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第10話

last update Last Updated: 2025-09-05 17:02:48

「えっ」

律の突然の提案に、私は息を呑んだ。心臓がドクンと高鳴る。

『一緒に住むか?』って……。人気トップモデルである律が、どうして私のような、何もかも失って絶望の淵にいるような人間を?

頭の中に、いくつもの疑問符が浮かび上がる。彼の申し出はあまりにも唐突で、私の心をざわつかせた。

「無理にとは言わない。だけど、寧々が困っているなら俺は助けたい。君が安心できる場所を、俺が用意する。俺が、寧々の居場所になるから」

律の真剣な眼差しに、私の心は大きく揺れた。

律の言葉が、まるで魔法のように私を包み込む。こんな素敵な場所に住めるなんて、夢みたい。

けれど、同時に背筋が凍るような感覚も覚えた。いくら幼なじみとはいえ、なぜ律は私にそこまでしてくれるのだろう。

彼の輝かしい世界に、私のような人間が入って良いものなのか。

罪悪感と、新しい生活への期待と、そして何よりも目の前の現実から逃れたいという切実な願いが、様々な感情となって頭の中でぐるぐると渦巻く。

「あの……どうして、そこまで私に?私、律に何かできるわけでもないのに……」

私の問いに、律は少しだけ視線を逸らし、すぐに私の目を見つめ返した。

彼の瞳は、何かを隠しているように見えたけれど、その奥には強い意志が宿っているように感じられた。

「理由は、今は話せない。だけど、寧々のことを放っておけない。ただそれだけだ」

律の言葉には、真剣な響きがあった。とても嘘をついているようには見えない。

『早く帰れよ、莉緒。寧々に見られたらまたややこしくなる』

拓哉に裏切られたあの夜の絶望が、脳裏に再び蘇った。

私にはもう、帰る場所なんてない。私はもう、誰にも頼れない。

そんなふうに思っていたときに、差し伸べられた律の手。彼の庇護は、何よりも心強かった。

「……あの、私、もしここに住まわせてもらえるなら、家事とか、できることは何でもします。迷惑はかけたくないし……」

震える声で精一杯の意思表示をすると、律は静かに頷いた。その表情には、ほんの少しの笑みが浮かんでいるようにも見えた。

「分かった。じゃあ、まずは君が落ち着けるように、必要なものを揃えよう。そして、いくつかルールも決めたい」

彼の言葉に、私は安堵のため息をついた。律の優しさに触れ、心が少しずつ溶けていくのを感じた。

私にはもう、他に選択肢がないことも分かっていた。

「不束者ですが、ど
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