Share

『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』
『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』
Penulis: 米糠

1 転生

Penulis: 米糠
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-16 15:27:36

 人は死に直面すると、生前の記憶がまるで走馬灯のように目の前を駆け巡り、過去の一瞬一瞬が鮮明に浮かび上がると言われている。しかし今、私の脳裏を占めているのは、確かに私の記憶ではない。まるで別人の記憶が無理矢理押し寄せてきているかのようだ。

 そう、私は死んだのだ。ほんの少し前、目の前に現れたのは、まるで地獄の番人を彷彿とさせる真っ赤な肌を持ち、ギョロリとした目が不気味に光り、鋭い牙を覗かせる異形の大男――閻魔大王だ。彼は私の生前の悪事を裁き、『無限ギロチンの刑』と冷徹に告げ、深いため息をついた。ため息は、まるで私を極邢の運命に突き落とすように、重く、冷たかった。その瞬間、私の意識は闇に呑み込まれた――地獄に送られるはずだったのに、何故か今、私はここにいる。

 私の脳裏で展開する走馬灯の物語は、公爵令嬢イザベラ・ルードイッヒの幼少期から始まった。柔らかな陽光に包まれて育ち、贅沢な衣装と優雅な食卓に囲まれて――美しく、わがままに、そして少しだけ頑固に育てられた彼女の姿が映し出される。次に訪れるのは、あの王子との婚約の知らせ。王子ヘインズ・クラネルはまさに王子様そのもの、豪華な外見と高貴な血筋を持ちながら、イザベラの心を魅了していった。イザベラは過酷な王妃教育を受けながら未来の良き女王を目指して寸暇を惜しんで努力する。だが、彼女の未来は、あっけなく崩れ去る。王妃教育で時間に余裕のないイザベラにヘインズ王子の不満は高まり、王子は公然と浮気するようになったのだ。そして卒業パーティーで婚約解消を発表する。王子に抗議したイザベラは王子に殴り飛ばされ、仰向けに倒れる……その瞬間で走馬灯は途切れた。

 これはイザベラの記憶だ。私はそう理解してイザベラという人間を考察した。

 この子、美しいけれど、ちょっと負けん気が強すぎるわね。でも、頑張り屋さんで、素直に言うと、本当は良い子なんだ。王妃教育も真面目に受けていて、時間がない中でも一生懸命やっていた。でも、王子は……あんな公然と浮気をして、挙げ句の果てに婚約を破棄だなんて……。

 もしこの子が、黙って耐えていたら――泣き寝入りしていたら、こんなことにはならなかったのに。死ぬこともなかったのに……こんなに騒ぎを大きくしてしまったから、きっとこの後は処刑台に送られる運命だったはず。でも、あの一撃で――もう後頭部を強打して死んじゃったのね。可哀想だけど、もしかしたら、この後、牢に繋がれ、拷問を受け続けるよりは、きっと幸せな終わりだったのかもしれない。……それに、この子にも悪いところはあったのよ。

 私ーー石黒麗子は、イザベラ・ルードイッヒの人生を、まるで他人のように寸評する。転生前、腹黒人生を送り、閻魔に捌かれ、地獄送りを言い渡された私が言えたことじゃあないけど。

 そう。私は石黒麗子――誰もが憧れ、羨むような美貌を持ちながら、他人のものを奪い続けた女。彼氏を奪い、そして奪われ、どれだけの男を手に入れ、どれだけの女性の涙を引き出したことだろう。

 だって、素敵な殿方たちは、いつだって邪魔な女に囲まれていたんだもの。それに私は、本気で取ろうとしたわけじゃないのよ。ただ、少し気を引くような素振りを見せただけで、彼らが向こうから寄ってきただけなの――仕方ないじゃない。だって、私があまりにも美しすぎたから。

 それに、二股男たち――男なんて、どいつもこいつも二股してきたし。でも、私はほとんどの男を、最終的には私のものにしたわ。勝った後は、その男を振ってやった。手も握らせやしなかったし。

 ……そして、面と向かって元の女に言ってやったの、

「あの男は、私のことが好きなのよ」

 って。

 それだけのことなのに、なぜか私が非難される……それだけで、あのクソ閻魔に捌かれるなんて、どうしても納得がいかない。『無限ギロチンの刑』って、一体何よ?

 気付けば身体強化の魔法まで使ったヘインズ王子に思いっきり殴られた左頬が痛む。ズキズキとしたその痛みが、まるで私を罰するかのように響いている。後頭部には大きなたんこぶが出来ていて、殴られた感触が脳裏に鮮明に焼きついている。それは、私の体が痛むことで、何か大きな真実を知らせているようだった――あれ?  でも、どうして私の頬が痛いんだろう? 殴られたのはイザベラのはず。

 初めて目を開けると、目の前に広がったのは、眩い光に包まれた、見知らぬ天井だった。その天井は、まるで素敵な芸術作品のように、繊細で優美な模様が描かれている。天井には、いくつもの大きなシャンデリアが煌めき、柔らかな光を部屋いっぱいに散りばめている。私は仰向けに倒れている。まるで中世ヨーロッパの貴族たちが集う豪華なパーティー会場にでも迷い込んだかのような、重厚で優雅な空間が広がっている。――この場所は、どこかで見たことがある。確か、走馬灯に映った学院の卒業パーティーだ。

 私は地獄に送られるはずだった。なのに、今、ここにいるのはなぜだろう?  それとも――これが夢なのか?  いや、そんなはずはない。死んだはずなのに、私はここにいる。

「ここは……どこ?」

 息を呑んだ。声が出たのか出ていないのか分からなかったが、確かに私はここにいる。異世界のような空間に。

 何が起こったのか分からない。死後、すぐに閻魔大王に裁かれるはずだった。『無限ギロチンの刑』――その言葉が脳裏に響く。あの瞬間の冷徹な声、ため息をついたあの顔を、私は決して忘れないだろう。あの後、何も感じず、ただ闇に呑み込まれたと思っていたのに……。

 しかし、今、私はここにいる。息をしている。頬と頭以外に身体の痛みもない。でも、どうして私はこんな場所にいるのか? 

 目の前にぼんやりと浮かぶ記憶。それは私のものではない。イザベラ・ルードイッヒ――その名前が頭に浮かぶ。彼女の記憶が、私の中でざわざわと動き出す。

 公爵令嬢イザベラ。優雅な衣装に囲まれ、広い屋敷で過ごす日々。あの王子との婚約――でも、何かが違う。何かが、違う。私の中にあの王子への執着が感じられない。王子ヘインズ・クラネルという名前に反応しようとしたけれど、それは私のものではない感情だ。

「私は……一体、誰?」

 深いため息をつく。これは一体、どういうことだろう。私は石黒麗子。そう、確かに私が麗子だ。死ぬほどの美貌と魅力で、他人のものを奪い取ってきた。男たちを振り回し、女性たちを泣かせてきた。そのことに後悔はなかった。ただ、私が欲しいものを手に入れる。それだけだった。

 しかし今、私の体は――イザベラのものになっている。

「イザベラ……?」

 声に出してその名前を繰り返してみる。しっくりこない。自分が誰なのかがわからなくなり、ただその名前が耳に響く。私の記憶には、イザベラの記憶がどんどん流れ込んでくる。イザベラの過去、家族、王子との関係、そして――あの時のこと。

「いや、私は――」

 イザベラは、確かにあの王子に裏切られた。でも、何かが違う。私の中でその感情が湧いてこない。あの王子に対する憤りや怒りが、どこかしら空虚で冷たい。それは私が経験したことではないような、他人の感情のようだ。

 私――石黒麗子の記憶の中では、私は決してそんな風に扱われることを許さなかった。あの王子を奪われるなんて、絶対に許せなかった。だが、ここで感じるのは、イザベラとしての無力感、ただの空しさ――そう、まるで私が他人の記憶に操られているような気がしてならない。

 その瞬間、ふと気づく。私の体が、まるでイザベラのものになったように感じる。その感覚がじわじわと迫ってくる。私の手はイザベラの手、私の目は彼女の目――それに、私が感じるのは、この身体が完全にイザベラだという事実だ。

「どうして……?」

 心の中で叫ぶ。しかし、体が応えてくれない。どうして私の記憶がこんなにも混乱しているのだろう? 麗子としての自分と、イザベラとしての自分――その二つの自我が、どんどん交錯していく。

 私は、イザベラの人生を引き継いだのか? それとも――

「いや、私がイザベラであってもいいのか?」

「私は誰だ?」

 その問いが繰り返し私の中で響く。だが、答えはまだ見つからない。ただ、目の前に広がる豪華な空間に身を任せるしかないのだろうか。死んだはずの私が、異世界で再び目を覚まし、そして――イザベラ・ルードイッヒという人物として生きることになったのだろうか?

 それでも、この体はまだ私のものとは思えない。何もかもが不確かで、混乱している。けれど、私は――どうしても、この新たな人生を受け入れなければならないのだろうか。

 痛む左頬を抑えると、口の中に固い物が当たった。意識がそちらの方を向く。何だろう、これは…小さな奥歯が抜けている?

 慌てて手を口に突っ込んで、抜けた歯を元の穴にねじ込んだ。確か、抜けたばかりの歯は再びくっつくことがあるって、昔誰かが言っていた気がする。

 そのまましばらく固唾を呑んでいると、聴覚が戻ったのか、周囲の声や音が少しずつはっきり聞こえ始めた。

 一際大きく響く声。多分私を叱責するあの王子の声だ。

「死刑にしても飽き足らぬが、元婚約者だったことに免じて国外追放に処す! いや、その反抗的な目つき…やっぱり死刑だ! イザベラ、お前は死刑だ!死刑にしても飽き足らぬ!」

 頭を持ち上げて視線を向けると、目に入ったのは王子、ヘインズ・クラネル。走馬灯の記憶の、あの卒業パーティーで二度と見たくないと思った顔だ。今、まさにイザベラに死刑を宣告し、怒りをぶつけている。

 もしかして……私は…イザベラ?

 ああ、まさか、転生しちゃったの?   私が死んだはずの体に、あの公爵令嬢イザベラ・ルードイッヒとして生き返ったっていうの? もしかしてここが生き地獄?

「……ちょっと待って、これってまさか地獄?」

 私は思わず口に出してしまった。『無限ギロチンの刑』って、もしかして死ぬたびに転生して、また死刑になる無限ループのことだったりするの?

 そんなの嫌だ。死ぬのも怖いけど、もっと怖いのは、何度も死んで同じ痛みを繰り返すことだ。多分これから断頭台にかけられる。

 騒ぐ王子に現状を再確認しようとする。…………王子さま! あなた、すでにこの子殴り殺しちゃってるんじゃないの! 死刑にしても飽き足らないって、もうすでにやることやってるんだわ。

 私はブレスレットや服が最後の記憶のイザベラのそれと一致するのを確かめて、やはり公爵令嬢イザベラ・ルードイッヒになっている今の自分に絶望した。そう、やっぱり走馬灯で流れた記憶の持ち主の子だ。

 さらに周囲の状況がはっきりしてきた。王子の背後に隠れる様にしてこちらを見て嘲笑う女、イザベラがかつていじめていた女―― 男爵令嬢カトリーヌが立っているのが見えた。そう、あの泥棒猫。王子を奪った張本人だ。

 それが原因でいじめられていたのだから、悪いのはあんたの方でしょ! 私はイザベラに少しだけ、いやかなり同情している。

 その時、私の脳裏に閻魔大王の冷たい声が響いた。「お前もだろう」という言葉が、耳の中でしつこく繰り返される。その瞬間、思わず顔をしかめた。私はあの男を取ろうとしたわけじゃないし、男たちが勝手に私に寄ってきただけ。それを少し、教えてあげただけなのに――。今度は取られる立場を味わえってこと?

 閻魔大王が裁きの場で、私の行動をいちいち取り上げて溜息をついていたのはさっきのことだ。

 でも私だって、私だって酷いいじめにあっていたよ。倍返ししてやっただけじゃない。倍返しして何が悪いのさ! 

 泣き寝入りしてればよかったわけ? そうすれば死なずに済んだのかしら? え……そのせいで死んだの? そりゃ揉み合いになって車に轢かれちゃったわけだけど。

 再び現実に戻ると、王子の声が更に響く。彼が私を死刑にする理由を延々と叫び続けている。

 どうしてこんな目に遭わなきゃならないのか。悪いのはあの女。愚かな王子は騙されて、有る事無い事イザベラの悪口を聞かされ続けたのだろう。イザベラを信じず、婚約を解消して、今もイザベラを責め続けている。こんなことになるとは思わなかった。だけど、今ここにいるのは――イザベラとしての私。

 私はこの現実を受け入れるしかないのか?

 立ち上がりかけたものの、すぐに再び膝が崩れた。土下座して謝る?  それが最良の方法だろうか?  でもどうしても、それができない。だって、あのカトリーヌが許せない。あの女が王子を奪ったのが、すべての始まりだ。そうじゃないか。私だけが悪いわけじゃない。

 冷静になるとこのままではまずいのは分かる。ここはなんとか断頭台だけでも回避しなければ。

 だがーー。

 私はくびれた腰に手を当て、ふんすと胸を張る。そして右手を挙げて「ビシ!」という効果音が響くようにカトリーヌを指差す。

「悪いのはあんたでしょう!」

 ……言ってしまった。我慢できずに言ってしまった。なんてはしたない言葉使い。貞淑な公爵令嬢にはあるまじき大胆極まりない行ない。

 殴り飛ばされた私に集まっていた視線が一気に指さされたカトリーヌに集まる。

 それに気付かぬカトリーヌがヘインズ王子の背中でペロリと舌を出して挑発する。おのれー、男の前だけで潮らしくしおってー! 思わず拳を力強く握ってしまう私。完全にカトリーヌが生前の恋敵とシンクロする。イザベラの無念を晴らしてあげたいというよりもう自分はイザベラになっている。そう、今の私はイザベラだ。彼女の記憶、人生を引き継いでいる。

「イザベラ! まだ改心できないようだな。その反抗的は目つき、もう一発殴られたいか?」

 いや王子、あんたが殴りたいだけでしょう! 一度殴り殺しておいて、まだ足りんのかーい。

 ここに至っては、王子の心はカトリーヌのもの。もう二度と戻ってくることはない。私という婚約者がありながら王子も王子だ。一夫多妻だからって結婚前からそれはないでしょう! しかも学園内でおおっぴらに……イザベラが不憫でならないわ。私はこのヘインズ王子が大嫌いになった。

 元をただせばあんたが悪い! ……と言いたかったが、殴られた顎が腫れて言葉が出ないし、王子にそんなことを言ったら不敬罪で罰せられる。死刑が確定するようなことをするのは大馬鹿である。……もうすでに確定(閻魔談)だって?

 グランクラネル王国第一王子ヘインズ・クラネルは、金髪碧眼整った顔立ちで、見た目だけは王太子として十分であるが中身は平凡以下の下衆野郎だ。コロッとカトリーヌに騙されているところがその証拠である。

 言い返せない私に向かって馬鹿王子が偉そうに告げる。

「この女を牢につなげ! 追って沙汰を言い渡す!」

 王子の顔に死刑と書いてある。

 こりゃあ、死刑の無限ループいきだとあきらめる。顎が痛くて口もきけなければ、兵士に掴まれて抵抗もできない。観念して兵士に連れられ地下の牢にぶち込まれる。兵士さんったら、公爵令嬢の私に容赦ないんですけど。少しは優しく扱ってよ。

 悪役令嬢に転生したのは間違いないが、もう少し前から転生できれば、死刑は避けられたのにと閻魔の顔を思い出して唇を噛んだ。『無限ギロチンの刑』だからしょうがないか…………。

 牢に入れられ少し冷静になって、ここからできることは無いかしらと考えた。勿論脱獄する方法だ。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』    閑話  イザベラを狙う影

     冷たい夜風が頬を切るように吹き抜ける王城の外回廊、月明かりが二人を青白く照らし、静寂の中に微かな足音が響いた。あやめは足を止め、目を細める。背後に漂う、かすかな殺気――鳥肌が立つほどの冷ややかな感覚が背筋を這い上がった。「……イザベラ様、つけられています」 イザベラはあやめの言葉に心臓が一拍、強く脈打つ。呼吸を整え、何気ない仕草を装いながら、周囲の影をちらりと確認する。誰もいない。 一瞬の静寂。次の瞬間―― ギィィッ! 鈍い音を立て、背後の扉が軋んだ。あやめは反射的に身を翻し、腰の短剣を抜く。刹那、黒い影が闇から飛び出した。刃が月光を反射し、銀の閃光が目の前を掠める。「ちっ……!」 あやめは刃を受け流し、イザベラを護るために立ちはだかる。  黒装束。敵の動きは素早く、無駄がない。鍛えられた刺客――それも、並の相手ではない。「……どこの手の者?」 問いかけるも、男は無言のまま二撃目を繰り出してきた。刃と刃が火花を散らし、金属の冷たい音が夜気を震わせる。 ――ガキン! 次の瞬間、何かが横から飛び込んできた。敵の短剣が弾かれ、空中で鋭く回転する。「二人とも、油断しすぎだ」 聞き慣れた飄々とした声。「小太郎!」 闇の中から忍びの衣をまとった影がふわりと着地、その動きは獣のようにしなやかだった。オッドアイに月明かりが反射する。 小太郎はくるりと短刀を回し、敵に向けて構える。その眼差しが、いつになく鋭い。 敵は一瞬だけ逡巡した後、素早く後退した。「逃がすか」 小太郎が指を弾くと、何かが敵の足元へと飛んだ。小さな爆ぜる音と共に、白煙が一気に広がる。「ぐっ……!」 敵が一瞬怯んだ隙に、小太郎は矢のように飛び込む。 ザシュッ! 一閃。銀の刃が、月光の下を駆け抜けた。敵の体がぐらりと揺らぎ、地に膝をつく。「……さて、誰の差し金か吐いてもらおうか」 小太郎が密偵の襟

  • 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』   37 凱旋とプロポーズ ⓶

    「…………ちょっとお待ちになって。お茶を頂いても良いかしら?」 イザベラはそっとルークの手を解き、優雅な仕草でティーカップに手を伸ばした。琥珀色の紅茶をひと口含むと、ほのかな酸味と甘味が舌の上でほどけ、ふわりと広がる華やかな香りが心を落ち着かせる。ルークの命で最高級の茶葉が用意されたのだろう。いつもながら、洗練されたこの味は格別だ。 しかし、落ち着きを取り戻したのも束の間——視線を上げると、ルークの端正な顔が驚くほど近くにあり、その黒曜石のような瞳がまっすぐに自分を射抜いていた。熱を帯びた視線に、肌がじわりと粟立つ。ルークの存在そのものが放つ圧倒的な力に、心臓が再び乱れた鼓動を刻み始める。「う、うん……!」 一度小さく咳払いをし、慌てて姿勢を正す。覚悟を決め、真正面から彼の瞳を見据えた。目の前の王が求める答えを、こちらから突きつける番だ。「一つ条件があります」 イザベラの言葉に、ルークは一瞬動きを止めた。驚き、困惑、期待——どれともつかない複雑な感情が交錯し、彼の端整な顔に浮かぶ。「私は、自分の住む場所が戦場になるような恐れを抱きたくありませんの。ですから、来年またカーネシアン王国が攻め込んでくるような状況は、絶対にごめんですわ。結婚の条件の一つとして、カーネシアン王国の征服をお願いしたいのです」 ルークの目が驚愕に見開かれる。その漆黒の瞳が、一瞬にして倍ほどの大きさになったかのように錯覚する。「カーネシアン王国の征服が条件だと!? 征服するまで、結婚はできぬと?」 その衝撃は大きかったのだろう。ルークは勢いよく立ち上がり、深紅の軍装の裾が翻る。強き王の余裕に満ちた表情が消え、まるで思いも寄らぬ策を突きつけられた軍師のように、目を見開いたままイザベラを見下ろしていた。 イザベラはそんなルークを見上げ、勝ち誇ったように、ゆるりと微笑んだ。「条件の一つ、と申しました。できませんか?」「……カーネシアン王国を征服するなど、これまで考えたこともなかった。簡単なことではないぞ」「ですが、今回の大勝利でカーネシアン軍の主力——ユーロ公爵軍と

  • 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』   36 凱旋とプロポーズ ① 

     山頂に築かれた荘厳なる王城。その南側、雄大な山並みに護られた平野に広がる王都ベルシニア。赤煉瓦の舗装道が碁盤の目のように張り巡らされ、十数万の人々が暮らすこの都は、まさに熱狂の渦に包まれていた。ベルシオン軍の大勝利という歓喜の知らせが、街全体を揺るがすように響き渡る。 中央大通りには、人々が溢れんばかりに押し寄せ、王国軍の帰還を迎え入れていた。黄金色のビールを掲げ、赤ら顔で陽気に叫ぶ男たち。戦士たちに向かい、涙ぐみながら手を振る女たち。無邪気に駆け回る子供たちの笑い声が、祝祭の鐘の音と混ざり合う。すべての人々が、家族の無事を、愛する者の帰還を、そしてカーネシアン軍の敗走という安堵を、身体いっぱいに表現していた。 そんな歓喜の渦の中、凱旋の先頭を行くのは、漆黒の軍馬に跨るルーク・ベルシオンその人。濃紺の軍装に金糸で施された王家の紋章が陽光を受けて煌めき、背に翻る白銀のマントは、勝利の象徴のように風をはらんでいた。その眼差しは、王としての誇りと自信に満ち、民衆の声援に応えながらも、堂々たる威厳を湛えている。 そのすぐ隣、栗毛の馬に軽やかに跨るのは、ケインズ・ヴァレンス。洗練された黒の騎士装束を纏い、肩には銀の鎖帷子が鈍く光る。彼の穏やかな微笑みは、戦いを終えた安堵と、王都に帰還できた喜びを静かに物語っていた。手綱を操る仕草すらも優雅で、時折、民衆に手を振るたびに歓声がひときわ高まる。 そして、その背後に続くのは、圧倒的な存在感を放つ巨漢、ガリオン・ヴォルグ。分厚い鎧に刻まれた無数の傷跡は、彼が戦場で刻んできた歴戦の証。その肩に掛かる赤いマントが、まるで燃え盛る炎のように揺れる。豪快に笑いながら、民衆に大きく手を振り、名前を呼ばれるたびに力強く頷くその姿に、熱狂はさらに高まっていく。「何度見ても、この光景は胸が震えるな」「お前は人気者だからな、ガリオン」 群衆に手を振り、次々と声をかけられるガリオンを見て、ケインズが微笑を浮かべる。そして彼もまた、誇り高く右手を掲げた。 勝利の凱旋。ベルシオン軍の行列は、王城へ続く壮麗な大通りを、堂々と進んでいく。兵士たちの表情には、戦を生き抜いた者だけが持つ安堵と、誇らしげな輝きがあった。

  • 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』   35 カーネシアン王国制圧作戦 

    「また軍議の間に参集させられるとはどういう事だ。何か起こったのか? ケインズは何か聞いてないか?」「いや、何も聞いていないな。カーネシアン王国との戦いは区切りがついたし、今度はペルシアン王国でも動いたか?」「ペルシアン王国に動きはないはずだぞ」 ガリオンとケインズの疑問にケント・クラネル公爵が答えにならない答えをする。ベルク・クレス侯爵も頷いた。 重厚な扉が軋む音を立てて開かれ、ルーク・ベルシオンが軍議の間へと足を踏み入れた。漆黒の軍靴が石床を踏みしめるたび、室内の静寂がより深くなる。彼の鋭い黒曜石の瞳が一同を射抜き、圧倒的な威厳が空間を支配した。 ケインズは腕を組み、冷静な表情を崩さぬままルークを見やる。ガリオンは半ば椅子にもたれかかりながらも、まるで獲物の気配を探る猛禽のように、王の動向を注視している。ケント・クラネル公爵とベルク・クレス侯爵は互いに視線を交わしつつ、息を詰めたように沈黙していた。「待たせたな。これから大事な話をする」 席についたルークの言葉に一同がビクリと驚いて注目した。「――――実は、イザベラに、今が好機だと言われてな」 今が好機? いったい何の好機なのか。誰もがその言葉の真意を測りかね、一瞬、空気が張り詰める。「今こそカーネシアン王国を攻め滅ぼし、例年の侵攻に終止符を打つべきだと言うのだ」 ルークは両腕を組み、一同を見回した。驚き、困惑、そして僅かな期待が入り混じった視線が彼に注がれる。「……イザベラ嬢の意見を聞かせてもらおう」 ケインズが慎重に問いかけると、ルークは淡々と説明を続けた。「この度の大勝で、カーネシアン王国のユーロ公爵軍とオリボ伯爵軍はほぼ壊滅。コンラット城とオグト城に残る兵はわずか二百から五百。急襲すれば落とすのは容易だ。残る戦力はオリバー国王軍とウィリアム侯爵軍、カッパー侯爵軍、合わせて四千強。城を一つずつ落とすにせよ、全軍が迎撃に出るにせよ、勝てない戦ではない」 ルークの言葉が終わるや否や、ガリオンが口角を上げた。「コンラット城を五百で守っているなら

  • 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』   閑話5 忍びの誓い

     あやめが男を押さえつけたまま、イザベラが問い詰めようとしたその時――「おい、何をしてる!」 背後で複数の足音が響き、次の瞬間――怒声が響いた。 振り返ると、数人のならず者たちが地下道の奥から現れた。彼らは汚れた外套をまとい、荒んだ目つきでこちらを睨んでいる。鋭いナイフを手にし、不衛生な体からは酒の匂いが漂っていた。「チッ、やっぱり仲間がいたか……!」 あやめは瞬時に敵の人数と武器を見定め、すぐに身構えた。「お前ら、ここで何をしている!」「この地下は俺たちの縄張りだ、余計な詮索は命を縮めるぜ」 ならず者たちはゆっくりと包囲するように動き出した。「イザベラ様、ここは一度――」 あやめが撤退を進言しようとした、その瞬間だった。「やめろぉぉ!!」 震えながらも拳を握り締め、ケンタ、トキヤ、ラオの三人の少年が前に飛び出した。「お姉さんたちを傷つけるな!」「ここはお前らみたいな悪党が勝手にしていい場所じゃない!」 小さな体ながら、彼らは必死にイザベラたちを守ろうと両手を広げた。「……馬鹿な真似をするな、子供が!」 ならず者の一人がナイフを振り上げる。 ナイフが銀色の軌跡を描いた、その瞬間――「――遅い」 突如、影のように現れた男の手がナイフを弾き飛ばした。「えっ――!?」 ならず者が驚愕する間に、彼の身体は一瞬で宙を舞い、地面に叩きつけられる。「ぐはっ……!」 暗闇から現れたのは、漆黒の忍装束に身を包んだ男―― 小太郎だった。「まったく……お嬢様が何をしているかと思えば、こんな危険な場所で遊んでおられましたか」 彼は肩をすくめながらも、周囲の敵を冷たい目で睨む。「手間をかけさせないでくださいよ」 次の瞬間―― 小太郎の動きは雷光のごとく速かった。 ならず者たちは何が起こっ

  • 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』   閑話4 黒猫が抱える秘密

       黒猫はイザベラの腕の中で小さく身じろぎした。痩せた体に柔らかな毛並み、そして――どこか知性を感じさせる琥珀色の瞳。だが、その体はわずかに震え、呼吸は浅く、不安げに尻尾を丸めている。「この猫、何かを飲み込んでいるのかもしれませんね」 あやめが鋭い眼差しで猫を見つめる。ケンタ、トキヤ、ラオの三人も興味津々で覗き込んだ。「ねえ、こいつ、口から何か落としたぞ!」 トキヤが指差したのは、猫の口元に転がった小さな光る物体だった。イザベラはしゃがみこみ、それを拾い上げる。「……これは?」 指先に乗せたのは、親指の爪ほどの青い宝石だった。光にかざすと、まるで深い湖の底を覗き込むような透明な輝きを放ち、微かに揺らめく光が流れる。指先に触れるとひんやりとしており、ただの装飾品ではないことを感じさせる。「宝石……?」 イザベラは眉をひそめる。 ただの貴金属とは思えない。何か特別な意味を持つものなのか――?「ちょっと待って、それって……!」 ラオが一瞬息を飲み、目を見開いた。表情が強張り、慌てたように声を上げる。「俺、見たことある! 市場の奥にある質屋で、盗まれたって騒ぎになってたやつだ!」「盗まれた?」 イザベラが宝石をもう一度まじまじと眺める。確かに、これはただの装飾品とは思えない。「……ということは、さっきの男が盗人で、この猫は何らかの理由でそれを持ち逃げした?」「ありえるな」 あやめが腕を組み、冷静に状況を整理する。「ですが、それにしては妙ですね。猫が偶然盗品を飲み込むとは考えにくい。盗賊が猫を利用して密かに運ばせたのか、それとも猫がもともと誰かの使いだったのか……?」「じゃあ、どういうこと?」 ケンタが首をかしげる。 イザベラは少し考えた後、猫の額を撫でながら微笑んだ。「それを確かめるためにも、まずはこの宝石の持ち主を探るべきね」 その時―― カツン、カツン…… 小

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status