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第007話

Author: CHUE
last update publish date: 2026-06-25 23:02:23

 オ・ジュハ。

 二十三歳。

 誕生日は十一月十七日。

 現在、ハンソ大学建築学科五年制の最終学期。

 卒業制作はすでに終え、卒業後は就職予定。

 家族は両親と、高校生の妹が一人。

 家族は地方に住んでおり、本人は大学近くのワンルームで一人暮らしをしている。

 両親はごく普通の会社員。

 どこにでもあるような身の上だった。

 ただ事実を並べただけの紙切れ。

 本来なら感情が入り込む余地などない。

 それなのに、読み進めるたびにジュハの顔が浮かぶ。

 あの気だるそうな表情が、目の前にちらついて離れなかった。

「オ・ジュハ」

 口に出して名前を呼んでみる。

 心臓が、どくりと落ちた気がした。

 思わず拳を握り締め、それからゆっくり開く。

 ようやく血が指先まで巡ったような錯覚がした。

 胸の奥を何かで引っかかれるような感覚もある。

 どうしてこんなにも心が乱されるのか。

 答えは、まだ見つからない。

 ジュハを思い浮かべるだけで、呼吸まで乱れる。

 息苦しいような。

 不快なような。

 それでいて、どこか震えているような気もする。

 何が震えているのか、自分でも分からなかった。

「……はぁ」

 何度読み返しても、ジュハはどこにでもいる普通の女子大生だった。

 ドヒョクが生きてきた世界とは、あまりにも遠い。

 だからこそ、関わらないのが正しい。

 このまま忘れてしまえば、それで終わる。

 ずっとそう思っていた。

 それなのに、紙から手を離せない。

 ……どうかしてる。

 そう思ったところで、ドヒョクは認めることにした。

 もう狂っているということでいい。

 いつだったのかは分からない。

 だが、越えてはいけない一線は、もうとっくに越えてしまっていた。

 引き返し方など知らない。

 なら、できることをするしかない。

 まずは。

 オ・ジュハの警戒心を解く方法を考えなければならなかった。

 会ったその日に電話番号を着信拒否するような、あの小賢しい女へ近づく方法を。

     ◇

 大げさな作戦を思いついたわけではない。

 ただ、少しだけ軽い男を演じてみようと思った。

 翌朝。

 目を覚ましたドヒョクは、すぐにスマートフォンを手に取る。

 昨日ジュハへ番号を教えた仕事用ではない。

 私用のスマートフォンだった。

 だが、まだ朝の六時。

 さすがに電話をかける時間ではない。

 そう思い、何度も画面を開いては閉じ、また閉じる。

 そして午後二時。

 ようやくジュハの番号を入力した。

 ……それでも、すぐには発信ボタンを押せない。

 押せなかった、というほうが正しかった。

 電話が繋がったところで、何を話せばいいのかすら分からない。

 結局、二時十分になるまで迷い続けてから、ようやく発信を押した。

 呼び出し音が鳴る。

 それだけで、妙に緊張した。

『もしもし』

 ……これは、本当にまずい。

 声を聞いた途端、身体が勝手に反応した。

 ドヒョクは眉をひそめる。

 今日は言い訳もできない。

 酒も飲んでいない。

 朝でもない。

 疲れてもいない。

 何一つ説明がつかなかった。

 ドヒョクは小さく息を整える。

「もしもし」

『どちら様ですか』

 気だるく、それでいて冷たい声。

 あの日と何一つ変わらない。

 ドヒョクはしばらく遠くを見つめた。

 「誰ですか」と聞かれているのだから、まず名乗るべきだ。

 頭では分かっている。

 それなのに、身体が言うことを聞かない。

 まるで自分の身体ではないようだった。

 いや。

 自分のものではなく、ジュハのものになってしまったような――。

 そんな考えがよぎった瞬間、口が勝手に動いた。

「ご主人様!」

 わざと軽い調子で。

 高校時代の同級生、ソンミンの話し方を真似たつもりだった。

 ドヒョクの知る限り、一番軽い男だったからだ。

 警戒心を解く。

 それだけが目的だった。

 だが、受話器の向こうは沈黙した。

 長い、長い沈黙。

『……おかけ間違いではありませんか』

 ようやく返ってきた声は、ひどく事務的だった。

 なのに、その反応が妙に嬉しくて、ドヒョクは思わず笑いそうになった。

「着信拒否はひどくない?」

『……してませんけど』

「そう?」

『それで、何の用ですか』

 その声だけで分かった。

 完全に面倒な相手に捕まった、と思っている。

 少し困ったような顔。

 わずかに寄る眉。

 それでもすぐ平静を取り戻す、あの表情。

 自然と頭に浮かんできた。

 このままでは、その姿を思い浮かべるだけでどうにかなってしまいそうだ。

 ……まあ、もう狂ってるんだ。今さらか。

 そう自分に言い聞かせると、不思議と悪い気はしなかった。

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