LOGIN「結愛が、私の妹……?」
「ああ、血の繋がりはないがな。だが、私の娘には変わりない」
南雲グループは、高学歴の社員しか採用していない。そして、秘書課に配属されるのは容姿端麗で語学力が高い者や法律の知識を持つ者などいずれにしても花形の部門だ。そんな中で結愛だけが名前も知らないような大学出身で、何故、結愛がうちのような大手に勤めているのか、なぜ陽向の秘書に抜擢されたのか、ずっと疑問を抱いていた。しかし、今の父の発言で全ての謎が解けた。
(大して学力もない結愛がこの会社に入社したのも、陽向の専属秘書に抜擢されたのも……すべて父の力があってこそだったのね……)
「お姉さまはいつも完璧で仕事も出来ることは知っています。でも、陽向はお姉さまと一緒にいると、息が詰まるって言っていました。陽向は私の隣にいる時だけ、自分らしくいれる気がするって嬉しそうに言っていました。……だからお姉さま、陽向を自由にしてあげてもらえませんか?陽向も私といることが幸せだと言っています。お姉さまの今の場所を私に譲ってください」
「結愛、心配することはない。結愛から頼まなくても、英玲奈の地位は結愛に譲らせるつもりだった。結愛は、英玲奈と違って素直で愛嬌があって本当に可愛いからな。陽向君に誠心誠意尽くすところも社長夫人としての器にピッタリだ。……だから、陽向君も結愛を選んだんだろう」
「そうだよ。結愛の言う通り、英玲奈といるとしんどいんだ。僕はいつも、周りから英玲奈の功績を分け与えられた男みたいに思われるし、英玲奈自身もそう感じていただろう?その度にひどく惨めな気分になったんだ。……でも、結愛は違う。僕を必要としてくれるし、僕を立ててくれる。僕に必要なのは英玲奈じゃなくて、結愛なんだ」
「陽向ったら……そんなはっきりと言ったら、なんだかお姉さまに悪いわ」
結愛は目を伏せ、まるで謝っているような申し訳なさそうな声で言った。 けれど、その唇の端には、勝ち誇った笑みが浮かんでいる。
そんな結愛に父と陽向が優しく声を掛けて宥めている。
「……もしかして陽向は知っていたの?知ってて結愛と私を天秤にかけていたの?」
衝撃の告白に呆然とする私に、陽向は勝ち誇った顔で見下し嘲笑を浮かべていた。
「ああ、そうだ。陽向君には先に話しておいた。その上で英玲奈と結愛、どちらか好きな方を選べと言ったんだ。……だから裏切ったわけじゃない」
「お義父様のいう通りだ。英玲奈は婚約破棄しようとしていたみたいだけれど、したいならすればいいさ。その代わり、僕は結愛と結婚する。」
「結愛と結婚する……?」
ずっと陽向が堂々としていられることが不思議だった。結婚前に不貞が発覚したら破談になる可能性くらい考えるはずと思っていたけれど、陽向は最初からその可能性はないと分かっていて、そのうえで自分に都合がいいか選んだのだ。陽向は、悪びれる様子もなく結愛の手を握ると高笑いをしている。
「そうさ、僕は南雲家の令嬢と結婚できればそれでいい。結愛も南雲家の令嬢だから、意味は同じさ」
「……さっきからお父様も陽向も人を物みたいに言って……いいかげんにしてください。お父様、何をおっしゃっているか分かっているのですか?彼女が実の子でも、私と血のつながりがないのなら愛人の子ども……つまり隠し子ですよね?そんな子どもに南雲を継がせるおつもりですか……?」
「それがなんだ。私との血の繋がりがあれば十分だ。それに結愛の親権は私にある。だから、結愛も南雲家の正式な後継者だ……それに結愛は陽向君との子どもを妊娠しているそうじゃないか。跡継ぎが早く欲しかった私には願っても見ない展開だよ。結愛、よくやった。陽向君もこれから頼むぞ」
頬を綻ばせて父は陽向と結愛の二人の顔をゆっくりと見渡した。その視界に私は映っていない。私の存在は初めからなかったかのようだった。実の娘が裏切られたというのに、浮気相手の女の妊娠を喜ぶ父に憎悪と軽蔑で全身に寒気が走る。しかし、気にせずに父は決定事項のように私たちにこう告げたのだった。
「二週間後の結婚式は、予定通りに行う。……ただし、新婦を英玲奈から結愛に変更だ」
実父と婚約者の裏切り、そして婚約者の浮気相手は実父の隠し子―――目の前で繰り広げられる、醜悪で滑稽な愛憎劇の舞台に自分がいることに乾いた笑いが零れた。
「……ふふっ、ふふふふふ」
私の笑い声に三人が怪訝そうな顔で冷たい視線を送っている。こんな人たちのために、今まで頑張ってきたのかと思うと私の笑いは止まることがなかった。
「英玲奈、何がおかしいっ……!」
「あまりにも馬鹿らしくて言葉も出ないわ。自分の血が繋がっていれば、妻でも愛人の子でもどうだっていいってことですね?……いいかげんにして、こんな家も地位もこちらから願い下げよ。……でも、私から奪ったものは、いつか必ずこの手で取り返します 」
陽向side結婚式場の控室。あと数時間で俺の人生は華やかに変わるはずだった。それがまさか、あんな事態になるなんて……。「ドレスがなくなるなんて、一体どういうこと!? 代わりのものは安っぽいし、おまけにサイズが大きくて貧相に見えてしまうじゃない!」挙式の一時間前、控室には結愛のヒステリックな声が響いていた。ドレスが盗まれたせいで、急遽用意されたサイズの合わないドレスを着る羽目になり、結愛の機嫌は最悪だった。胸元がぶかぶかで不格好に浮いている。「……結愛、そんなに怒るなよ。あのドレスがよかったのは分かるけれど、無い物は仕方ないじゃないか。ドレスなんてどれも一緒だろう」「ドレスなんてどれも一緒……!?」俺の失言に結愛は殺気立った視線で睨みつけてくる。これ以上機嫌を損ねるのは危険だと判断し、必死で言葉を取り繕った。「……いやっ、どんなドレスを着ても結愛なら可愛く着こなせるからどれも一緒、そういう意味だよ」機転が利いたおかげで結愛の眉間のシワが少しずつ消えていき、心の中でそっと胸を撫で下ろす。俺は式が執り行われるのを待ち侘びていた。(まったく……衣裳なんてただの飾りだろう。たかが数時間着るだけのもののために、目くじらを立てやがって。こっちは、今後何十年もの人生が掛かっているんだ
英玲奈side陽向と結愛の結婚式当日。早朝、まだ皆が眠っている時間に加藤は私が泊まっているホテルのスイートルームに訪ねてきた。「英玲奈様、加藤です。例の物をお持ちしました……」周囲に誰もいないことを確認し、そっと中に招き入れる。頼んでいた品を受け取りすぐさまベッドの上に置いて確認すると、母が私のために作ったドレスに間違いない。母が私のために作ったドレスは完成していた。しかし、父はそのドレスをあろうことか結愛に着せようとしていうことを知った私は、加藤に奪ってくるようにお願いをしたのだ。「加藤、最後の最後にこんな我が儘を頼んでしまってごめんなさい。これ、少しだけれど私からの気持ちよ。……今までありがとう」鞄から五百万円の小切手を手渡すと、加藤は両手を振って受け取りを拒否した。「英玲奈様……こちらは受け取れません。私は、お金のためにやったのではございません。……生前、奥様には大変お世話になりました。ですので、奥様の思いを踏みにじることは、いくら旦那様でも許せなかったのです」「ありがとう。母も喜ぶわ。回収してくれたドレスは絶対に大切にする」母の形見であるこのウェディングドレスだけは父や結愛に渡さない。加藤を見送ってから、スーツケースにドレスを綺麗に詰め込んで、その場を後にしよ
父と陽向の裏切り……それだけでも気分が参っていたのに、二人はそんな私を嘲笑うかのように追い詰める手を止めることはなかった。結愛が父の実の娘だと分かった二日後、会議室に呼び出され部屋に入ると、取締役と主要幹部がずらりと並んでいる。空気は、嵐の前の空のように重かった。一つだけ空いた席に腰を下ろそうとすると机の上に置かれた一枚の書類が目に入った。『臨時株主総会決議通知書』次の瞬間、そこに記された文字が目に突き刺さった。『決議事項:南雲英玲奈の取締役解任について』指先がわずかに強張る。私は顔を上げ、上座に座る父を見た。「……これは、どういうことですか?私は何の説明も受けていません。なぜ突然、臨時株主総会が開かれ、こんな決議が出ているのですか」父はすぐには答えなかった。ただ、すでに価値を失った古い道具でも見るような目で、私を冷たく見下ろしている。代わりに口を開いたのは、父の隣に座る陽向だった。「英玲奈、まだ分からないのか?」陽向は口元をゆるめ、手元の資料をゆっくりとめくった。「役員の過半数、そ
英玲奈sideリビングを飛び出して二階へと駆けこんだ。父は冗談や言葉だけの脅しはしない。有言実行でやるなら徹底的に容赦せずに潰す人だ。そうやって今までいくつも企業を弾圧してきたのを私は間近で見てきている。陽向の結婚相手を私から結愛に代えると言うのも、私が婚約破棄を諦めるための脅しの発言ではないだろう。……きっと父は、本気だ。だからこそ、居場所がなくなったこの家にしがみつく気はなかった。もうこの家に二度と足を踏み入れない。そう思った私は、母の部屋へと入った。部屋の扉を開けた瞬間、私は初めて息ができた気がした。ここには父の怒号も、陽向の嘘も、結愛の勝ち誇った笑顔もない。あるのは、古い木の匂いと母が生前好んでいたサンダルウッドの香りだけだった。母が亡くなって随分と時は経ったが、メイドたちのおかげで母の部屋は綺麗に清掃や手入れがされており当時のままだった。父は、私にいつも完璧を求め、南雲家の娘なら弱音を吐くなと言った。けれど母は、礼儀作法の稽古から私をこっそり連れ出して、自分で作った小さなワンピースに着替えさせて外へ連れ出してくれた。「英玲奈は南雲家の子である前に、私の娘よ。綺麗でいていいし、わがままを言ってもいい。ちゃんと愛されていい子なの」私の事を唯一愛してくれた母は、私が十五歳の時にガンで亡くなった。(確か、結愛は私の三歳下だったはず……父は、母が生きている時から不倫をしていたのね。母は知っていたのかしら?精神的に落ち込む時もあって治療のせいだと思っていたけれど、もしかして父のことで気を病んでいた……?)デザイナーだった母は、仕事が大好きで病に侵されてからも、辛い治療の中でも病室で毎日のようにデッサンを書いていたと加藤が話をしていた。あの頃、反抗期だった私は母の見舞いに行くのは、まだ親離れできていないと思われる気がして受験勉強を理由にしてあまり病院へはいかなかった。そして、大人になった今、なぜもっと母のところへ顔を出さなかったのかと当時のことをずっと悔やみ続けている。 クローゼットを開いて母の遺品を見渡すが、宝石やアクセサリーなど高価な物は父や義姉妹に奪われてしまい何も残っていない。しかし、母が書いたスケッチブックなど母が生きた証を感じられるものが残っていたら、それだけはどうしても持ち帰りたかった。机の引き出しを開けると、探していたスケッチブッ
「結愛が、私の妹……?」「ああ、血の繋がりはないがな。だが、私の娘には変わりない」南雲グループは、高学歴の社員しか採用していない。そして、秘書課に配属されるのは容姿端麗で語学力が高い者や法律の知識を持つ者などいずれにしても花形の部門だ。そんな中で結愛だけが名前も知らないような大学出身で、何故、結愛がうちのような大手に勤めているのか、なぜ陽向の秘書に抜擢されたのか、ずっと疑問を抱いていた。しかし、今の父の発言で全ての謎が解けた。(大して学力もない結愛がこの会社に入社したのも、陽向の専属秘書に抜擢されたのも……すべて父の力があってこそだったのね……)「お姉さまはいつも完璧で仕事も出来ることは知っています。でも、陽向はお姉さまと一緒にいると、息が詰まるって言っていました。陽向は私の隣にいる時だけ、自分らしくいれる気がするって嬉しそうに言っていました。……だからお姉さま、陽向を自由にしてあげてもらえませんか?陽向も私といることが幸せだと言っています。お姉さまの今の場所を私に譲ってください」「結愛、心配することはない。結愛から頼まなくても、英玲奈の地位は結愛に譲らせるつもりだった。結愛は、英玲奈と違って素直で愛嬌があって本当に可愛いからな。陽向君に誠心誠意尽くすところも社長夫人としての器にピッタリだ。……だから、陽向君も結愛を選んだんだろう」「そうだよ。結愛の言う通り、英玲奈といるとしんどいんだ。僕はいつも、周りから英玲奈の功績を分け与えられた男みたいに思われるし、英玲奈自身も
昔から父は厳しい人間だった。いつも完璧を求められて、褒めてもらった記憶はない。私のことを簡単に認めてくれないことも、嫌というほど知っている。けれど陽向が秘書を妊娠させた件は、もう私だけの問題ではない。南雲グループの名誉を傷つける醜聞だ。陽向のことを知れば、父は私の側に立ってくれるはずだ。実家へ向かう車の中で、私はまだ愚かにもほんの少しだけ期待していた。しかし、私は間違っていた。リビングのソファに座る実父・南雲厳一郎(げんいちろう)は、私の報告を聞き終えるなり手にしていた本を乱暴に机に叩きつけた。「実にくだらない! 婚約破棄など私は絶対に認めないからな!」「くだらない……? 彼は、二週間後に私との挙式を控えながら、自分の秘書との間に子どもまで作ったのですよ。南雲家の婿養子になる男が外で不貞を働き、おまけに妊娠させていたなんて、我がグループの泥を塗る行為です。南雲のブランド価値を失墜させることに繋がると思いますが……!!」淡々と言い返す私が面白くないのか、父の歪んだ顔は怒りでみるみるうちに赤黒く染まっていった。「黙れ!やっと後継者が見つかったと思ったのに……そもそも、陽向君の心を掴めなかったお前に責任があるとは思わないのか。男の遊びの一つや二つをいちいち根に持つなんて……これだからお前は……!」「遊びの一つや二つ?妊娠までしてその言い方はないのではないですか?それに、南雲グループの後継者なら私がなるって再三……」「黙れ、身の程を知れ!!」リビングの重苦しい空気を切り裂くような父の鋭い怒号が響き渡った。 あまりの圧に言葉が喉に張り付く。父は冷酷に目を細め、私という存在そのものを値踏みするように見下した。「後継者は代々、男がなるものだと決まっている。女のお前には最初から無理だと何度言ったら分かるんだ。どれだけ夜遅くまで働き、いくら数字を出そうがお前の努力など所詮は女の浅知恵。評価されるのも、お前が『女』だからだ。そんなことも分からないから、お前は陽向君に飽きられたんじゃないのか」南雲グループの一人娘として、幼い頃から父の跡を継ぐことを夢見てきた。 しかし、「女だから」という理由だけで、どれだけ実績を上げても父から一度も認めてもらったことはなかった。挙句の果てに、三年前に陽向を後継者とするために結婚を命じて、それ以降、私が立てた事業計画は、すべて陽向の







