LOGIN早瀬遼真(はやせ りょうま)が、私の親友と結婚すると決めた日。 みんなが私の失態を笑っていた。 彼は私の顎をつまみ、誘惑するように低く囁いた。 「一言、俺に謝れば、全部水に流してやる。やり直そう、紗世(さよ)」 私は彼の望み通りに言った。――「ごめん」 その瞬間、遼真の目に浮かんだのは嘲り。 唇の端が歪み、冷たく笑った。 「深見紗世(ふかみ さよ)、お前って本当に安い女だな」
View More冷たい水を頭から浴びせられて、私は目を覚ました。目の前には、無表情の寧音が立っていた。「起きた?安心して、別にあなたを殺しに来たわけじゃない。――ただ、一つだけ、真相を教えに来ただけ」心臓が激しく脈打つ。私は警戒しながら寧音を見つめた。彼女はふっと笑い、すぐ真剣な顔になる。「ねぇ、あなたのお父さんを殺したのが誰か、知ってる?――修悟よ」瞳孔がぎゅっと縮む。寧音は表情を崩さず、ゆっくりと言葉を続けた。「知らなかったでしょ?修悟はね、あなたのことが好きだったの。でも、あなたが好きなのは遼真だった。だから修悟は、あなたに近づくために遼真の『友達』を演じてたのよ。でも、あなたと遼真が別れないとわかると、今度はあなたの父親に近づいた。あなたたちを結婚させようとしてね。でもあなたの父親は、あなたを想ってそんなことはさせなかった。だから修悟は、あなたの家を破産に追い込み、お父さんを飛び降りに追い詰めたの。あなたが『敵に狙われた』と思い込むように。しかも、遼真を脅して、あなたと別れさせようとした。――あなたを手に入れるために。それなのに、あなたはまだ『修悟に助けられた』なんて思って、感謝してる。滑稽だと思わない?」全身の血が引いていく。「嘘よ……そんなの、嘘……」私は震えながら言った。寧音は悲しげに目を伏せ、かすかに笑った。「もう全部終わったの。遼真には嫌われ、修悟には殺されそうになってる私が、今さら嘘つく理由なんてないでしょ?」そしてぽつりと続けた。「紗世……遼真、事故に遭ったの、知ってる?」私は息をのんだ。「安心して、私じゃない。殺すなんて、そんなもったいないことしないわ。でも修悟は違う。ずっと遼真を消したがってた。今、遼真はまた当時の事件を探ってる。修悟は絶対に手加減しないだろう」「あなた、二度も私を裏切ったじゃない、信じる理由はないわ」私がそう言うと、寧音は苦く笑って、封筒を取り出した。「これ、修悟の犯罪の証拠よ。あのとき彼と組まされて、私は遼真を監視してた。その時、偶然見ちゃったの――全部。紗世、今の私、外に出たら殺される。だからお願い、修悟を捕まえて。遼真とあなたの幸せを、もう壊さないから」私は封筒を見つめ、手を伸ばしかけた――その瞬間、ドンッと扉が蹴り開けられた。
その言葉を言い終えた瞬間、病室のドアがバンッと勢いよく開いた。保温ポットを提げた寧音の視線が、私と遼真が握り合う手に突き刺さる。その目の冷たさに、私は思わず眉をひそめた。――あの化粧室で、彼女が私にしたことを思い出して。「……何しに来たの?」私の声は自然と冷えきっていた。だが次の瞬間、寧音の瞳に宿っていた陰は、まるでなかったかのように「心配」に塗り替えられた。「紗世、入院したって聞いて……お見舞いに来たの。おばさんのこと、本当に誰も想像してなかった。あまり思いつめないで。きっとおばさんも、あなたが自分を責めるのを望んでないわ」――今さら、親友ごっこなんて。もう、私はその茶番に付き合うつもりはなかった。「寧音、もうやめて。あの薬、私に盛ったのはあなたでしょ。私が昔みたいに黙って飲み込むと思った?」母を失い、私にはもう失うものなんてない。寧音の顔色がさっと青ざめ、反射的に遼真を見た。遼真は眉をひそめ、すぐに察したように低く問うた。「……今の話、本当か?お前に薬を盛ったのは……寧音なのか?」「紗世!」寧音は縋るように私を見た。けれど私はもう、かつての友情なんて欠片も感じなかった。遼真の視線が真っすぐに私を射抜く。私は静かに頷いた。「信じられないなら、化粧室の防犯カメラを確認して」遼真の胸が締めつけられた。――もう調べていた。だが、化粧室のカメラも、廊下のも壊されていた。人為的なものだと気づいてはいたが、まさかそれが寧音だったとは。結婚式という場でさえ、紗世を傷つけられる女なら――他の場所では、どれほど酷いことをしてきたのか。怒りが体の底からこみ上げる。憎いのは寧音だ。だが、それ以上に、彼女を傍に置いた自分自身が許せなかった。紗世を苦しめたのは――他でもない自分だ。遼真は無言で命じ、護衛たちが寧音を連れ出した。彼女はもがきながら叫び、お腹の子で遼真の心を動かそうとした。けれど遼真の表情は一切揺れなかった。――彼女に対して、もう何の感情もないのだ。私は賭けていた。遼真の心のどこかに、まだ私への想いが残っているかどうか。五年前、私が彼を捨てた理由をすべて話し終えた時、遼真の最初の反応は、怒りでも嘲笑でもなく――痛みだった。彼は私を抱きしめ、掠れた声で言
式場を出たあと、修悟は私を病院へ連れて行こうとした。けれど私は首を振った。「空港へ行って。大丈夫、まだ動ける」体に残っていた薬の効き目が、ゆっくりと薄れていくのがわかった。今、病院に行けば、自分から罠に飛び込むようなものだ。遼真は、絶対に私を逃がさない。空港に着くと、修悟に支えられて待合室まで行った。母の姿が見えず、私は眉をひそめた。「……母は?」彼は水を一杯くれて、静かに言った。「人目につくと危ないと思って、俺の友人に先に連れて行ってもらった」私は小さく息を吐いた。冷たい水が喉を通ると、少しだけ楽になる。でもなぜだろう、胸の奥が妙にざわついて仕方がなかった。遼真の哀願する声が、耳の奥で何度も反響する。――五年前と、まったく同じ。あの時と同じように、私は振り返らなかった。待合室には私と修悟だけ。放送はいつまでたっても流れず、私は落ち着かずに歩き回った。その時――修悟の携帯が鳴った。息が詰まり、全身が強張る。電話を取った彼の表情が、一瞬にして変わった。嫌な予感が走り、私は問い詰めた。「……どうしたの?」しばらく沈黙のあと、修悟は喉を鳴らし、掠れた声で言った。「俺の友人が、お前の母さんを迎えに行った時には……もう、亡くなってた」――轟音のように、頭が真っ白になった。言葉の意味が理解できない。亡くなってた?どういうこと……?心臓が早鐘のように打ち、全身が震える。私は縋るように修悟の腕を掴んだ。「なんて言ったの?もう一度言って!」彼は目を潤ませた私を見て、肩に手を置いた。「落ち着け、紗世。もしかしたら見間違いかもしれない。今すぐ病院に行こう」病院に着いた時、遼真もそこにいた。彼は廊下のベンチに腰を下ろし、頭を垂れて両手で顔を覆っていた。私の足音に気づくと、彼は顔を上げた。私を見るなり、慌てて立ち上がり、強く抱きしめてきた。「紗世……やっと帰ってきた……もう、俺を置いて行くなよ……」震える声で、今にも泣き出しそうだった。私は冷たく言った。「離して」遼真はしばらくためらったが、やがて力を抜いた。その目は泳ぎ、私を直視しようとしない。私は彼を押しのけ、病室へ駆け込んだ。ベッドの上で、母は目を閉じていた。唇は血の気を失い、眠って
私は唇を噛みしめ、痛みで意識を保っていた。誰かの手が頬に触れた瞬間、その手を掴んで思い切り噛みつく。「っ……ああっ!」悲鳴が上がる。私は離さず、血の味がしても噛み続けた。やっとのことで男が腕を振りほどき、怒りに任せて手を上げる。だが、すぐに別の男が止めた。「水原さんの指示だ。顔はやめとけってよ」腹の虫がおさまらないのか、そいつは何度も私の腹を蹴り、唾を吐いた。「クソ女、いい気になりやがって。罰はきっちり受けろよ」私は床に崩れ落ちたまま、烏泥のように動けなかった。スマホが鳴り続けているのが聞こえる。必死に這って化粧台の上のスマホに手を伸ばすが、足を掴まれ、また引きずり戻された。「やめてっ……離して!……遼真が、絶対に許さない!」その名を聞いた途端、男たちは揃って下品に笑った。「早瀬社長?深見お嬢様よ、まだ夢見てんのか。あの人は今、花嫁と誓い合ってんだよ」「おとなしくしとけ。そうすりゃ痛い目見ずに済む。あいつらも新婚初夜だ、俺たちも楽しもうぜ」涙が止まらなかった。意識がどんどん遠のく。誰かが私のズボンのボタンに手をかけた――――ドンッ。化粧室の扉が蹴り開けられた。その瞬間、身体の重みがふっと消えた。スーツの上着が肩にかけられ、私は誰かに抱き上げられる。見上げた顔は、怒りに満ちた遼真だった。空気が一気に凍りつく。「――出ていけ」低く響くその声に、男たちは青ざめ、転がるように逃げ出した。ドアが閉まる音。次の瞬間、私は化粧台に押しつけられていた。遼真が顎を掴み、冷たい目で私を見下ろす。「……そんなに男が欲しいのか?どいつでもいいって顔してるな」顎の痛みで少しだけ正気を取り戻す。私は彼を押しのけながら、彼が遼真であり、他人の夫であることを忘れてはいなかった。「やめて……もうやめて、遼真。あなたは――」「俺はいらない?じゃあ誰がいい?さっきの連中か?……紗世、お前はほんと腐ってるな」「そうよ、腐ってる。今さら知ったの?遼真、あなたもう結婚してるでしょ……!」涙が頬を伝う。体が熱く、頭がぼんやりしていく。それでも、彼の体温だけが妙に冷たくて、その冷たさに縋りたくなる自分が情けなかった。彼の手が腰をなぞる。「結婚したって関係ない。……お前
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