鳥が来ている。「なに、そんな町長たちより早くグランディールを訪れることが出来たし、鳥を愛する人を救うことも出来た。スキル学について語る同士まで出来た。感謝するのはこちらだ」 最初はおっかないと思っていたアッキピテル町長は笑顔で応えてくれた。「あの子たちに何かあったら、連絡してくれたまえ。エキャルや宣伝鳥たちがあれだけ懐いている君たちならばいつでも歓迎しよう」 アッキピテル町長は手を差し出した。ぼくがその手を握ると、固く握り返された。「個人的に、応援している。伝説になり損ねないようにと祈っている」「ありがとうございます」 本の本来の持ち主はかなりの量があるスキル関連の本にきちんと目を通していた。だけでなく、気に入った本があればと写本の許可まで出していただけた。おまけに町に写本師なる本を増やすのに絶対必要な「複写」なる字や絵を別の紙にそのまま写し出すスキルの持ち主がいないことを知って、その人まで紹介して写してくれた。ありがとうございます、おかげでいつでも読み返せます。「町長として色々話せることもあって楽しかった。あと数年すれば、もっと深い話が出来るだろうな。楽しみに待っているよ」 ◇ ◇ ◇ それから数刻後に、グランディールもフォーゲルを離れた。 こちらも手を振って見送ってくれるアッキピテル町長に、頭上にエキャルが乗ったまま、門にしがみついて手を振り返す。「いいとこだったな」 門番として交代で立ち続けていたソルダートがぽつっと呟いた。「だね」 多分、町長の人柄によるところが大きいんだろうな。 自分の仕事に厳しく、他人に労りの心を持ち、知識を分け与えることに何のためらいもなく、遊び心まで持っている。 多分、今まで見てきた町長の中でも一・二を争う人だろう。「ああいう町長になりたいな」「そうだな、町長は人を見る目があると思うぞ。あの人はいい奴だと、俺様も思ってたからな!」「じゃあ、番を頼むね。移動中だけ
アッキピテル町長の言葉にこれまた胸を反らすエキャル。「他の町と違うって、どう違う?」「他の町では、大抵鳥飼が伝令鳥もまとめて面倒を見ているからな」「ああ、そう言えば」「町長がここまで一人で可愛がってくれて相手してくれて連れ歩いてくれるというのは大陸的に見ても珍しい」「いや、店で言った通り三日間傍においといただけなんだけどな」「普通町長は鳥を頭に乗せない」 アパルの一言。「いや、頭に乗せた時の方が機嫌よかったから」「自分の印を彫りに行った時も頭に乗せてたし」「彫りの師匠が頭に乗っけておくと首が痛むって言ったからその時は机に乗ってた」「ファヤンスから移住してきた人は、最初の頃、町長のことを「頭に赤い鳥を乗せてる人」と認識してたよ」 うん。仕事中とかは止まり木に大人しくしてるけど、一緒に出掛けたりするときに頭の上に乗りたがる。ぼくも構わない時は頭に乗っけしたままにしている。「ああ、本当に可愛がられていたんだな。良かったなエキャルラット。お前は伝令鳥の中でも一番の町に辿り着いた」 それまでオルニスの周りにいたエキャルが、ぼくの頭の上に乗って羽根を広げた。うん、これならアッキピテル町長じゃなくても分かるぞ。「いいだろう」のポーズだ。 クスクスとスヴァーラさんが笑って、自分の肩に乗っているオルニスを指先でくすぐり、静かな笑いが部屋に満ちた。「出発は?」「早ければ早い程」「では、道具と鳥の手配をして、明後日の早朝で」 ◇ ◇ ◇ スヴァーラさんがスキル運営学を志すために、一番最近まで存在した大国ディーウェスを目指すと聞いたサージュは羨ましそうな……じゃないな、本当に羨ましいという顔をしていた。「自分の目で「富める大国」を見て、その滅びの理由を知るか。同じくスキル学を志す者として羨ましい」「サージュも行く?」「行って帰ってきたらグランディールが滅んでたらどうする」 思わず飲みかけたお茶を噴き出すぼく。「ぼく、そこまで信用がない?」「信用はしている。信頼はしない」「どう違うの?」「信用は過去の結果。信頼は未来に為すこと」「つまり未来に何をしでかすか分からないと」「というか、これまで何をしでかすか分からないの繰り返しだったろうが。結果として成功しただけで」 はいはい、他所の町
「アッキピテル町長からお聞きしました。グランディールはスキル学を学んだ側近が二人いると。そしてその二人が町長へ意見できて、町長も二人を尊重して意見を聞き入れてくれるのだと」「いやいや側近だなんて」 慌ててそれまで黙っていたアパルが首を横に振る。「我々のスキル学は独学なんです。町を追い出される時こっそり書物を持ち出して、役にたつか分からない知識を詰め込んだだけ。本当ならばあなたが学ぼうとしているスキル運営学を大きな町でしっかり学んだ学者がいればいいのだけれど」「グランディールにはアナタたちが相応しいということでしょう」 スヴァーラさんは笑顔。「学問を修めただけではダメなんだと思います。見極める目、言葉にできる口、そして町長からの信頼。この三つの内一つでも足りなければ、町の頭脳とはなり得ない。そしてお二人は町をよく見て、忠言を出せ、それを町長は受け入れる」「二人の言う意見や疑問は、絶対に聞き逃しちゃいけないものだと思っているから。ぼくはね」 アパルが困ったような照れたような表情をした。これがサージュだったらするっとスルーしただろうなあ。「ええ。そうして、エアヴァクセンにはそれがない。モルをはじめとする町勤めは町長のイエスマンでしかない。今回の一件だって、ワタシを何も言えない状態で差し出せばフォーゲルを騙せると思ったミアストとモルに、誰もフォーゲルはそんなこと見抜けるはずだなんて言わなかった。ただはいはい言って、ワタシを置いていった使者もアッキピテル町長の嫌味すら気付いていなかった」 ククッとアッキピテル町長が喉で笑う。「あれは酷かった。こっちは真犯人を知っているのだと言外に臭わせて警告も合わせてしてやったが、多分今回はこれで不問、という言葉しか伝わっていないだろうな」「何かを言える町民に、なります」 スヴァーラさんは笑顔で言った。「あちこちの町の来し方行く末を見て、町を存続させるために何か言える町民になって、戻ってくると誓います。そうして、ワタシを必要だと言ってくれる町に行こうと思います」「グランディールはいつでも歓迎します」「フォーゲルもだ。鳥スキルで鳥に夢中な町民だらけで、スキル学を学ぼうとする町民が少ない」 クスクスと笑い声を漏らすスヴァーラさん。「餞に、旅道具を揃え
それから五日経って。 スヴァーラさんの体調が完全に回復したと連絡が入り、ぼくとアパルが様子を伺いに行った。 フォーゲル会議堂の奥の仮眠室で、ベッドに腰かけたスヴァーラさんは肩にオルニスを乗せて笑顔で迎えてくれた。「グランディール、フォーゲル、両町の御親切に感謝します」 スヴァーラさんは深々と一礼。 アッキピテル町長も笑顔で頷く。「鳥を愛する人が幸せに暮らせないなど、フォーゲルの理念から言えば間違っているからね」「ぼくは鳥を保護しただけ。あとはほとんどフォーゲルがやってくれたから」「シナリオを考えたのはグランディールだろう」「フォーゲルの協力がなければ成功しないシナリオでした」「そこで我々を頼ってくれたのは嬉しいしありがたい」 アッキピテル町長、ぼくたちにも一礼。「これでフォーゲルが鳥を大事に扱わない町にどうするか、全ての町が思い出してくれたことだろう。それは全ての鳥の幸せに通じる」 さすがは鳥の町。人間と同じくらい、いやそれ以上に鳥を大事にしている。「で、スヴァーラさん、これからどうするね?」 アッキピテル町長に聞かれ、スヴァーラさんは顔を引き締めた。「オルニスはもう齢です。お別れの時がいつ来るか分からない」 アッキピテル町長が深く頷く。「その時まで、これまで一緒にいられなかった分、一緒にいてあげたい。酷い目に遭わされた分、幸せを共有したい。本当ならもっと早くやらなきゃいけなかったのに、我が身可愛さに後回しにしていた……」「理不尽な暴力ほど恐ろしい物はない」 軽く首を振って、アッキピテル町長。「それが自分と自分の大事なもの、どちらに向かうか分からないならなおさらですよ」 ぼくも付け加える。「むしろあなたは限界まで、オルニスを守るために頑張った。そうでなければオルニスがそこまであなたを心配する理由がないでしょう」「でも、飼い主として守ってあげられなかったのは事実だわ」 オルニスが小さく鳴いて、スヴァーラさんの耳たぶを噛む。違うんだよ、と言いたげに。「ありがとうオルニス。でも、ワタシがワタシを許せないの。このままアナタたちに頼って過ごしたら、それは黙ってエアヴァクセンに住んでいるのと同じことになる。だから、しばらくオルニスと一緒に旅をしようと思います。色々なことを学びながら」「どの辺りを?」「南を」 スヴァー
門まで行った、その光景。 塀で囲まれた部分と、門のすぐ外。 さっくりと切り取られたようになって、その先に地面がない。(まさか?!) その、まさかだった。 恐る恐る切り取られた先を見下ろすと、下には緑のもこもこ。森だ。 つまり……浮いている!「うっそ、本当に……」 盗賊団の皆さんも、ぼくと同じ思いだったらしい。「本当に空を飛ぶとは……」「嘘だろおい……」「なんで……」 呆然とした声が空に流れていく。 真下の山肌に洞窟が見えることから、今はこの町は真上に浮いているようだ。 それだけでとんでもない話だ。 しかも、それがぼく一人のスキルで。 レベル1、Maxの力で。
ほっとしたぼくの耳に届いてきたのは、雄叫び。 なんだ、何があった? 何かあった? 服を着替える暇も惜しく飛び出すと、町はそのままで、並んだ六軒の家の一軒で、ヴァダーさんが雄叫んでいた。「ヴァダーさん?!」「家が……家が消えていない! 町も消えていない!」 ……そうだね、ヴァダーさん、ぼく以上に心配していたからね。目が覚めたら夢だとか消えてたとか。「さて、これからどうしよう」 変な場所に町を造っちゃったなあ……。 森の奥深く、野獣や魔獣が平気で出る場所。エアヴァクセンに気付かれない土地。他の町との交流しようがない僻地。 確かに畑があって獣を捕らえて捌く場所があって水も豊かな
「えっと。アパル、さん?」 綺麗に焼けた焼き魚の身を歯でむしり取りながら、アパルさんは「ん?」と言う顔をした。「スキル学を、勉強してらっしゃったんですか?」「んん? んん、まあ。「法律」なんてスキルのせいか、色々学ぶことが楽しくてね。盗賊に身を落としても勉学だけは捨てられなかった」 身を噛んで飲み込んでから、アパルさんは頷いた。そう言えば宴会前、洞窟から大量の本を家に移動させていた。どうやってあれだけの本を持って出られたのかちょっと不思議な気がする。 それはさておこう。今欲しい情報はそれじゃない。「スキル学って、どんなことを勉強するんですか? 確か「スキル学におけるレベルか上限1
盗賊団の皆さんが感動と号泣と荷運びを終えたところで、ぼくとアナイナがいる家にやってきた。 手に手に、焼けた魚だの炙った干し肉だの多分酒が入った壺だのを持っている。「……えーと?」「飲もう!」「えーと」 シエルさんの端的な言葉に悩んでしまったぼくに、ヒロント団長が笑いかけた。「儂らだけの町を造ってくれたお礼と、儂らのこれからを祝って、宴会をしようと言う話になった。主役は君だ。来てくれるかな?」「そ……」「喜んで!」 ぼくより先にアナイナが返事した。「アナイナ……」「こういう時はね、盛大にお祝いするのがいいの! みんなもそれを願ってるの! 何がどうあってもこの町を造ったお







