ログイン「君を愛することはない。二年以内に離婚してくれ」 名門商家の娘・エルザが、初恋の幼馴染フィリップと結婚した当日。待っていたのは、甘い新婚生活ではなく、冷たい拒絶と一枚の「離婚届」だった。 夫はエルザを孤独な離れに置き、アレルギーである「薔薇」で埋め尽くされた部屋を与える。 さらにフィリップは家族に対し、「エルザが自分から交流を拒んでいる」という残酷な嘘を吐き、彼女を不義理な嫁に仕立て上げていく。 食事も喉を通らず、一人涙を堪えて息を潜めるように暮らすエルザ。 そんな彼女のやつれた姿に、かつて天敵だった義弟・セシルが疑念を抱き始めて……
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ゴーン ゴーン……4月の美しい青空の下、教会の祝福の鐘が鳴り響く。
今日は私――エルザ・ブライトンと、子供の頃からずっと大好きだった5歳年上の幼馴染フィリップ・アンバーとの結婚式だった。純白の美しいウェディングドレス身を包んだ私は幸せの絶頂にいた。腕を組んでいる彼の顔をじっと見つめると、私の視線に気づいたのか、フィリップは優しい目を向けて微笑んでくれる。
本当に夢の様に幸せだった。
2人の結婚を祝う為に参列したのは、私の両親とフィリップの両親。そして彼の弟のセシルの5人のみ。
結婚式は2人でヴァージンロードを歩き、神父さんの前で誓いの言葉に婚姻届けのサイン。そして指輪の交換。 ただそれだけの簡素な式。両親は一生に一度の結婚式なのだから、もっと盛大にするべきなのにと文句を言っていた。けれども私は両親を必死で説得して納得して貰った。
我儘を言ってフィリップに嫌われたくは無かったからだ。
私がここまで彼に気を遣うのは、2つの大きな理由があった。
1つ目の理由は私とフィリップの身分の差。
元々、私と彼の家柄とでは身分が違う。
フィリップは男爵家の爵位を持つ人だったけれども、我が家は世間では名だたる名門商家であったものの、ただの平民だったので意見を言える立場では無かったからだそして、もう1つ……それが一番重要な理由だった――
*****午前11時――
式が滞りなく終わった。
両親はそのまま自宅に帰ることになっている。
本来であれば、結婚式のお祝いパーティーが開かれるはずだったのに、フィリップはそれすら拒否したからだ。なので私はウェディングドレス姿のまま、教会で両親と別れの挨拶をすることになった。
「エルザ……本当にこんな結婚式で良かったのか?」
教会から外に出ると、父は少し離れた場所で自分の家族と談笑しているフィリップを見ながら私に尋ねて来た。
「そうよ。たった一度の2人の最初の門出の式が……こんな簡素な物なんて……」
母の目には私に対する憐みがあった。
平民とは言え、我が家は財を成した商家として世間では有名だった。だから両親は娘の結婚式は盛大に祝ってあげたいと願っていたからだ。
けれど私はフィリップの隣でウェディングドレス姿で式を挙げることが出来て幸せだった。例えそれが出席者は身内だけで、何のお祝いパーティーも開かれない結婚式だとしても。
だって、子供の頃からずっとずっと大好きだった彼と結婚することが出来たのだから。両親は私のことをとても心配してくれている。
2人を安心させてあげなくては……。「いいのよ、お父さん、お母さん。フィリップ様はとてもシャイで恥ずかしがりやな方なの。だから本当は結婚式だって挙げたくは無かったのよ? だけど式だけはどうしても挙げさせて貰いたいと言う私の願いを受け入れてくれた優しい方なの。むしろ私は感謝しているわ。だってこんな素敵なウェディングドレスを着る機会を与えてくれたのよ?」
私は笑みを浮かべながら両親に嘘をついた。真実を話せば、きっと両親は心配するだろうから。
「そう……か? まぁ、お前が幸せなら父さんも母さんも、何も言うことは無いが……」
「そうね。エルザがそれで納得しているのなら別に構わないわ」
両親は私の嘘に納得してくれた。
「ええ、そうよ。フィリップ様は優しいお方なの。だから何も心配しないで?」
笑顔で頷く。
けれど実際は違う。
私とフィリップの結婚式が決まった時、彼は私に告げたのだ。『婚姻届けにサインをして指輪の交換をするだけなんだから、ウェディングドレスはわざわざ着る必要は無いんじゃないかい? 結婚式なんか挙げるだけ時間の無駄だと思うんだけど?』
フィリップの言うことは尤もだと思ったけれど、ウェディングドレスを着て結婚式を挙げたかった。だから必死になって彼に無理を承知で頼み込み、何とか今回このような形で式を挙げることが出来たのだ。
「それじゃ、我々はそろそろ帰ることにしよう。もうアンバー家との挨拶も済んでいることだし」父が母に声をかける。
「ええ、そうね。それに、あまり長居するわけにもいかないものね……。ごめんなさい、エルザ。本当はもう少し傍にいてあげたいけど……」
母が申し訳さなそうに謝る。
「ううん、大丈夫よ。そんな心配そうな顔しないで? これから私は幸せになるんだから」
私は2人に笑顔で答えた。
「それじゃ、身体に気をつけてな」
「手紙……待ってるわ」そして、父と母は手を振ると帰って行った――
****「御両親は帰ったんだね?」
2人の乗った馬車を見送っていると、不意に背後からフィリップが声をかけてきた。
「はい。帰りました」
「そうか……それじゃ僕たちもそろそろ帰ろうか?」
「はい。あの……お義父様とお義母様、それにセシルは?」
何故3人はいないのだろう?
「もう、皆帰ったよ。それじゃ、僕達の新居に行こうか?」
「は、はい」
僕達の新居……。その言葉だけで、私は自分の頬が赤くなるのを感じた。
そして、新居に辿り着いた私は……衝撃的な言葉をフィリップから聞かされることになる――「フィリップ……」俯きながら彼に声をかける。「何?」「少し……考えたいことがあるから、1人にさせて貰えるかしら……?」「いいよ。そういう願いなら、お安い御用だよ」そういう願いなら……。フィリップの言葉が追い打ちをかける。なら、どういう願いなら聞いてくれないの? そう問い詰めたくなるのを私は必死で我慢した。「それじゃ僕は本館に行ってくるよ。両親に報告に行ってくるから」「え? 本館」それなら私も挨拶に行かなければ。仮初でも今日から私はフィリップの妻となったのだから。「あの、だったら……」私も――と言おうとしたとき、フィリップが扉の前で足を止めた。「エルザ」「何?」彼は私に背を向けたまま返事をする。「君は勝手に本館へ行かないでくれよ? 誰かに呼ばれた時以外はね。僕は君を正式な妻と認めたわけじゃじゃないんだから。そのへんは身をわきまえてくれるかな?」「!」その言葉に冷水を頭から浴びせられたかのような感覚を覚える。(そんな……そこまで残酷なことを言うなんて……!)駄目だ……ついに堪えていた涙が溢れだす。「え、ええ……わ、分かったわ……約束する……」返事をするも、その声は涙声だった。「うん、よろしくね。あ、そうそう。夕食は午後6時半だよ。メイドが知らせに来るからね」フィリップはそれだけ言うと、扉を開けて部屋を出て行った。涙声の私に気付いているはずなのに、一度もこちらを振り返ることもなく……。――パタン扉が閉じられ、部屋に静寂が戻る。「う……」ベッドに駆け寄るとクッションに顔を押し付けた。「うっうううう……うっうっうっ……」鳴き声が外に漏れないように、いつまでもいつまでも泣き続けた――***** 気付けば、部屋はすっかり薄暗くなっていた。ヘッドボードによりかかり、呆然と窓の外を見つめる私。泣き過ぎで頭がズキズキと痛んでいた。空はオレンジ色からすっかり夜の色に変わり、一番星が大きく輝いている。「今……何時なのかしら……?」ポツリと呟いた時。――コンコン部屋の扉がノックされる音が聞こえた。「はい」扉に向かって返事をすると女性の声が聞こえた。『奥様、すみません。お夕食の準備が出来たのですが……』奥様……。果たして、私はそんな風に呼ばれる資格があるのだろうか?「今……行きます」弱々しく返事をする
泣きたい気持ちでいっぱいだった。けれど、ここで涙を見せればますますフィリップから嫌がられてしまう。だから必死で涙を堪えながら尋ねた。「フィリップ……『僕の所へお嫁に来るかい?』と言ったあの言葉は……何だったの?」「あれは、父と母に説得されてやむを得ず言ったんだよ。エルザが僕との結婚話に頷かないから、説得するようにって言われてね」「そ、そんな……」一瞬目の前が真っ暗になってしまった。フィリップのあの言葉は自分の意思ではなかったなんて……。「両親は何としても僕を結婚させようとしていた。ローズしか愛せないと言う僕の言葉に耳も傾けずにね。それでローズの妹の君なら身代わりになれるんじゃないかと両親は考えて、エルザと僕の結婚話を勝手に進めたんだよ。……僕は最初から嫌だと言っていたのに。全く、迷惑な話だよ」「迷惑……」口の中でポツリと呟く。「いい加減、断り続けるのも疲れたんだよ。そこでとりあえずエルザと結婚をすれば、もう煩わしい結婚話から開放されると思ってね。君に結婚の打診をしてみたんだよ。内心断ってくれることを願っていたけど……まさか承諾するとは思ってもいなかった」フィリップがため息をついた。「!」その言葉に私は自分が酷く浅ましい人間だと言われているような気持ちになって思わず顔が羞恥で赤くなる。そんな……。フィリップは私がプロポーズを断ってくれることを願っていたなんて……。「わ、私は……フィリップのプロポーズを……本当は受けるべきじゃなかった……ってこと?」気付けば縋るように訴えていた。「まぁ、はっきり言ってしまえばそうだね。だけど、君は承諾した。そうなるともう僕達は結婚せざるをえないじゃないか?」フィリップは肩をすくめた。「……そ、そん……な……」もう駄目だ。今にも涙が出てきそうだ。何か……他のことを考えて、気を紛らわせなければ、少しでも油断すれば涙が頬を伝いそうだ。私が返事をしないからか、フィリップの話は続く。「とりあえず、僕と君は結婚したけれども当然寝室は別々だ。朝と夜の食事をいきなり分けるのは周囲に怪しまれるから少しずつ別々にするようにしていこう。そして預けた離婚届だけど……」「!」その言葉に肩がビクリと跳ねる。「エルザだって、こんな生活すぐに嫌気がさすと思うんだ。だから、この結婚を終わらせたくなったらいつでも役所
「エルザはローズの妹だから。子供の頃から良く知っているから、愛せると思ったけど……やっぱり無理だった。だって君は同じ姉妹とは思えないほど似ても似つかないからね」「え……?」フィリップは悲しげな顔でこちらを見ているけれども……私の方が余程その言葉によって傷ついていた。姉とは似ても似つかない……。それは私が姉とは違って美しくないと間接的に言っているようなものだった。美しい姉とは違い、自分は少しも似ていないと言う自覚はあった。私は姉のようなプラチナブロンドではないし、瞳も紫ではない。ダークブロンドの髪に、ヘーゼルの瞳……姉に比べれば見劣りするのは自分が一番良く分かっていた。「で、でも……私達、今日結婚したばかりなのに……いきなり、そんなことを言われても……」「だから、今言うんだよ」その言葉はとても冷たい声だった。「どういう……こと……?」「僕に普通の夫婦のような関係を求められても困るから、結婚式を終えた後に告げようと思っていたんだよ。この結婚は……はっきり言ってしまえば僕の意思じゃないからね。両親と君の両親、そして君が決めた結婚だ」「フィ、フィリップ……」フィリップは私から視線をそらせると、再び窓に目を向けた。「僕にはローズだけだった。彼女意外の女性は欲しくはなかった。けれどローズは僕と結婚する約束を破って……突然この地にフラリと現れた男と恋に落ちてしまった。結婚式も間近だったのにも関わらず……駆け落ちして逃げてしまった」私は黙ってフィリップの話を聞いていた。彼の顔は苦悩に満ちている。「その時の絶望が……君に分かるかい?」「それは……」分かると言えば分かるし、分からないと言えば……分からない。何故なら姉のローズは私達家族にとっても特別な存在だったから。姉は誰からも愛される女性だった。地味で目立たない私とは違って、その場にいるだけで目立っていたし、周りを明るくしてくれた。それにとても優しい人だった。私達家族の自慢であり、大切な存在だったのに……。姉は私達家族を捨てて、本当に愛する男性を見つけて去ってしまった。だから、大切な人を失ってしまったという点ではフィリップと同じであると言えた。でも家族の情愛と、恋人との愛はまた違うものだということも理解している。だけど、その話を目の前で告げられている私は? 私が今どんな気持ちかフィリップ
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ」フィリップは私の顔を見ることも無く言い切った。「え……?」あまりの言葉に頭が追いつかなかった。するとフィリップは部屋の中央に置かれた丸テーブルへと向かった。そこには大きめの茶封筒が乗っている。様子をうかがっているとフィリップは茶封筒を手に私の元へと戻って来ると差し出してきた。「これを預けておくから、離婚する気になったら僕の代わりに提出してくれ」「な、何……?」震える手で封筒を受け取り、中から書類を取り出すと出てきたのは……。「え……? り、離婚届け……?」あまりのショックで言葉が出てこない。するとフィリップは言った。「エルザ……君だって良く知っているじゃないか。僕が好きな女性はローズだってことくらい」「ローズ……お姉さま……? だって、お姉さまはもう……」私はその名を口にした――**** 私には3歳年上の姉がいる。 姉の名前はローズ。その名の通り、とても美しい人だった。プラチナブロンドの巻毛に紫色の瞳……薔薇色の肌にピンク色の唇。まさに絶世の美女と言っても過言では無かった。私達家族は平民だったけれども、姉の美貌は王侯貴族にまで届く程で、数多くの求婚者が現れた。けれど、どれ程身分が高い相手にも姉は首を縦にふることはなかった。何故なら、姉には恋人がいたからだ。子供時代からの幼馴染であり……その人物が今、私の目の前に立っているフィリップだった。2人は結婚の約束をしていたが、その約束は1年前に突然破られることになる。姉に好きな人が現れたからだ。その男性は他の国から来た旅人。偶然出会った2人はその場で恋に落ち、あっという間に結婚の話にまで飛躍した。けれど、フィリップと姉は既に半年後に結婚することが決まっており、両家は猛反対した。何しろフィリップは男爵家の長男であり、片や我が家は名門商家とは言えども所詮はただの平民なのだ。そこで両家は強引に姉と男性を別れさせようとしたのだが……ついに姉は恋人と一緒に駆け落ちしてしまい、行方をくらましてしまった。子供の頃からずっと姉を一途に好きだったフィリップの嘆きは凄まじく……一時は命を断ってしまうのではないかと思われた。彼の両親は姉のことは諦めるように告げ、結婚適齢期のフィリップを何とか結婚させる為に様々な縁談を持ち込んだ。けれど、姉のことを