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5.除籍

last update publish date: 2026-07-03 19:03:24

父と陽向の裏切り……それだけでも気分が参っていたのに、二人はそんな私を嘲笑うかのように追い詰める手を止めることはなかった。

結愛が父の実の娘だと分かった二日後、会議室に呼び出され部屋に入ると、取締役と主要幹部がずらりと並んでいる。空気は、嵐の前の空のように重かった。

一つだけ空いた席に腰を下ろそうとすると机の上に置かれた一枚の書類が目に入った。

『臨時株主総会決議通知書』

次の瞬間、そこに記された文字が目に突き刺さった。

『決議事項:南雲英玲奈の取締役解任について』

指先がわずかに強張る。私は顔を上げ、上座に座る父を見た。

「……これは、どういうことですか?私は何の説明も受けていません。なぜ突然、臨時株主総会が開かれ、こんな決議が出ているのですか」

父はすぐには答えなかった。ただ、すでに価値を失った古い道具でも見るような目で、私を冷たく見下ろしている。代わりに口を開いたのは、父の隣に座る陽向だった。

「英玲奈、まだ分からないのか?」

陽向は口元をゆるめ、手元の資料をゆっくりとめくった。

「役員の過半数、そして主要株主も既にこの決議に同意している。手続き上、何の問題もない」

「手続き上、問題がない?」

私は思わず笑いそうになった。

「つまり、最初から準備していた。……そういうことね?」

会議室にいた一部の取締役が、気まずそうに目を伏せた。その瞬間、私は理解した。

これは、急に決まったことではなく、最初から決まっていたことだ。

結愛の正体が明かされた時から、父は私を会社から切り離すつもりだったのだった。

もしかしたら、もっと前から準備を進めて決まっていたのかもしれない。三年前、父が私に陽向との結婚を命じ、私が作った企画をすべて陽向の実績として処理し始めた時から、私は、陽向を後継者にするための実績作りのための踏み台だった可能性もある。

そして踏み台としての役目を無事終えた今、切り捨てられるだけなのだ。陽向は立ち上がり、まるで普通の議事録を読み上げるように淡々と言った。

「本日付で、南雲英玲奈はグループ取締役の地位を解かれる。同時に、経営企画本部担当、海外事業推進プロジェクト責任者、その他すべての担当業務を解除する。グループシステムの権限、決裁権限、機密資料へのアクセス権限もすべて凍結。今後は私、城之内陽向が経営企画本部の責任者を暫定的に兼任し、副社長に就任する」

会議室に低いざわめきが広がった。驚く者、黙り込む者、何も聞かなかったふりをする者。

私は陽向を見つめ、あまりの馬鹿馬鹿しさに眩暈がしそうになった。

「私の職務を解いて、あなたが引き継ぐ?経営企画本部で今、案件がいくつ動いているか分かっているの?海外買収案件のリスク条項がどこにあるか説明できる?私がいなかったら、何の実績もないあなたが私を退任させて何ができるというの?」

私がその場から立ち上がり反抗すると、陽向は私を見て失笑交じりに口元を手で隠した。

「英玲奈、お前は自分がいないと会社が回らないとでも思っているのか?そういうのを、自意識過剰と言うんだ。代わりなんていくらでもいる。それに、先日、このポストは要らないと言ったのはお前だろう?その意向を尊重して、この決定を下したまでだ。でも未練があるなら居場所を探してやってもいい。……ただし、パート社員としてだ。使えなかったら、すぐに契約解除してやるよ」

私は指を握りしめた。爪が掌に食い込んでいく。

「……自分たちに都合のいいところばかり切り取っただけじゃない。そもそもあなたたちが裏切っ……」

その時、ようやく父が口を開いた。

「英玲奈、自分の立場をわきまえるんだな。お前はすでに役員でも何でもない組織から外れた人間だ。お前に発言権はない。すぐさま退出しなさい」

その一言で会議室は一瞬にして静まり返った。

秘書たちが私の隣に立つ。力ずくではない。けれど、私がこれ以上ここに残れないよう、静かに行く手を塞いでいた。

私はその場に立ち尽くした。この会議室に、私は五年座っていた。各取締役の癖も、予算案の裏に潜む穴も、本当は誰がどの案件を作ったのかも、誰よりもよく知っている。それなのに今の私は、まるで迷い込んだ部外者のように、この場所から追い出されようとしている。

背後で扉が閉まる、バタンという音がした。

まるで、これまでの私の努力すべてが、その向こう側に閉じ込められたようだった。

(何年もかけてやっと昇りつめたポジションをこんなことで奪われてしまうなんて……)

いつもは商談が上手くいかなかったり悔しいことがあっても、すぐに前を向いて次の目標に向かって気持ちを切り替えていた。しかし、今回ばかりはすぐに立ち直れそうにない。

幹部会が終わり、席に戻るとなぜか結愛がいて私のデスクに座り、私物を漁っていた。

「ちょっと……何をしているのよ」

問い詰める私に、結愛は顔を上げると無邪気で残酷な笑みを浮かべた。

「何って……片付けよ?役員退任したんでしょ?それなら、このデスクも部屋もすべて必要ないじゃない。邪魔なものは、早く処分しなくちゃ。ここに私が座れるようにお願いしようかな」

上機嫌で嬉しそうにデスクを拭いている結愛は、父や陽向の前で見せた態度とは全く違う。

「……この人事もあなたの悪知恵なの?」

「ふふっ。嫌だわ、悪知恵なんて。ただ、陽向が南雲家の後継者になるのに、結婚後もお姉さまが近くにいたら仕事がしにくいんじゃないかって話をしたまでよ。陽向を支えるのが秘書として、そして妻としての役目だからね」

「……最低ね」

彼女は私に顔を近づけ、声を潜めた。その瞬間、私は彼女の目に、隠す気のない悪意を見た。

「ありがとう。私、あなたが顔を歪めれば歪めるほど嬉しくて堪らないわ。だって、小さい頃からずっとあなたは南雲家のお嬢様として周りからもてはやされたでしょ?……私だって父の子どもには変わりないのに……だから、あなたと私の立場が変わるだけ。これからは、私が南雲家の令嬢として可愛がってもらうわね」

部屋を飛び出し、加藤が待つ車に乗り込もうとしたその時、目の前から外出から帰ってきた父がこちらに向かって近づいてきた。

「待て。何、車に乗ろうとしている。もうお前は南雲家の人間でない。それなら運転手も不要だろう。……加藤、英玲奈の運転手の役目は終わりだ。明日からは結愛を送迎しろ」

「しかし、旦那様……」

「これは業務命令だ。分かったら返事をしろ」

「…………はい、かしこまりました」

加藤は、私の顔をチラチラと見ながら苦しそうな表情で小さく返事をした。加藤は、元々母の専属運転手だったが、母が亡くなり私の専属に切り替わった。母と過ごす時間が長かった分、使用人の中でも特に私の事を気にかけて、少しの変化にも敏感に気づいてくれる家族のような存在だった。

自分に刃向かうものは許さない、父の強い意志を感じ取りドアを開ける手を降ろし車から離れて一人歩いて自宅に戻る。途中から雨が降ってきたが、今は服が濡れても慌てて急いで帰る気にもなれなかった。

(たった一日で、仕事も家族も奪われるなんて……)

突然の篠突く雨は、必死に耐えた私の心を守っているかのようで、激しい雨音が私の泣き声をかき消し、雨は私の涙を同化させてくれた。

「私は陽向だけじゃなく、父にも見切られたのね……」

翌朝、辞表を持って社長室に向かうと結愛と陽向と父の話す声が漏れ聞こえて来た。

「えっ、ウェディングドレス作ってくれたんですか?嬉しい!」

「ああ、英玲奈の母親が作ったものだ。英玲奈が結婚しないなら、あの子には必要ないだろう」

(……まさか、ドレスは完成しているの?それに、母が私のために作ったドレスを結愛に渡そうとしているの?)

「なんだかお姉さまに申し訳ないけれど、ウェディングドレスなんて普段着れませんものね。義母の作ったドレスを私が着れるなんて、なんだか南雲家の皆さまに認められた気がして嬉しいな」

婚約者も要らない、結婚もしない。だけど、母が私のために遺したドレスだけは誰にも汚されるわけにはいかなかった。大袈裟に喜ぶ結愛に、父は声をひそめて付け加えるように釘をさした。

「ただし、英玲奈には黙っているように。知ったら何をするか分からないからな」

今ここで中に入ったら、父は警戒して当日までドレスを誰にも触らせないように厳重に管理してしまうだろう。そうなったら、私がつけいる隙はなくなってしまう。辞表を握りしめて、静かに踵を返した。

(絶対にあのドレスだけは誰にも渡さない。誰にも袖を通させないわ……)

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