LOGIN俺とエレナはクリス・エスパルの戴冠式に向かっている。
俺が小説で書いたエレナ・アーデンの本命は彼だ。クリス・エスパルは敵国エスパルの独裁者だ。
彼に帝国の機密情報を漏らし結託して帝国を陥れて自分の支配下に置く予定のエレナは今、俺に甘えている。「なんだか、旅行気分ですね。ライオット」
向かい合わせに座っていたはずなのに、いつの間にか隣に来て俺に寄りかかっている。頭がボーッとするような良い香りが彼女から漂っている。「エレナは俺のつくったエレナ・アーデンじゃないのかも。本当に俺とは違う世界で生活していたエレナなのかもしれない。そこのエレナには俺は実際会っていないんだ。ただ、周りから聞いた情報を元に勝手にどのような女性か想像していただけだから」
俺がつくったエレナであれば、もっと大人っぽく色気で誘惑してくるはずだ。
なんだか、隣にいるエレナは猫っぽい可愛さがある。
人の噂などあてにならない。もしかしたら俺はアニメの中に入ったのではなく、以前1度来た異世界に来たのかもしれない。
「私はどちらでも良いです。でも、そろそろ私を通して誰かを見るのはやめてもらいたいです。今、目の前にいる私だけをみてください。誰が私をつくったとかどうでもよいです。私をつくったのは17年間の私自身ですよ!」
「本当にごめん。エレナの言う通りだ。俺、君に気分の悪いことたくさん言ったし傷つけたよな」
俺は隣にいるエレナを抱き寄せた。突然、馬車が揺れて驚いてエレナを強く抱きしめた。
「ライオット皇太子殿下、奇襲攻撃です。エスパルの軍に取り囲まれました!」馬車の扉がひらいて皇宮の護衛騎士が伝えた言葉に体震える。そんな俺を抱きしめ返して、見つめながらエレナはゆっくりと口を開いた。
「ライオット。エスパルはこういう国ですよ。いつも、帝国を狙って来ます。奇襲をするなど汚い手も平気で使います。おそらく目的は私たちを人質にとり、外交を有利に進めることでしょう」「エレナ、どうしてそんなに落ち着いているんだ。俺たちを人質に取ることが目的ならば、この場では殺されな
「リース子爵領で暴動が起こった。皇太子から軍の派遣を待つようにと進言があったが、皇子はどう考える?」この間、行って帰ってきたばかりだ。軍の派遣の判断までアランに任せているという噂は本当だったらしい。いつも判断を彼に任せているから、この件だけを皇帝陛下自ら判断をするのは彼の手前難しいのだろう。他の皇子が指揮を取った時はすぐに制圧できていた民衆の暴動の制圧。それを5年9ヶ月もかからないと終わらせられなかった自分。そもそも、すぐに暴動がまた起きているのだから終わらせられてさえいない。多分、優しいアランは俺には無理だと判断して軍の派遣命令を止めている。アランは俺がリース子爵領に出兵している間、他国との争いを全て交渉だけでおさめてきたらしい。話の分かる国の代表とただ暴れて要求を通したいだけの民衆では交渉の難しさが違う。皇帝陛下は俺が自ら軍を連れてリース子爵領に行くと言ったという事実が欲しいのだろう。「父上のお望み通り、リース子爵領の暴動を制圧して参ります。」俺は精一杯の嫌味と想いを込めて皇帝陛下に告げた。「では、皇太子にもそう伝えておこう。」俺が初めて皇帝陛下ではなく、父上と呼んだのに彼は表情一つ変えず返してきた。彼はアランには散々気を遣っているくせに、皇帝陛下にとって同じ息子であるはずの俺の感情は気にもとめない。皇帝陛下はカルマン公子を除いた兄弟を戦地に送った人間だ。彼に家族の情など求めることが間違いだったのかもしれない。エレナのことがあって、アランに対して対抗心や嫉妬心を持ってしまったりもした。でも、結局、俺のことを確実に大切に思ってくれているのは彼だけだ。俺は今まで彼のために何もしてあげたことがない。だったら、せめて彼に心配をかけないように皇子としての責務を果たしてこよう。前回、長期に渡り制圧できなかった原因は分かっている。俺が民衆を決して傷つけないように命令したからだ。そのことで結局皇子軍は多大な被害を受けた。前回行った時はとりあえず暴動を
アランではなく俺を愛してくれる人間なんて存在するわけがない。俺はエレナ・アーデンをよく知っている。彼女は分かりやすい人間だった。アランと婚約する前は面倒そうに俺の相手をしていた。そこには一切の好意を感じず、むしろ頭の悪い俺への嫌悪感さえ感じた。彼女の美貌につい見惚れてしまった後には、ジロジロ見られて不快だったから侯爵令息を陥れた話をした。そうやって俺の視線さえも不快だと警告した。アランと婚約してからは、俺の存在が邪魔になり接近禁止を求めてきた。彼女は彼のことしか見えなくなってしまたような盲目的な恋をしていた。彼に公務をサボらせ2週間旅行してきたと聞いた時も、我慢が効かなくなったのだろうと推測がついた。再開してからのエレナ・アーデンは全く何を考えているのか分からない。エレナ・アーデンなのに怯えた姿を見せたりする。俺は昔のエレナ・アーデンだったら、彼女が奇襲にあうリスクがあっても助けにいっただろうか。おそらく助けに行くことはなかった。エレナ・アーデンなら俺の助けなどいらず、完璧に上手くやると分かっているからだ。「皇子殿下、随分とお暇のようですが、私に近づかないよう言ったことも忘れる程、のんびりした生活を送っているのですか?」俺の姿を見るなり、迷惑そうに上品に追い払いそうだ。奇襲を受ける可能性さえ低いし、もし奇襲を受けても彼女が手引きしている可能性さえある。彼女が予測できないことなど、この世界に存在するのだろうか。それくらいエレナ・アーデンは恐ろしくキレる上に、冷酷で残忍な女だったはずだ。予想外に奇襲を受けても瞬時に自分を人質に取る作戦だと判断し、味方がやられる前に人質としてつかまるだろう。「こんな馬鹿共に私がしてやられるなんてね。私を人質にしたことを後悔させてあげるわ。」そして人質としてエスパル王国に入ったあと、内部からエスパル王国を崩すに違いない。「あなた達ごときが、私を捕らえるだなんて100億光年早いのよ。」自分が予測できなかったことが起こったことに
エスパル王国の侵略がはじまりそうだという情報が入った。俺はすぐにエレナが心配になった。アランとは別行動でエスパル王国に向かうと聞いていたからだ。侯爵邸の騎士の実力を思い出しては血の気が引いた。俺は軍を連れて急いでエレナたちが辿るルートを通って彼女の乗った場所を追った。以前の魔王のようなエレナ・アーデンなら心配することはなかった。そもそも以前の彼女は奇襲を受ける可能性さえ感じない、彼女はいつだって攻撃する側の人間だった。刺されたら即死しそうな蜂を指で弾いて殺す女だ。いつだって、攻撃側にいた彼女がなぜだか全くそう見えなくなった。でも、今のエレナは本当に守らなければならない女の子に見えた。「ライオット!」奇襲にあっている彼女に追いついた時、名前を呼ばれた。一瞬心臓が止まるかと思ったが、彼女が危険にさらされているのを見ると一気に頭に血が上った。あれだけ、人を傷つけるのが嫌だったのに。驚くほど残酷になれた。彼女を傷つけるような人間に情など持たなかった。彼女が少しも傷つくのが嫌だった。震えている彼女をみて心配していると、次の瞬間には彼女は周りに指示を出していた。守りたくなるような、かっこよくてついていきたくなるような不思議な気持ちになった。彼女を見ると余計に彼女に惹かれてしまいそうで、馬で移動する時も後ろに乗るように言った。「エレナ」気がつけば、彼女の名前を口に出していた。焦って、呼ばれたから呼び返したみたいな言い訳をした。すると彼女が震える手で俺を背から出ししめてきて胸が苦しくなった。コットン男爵邸でもしかしたらエレナは前世の記憶を思い出したのではないかと気がついた。侯爵令嬢である彼女が包帯を巻いている。正直今までみた誰よりも丁寧でとにかく早い。彼女は前世で戦場に舞い降りた聖女だったのではないだろうか。冷たい水を絞ったふきんで、騎士たちの体を懸命拭いている。彼らにとって
「約束の品を持って来た。」 俺は以前、彼女が俺の元に戻ってきた時の慰めにと思ったドレスを持ってきた。 サイズが少しくらい変わってるかもしれないけれど、どうせ彼女が着るわけがない。「こんな高価なドレスは頂くわけにわいきません。」 恐縮している彼女にやはり混乱している。 俺はエレナ・アーデンに散々貢いできたが、遠慮をされたこともお礼を言われたこともない。 彼女は美しい自分が貢がれるのは当然だと思っている。俺は昨日の再会から彼女が気になって仕方がない。 侯爵邸に会いにきたら絶対怒られると思ったのに、会いたくて堪らなかった。 理由もないのに会いにくると追い返されると思ったのでドレスを持ってきたと理由をつけた。彼女がなぜ10ヶ月俺が母親のお腹にいたみたいな話をしたのかを調べて見た。 母親がお腹の中にいるのが10ヶ月くらいだと知って、彼女の博学に改めて驚いた。 お腹から赤ん坊が出てくるのは知っていたが、腹の中にいるのは1日くらいだと思っていたのだ。俺はあんな身勝手な母親の中によく10ヶ月もいられたな。 やっぱり俺は戦士の素質があるのだろうか。 でも、彼女が俺も愛されている時があったということを暗に訴えてきていたことに感動してしまった。 そのお腹の中にいた時間という考え方も神秘的で素敵で、どうしてもまた彼女と話したくなってしまったのだ。エレナ・アーデンは俺とまともに会話する気がない人間だったはずだ。 俺の能力のなさに格下とカテゴライズしていた。「どんな男がタイプですか?」 俺が初めて会った時に彼女に聞いた言葉だ。 彼女の美貌に見惚れ、つい聞いてしまった。 しかし、その一言で俺をつまらない男とみなした彼女はまともに会話してくれなくなった。「紫色の瞳の男は嫌い。」 彼女はそう俺に返してきたが、質問に答えていない。 その上、アランの瞳めっちゃ紫色。昨日のエレナが俺は忘れられなかった。 小悪魔的で挑戦的な態度。 絶世の美女にそんな態度をとられたら、どんな男でも
皇帝陛下に呼ばれて一時彼女から離れたが、俺は彼女の態度がやはり気になって仕方なかった。アランへの悪い感情は彼を見たら嘘のように消えていった。6年近くたったのに彼は相変わらず衰えない天使のような可愛さを持っていた。その姿を見ると憎しみを抱いた自分の方が間違っていたと魂を浄化された気分になった。「皇子、毒など入っていない飲みなさい。」皇帝陛下が何を話しているのか頭に入ってこなかった。どうやらグラスに入ったシャンパンを飲むように促されている。皇帝陛下は俺の父親だが、10年以上も俺は彼に言葉をかけられていない。皇后同様に、俺は彼にも接近しないよう言われていた。出立式の時でさえ彼は姿を表さなかった。彼は同じ息子であるアランのことは可愛くて仕方ないのだろう。遠目にとろけるような顔で彼と話しているのを見たことがある。嫉妬心も起きなかった、なぜならアランの可愛さの前では皆あの顔になる。戦地でさえ俺はエレナ・アーデンやアランのことを思い出しても皇帝のことを考えることはなかった。今、彼に話しかけられて初めて皇帝陛下は俺に死んで来て欲しかったと考えていることを思い出した。だから、今、毒の入った盃を俺に差し出しているのだろうか。いいや違うな、こんな人がたくさんいる所で毒殺をできる人間はエレナ・アーデンしかいない。この盃に毒が入っているとしたら、彼女の仕業だ。彼女なら大勢の前で毒殺した上に、既に手の内にある皇宮医に戦地での後遺症で亡くなったなどと診断させる。皇帝陛下にそんな大それたことや冷酷な根回しができると思えない。彼は自分の手を下さず息子の俺を始末したいと思って戦地に送っているのだろう。エレナ・アーデンなら、戦地で思ったような活躍もせず今後アランの役に立ちそうもない俺を最短でこの場で始末する。戦場で彼女への憎しみを増幅させた上に、いつものような威圧感のない彼女を睨むなどという愚行を犯してしまった。それどころか、彼女が崇めるアランのことも一瞬だが睨んでしまった。
「ライオット・レオハード第一皇子、レノア・コットン男爵令嬢のおなーり。」俺の凱旋祝いの宴会がはじまった。俺は早速エレナ・アーデンの反応を見ようと思った。「怯えてる?」思わず呟いてしまった。きっと、俺などもういなかった存在になっていると思った。彼女は人を切り捨てるのに躊躇いのない女だ。バルコニーにアランが彼女を連れ出したので思わず追いかけてしまった。「アラン、兄の凱旋を祝ってくれないのか? 侯爵令嬢も相変わらず薄情だな。」アランの服の裾をつかみ一歩下がり怯えてる彼女。俺が怯えることはあっても彼女が俺に怯えるなどありえない。「ラ、ライオン・レオタード第一皇子にエレナ・アーデンがお目にかかります。」ひどい名前さえ覚えていない。アランと両思いになったからって、本当に他はどうでもよくなったんだな。俺は取るに足らない男から背景になったってことか。彼女への憎しみが増幅していくのが分かった。何を怯えているんだよ。そんな薄情なお前の方がずっと怖い女だよ。いつもみたいにゴミを見るような視線で俺を下がらせればよいのに。「長期にわたり自軍に多大な被害をもたらしたことお祝い申し上げますわ。」そうだ、いつもの彼女なら俺が絶句て立ち去るしかない一言を言ってくる。「美しい者を見つめる権利は誰にでも許されたものではないのですよ。」いつもの彼女ならそう言ってくるはずだ。アランの婚約者になった自分を2秒以上見てくる男を許すはずがない。威圧感がない彼女の姿に調子に乗って長い間睨みつけてしまった。