ANMELDEN「ここが、大雅さんオススメの……」「はい。さすが大雅さんです。おしゃれな服が置いてありそうでしょ?」磨き抜かれたガラス張りの外壁が美しい、誰もが知る高級ブランド店。……の、隣の店に入っていく花。味のあるTシャツや季節外れのコートも売っていて、履き潰されて逆に履き心地の良さそうなスニーカーも置いてあるリサイクルショップ。「探しがいがありそうです……」「いやいや、花さん!そちらではなくて、」慌てて連れ戻され、高級店の方に向け、背中を押された。「大雅さんの趣味なんだと思いますよ?……ホホホ」de.san.Jaleno……シンプルで質の高い、着心地のいい服を作っているブランドだ。母と一緒に子供の頃から訪ねていたのは銀座の本店だったが、よく似た店構えで懐かしさがこみ上げる。「いらっしゃいませ、マドモアゼル」ガラスドアを開けると、ウッド系の落ち着いた香りと共に、洗練された雰囲気の女性が私に向かって笑顔を向けた。マドモアゼル、の言い方に覚えがある……50代くらいの女性……本店の店長だった人だ。確かお名前はスザンナ伊藤さん。「もしかしたら、KOSAKAコーポレーションの、花お嬢様では?」「はい。花です。……お久しぶりです」「まぁ、大きくなられて……」最後に来店したのはいつだろうかと話ながら、スザンナさんはハッと何かを思い出したようだ。「あの、もしかして……俳優の鈴里大雅さんからのご紹介だというのは、」「……私です」花は唇に人さし指を立てた。「……あぁ、ここに転勤になって良かったわ!また花お嬢さまをコーディネートできるなんて!」「スザンナさん、お嬢さまというのは……」「あらやだ!私ったら、もうすっかり大人の女性でいらっしゃるのに」……とはいえ、大学を卒業するまではよく来ていた。就職してスーツが必要になって、別のブランドに行くことが多くなったのを思い出す。「鈴里さまは当店のメンズブランドのアンバサダーを務めていただいたご縁で、よくご利用いただいてるんですよ」「そうなんですか……私、何も知らなくて」このブランドのメンズ服は、父も好んで着ていた。……銀座の本店には両方置いてあって、家族で来ると父と弟、母と私に別れたものだ。スザンナさんはこちらの希望を聞きながら、骨格や肌色を見て、的確に服を選んでくれた。「鈴里様からは、一式揃え
「それじゃ行ってきます!……花は今日1日、有意義に過ごしてね!」 「うん、ありがとう!夕飯は美味しいの作っておくから!」 瑠璃が春希をプールと動物園がセットになった、子供ランドに連れ出してくれることになった。 保育士仲間と3人で、春希の他にもう1人5歳の男の子を連れて行くという。 瑠璃が私にも、少しのんびりする時間を作ってくれた、というわけだ。 とはいえ、春希と過ごす時間にまったくストレスはなく、癒しの時間ですらあるのだが…… 「そういえば長いこと、美容室に行ってない……」 贅沢できないようになってから、ずっと自分で適当にカットしていた髪だったが……花園ミミのサラサラヘアを見て、少しは綺麗になりたくなった。 だから瑠璃の申し出はとてもありがたかったのだ。 春希の外出は、もちろん大雅も許可してくれてのこと。 『春希を預けたら、家事に勤しむとかしないように』 家にいたら絶対そうなってた…… メッセージのラリーはずっと途切れず続いていた。 『あの、大雅さんの落書きされたパネル、外そうと思ってました』 『あの鼻毛の?』 『そうです。勢いよく飛び出してるヤツ』 春希がいると危ないので、ずっと手を付けられないでいた。ふと目に入ってそうメッセージしてみたら、意外なことを言われのけぞってしまう。 『俺の顔忘れて欲しくないから、そのままにしておいて』 え……鼻毛付きの顔をインプットしたままでいいのでしょうか。 そしてさらに意外な提案までされてしまった。 『美容室へでも行ってきなよ。それで……化粧品とか服でも買いに行ったら?』 ものすごくハッとした。 私はそんなにみすぼらしかったかと思ったから。 『はい、そうします……』 『権堂に運転手をさせる。こちらから伝えるから、時間は何時頃がいい?』 権堂、という名前に嫌な胸の高鳴りを覚え、慌ててメッセージを送信する。 『いえ。権堂さんは結構です。タクシーを飛ばして行ってきていいですか?』 『その方がいいならもちろん』 本当はタクシーが使いたかったわけではもちろんない。けれどこれで、権堂さんは大雅さんに何も伝えていないということがわかった。 あの……恐ろしきファンのこと、留守中にご飯を食べて風呂に入り、大雅さんの服を着てリラックスし
『大変申し訳ありません。……大雅さんの言いつけを破ってしまい、入るなと言われていた部屋にうっかり入ってしまいました。本当に、申し訳ありません』……これを、海外で仕事中の大雅さんに送ったら、彼はどう思うだろう。秘密にしておきたいものが白日のもとに晒されたのだ。……当然、動揺もするだろう。「やっぱり今は……何も言わないでおこうか」もしかしたら動揺して、セリフを間違えてしまうかもしれない。……セリフだけじゃなく、もし街中を歩くシーンでもあって、行く道を間違えて迷子になってしまったら……花は打ち込んだ携帯のメッセージを消し、リビングのソファでお昼寝中の瑠璃を見つめた。反省しきりだった瑠璃。さすがに遺影があれば、簡単に踏み込んでいい話ではないことは察してくれたらしい。……聞かれたところで私も何も聞かされていないのだけど。一緒になって意気消沈する春希を、花は慌てて励ました。「私も、この部屋のことは何も知らなくて。でも……ちゃんと説明してもらわなくちゃって思ってたの」いいきっかけができた!……と言って、3人で部屋のドアを閉めた。ランチの冷やし中華を食べ終わり、デザートのあんみつも食べて満腹になった2人は、すっかり安心してお昼寝中というわけだ。……けれど花は眠れなかった。開かずの間で見た黒いリボンの遺影。優しげに笑う人は、とても綺麗な人だったことを思い出す。年齢は多分30代。あの人が春希の母親で、大雅さんが唯一愛した人だったとしたら……胸がキュッと苦しくなった。私は、あの女性の代わりとしてここにいるんだろうか……余計なことを考えるのをやめたくて、携帯で最新のニュースを検索してみる。「大型台風が発生したとか竜巻とか雹とか……」洗濯物を外に出して干すことが趣味の花にとって、気になることの上位に翌日の天気がある。大雅さんが留守の間に、ベッドパッドを干すとか枕を干すとか洗うとかしておきたい。そんなことを考えてネットニュースを開いてみれば……「わぁ『鈴里大雅、海外ロケで輝く!』だって……」……そんな記事を見つけてしまえば、やっぱり姿を見たくなってしまうというもの。トップ画にはすでに、白いシャツとサングラス姿で街を歩く大雅の写真が使われている。開局50周年記念ドラマに出演・VÉLOURSの鈴里大雅(30)画面をタップしてみると、他にも何
『先ほどはお見苦しい動画を送ってしまい、すみませんでした……』大げさに頭を下げるカバのスタンプ。ふと笑う俺を、ミミが横目で見る。『動画は削除しましたので、どうかすべてお忘れになり、お仕事に励んでくださいませ』そうするだろうと思って、すでに保存済み。いつでも俺は水着姿の花に会えるが……『わかった。でもビキニは似合ってたぞ?』迷って、ハートを抱えるクジラのスタンプを送る……ちょっと待て。俺はさっきから何をやってるんだ?「楽しそうだね?日本に残してきた彼女とラブ通信?」「通信って……」メッセージのラリーを最近ではそう言うのか。こちらは夜中だが……屋外での撮影が続いている。終わって寝る頃になっても、日本はまだまだ昼間だろう。メッセージのやり取りができなくなるのが少し惜しい。「大雅さん、ミミさん……こちらでシーン125を撮りますので、スタンバイお願いします!」三井に上着を預け、俺は涼しい夜の風を浴びる。夜中でも蒸し暑い日本とは違う空気に身が引き締まる。「ちゃちゃっと終わって早く帰ろう。……ったく、権堂さんが同行しないなんて」「俺も直前まで知らなかったから」撮影場所までお互いのマネージャーに付き添われて歩く俺たち。ミミの言葉に、三井の目が光った気がした。「Take2にならないように、思い切っていくからな?」「あぁ。ダルいからそうして」スタートの位置にスタンバイし、監督の掛け声と共に走り出すミミ……清水朱里。「待てよ……!」追いかけていく大雅……青木省吾。やっとのことで捕まえた朱里を、省吾は力任せに抱き寄せる。……あらゆる角度から撮られているこのシーンは、このドラマのクライマックスだ。「離してよ、」「離さない」「離してってば……!」「……離せない」省吾は抱き寄せた朱里を強く抱きしめ、肩口に顔を埋める。……とたんに静かになる朱里。はぁ……本当に、因果な商売だよな。省吾役を演じながら、大雅は心のなかでため息をついた。それを表に出さないよう、抱きしめている朱里の頬を、焦ったように包み……口づけた。感動の初キスシーンだ。明日はこの場面を切り取って番組ホームページに載せられる。もちろんSNSにも投稿され、視聴率のさらなるアップを目指すのだ。「……はい、カーットっ!」監督の掛け声で、俺たちはさっと離れ、お互いに口を拭う。そ
「じゃ〜んっ!春希くん、プール持ってきたんだよ?」「わぁ…………」「大きな袋を抱えてきたと思ったら、瑠璃……こんなもの持ってきたの?」目を輝かせる春希を見て、花は言葉にできない感謝を感じた。スーパーでの一件があって、少し外に出るのが怖くなっていた花。このままでは春希をどこにも連れ出せないと思っていたから。「いいのいいの!子供の喜ぶ顔を見るのが何より好きなんだもん!それに……これだけ大きければ私たちも入れるでしょ?」「え……私も入っていいの?」「もちろん!そのかわり、水着は私の趣味で選んでるから!」花が水着を持っていないことを見越してプレゼントする瑠璃。「もちろん!どんなのでも着るよ〜ありがとう!……お昼ご飯は美味しいの作るから!」春希の水着はすぐに見つかり、着替えさせてから花も寝室で着替えることにする。置きっぱなしにしていた携帯が目に入り、何気なく確認した。「え、大雅さん?」どうしたのかと慌ててメッセージを開いてみる。『今日もそっちは暑いだろ。できるだけ涼しいところで過ごせよ』外国らしい風景の写真も添付されていた。「……あ、今こんなこんなところにいるんだなぁ」白とくすんだオレンジ色の建物が並ぶ街並み、石畳の小道……映画のワンシーンのようだが、きっとここがドラマの撮影現場なのだろう。『素敵なところですね。日本は今日も鬼のように暑いです!……瑠璃が大きなプールを持ってきてくれて、これから皆で水浴びです』プールで遊ぶスタンプも一緒に送ると、すぐに既読がついて驚いた。『動画撮って送って』……やっぱり離れている春希のことが心配なのだろう。『もちろんです!ちょっと待っててください!』ミッションを与えられたようでワクワクする。瑠璃が持ってきてくれた水着がビキニで少し驚きながらも……花は携帯を手にリビングへと走った。簡単に組み立てられるものらしいプールには、庭に引いた蛇口から水がいっぱいに満たされていた。春希はお風呂で遊ぶおもちゃを浮かべ、先に瑠璃と遊んでいる。近づいていくと、水鉄砲で攻撃され、歓声を上げながらしばらく撃ち合った。窓にはサンシェードが取り付けられており、直射日光も防げるようになっていて……とても快適だった。「はるくん、去年はたいがーとこんなプールに入ったの?」「ん?わかんない」……そうか。おしゃべりが上
「お邪魔します……」「どうぞ……っていうか、ちゃんと許可得てるから大丈夫だよ」「いや、それでもさ……万が一携帯のカメラが作動しちゃって内部を撮っちゃって間違えてSNSに投稿したら大変だから……荷物は全部ここに置いてく」権堂がやってきた翌日、花は瑠璃に連絡して遊びに来てもらった。突然の誘いだったが、ふたつ返事で来てくれてホッとしたところ。昨夜、権堂が大雅のリラックスウェアを着て風呂から出てきたことに、花は大きな違和感を感じていた。もしかしたら、2人の間でそんな約束がされているのかもしれないと思うことにして、何とか一緒に食卓を囲んだが……「大雅さんのベッドにはどちらが寝ますか?」と聞かれてこれは本格的におかしいと感じた。「寝室では春くんと私が2人で寝ます。権堂さんはお帰りになったほうがいいと思いますが」毅然と言い放つ花に、権堂は少し驚いたようだ。「そう……ですか。さっきストーカーみたいなファンに遭遇したから、怖いだろうと思ったんですけどね」「抜かりなく施錠して休むので大丈夫です」視線が険しくなった気がして、背筋に冷たい何かが走る……「わかりました。それじゃ……これだけいただいたら帰りますね」手にしたカップアイスを掲げて見せ、食べることに集中した権堂。「あの、玄関ドアは2ヶ所の鍵だけをかけてもらえますか?ドアチェーンをかけられると、何かあったときに入れないので」「わかりました」その後何ごともなかったように着替えて帰っていった権堂。ホッとして家中の窓のシャッターを下ろそうと各部屋へと走る。立ち入りを禁じられている部屋だけは約束を守り、そのままにして。『お疲れさまです。まだ現地に到着していないと思うのですが、ひとつご相談があって連絡しました』迷って……大雅にメッセージを送ってみることにした。『大雅さんが帰るまでの間、友人を招いてもいいでしょうか。天野不動産の令嬢で天野瑠璃という、私の親友です。いろんな事情を知っている人なので大雅さんのプライベートを口外する心配はないと思うのですが……』派手な身なりに関わらず、瑠璃は幼稚園教諭と保育の資格を持っていてこども園で働いている。確か毎年この時期は夏休みのはずだ。久しぶりに買い物に出て怖い思いをして、助けてもらったはずの権堂もおかしくて……大雅が戻るまでの数日、ここに春希とふたりで過ごすの







