เข้าสู่ระบบその日、悠真は里をあとにした。ほんの数日のうちに、何年も老け込んだような背中だった。陽斗には、私がすべてを話した。私はそっと尋ねる。「最後に、あの人に会わせてあげなかったこと……ママのこと、恨んでる?」陽斗は静かに首を横に振った。年齢には似つかわしくない落ち着きが、その小さな瞳に宿る。「神崎さんは……パパになれる人じゃなかった。だから、後悔してない」私は陽斗の頭を優しく撫でた。……かつて悠真に宝石の仕事を教えたように、私は里の女性たちと一緒に宝石の仕事を始めた。私たちが扱う宝石は品質の高さと誠実な商売ぶりが評判となり、年月を重ねるごとに多くの人から愛されるようになっていった。……その後、悠真のことを知ったのはニュースだった。東都に戻った悠真は、最後まで紗耶との結婚を拒み続け、抵抗するために自らの体を傷つけることさえあった。皮肉にも、その出来事によって紗耶のお腹の子は神崎家にとってさらに重要な存在となり、一族はますます彼女を手放せなくなった。結局、悠真は一族の長老たちの意向に逆らえず、紗耶と正式に結婚することになる。人を見る目だけは誰にも負けないと自負していた美智子も、最後には身内に足元をすくわれた。嫁と姑は毎日のように衝突し、家中が騒ぎの絶えない日々となり、その話は東都でも格好の噂話になった。一方、望まぬ結婚に納得できなかった悠真は、ある日、紗耶が油断した隙を突いて彼女を階段から突き落とした。お腹の子は助からなかった。その日を境に、紗耶の心は完全に壊れてしまった。子どもを失い、悠真の愛も失った彼女は、すべてを諦めたように刃物を手に取った。悠真の胸を刺し、その場で自らも命を絶つ。最期まで、冷たくなった悠真の手を固く握り締め、小さく呟き続けていた。「これで……あなたは永遠に私だけのもの」この事件は東都中を震撼させ、神崎家の名声は一気に失墜した。しかし、一族にとってそれ以上に深刻だったのは、家を継ぐ者を失ったことだった。美智子や一族の長老たちは何度も私を訪ね、陽斗を神崎家の後継者として迎えたいと申し出てきた。けれど私は、そのたびに静かに断った。最後にはやむを得ず、それまで見下していた分家の中から後継者を選んだと聞く。けれどそんなことは、もう私にも陽斗にも、何ひと
私は思わず笑ってしまった。笑いすぎて息が苦しくなるほどだった。ようやく笑いがおさまり、顔を上げた時には、もう表情は消えていた。冷え切った眼差しで悠真を見つめる。「あなた、本当に気持ち悪い」悠真はその場で固まった。信じられないものを見るような目で私を見返す。「……今、何て言った?」「あなたを見ているだけで嫌悪感しか湧かないって言ったの」悠真は怒りに任せて私に歩み寄ろうとする。だが、私の隣にいた女性たちのたくましい腕が彼を押し返した。「俺はちゃんと謝ったじゃないか!これ以上、何を望むんだ!昔の君なら……」最後まで言わなくても分かった。言いたいことくらい。私は女性たちの間から一歩前に出る。そして、ためらうことなく悠真の頬を平手で打った。乾いた音が静かな里に響く。悠真は頬を押さえ、呆然と私を見つめる。私は冷たく笑った。「昔の私なら?あなたを心から愛していた私なら?何をされても最後には許してくれた私なら?ええ、そうよ。私は確かにあなたを愛していた。だから故郷を離れて、東都までついて行った。あなたと紗耶が寄り添う姿を見ても、それでも愛そうとしていた。でもね、悠真。人の愛情は、永遠じゃないの。どうして、何度私を傷つけても許されるって思えたの?どうして『愛してる』の一言だけで、私が喜んで戻ると思えたの?そして、何より――何度も踏みにじられたあとでも、私がまだあなたを愛していると思えたの?」悠真は一歩、また一歩と後ずさる。やがて力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。ようやく気づいたのだ。私の目から、彼への愛が完全に消えていることに。彼はようやく取り乱した。「ごめん……千歳……ごめん……お願いだ……許してくれ……」涙を流しながら、何度も頭を下げる。けれど私は、その姿を見ても何も感じなかった。胸は驚くほど静かだった。私は感情のない声で告げる。「もう謝らないで。今の私は、あなたの顔を見るだけで吐き気がする。悠真。あなたしか見えていなかったあの子は、もう死んだの。52回、一人きりで夜明けまで待ち続けた、あの夜のどこかで。あなたは一度も、あの子を人生のパートナーとして迎えてはくれなかった。それでも、あの子は52回、あなたを人生のパートナーと
悠真が来た。その一言で、私と陽斗の笑顔は同時に消えた。神崎家の力なら、私たちの居場所を突き止めるのに時間はかからない。それは最初から分かっていた。私は身にまとった民族衣装を軽く整える。銀飾りが歩くたびに澄んだ音を鳴らす。そのまま里の入口に向かった。まだ着く前から、幼なじみの女性たちの笑い声が聞こえてくる。「この人が千歳の連れてきた男?見た感じ、頼りなさそうね」「そうそう。日に焼けてもいないし、体つきもひょろひょろ。私なら見向きもしないわ」「もし婿に迎えるなら、みんな牛を何頭くらい出す?」「ははっ、牛なんてもったいないよ。この程度なら卵十個でも十分じゃない?」その中から、悠真の苛立った声が響いた。「女が男を品定めするなんて、何を考えてる!君たちと口論する気はない。千歳を呼んで来い」その言葉に、女性たちが一斉に笑い出す。「何言ってるの?男を見定めちゃいけないなんて、誰が決めたの?」「家でのんびり暮らしてる男が、外で働いて家を支える女に説教する気?」私は女性たちの肩を軽く叩く。皆が道を空けてくれ、その間を歩いて前に出た。「何しに来たの?もう二度と会わないって、ちゃんと言ったはずだけど」目の前の悠真は、私の知る彼とは別人のようだった。顔色は悪く、目の下には濃い隈ができている。何日も眠れていないのが一目で分かった。かつて宝石業界の若き実業家として身だしなみを整えていた姿は、どこにもない。悠真は私の前まで歩み寄ると、開口一番こう言った。「こんな連中と毎日一緒にいるのか?だから何日も電話にも出ないで、こんな考えをするようになったんだ。君も陽斗も、こんな場所にいていいはずがない。帰るぞ」そう言って私の腕を掴もうとした瞬間。女性たちが一斉に私の前に立ちはだかる。手にした鉄の棒を地面に突き立てる音が響いた。「千歳に勝手に触るんじゃないよ!」「下がりな!」私は隣の女性の肩にそっと手を添えながら、静かに口を開く。「悠真。私は、この里で生まれて、この里で育ったの。私たちは小さい頃から、自分の人生は自分で切り拓き、自立して生きることを教えられてきた。この里には、古くから母系の文化が受け継がれているの。だから忠告しておくけど、これ以上近づかない方がいいよ。う
その頃、白峰県に向かう飛行機の中では、乗客たちがひそひそと噂話を交わしていた。「聞いた?神崎悠真、結婚式を途中で飛び出したらしいよ」悠真が?結婚式を?あれほど望んでいた式だったはずなのに。「元恋人を追いかけて逃げたって聞いたわ」「元恋人って神崎紗耶じゃなかった?昔から初恋の相手だって有名だったし、神崎紗耶に振られたショックで白峰県に行ったって話じゃない?」「それ、もう古いよ。白峰県には別の恋人がいて、子どもまでいるらしいよ」私は心の中で冷たく笑った。隣で陽斗がアイマスクを外し、小さな声で尋ねる。「ママ……みんなが話してるの、おじさんのこと?」私はそっとアイマスクをかけ直した。「聞き間違いよ。安心して眠りなさい。ママがいるから」陽斗はそのまま眠り続け、目を覚ましたのは飛行機が着陸してからだった。見慣れた景色が広がるにつれ、陽斗の表情はみるみる明るくなり、嬉しそうに歩き出そうとする。私は慌ててその手を引いた。「陽斗、まだ乗り継ぎがあるの。今度は朝霞市に行って、おばあちゃんに会いに行こうね」……実家が位置する里の入口に立った瞬間、不思議と胸が締めつけられた。懐かしさと気恥ずかしさが入り混じり、足が止まる。あの頃両親は、私のことを案じて、わざわざ私たち二人の住まいまで悠真に会いに来てくれた。けれど最後まで、彼を認めようとはしなかった。それでも私は、自分の意思で、里に伝わる婚姻のしきたりに従って彼と結ばれた。そして二人で宝石店を始めた。悠真はずっと勘違いしていた。法的な効力はなく、ただ夫婦同然の暮らしがあるだけ――私がこういう婚姻の形を受け入れたのは、彼を愛していたからだと。でも違う。私自身、その文化の中で育った人間で、母系の一族の生まれなのだから。私は大きく息を吸い込み、陽斗の手を握って実家に向かった。道中では幼なじみも、近所の人たちも、昔と変わらない笑顔で声を掛けてくれる。まるで私が一度もこの里を離れなかったかのように。家に着くと、母は涙を浮かべながら私を強く抱き締めた。その夜は家族みんなで食卓を囲み、久しぶりの団らんを楽しんだ。陽斗も、こんな温かな時間は久しぶりだったのだろう。私の手を握りながら、嬉しそうに言う。「ママ、ここ、大好き」神崎家では
車はタイヤを軋ませながら屋敷の前で止まった。悠真は車を降りると、乱れた服を整え、いつもの無表情を作る。心の中では決めていた。今回はちゃんと謝る。でも同時に、千歳にも少しは反省してもらわなければならない。これからは、子どもを連れて勝手に家を出るような真似はしてほしくない。そう考えながら玄関の扉を開ける。いつものように彼女が飛び込んでくるのを待っていた。だが、腕の中に飛び込んできた人が顔を上げると――それは紗耶だった。「悠真……どこに行ってたの?うぅ……もう私を捨てたのかと思った……」悠真は眉をひそめた。初めて、彼女の泣き声がひどく耳障りに感じられる。苛立ったように彼女を押しのけ、そのまま二階に向かった。「千歳――」だが、そこに千歳の姿はなかった。それどころか、家中から、千歳の痕跡がきれいさっぱり消えていた。クローゼットは半分以上空になり、色鮮やかなワンピースも、可愛らしい子ども服も一枚も残っていない。寝室では、結婚写真が飾られていた場所だけが白い壁になっていた。そして千歳が7年間、大切にしまい続けていた百通あまりのラブレターも消えた。そこに残っていたのは、真っ黒に焼け焦げたブリキ箱と、その中の灰だけだった。悠真は、その灰を呆然と見つめる。ようやく思い出した。千歳を振り向かせるまで、自分がどれほど必死だったか。百通以上ものラブレターを書き続け、ようやく夜に彼女のもとを訪ねることを許された。それからも半年近く通い続け、やっと彼女は心を開いてくれた。悠真は顔を覆い、その場に力なく崩れ落ちる。何もかもが、自分の手からこぼれ落ちていった。その時、階段の下から足音が聞こえた。悠真は勢いよく立ち上がり、胸が激しく脈打つ。どうか、そこにいるのが千歳でありますように。だが、誠実さを失った者の願いは届かない。部屋へ入ってきたのは、紗耶だった。「悠真……」悠真の表情が一瞬で冷え切る。先ほどまでの温もりは微塵も残っていない。彼は横目で紗耶を一瞥し、冷たく言い放った。「何か用か?」紗耶は一瞬戸惑ったように目を見開いたが、それでも言葉を続けた。「もう結婚することになっていたんだし、千歳さんも戻ってこないでしょう?だから……あなたも私と一緒に主寝室で暮らさない
会社に戻ると、悠真は力なくソファに倒れ込み、千歳とのチャット画面を開いた。ここ半年、やり取りは驚くほど少ない。ほとんどが彼女からだった。【ちゃんとご飯食べた?】【昨日は眠れた?】そんな他愛もない気遣いばかり。そして紗耶の部屋で夜を過ごした翌日だけは、千歳は決まって一日中返信をしなかった。せめてもの抵抗だったのだろう。小さな怒りを、その沈黙に託していた。やがてメッセージはますます減っていき、1週間前を境に、彼女は自分の食事も体調も、何一つ尋ねなくなった。悠真はゆっくりと身を起こし、眉を寄せる。1週間分の履歴が、画面一枚に収まってしまう。たった三通だけ。最初の二通は2日前。千歳は陽斗の誕生日会に来るのかと尋ねていた。そういえば、彼女は事前にも何度か念を押してくれた。だが自分は忘れていた。その時は、陽斗が息子としての立場を守ろうとして騒いでいるだけだと思い込んでいた。悠真は苛立ちを覚えた。ちゃんと謝るつもりだと言ったじゃないか。それまで、もう少し待ってくれてもよかったはずなのに。そして最後の一通。【私と陽斗は帰ります。どうか幸せになってください。もう二度と会うことはありません】――バンッ。悠真は椅子を思い切り蹴り飛ばした。キャスター付きの椅子は壁に激突し、大きな音を立てる。青ざめた顔のまま、指が乱暴に画面を叩いた。【千歳、君、本気で頭がおかしくなったのか?俺を離れて、君にまともな暮らしができると思ってるのか?今なら戻ってきてもいい。俺も考えてやる。安心しろ。俺は紗耶とは結婚していない。俺の妻は君だけだ】送信してから、一晩中待ち続けた。返事は来ない。電話をかけても、聞こえるのは機械的なアナウンスだけだった。「おかけになった電話は現在……」悠真はもう耐えられなかった。夜明け前、自ら車を走らせ、自宅に向かった。夜明け前の街は静まり返っている。明かりが灯っているのは、一軒のおにぎり専門店だけ。店先では、店主が手際よくおにぎりを握り、その隣では妻が湯気の立つ味噌汁をよそっている。立ちのぼる湯気の中、二人は言葉を交わさなくても息がぴったりだった。何気ないその光景は、温かな日常そのものだった。悠真はふと、昔のことを思い出す。