LOGIN「では、このスケッチをこの大きさにせよ」 石の印を彫る面とほぼ同じ大きさの紙を渡されて、ぼくはスケッチのコピーを始める。 なるほど、この大きさの紙だからここまで描き込めたけれど、印にするとそこまで描き込めないな。 となると、かなり省かないと。 まずは輪郭だね……。 慎重に線を描く。 柔らかさを表現したかったんだけど、この羽毛の感じを再現すると彫るの大変そう。 ギリギリまで線を削ったほうがいい。 羽根のスケッチを見ながら、削れる線を確認して、羽毛のふわふわな感じじゃなくて風切り羽根のシャープな感じを出そうと頑張る。 それをエキャルが覗き込んでくる。「エキャル、どう?」 エキャルがまだ翼を広げる。「ありがとうな」 じっくり観察して、伝令鳥の羽根らしい鋭さを出そうとすると、より一層線が少なくなっていく。 一枚の羽根の有様を、線を絞って描き込んだ。「……お」 何か、良い感じ。「どうでしょう」「良いのではないかな」 師匠は紙を取り上げ、紙を遠く離して目を細めた。「翼の有様が、少ない線で良く描かれておる」 わー。 褒められた! ぼくはエアヴァクセンの学問所で褒められたことがない。地味だった。しみじみ言えるほど地味だった。一年経ってアナイナが入ってきたら余計ぼくの影は薄れた。アナイナはエアヴァクセンの学問所でやることなすこと褒められた。妹が褒められまくってぼくがどんどん影が薄くなっていって、妹に才能全部持ってかれたなとか言われて、でもアナイナはぼくが好きで、両親が拘りなくぼくも可愛がってくれたから。 町長の仕事……スキルで出来る仕事以外、こんな場所でプロの成人に褒められるなんてことは一切なかったから、とても、とても、嬉しかった。「では」 師匠は紙と石を、別の黒い紙を挟んで固定した。 ?「この紙に描いた線を強くなぞってみよ」 ??? 言われるがまま、石を固定してぐりぐりとなぞってみる。「もう少し強く」 何のために? だけど言われるがままぐりぐりぐり。 全部の線をなぞり終わって師匠に渡すと、師匠は固定してあった下書きの紙と黒い紙を取り除く。 石の表面に、黒く、翼の線が残っていた。「え?」「転画紙、と言う」 黒い紙をぴらぴらさせて、師匠は言った。「上から圧をかけると下に黒を残す。このような下書きを写すのに使
と。言うわけで。 翌日、陶器通り近くの印章彫刻家ダムガ師匠の所を訪れたぼくです。「その間抜けな格好は何なのかね、町長?」 気難しい顔でいきなりこういう師匠。 間抜け? あ、エキャルか。「すいませんこいつは訳あってあと二日は傍に置いておかなければならないんですこいつのことは無視してお願いします」「印章作りは下を向く。首が痛む」 ダムガ師匠はむっすりと言う。「更に頭に鳥が乗っていたらもっと首を痛める」「あ」 気難しい人かと思ったら、心配してくれていた。「エキャル、しばらく机の上に乗っててくれる?」 くぅ、と残念そうな顔をしてエキャルは机のぼくのすぐそばに着陸した。「それでいい」 師匠、頷いて、掌に乗るほどの四角い石を取り出した。「印章彫りに一番いい石、セーデン石じゃ」「へえ」 蒼い石を遠ざけたり近付けたりして見つめる。「まずは、どのような図柄にするか考える」 どんな図柄、かあ。町の印章はグリフォンだけど、ぼくの図柄かあ……。ぼく……。「面倒であれば自分の名をそのまま印にしても良い」 その手があったか!「町長印と違い過ぎると疑われるだろうが」 ……そうか。 う~ん……。 軽くほっぺたをトントンする気配。 ん? 誰? そっちを見ると、エキャルが心配そうな目でこっちを見ていた。「大丈夫だよ、エキャル……」 ……ん。 エキャルにすればいいんじゃないか? 町はともかくとして、ぼく自身はあんまり特徴がない。 アナイナと髪の色も目の色もパーツもよく似ているのに、アナイナは美少女だけどぼくは美少年ではない。むしろ特徴と言える特徴のない無個性な人間だ。 スピティやフォーゲルではこいつが本当に町長か扱いは当たり前だった。 町民でもぼくの顔を見てすぐ町長と分かる人間は半数いるかいないか。サージュやアパルが町長だと思ってる人もいるくらい。 そんなぼくが昨日注目を浴びたのは、頭の上のエキャル。 さすがに頭に伝令鳥を乗っけしている人間はグランディールでは町長であるぼく以外いない。 伝令鳥を乗っけて一日グランディールを歩き回ったから、エキャルと並んで覚えた人もいるんじゃないか。 そのぼくを表すのに伝令鳥は相応しいんじゃないかと思った。「こいつ、どうでしょう」 手を上げると、その上にエキャルが嘴を乗せて
う~ん。 町をぶらぶらして見聞きしたことを思い出し、問題点を洗い出す。洗い出すほど問題点がたくさんあったわけじゃないけど。 今の状況だと子供問題を優先したほうがいいなあ。 子供が何もすることがないからあちこちを探検して回ってるわけだな。 探検が悪いとは言わないけれど、畑を踏み荒らされたり家畜を蹴られたり窯に入り込まれたりするのは困る。うん、とっても困る。 畑はまだ可愛いもんだけど、家畜蹴飛ばして蹴飛ばし返されたら大怪我だ。窯に入ってるの気付かないで火を入れたら大惨事だ。 そうなる前に手を打った方がいいなあ。 学問所を作ることは予定していたけど、早めたほうがいいかもしれない。教える人はファヤンスから来た人の中に学問所の先生をやっていた人が二人いたので任せるとして、何を教えるかをまだ決めてないし。何を教えるかは町の方針とか色々関わってくるので、ファヤンスの教え方で教えられても困るので後回しにしようと思っていたけれど、そういう状態じゃなさそうだ。 会議堂に帰って、二人の頭脳を呼んで、相談した。「そうか……子供が」 妻帯者のサージュ、難しい顔。「うん。町民の五分の一が成人未満。それが暇を持て余して町中走り回ってる。それはいいんだけど大事な場所や危ない場所にも行ってるんだ。牧草地で家畜に近付いたり、窯の中に入ったり」「それはまずいね」 アパルも渋い顔。「会議堂に入り込んでくるのも時間の問題だな」「うん。それで、学問所を早めに開ければ、と思ってるんだけど」「確かに、暇な時間を減らせばそれだけ走り回ることは少なくなるってことだ」「ただ、何を教えるか……」「先生も呼んできて一緒に相談しよう」 というわけで呼び出されたのが、ケンナリ・レーラール先生とチチェル・プルファソラ先生。「私たちの意見を聞きたいとのことですが……お役に立てるか」 ケンナリ先生渋い顔。「わたしたちは町長の命令で、陶器のことを教えさせられていたんです。ですが、ファヤンスを併合したからと言って完全に陶器の町で売るわけでもないのでしょう?」「うん。敢えて言うなら何でもできる町」 ぼくの言葉に、チチェル先生も難しい顔。「どういう方面を教えればいいのか、難しすぎます」「仕事の内容とかは要らない」 ぼくは天井を見上げて呟く。エキャルがバラン
そのままぶらぶらと歩いて、今度は一面の緑の世界に辿り着く。 家畜を飼育する牧草地は、人間の住んでいる場所より広いかもしれないのは、家畜担当組が家畜をのびのび育てられると思った結果、らしい。 実際、あちこちで牛や馬、山羊や羊がのんびりと草を食み、鶏が地面を突き、豚が悠々と昼寝する。 家畜売買業者のゾーオンが連れてきた家畜を全部町に預けてくれて、飼育も担当してくれているので、ティーアやフレディをはじめとした動物関連のスキルの希望者がほぼ放し飼いで様子を見ている。放し飼いだけど寝る時には家畜小屋に戻ってくるそうだ。 家畜たちもこの牧草地が一番安全と分かっているし、お腹もいっぱいになるし、十分に広いので逃げ出すこともない。牧草も食べる端から伸びるので、何の問題もない。 結果、家畜たちはのんびりゆったりと牧草地で遊んでいる。 で、牧草を蹴散らして走り回るのが子供たち。「こーら、豚をまたがない!」 強面のティーアに怒られて、慌てて子供たちが逃げていく。「ティーア!」 声をかけると、ティーアが気付いてこっちに近付いてくる。「町長。様子を見に?」「うん。どう?」「まあ、子供たちが入り込むこと以外は特に問題もなく」「つまり子供が問題と」「ああ」 う~ん。「家畜の数が足りないとかは?」「いや、家畜も子供を生んでいるし、贅沢をしなければ肉や乳がなくなるということもないだろう」「そうか。何かあったらすぐに言って」「ああ、ゾーオンにも伝えておく」 その視線がぼくの顔から頭上に移る。「実物の伝令鳥は初めて見たな。頭に乗るものなのか?」「いや、肩に乗られるとバランスが悪いし肩が凝るんで妥協した結果」「へえ」 ティーアがギリギリエキャルに触れるか触れないかの場所に手を差し出した。 エキャルが首を伸ばして、その指を見る。 じっくり指先を観察してから、頭を戻す。「気に入られてはいないようだな」「いや、多分、今までで一番普通っぽい反応」「普通?」「アナイナにめっちゃ敵意むき出しで……。アナイナの指、突きかけた」「なるほど、確認して敵意がないと分かって頭を引っ込めたんだな」 ティーアは動物操作のスキルを持っている。操作するんであって懐かせるのはフレディのスキルだけど、それでもティーアのことを嫌ってるわけではないらしい
ヨモギを首につけたまま、頭の上にエキャルを乗っけして歩いていく。 畑の方は比較的穏やかで、作業に勤しんでいる人の姿が何人も見える。ヒロント長老がぼくの顔を見て手を振った。「畑の方はどう?」「特にこれと言って問題はないよ。儂のやることも少ないしの」 ヒロント長老は畑の代表みたいなもので、畑で働く人たちを取りまとめている。「新しい人からの苦情とかは?」 にっこり微笑んで首を横に振られたので、それは良かったと顔が緩む。「ああ、一つだけあったか」「何?!」 顔をあげて食いつくぼくに、ヒロント長老苦笑。「子供が遊んで畑に入り込むことが……」「ああ……」 どの町でも子供の遊ぶスペースって言うのはあんまりない。スキルとそのレベルで住む町が決まる世の中では、子供は正式に町の住民ではなく、成長して役に立つのかがさっぱりわからないので基本的な勉強しか教えない。スキルが判明してから本格的な勉強になるんで、ランクの低い町だと子供は下手すると自分の名前しか書けないというパターンもある。 グランディールは近いうちに学問所を作りたいと思っている。子供が増えたんで、みんなに読み書きと計算、あと印の作り方を教えるところがあればいいなあと、何となく。 でもまだ出来てないので、邪魔にならない限り町の中を歩き回ってもいいという許可を出してあったけど、畑に入り込まれるとなあ……。「畑に柵作る?」「そうですな、柵があれば入ってはいけないことが分かる」 ぼくは柵の形を考えて、スキルを発動。 畑を取り囲むように、子供には背の高い柵を作った。出入り口も簡単な鍵がかかるようにしてある。「こんな感じで?」「十分ですな」 ヒロント長老が頷く。「多分畑が広がれば柵もそれを取り囲んでくれましょうな」 で、と長老の視線が上に。「伝令鳥をお買いになられましたか」「宣伝鳥も近いうちに買おうと思ってるけど」 ぼくは頭の上に手をやる。ふかっという羽毛の感触と手に押し付けられる丸みを帯びた形。「とりあえずぼくが飼ってみて、どんな感じなのかを見たいってアパルもサージュも言ってたし」「そうですか」 長老は目を細めてエキャルを見る。「最初に送りたい相手はどなたですかな?」「ん~……個人的な話になって悪いけど」 手を挙げてエキャルを撫でながら答える。「両親に」「そう言えば、
三日は傍に居てやってください、とパサレは言った。 伝令鳥や宣伝鳥は、まず自分が帰ってこなければならない場所を覚えなければならない。不特定多数に送る宣伝鳥や町で買う伝令鳥は場所を覚えてそこから行き来するけれど、ぼくのみたいに完全に個人的なやり取りをするなら、自分の飼い主を完璧に覚えてもらわないといけない。何処から何処に送ってもぼくの所に戻ってくるように。 高価でスキルレベルの高い伝令鳥は、例えば他人に貸しても、飼い主の意を酌んで他人の手紙を知らない人間の所にも届けたりできる。けど、元の住処あるいは飼い主を完全に認めていない鳥は元の住処に帰ってきてしまったりする。 エキャルは高価でスキルレベルの高い伝令鳥だけど、それでもぼくの気配を覚えるには三日はかかる、んだそうで。 基本的に鳥かごの中に入れておくものだけど、鳥かごに入れると文句言って暴れる。言い聞かせると分かってはくれるんだけど、あの黒い目でじっとぼくを見上げてくる。出してくれーって言ってるの分かるんだよ、これが。逃げないからここから出してーって言ってるのが。 鳥かごに入れておかなくても、ここまで気に入った飼い主の元から逃げ出すことは滅多にないとパサレも言ってたし、ぼくがエキャルの傍に居るよりエキャルがぼくの傍に居るのが色々無理がなくていいかと自由にさせた途端、右肩に飛び乗った。 鳥だからそんなめちゃくちゃ重いってわけじゃないんだけど、それでも右肩に重みはかかる。「……肩が重いんで別の場所に行ってもらっていいでしょうか」 バサバサッと飛んで頭の上。「何で頭の上がいいの?」 長い首を下ろして頭のてっぺん辺りに自分の頭を擦り付ける。「分かった分かった。そこがお前の定位置なんだな?」 だったら仕方がない、ちょっと間の抜けた姿になるけれど、エキャルを頭に乗せて、毎日恒例の町の巡回に出かける。 と言っても町のあちこちを散歩がてらほっつき歩くだけなんだけど。 拉致監禁された直後によく護衛もなくほっつき歩けますね、と元ファヤンス住民に言われたけど、実際の所グランディールより安全な場所はない。 宙に浮いているグランディールに侵入しようとすれば、まずスキルか騎獣で飛ぶしかない。で、上空から入り込もうとすると、水路が邪魔をする。水路はどうやら雨除け風除け寒さ対策もされているらしく、水路を突き抜けて通ろう
「あああ~……」 エアヴァクセンが見えなくなった辺り、森を切り拓いてできた街道の真ん中で、ぼくは思わずしゃがみこんだ。「レベルMaxって、どういうことだよ……」 どんなスキルであっても、レベル上限が1では、伸ばしようがない。 ミアスト町長が移転先も決めずに追い出したのも無理はない。 町のランクはEから、D、C、B、A、S、SS、SSSの順で上がっていく。最下位のEランク居住条件はレベル上限が100程度。ぼくのレベル上限は1。 つまり、最低のEランクの町に住む価値もないってことだ。 ……エアヴァクセンに住めなくても、両親の血を継いでいればせめて1000はあって、A~Bランクの町に
門まで行った、その光景。 塀で囲まれた部分と、門のすぐ外。 さっくりと切り取られたようになって、その先に地面がない。(まさか?!) その、まさかだった。 恐る恐る切り取られた先を見下ろすと、下には緑のもこもこ。森だ。 つまり……浮いている!「うっそ、本当に……」 盗賊団の皆さんも、ぼくと同じ思いだったらしい。「本当に空を飛ぶとは……」「嘘だろおい……」「なんで……」 呆然とした声が空に流れていく。 真下の山肌に洞窟が見えることから、今はこの町は真上に浮いているようだ。 それだけでとんでもない話だ。 しかも、それがぼく一人のスキルで。 レベル1、Maxの力で。
ほっとしたぼくの耳に届いてきたのは、雄叫び。 なんだ、何があった? 何かあった? 服を着替える暇も惜しく飛び出すと、町はそのままで、並んだ六軒の家の一軒で、ヴァダーさんが雄叫んでいた。「ヴァダーさん?!」「家が……家が消えていない! 町も消えていない!」 ……そうだね、ヴァダーさん、ぼく以上に心配していたからね。目が覚めたら夢だとか消えてたとか。「さて、これからどうしよう」 変な場所に町を造っちゃったなあ……。 森の奥深く、野獣や魔獣が平気で出る場所。エアヴァクセンに気付かれない土地。他の町との交流しようがない僻地。 確かに畑があって獣を捕らえて捌く場所があって水も豊かな
この世界に暮らす人間には、例外なく「スキル」がある。 十五歳で目覚めるその能力は、目覚めてみるまでどんな能力か分からない。それが役に立つかどうかさえ分からない。 だけど、たった一つ分かっていることがある。 良いスキルと高いスキルレベルを持っていれば、いい街に住める。 役に立つスキルともっと高いスキルレベルなら、もっといい街に住める。 住む町にスキルで貢献することで、町をもっとよい町にする。だから町もいいスキルの持ち主を集め、住むのに便利な町を作る。レベルの高い町にはレベルの高いスキルの持ち主が集まり、更に住みよい町にする。つまり、住む町が住人のステータス、住人が町のステータスと言







