INICIAR SESIÓN私・高瀬紗月(たかせ さつき)の婚約者・御堂圭介(みどう けいすけ)には、真っすぐで世話焼きな後輩・鷹宮真琴(たかみや まこと)がいる。 真琴は彼にマッサージをしてやり、耳かきまでしてやる。下着の買い替え時期やサイズまで把握しているほどだ。 私の誕生日に、圭介が私の好きな店を予約して祝ってくれる時でさえ、真琴は陰で念を押していた。 【言い方悪いけどさ、甘やかされて調子に乗る人、ほんとにいるから。大事にされるのが当たり前になると、気づいたら立場、完全に逆になってる。で、痛い目見るのは、だいたいそっちなんだよ】 私はトーク履歴を突きつけ、圭介を問い詰めた。 けれど、彼はたいして気にも留めなかった。 「真琴は率直なだけで、言い方がきついんだ。でも世話焼きで、根はいい子だよ。他の女みたいに、回りくどいことはしない」 彼の煮え切らない態度に腹が立って、胸の奥が痛み、別れを切り出した。 さすがに堪えたのか、圭介は顔色を変え、真琴をブロックし、もう二度と連絡を取らないと約束した。 ――ところが、挙式を目前に控えたある日。 ようやく予約の取れたドレスデザイナーに、私がブロックされていることに気づいた。 調べてみて、すぐに分かった。真琴が圭介のスマホを使い、デザイナーを罵倒した挙げ句、私の予約を勝手に取り消していたのだ。 「あのドレス、正直高すぎじゃない?先輩のお金だと思うと、もったいなくて。 まあ、あんたが恥かくのは勝手だけど。でも、ああいうの、あんたに似合わなくない?周りに笑われたら、先輩まで一緒に恥かくことになるじゃん。それ、見てられないんだけど」 真琴は、にやにやと笑いながら眉を上げてみせた。 そして――私の婚約者は、迷いなく彼女を庇うように前に出た。 「心配して言ってくれてるだけだろ。そんなことでいちいち腹を立てるほうが、面倒じゃない?」 ……ああ、そうか。 胸の奥に溜まっていたものが、すっと冷えていくのを感じた。もう、どうでもよくなった。 私は黙って指輪を外し、彼の頬に向かって投げた。 「もういい。結婚、やめる」
Ver más案件が一段落すると、私は真っ先にイタリア行きの航空券を取った。下調べも何もせず、思い立ったらそのまま出発することにした。圭介と一緒にいた頃、彼は三度、同じ約束をした。私と一緒に来てドレスの最終確認をして、それから少しこちらで過ごそう、と。その三度とも、真琴のせいで流れた。私は、待ってばかりだった。そして、そのたびに失望した。――もういい。ひとりで行けば、誰かを待つこともないし、期待を裏切られることもない。せっかくの機会だから、自分に少し長めの休みを与えることにして、まずは部屋を借りた。周囲に慣れてきた頃、私は改めてレインを訪ねた。電話では誤解も解け、謝罪も済ませていたけれど、やはり直接会って、きちんと頭を下げたかった。レインは、あのドレスを完成させてくれていた。「すごくきれいだ。君に、よく似合ってる。このドレスは、君のために作られたんだ。結婚がどうとか、そんなことは関係ない。せっかくだし、今日は君のための日にしよう」その通りだと思った。学生の頃から、デザインの夢を語っていた絵梨は、よく私に、ドレスのアイデアを話してくれた。目標は、私のためだけの一着を作ること。十年以上、何度も描き直しながら、手を加え続けてきた。亡くなる直前まで、未完成の原稿が残されていた。「紗月、二十六になっても二人とも結婚してなかったら、一緒にドレスで写真撮ろうね!」私は二十六になり、婚約は消え、彼女はもう、隣にいない。それでもせめて、彼女が関わったこのドレスを着て、約束の年を、形に残したかった。レインは自らカメラを構えてくれた。隣で見ていたアシスタントが、思いついたように言う。「せっかくだし、ツーショットも一枚どうです?」私は特に断る理由もなかった。レインは、生前の絵梨が憧れていた人だ。生きている間に一緒に仕事をすることは叶わなかったけれど、絵梨の発想が込められたドレスが、憧れの人と並んで写るなら――絵梨の思いを無駄にしなくて済む。そう思えた。「わあ、すごくいいですね。並ぶと、ほんと絵になります」アシスタントが無邪気に褒める。私は少し照れて笑った。レインもつられて笑い、その瞬間を、アシスタントが素早く切り取った。そしてそのとき、圭介が駆けつけ、ちょうどその光景を目にした。完
圭介は、スマホを睨んだまま、長いこと動けずにいた。たった一行のメッセージなのに、意味がうまく頭に入ってこない。真琴は、彼が食卓の前で固まっているのを不思議に思い、そっと近づいた。「なにそれ。親にまで言うとか、正直どうかと思うけど」「紗月が、そんなことするわけないだろ!」圭介は反射的に声を荒げた。真琴は、きょとんと目を瞬かせる。十年以上の付き合いの中で、圭介が他の女性と付き合っていた時期もあった。それでも、誰かのことで真琴に声を荒らげたことは、一度もなかった。真琴の顔に、じわりと悔しさが滲む。「違うなら、そう言えばいいじゃない。なんで、私に当たるの?」けれど今回は、圭介はいつものように宥めなかった。彼は真琴を押しのけるようにしてスマホを掴み、そのまま外へ出ていった。真琴は慌てて追いかけ、どこへ行くのか問いかけようとする。返ってきたのは、目の前で叩きつけられたドアの音だった。――ほどなくして、またドアが開く。真琴の目が、ぱっと期待に輝いた。だが聞こえてきたのは、圭介の冷えきった声だった。「もう帰れ。二度と俺の家に来るな。暗証番号も、変える」そう言い捨てて、圭介は再びドアを乱暴に閉めた。今度は、もう開かなかった。圭介は車を走らせ、まっすぐ私の会社へ向かった。来ようと思えば、いつでも来られた。それでも彼は、ずっと意地を張っていた。真琴の言葉に影響され、ここで一度突き放しておけば、私のほうから折れてくると考えていた。けれど今回は、私が本気で去るところまでは、想像していなかった。私は前から何度も言っていた。どれだけ揉めても、本当に終わるところまで行かない限り、親を巻き込むな、と。圭介は、私の性格をよく知っていた。筋さえ通っていれば、私は愛情で踏みとどまる。だから彼も、他の女とあからさまに一線を越えることだけは、慎重に避けてきた。――そこだけは、私が譲らない場所だった。圭介は、はっきりした言葉も交わしていないし、体の関係まで行っていない。だから、問題ないと思い込んでいた。私がどれだけ怒っても、どうせ時間が経てば落ち着いて、また元に戻る。そう、高をくくっていたのだ。真琴も、そんなふうに言っていた。女なんてそんなものだ、と。特に、私みたいに少し若い女は――と。そ
私は背を向け、そのまま歩き出した。圭介は、しばらくその場に立ち尽くしていた。真琴がつま先立ちになり、両手で彼の顔を包むようにして覗き込む。「……平気?あの子、やり方が乱暴すぎない?ちょっとしたことで、すぐ手が出る感じでさ。暴力的なところ、あるんじゃない?さすがに、あれはひどいよ」距離が近い。真琴が小さく息を吐くと、温い吐息が圭介の頬に触れた。圭介は一瞬、動きを止め、反射的に顔を背ける。真琴は、少し気まずそうに笑った。「あ、ごめん。心配で、つい……わざとじゃないからね、先輩」圭介は首を振って、「平気だ」と短く答えた。そして、ふと視線を上げ、ちょうど私が消えていった方向を見る。「……追いかけたほうが、いいんじゃない?」真琴は、迷うように言葉を選びながら続けた。「長い付き合いなんだしさ。紗月も、ただ意地張ってるだけだと思うよ。きっと、迎えに来てほしいんだと思う」少し間を置いて、付け足す。「……でも、また同じことになるかもだし。今度は、もっとひどくなるかもしれないけど。それにさ、最近みんなも言ってたよ。先輩の家、行きづらいって。また怒られたら、先輩も立場、きつくなるよね」圭介は、その瞬間、視線を引き戻した。「……何を気にする必要がある。俺の家だ。来たいなら、来ればいいだろ」そう言い捨てると、彼は迷いなく踵を返し、反対方向へ歩き出した。私のスマホは壊れている。服も汚れている。行く当てもないのに――彼は何も考えなかった。幸い、会社はすぐ近くだった。他の社員たちは、声を掛けることもできずに視線を逸らす。私の姿を見つけた秘書だけが、慌てて駆け寄ってきた。「新しいスマホを用意して。それから、着替えも一式」そう指示を出し、私は社用電話で弁護士に連絡した。警察に知り合いがいるなら、証拠の確保を頼みたい、と。カードをつかみ、そのまま病院へ向かう。私は、本当に圭介を愛していた。彼のために、真琴が「友だち」という顔で踏み込んでくるたび、何度も飲み込んできた。彼の気持ちを、疑ったことはなかった。私が離れそうになると、彼は決まって、優しい言葉で引き留めた。――でも。彼には、どうしても譲れないものがあった。男の体面というものの前では、私も、私の愛も、いつだって後回し
人に押されるうちに髪はぐしゃぐしゃになり、スカートにも汚れがついて、自分でも目を背けたくなるような格好になっていた。こんな姿を圭介に見られたくなくて、俯いたまま、涙だけが勝手にこぼれ落ちる。「紗月……大丈夫か?」圭介は上着を脱いで私を包み込み、そのまま腕の中に引き寄せた。「もう大丈夫だ。俺がいる」私を背中に庇うようにして前に出ると、顔を上げ、騒ぎの中心を鋭く見渡す。声も表情も、硬い。「今すぐ動画を消せ。警察はもう呼んだ。監視カメラにも全部映ってる。これ以上やるなら、覚悟しろ」男が前に出てきて、しかも「警察」という言葉が出た途端、さっきまで騒いでいた連中は、互いに顔を見合わせた。「いや……俺たちもよく分かってなかったんだよ。関係ないだろ。あの子がそう言ったから……」言い訳を並べながら、人波はばらばらに散っていった。――その場に残ったのは、真琴だけだった。真琴は圭介の前に駆け寄り、目を真っ赤にする。「先輩……やっと来てくれた。私が悪いの。紗月が先輩と別れるって言うから、止めたくて……」声を震わせて続ける。「先輩が、どれだけ紗月に尽くしてきたか、私、知ってるから。あんなに大事にされる人、他にいないよ。でも……」ちらりと私を見て、怯えたように視線を伏せた。圭介の声が、ふっと柔らぐ。「落ち着いて。ゆっくりでいい」真琴は小さくうなずき、唇を噛む。「紗月がね……全部先輩の自己満足で、尽くすのは当たり前だって。それに、もうもっといい人を見つけたって……」「何言ってるの!」遮ろうとした私の声を、真琴はわざと大きな声で掻き消した。「私も最初は信じなかったよ。でも、さっき……紗月が、別の男とすごく親しそうに出てくるの、みんな見たでしょ?見てられなくて、ちょっと言っただけなの。そしたら……急に転んだの。私、何もしてない」その言葉に、まだ立ち去っていなかった連中までが、口々に頷き始めた。「そうそう。さっきも別の男と、やけに親しげに出てきただろ。あの子だって、注意しただけなのにさ。それでさ、逆ギレしてきたんだよ」圭介が私を見た。その瞬間、顔色が変わった。目の奥に、探るような色が差す。二年、一緒に過ごして。式を目前にして。真琴の、ほんの数言で。圭介は私を、「
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