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第008話

Auteur: CHUE
last update Date de publication: 2026-06-26 23:02:46

「俺たち、いい感じだったじゃないか」

『あなただけでしょう』

 言われてみれば、その通りだった。

 とはいえ、少し納得がいかない。

 セックスを断ったのはジュハのほうだ。

 二人で「よかった」と思う機会が、そもそもなかっただけなのだから。

「今どこだ」

 何を話せばいいのか分からなかったはずなのに。

 気づけば、ごく自然に言葉が出ていた。

 まるで昔から知り合いだったかのように。

 その違和感は、向こうも感じたのだろう。

 受話器の向こうは、また長い沈黙に包まれた。

 背後のざわめきが聞こえていなければ、電話が切れたのかと思ったほどだ。

『聞いてどうするんですか。

 今、忙しいので』

「言わなくても探せるけど」

『……大学です。

 来ないでください』

 黙っていて勝手に来られるくらいなら、自分で言ったほうがまし。

 そう判断したのだろう。

 ドヒョクは、ジュハには聞こえないほど小さく笑った。

「この番号、登録しとけ。

 昨日のは仕事用だから」

『昨日の番号で登録します』

「そっちは着信拒否しただろ」

『……解除すればいいだけです』

「やっぱり着信拒否してたんだ」

『…………』

 また沈黙が流れる。

 だからこそ、余計に会いたくなった。

 今どんな顔で黙っているのか。

 想像するだけでも楽しい。

 きっと実際に見たら、もっと面白い。

「今日は何時に終わる」

『何がですか』

「忙しいの」

『卒業制作なので。

 卒業しないと終わりません』

 今日の何時、などという答えは最初から与えるつもりがないらしい。

 どこまでも素っ気なく、冷たい。

 酒の入っていない声は、あの日よりもずっと澄んでいて、よけいに冷たく響いた。

 あの日も淡々としていた。

 だが今日は、それ以上に警戒されている気がする。

 それでもドヒョクは、自分には近づく理由があると思っていた。

 自分の身体をこんなふうに変えてしまった相手なのだから。

 なのに、焦る。

 どういうわけか、ひどく焦ってしまう。

「今日また連絡する。

 着信拒否は解除しとけ」

『……分かりました。

 本当に忙しいので、切ります』

 背後で誰かがジュハの名前を大きな声で呼ぶ。

 返事を待つことなく、電話は切れた。

「はぁ……」

 ドヒョクは力なくスマートフォンを見つめ、そのままベッドへ倒れ込んだ。

 さっきの会話を何度も思い返す。

 耳に残る声を、繰り返し思い出す。

 オ・ジュハ。

 また心の中で、その名前を呼ぶ。

 身体は相変わらず言うことを聞かなかった。

 だが、それもそのうち落ち着くだろう。

 少し時間が必要なだけだ。

 そう思うことにした。

 その後は、いつもの日常へ戻る。

 一日中トレーニングをこなし、報告書に目を通しているうちに、気づけば夜七時半になっていた。

 部屋へ戻ると、今度は仕事用のスマートフォンからジュハへ電話をかける。

 呼び出し音が数回鳴る前に、ぷつりと切れた。

 ……まだ解除してないのか。

 そう思った直後、着信拒否ではなく着信拒否メッセージが届く。

 ――後ほどご連絡ください。

 そんなメッセージを受け取ったのは初めてだった。

 周りには、呼び出し音が三回鳴る前に電話へ出る人間しかいなかったからだ。

 大学生というのは、こんなにも忙しいものなのか。

 十分後、もう一度かけてみる。

 返ってきたのは、また同じメッセージ。

 仕方なく、今度はメッセージを送った。

『あとでって、いつ』

 しかし、既読すらつかない。

 もともと気の長い性格ではない。

 それでも寝るまで何度かメッセージを送ってみた。

 だが、ジュハが電話に出ることも、メッセージを読むこともなかった。

 このままでは困る。

 ドヒョクはテーブルの上の資料を手に取り、ジュハの時間割へ目を落とした。

 探し出すこと自体は難しくない。

 だが、授業は木曜日の午後に一コマだけ。

 ちょうど明日だった。

 家まで行くのは警戒心を強めるだけだ。

 大学くらいなら。

 それに、少しは分からせることもできるかもしれない。

 あまり無視を続けるのは得策じゃない、と。

 来週まで待つのは、どう考えても無理だった。

 そうしてしばらく考え込んだ末、ようやく眠りについた。

 時計の針は、午前二時を回っていた。

     ◇

「ご主人様!」

「あ、おじさん……

 頭おかしいんですか?」

 ドヒョクの姿を見た瞬間、ジュハは盛大に顔をしかめた。

 いや。

 顔全体が引きつったと言ったほうが正しい。

 こんな大男が、きっちりスーツまで着込んで大学のど真ん中で「ご主人様!」などと大声で叫ぶ。

 人の人生を終わらせる気か。

 ジュハはドヒョクの腕を掴むと、そのまま裏門のほうへ引っ張っていく。

 頭一つ分は背の高い男が、あっさり引きずられていく。

 もちろん。

 本人に抵抗する気がないからこそだと、ジュハにも分かっていた。

 どう見ても鍛えられた身体だったし、あの日見た刺青だけでも、どんな人生を歩んできたのかは何となく想像がつく。

「学校には来ないでって言いましたよね?」

「でも、ご主人様は会ってくれなさそうだったから。

 電話も出ないし、メッセージも返してくれない。

 着信拒否と同じじゃないか」

 昨日一日、ドヒョクからの連絡をすべて無視したことを思い出し、ジュハは深いため息をついた。

 どうしてこんな、いかにも危なそうな男と関わることになってしまったのだろう。

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