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二話【別世界】

last update publish date: 2026-06-07 15:44:15

九条さんに連れられ、私は黒塗りの車へ乗せられたまま街を走っていた。

窓の外には綺麗な夜景が流れていく。

だけど何も頭に入ってこない。

離婚。

不倫。

横領。

極道。

数時間前まで普通の主婦だったはずなのに、突然別世界へ放り込まれたみたいだった。

「……あの」

恐る恐る口を開く。

「なんだ」

「本当に……圭吾は、その……黒瀬組のお金を……?」

ハンドルを握る運転手の横で、九条さんは煙草を咥えたまま答えた。

「証拠は揃ってる。実際お前の住んでいた家はあんな状態だっただろ」

淡々とした声。

「お前の旦那、元々は頭回るタイプだったんだろうな。金の流し方が妙に綺麗だった」

「……」

「だが欲をかきすぎた」

車内に煙草の匂いが広がる。

「女に入れ込み、見栄張って、背伸びして、最後に道を踏み外した」

確かに最近の圭吾は明らかに羽振りが良すぎた。

車も更に一台高級車を買い、高級時計も買っていた。

でもそれは会社が成功しているからだと思っていた。

私はそう信じていた。

「……私、何も気づけなかった」

小さく呟くと、九条さんは窓の外を見たまま言った。

「気づける女ならとっくに逃げてる」

しばらくして車が止まる。

連れて来られたのは高層マンションだった。

「降りろ」

エレベーターへ乗り、最上階へ向かう。

部屋へ入ると、驚くほど静かだった。

黒を基調とした広い部屋。

余計な物がほとんどない。

でも不思議と冷たすぎる感じはしなかった。

「ここ……」

「俺の部屋だ」

あまりにも自然に言われて、私は固まった。

「えっ……!?」

「あまり騒ぐな」

九条さんはジャケットを脱ぎながらソファへ座る。

「しばらくここにいろ」

「む、無理です!」

「じゃあ帰る場所もなくただひたすら一人で歩くか?」

その一言で黙るしかなかった。

今の私には行く場所がない。

「……お邪魔します」

「それでいい」

九条さんは面倒そうに言いながら煙草へ火をつけた。

その時だった。

コンコン。

部屋のドアがノックされる。

「若頭」

入ってきたのは黒服の男だった。

年齢は三十代くらい。

鋭い目つきだけど、九条さんほど怖くはない。

さかきです」

軽く頭を下げられ、私は慌てて会釈する。

「で?」

九条さんが短く聞く。

「真嶋圭吾ですが……まだ見つかってません」

空気が少し変わった。

「マンションを出た後の足取りが綺麗に消えてます。監視カメラも潰されてました」

「……黒蛇か」

「可能性は高いです」

私は思わず顔を上げる。

「じゃ、じゃあ圭吾は……」

榊さんは困ったように視線を逸らした。

代わりに九条さんが答える。

「利用価値があるうちは生かされる。だが――」

九条さんは煙を吐いた。

「価値が無くなれば終わりだ」

その言葉に私は唇を噛む。

圭吾は最低だった。

裏切られた。

捨てられた。

それでも簡単に死んでいいとは思えなかった。

九条さんはそんな私を見て鼻で笑う。

「まだ心配するのか」

「ッ……」

「甘い女だな」

否定できない。

すると榊さんが小さく咳払いした。

「若頭、もう一つ」

「あ?」

「奥さんの件ですが」

“奥さん”という言葉に胸が痛む。

「真嶋の周囲を少し調べました。どうやら最近、知らない車が何度かマンション周辺をうろついていたみたいです」

「……監視か」

「おそらく」

私は息を呑む。

「じゃあ、前から……?」

「お前の旦那は最初から監視されてたってわけだ」

九条さんは立ち上がった。

「まぁ、お前はもう普通の生活には戻れねぇ」

その現実が重くのしかかる。

私は俯いたまま拳を握る。

「……どうしてこんな事に」

すると九条さんがこちらへ近づいてきて私の前に缶コーヒーを置いた。

「飲め」

「……え?」

「顔色が悪い。風邪ひくぞ」

ぶっきらぼうな声。

でもその缶は温かかった。

「お前は今、余計なこと考えなくていい」

九条さんは低い声で続ける。

「考えるのは、奴らをどう始末するかだけだ」

この人は間違いなく裏社会で恐れられている人だ。けれど噂されている程ではない気がする……。

私は貰った缶コーヒーで温まりながらそんな事を考えた。

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