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第4話

Author: 星入りポケット
宥里が花丸市の自宅に戻った時には、すでに真夜中を回っていた。

広々とした邸宅で明かりが灯っているのは玄関のセンサーライトだけだ。それ以外はどこも真っ暗で、彼女の帰りを迎える明かりなど一つもなかった。

知輝と結婚して七年。それでも宥里は最後まで赤沢家に馴染めず、心から自分を家族として受け入れてくれる人は、誰一人いなかった。

以前の彼女は、赤沢家の人々の冷たさなど気にせずにいられた。知輝の立場を悪くしないよう、自ら進んで彼らの機嫌を取ってさえいたのだ。

自分だけの小さな家庭さえあれば、それで十分だった。夫がいて、息子がいる。それだけで、自分にも帰る場所があるのだと思っていた。

けれど結局、それはすべて自分が勝手に思い描いた幻に過ぎなかった。

明かりもつけず、宥里は暗闇の中を知輝と自分の寝室へ歩いていった。二人の寝室とはいえ、この七年間で共に夜を過ごした回数はごくわずかだ。ほとんどの時間、知輝は書斎か隣のゲストルームで眠っていた。

以前の彼女は、知輝を、冷淡なまでに欲が薄く、自分を厳しく律する人だと思い込んでいた。研究と教育、そして会社経営にすべての力を注ぎ込んでいるのだと。

だからこそ、二十六歳という若さで准教授の座を勝ち取り、研究室と会社を築き上げることができたのだと。

三十三歳になった今、知輝は科学技術の分野で大きな発言力を持つまでになっていた。会社の規模は数倍に膨れ上がり、国内有数の若手企業家として名を馳せている。今年は教授への昇進も見込まれていた。

けれど今にして思えば、あの冷淡さも、我慢も自制も、ただ自分にだけ向けられていたものだったかもしれない。

その瞬間、宥里はこの七年間がひどく滑稽な笑い話のように思えた。

スマホを取り出し、先輩の電話番号の上で指先をしばし止めた末、宥里はついに通話ボタンを押した。

数コール後につながる。疲れた声の奥に、隠しきれない興奮が滲んでいた。「宥里、こんな時間に電話をくれるなんて。決心がついたのか?」

「はい、先輩。決めました」

宥里は目を閉じ、数秒の間を置いた。

その数秒間に、彼女は本当にたくさんのことを考えた。

再び目を開けた時、そこにはもう余計な感情は残っていなかった。

「お約束します。研究所に戻ります」

「はっはっは!よし、ありがとう!」電話の向こうで、先輩の若浦直樹(わかうら なおき)の声から疲労が一気に吹き飛んだ。「君のその一言があれば、あと二晩は余裕で徹夜できそうだよ」

宥里は唇を結んだ。胸の中に言葉にできない複雑な思いが渦巻いていた。

「すぐに先生にも伝えるよ。きっとお喜びになる。半分くらい病気が治ってしまうんじゃないか!」

「その、落ち着いてください。もうこんな時間ですから。明日、私が直接先生のところに伺ってお伝えします」宥里は慌てて止めた。

直樹は少し戸惑ったようだが、「そうだな。俺もつい興奮してしまって。明日、君から直接先生に良い知らせを伝えてくれ」と言い、何かを思い出したように続けた。

「そうだ、最近ある技術系の会社から連絡があってな。うちの研究所に量子発振子ジャイロのコア部品に関する技術を提供してほしいと頼まれているんだ。あの技術は君が独自に開発したもので、あのパラメータと精度を引き出せるのは君だけだろう。

俺の一存では答えられなくて断ったんだが、先方はかなり切羽詰まっている様子でな。会社の存続がかかっているみたいなんだ。だから、一度会ってみないか?」

宥里はまだ正式に戻ってもいないし、仕事の勘も戻っていない。これだけ長いブランクの後、すべてにきちんと適応できるかさえ分からなかった。

「今は会わないでおきます。また今度にします」

「分かった、君の言う通りにするよ」直樹は笑いながら応じ、深く息をつくと、しみじみとした口調で言った。

「宥里、もう七年だ。君がようやく前を向いてくれて、本当に嬉しいよ。ともあれ、おかえり」

「……ええ」宥里は淡々と応じたが、鼻の奥にはつんとした痛みが残った。

スマホを置き、宥里はベッドに腰掛けたままぼんやりと部屋を眺めた。

この部屋には知輝の私物がほとんどない。結婚式どころか、二人でウェディングフォトを撮ったことすら一度もなかった。

その瞬間、宥里はこの結婚生活そのものがまったく意味のないものだったように思えた。

そうか。知輝は、自分に救いをもたらす存在ではなかったのだ。

深く息を吸い込み、宥里はついに決心した。立ち上がり、クローゼットからスーツケースを取り出して荷物をまとめ始める。

知輝と離婚して、この家を出て行く。

その間、彼女は一滴の涙もこぼさなかった。かつて誰かに教わったからだ。涙は何も解決してくれないと。

……

荷造りは夜更けまで続き、翌朝目覚めた時にはすでに日はすっかり高く昇っていた。

いつもなら毎朝早起きして、知輝と陽太のために自分の手で栄養満点の朝食を用意していた。

だが昨夜、知輝も陽太も帰ってこなかった。

息子の陽太――この世でただ一人、自分と血のつながった存在を思うと、宥里の胸はまたじくじくと痛み出した。

昨日の結婚式で、香織をかばうように立ちはだかり、必死になって宥里を追い払おうとした陽太の姿が、どうしても頭から離れなかった。

あの瞬間、陽太との間にあった親子の絆が、音を立てて切れたような気がした。

陽太にとって、自分はもう母親ではない。ただ香織を傷つけた、悪い人でしかなかった。

キッチンでは家政婦の佐藤晴子(さとう はるこ)が忙しそうに立ち働いており、宥里が来たことにまったく気づいていない。

「晴子さん、何を作っているの?」宥里は不思議に思いながらコンロの方へ目をやった。

いつもなら朝食は宥里自身が作るもので、この時間に晴子がキッチンに立つことなど滅多になかった。

宥里の声に気づいた晴子は、びくりと肩を震わせた。手にしていたフライ返しが床に落ち、けたたましい音を立てる。

「お、奥様……お帰りだったんですね。てっきりお留守だとばかり……」

晴子の表情に気まずさが浮かんだ。

「ええ、昨日帰った時にはもう眠っていたものね」

宥里は晴子の様子がおかしいことにさほど気を留めず、そのままコンロの前へ歩いていった。見ると、晴子はスープを煮込んでいるだけでなく、栄養バランスの取れた豪華な料理まで用意している。

宥里は結婚したばかりの頃、料理がまったくできなかった。少しでも早く赤沢家に馴染もうと、大金を払って腕利きの家政婦である晴子を雇い入れたのだ。

晴子は二か国語を自在に操り、調理師免許と栄養士の資格だけでなく、産後ケアの資格まで持っている。

その後、宥里の料理の腕も、すべて晴子から教わって身につけたものだ。

この七年間、晴子には本当に助けられてきた。もはや家族同然の存在だと思っていたほどだ。

昨夜も、知輝と離婚した後、晴子を連れて家を出るべきかどうか考えていたところだった。

「晴子さん、朝早くからいったいこれは?」宥里は尋ねた。品数豊かな豪華な料理だけでなく、じっくり煮込んだ上等なスープまで、一鍋用意されている。

晴子は言い淀んでいたが、宥里の訝しげな視線に負け、結局本当のことを口にした。

「旦那様から、お作りするようにと。あとで取りに来られるそうです」

宥里は一瞬固まった。「知輝が?」

「ええ」晴子は頷いた。「旦那様のお話では、香織様が入院なさったそうで、栄養状態がよくないとお医者様に言われて、滋養のあるものをたくさん召し上がらないといけないんだとか」

宥里は、晴子の言葉に潜む違和感を鋭く聞き取った。「香織様?晴子さん、あなたも香織さんのこと知っているの?」

晴子が一瞬うろたえ、失言に気づいたようだったが、それでも頷いた。「はい、存じ上げております。香織様はとてもお優しい方で、よくご実家の名産品を持ってきてくださるんです」

宥里は笑った。だがその笑みには皮肉の色が滲んでいた。

「つまり、香織さんは何度もこの家に来ていたのに、私だけが何も知らなかったってこと?晴子さん、あなた、いったい誰のために働いているの?」

晴子の表情がこわばったが、言葉を続けた。

「も、もちろん奥様のために働いています。でも、旦那様のためにも働いているんです!それに、香織様は本当にお優しい方で、いらっしゃるたびに私の仕事まで手伝ってくださって……奥様にお伝えしなかったのは、誤解を招くのが怖かったからです。香織様は、その……」

「もういいわ」

宥里はこれ以上、香織の名前を聞きたくなかった。晴子を見つめたまま、しばらく言葉が出ない。ただ、胸の中にぽっかりと開いた大きな穴がさらに広がっていくのを感じるだけだった。

ちょうどその時、庭の外で車が停まる音がした。続いて、知輝が玄関から歩いて入ってくる。

「晴子さん、香織に持っていく食事はできたか。あの子、今すごく弱っていて何も食べたがらないんだ。ただ、晴子さんの作った料理だけは食べたいって……」

そう話しながらキッチンへ歩いてきた知輝は、宥里の姿を目にした瞬間、ふと足を止めた。

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